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086 リーファ

クレハさんと一緒に少女を貴賓室に連れて行く。

少女が遅れないように歩調を合わせてゆっくり歩く。


やがて、俺達は貴賓室に辿り着いた。

俺とクレハさんは中に入ったが、少女は入口で立ち止まっていた。


「入っていいんですよ」


クレハさんが少女に声を掛けたが少女は入口で立ち止まったまま。

俺は少女に近付いていき、少女を抱き抱える。

俗に言うお姫様抱っこ。

そのままソファにまで連れて行って、そこに座らせた。


やがて、さっきのメイドがティーセットの乗ったワゴンを押して入って来て、三人の前に紅茶とサンドイッチの皿を置いた。


「お腹が空いたでしょう?」


メイドが優しく語り掛けながら、皿から取ったタマゴサンドを少女に持たせた。

少女が手に持たされたタマゴサンドを見て、メイドを見た。

クレハさんとメイドが黙って頷くのを見た少女が、黙々とタマゴサンドを頬張り始めた。

それを見詰める俺達。


「すまないね、ワーリャ」


クレハさんがメイドに声を掛ける。

ワーリャさんて言うんだ。


「いえ、実家の妹達がこれくらいの歳なので慣れております」


歳は俺とそう変わらない赤毛を編み込んだ茶色い瞳のメイド。

クレハさんに答えながら、少女にお茶を勧めたり、頬に着いたタマゴペーストを拭ったりと、甲斐甲斐しく世話を焼いている。

相変わらず無表情だが、声は優しかった。


「さて、どうしましょう?」


クレハさんが少女を見ながら俺に問い掛ける。

もう、この子には身寄りは無い。

孤児院にでも入れるか?

それとも、前世同様、アナトリア国王の養女にする?


「わたしが引き取っても良いのですが、今のヒルダには会わせられないですね」


人間を異形に変えたという女。

確かにそんな者にこの少女を見せる訳にはいかない。

なにをしでかすか解ったもんじゃないから。


「おまえはどうしたい?」


酷かもしれないが、少女に尋ねる。

少女は食べる手を止めると、ソファの向かいに座っている俺とクレハさんを交互に見た。


まあ、ここは物腰柔らかいクレハさんを選ぶんだろうな。


少女が立ち上がってこっちにくると、黙って俺の袖を掴んだ。

虚ろな瞳がじっと俺を見ている。


「決まりですね」


クレハさんが俺に言った。

ワーリャさんも黙って俺を見ている。


断れる雰囲気じゃないよね。

拾ったのも俺だし。

俺が保護するしかないみたいだ。

人道的に考えても見捨てられないよ。


ここで『仕方が無い』的なセリフは絶対に吐けない。

この子に、俺が嫌々引き取ったと思わせてしまうから。


俺は少女の目を見て訊く。


「キミ、名前は?」

「…………」


そこで俺は気付く。


「名前を訊くなら、まず自分から名乗らなくてはね。俺の名はサイガイツキだよ」

「災害月…………」


少女の呟きにクレハさんがプッと吹き出す。


「恐怖の大王みたいですね」

「クレハさ~~ん。」


クレハさんを睨む。

気を取り直して改めて自己紹介する。


「サイガが家名で、名前がイツキだよ」

「わたしの名前はクレハ・ミューラーです」


クレハさんも自己紹介した。

少女が俺を見つめて、


「…………リーファ…………」


ぽつりと呟いた。


「リーファか。いい名前だね」


俺がリーファと名乗った少女の頭に手を置くと、彼女がピクッと身を堅くした。


俺はリーファの頭を撫でながら優しく微笑んで言う。

少しでもこの子を安心させるために。


「リーファ。これからはお兄さんがキミの保護者だ。一緒に来てくれるかい?」


リーファは虚ろな目で俺をジッと見ると、黙って頷いた。


「という訳で、俺はこのへんでお(いとま)します。後のことは任せていいですか?」

「ええ、お任せ下さい」

「ちなみにこの後はどうされます?」

「前線近くまで行ってヒルダを回収します」


俺はクレハさんから目を離さない。


「安心して下さい。観戦はしますが、手は出しませんので」

「そうですか」


俺はリーファをお姫様抱っこすると、[転移]を起動する。

俺の真下に魔法陣が現れた。


「では、失礼します」

「ええ、お気をつけて」


[転移]を行使して、一気にくらまから王都サウスワースの迎賓館広間に跳躍した。




俺が迎賓館の広間に現れると、そこには誰も居なかった。

やがて、メイド長のシャルトリューズさんが現れた。


「どこに行かれていたんですか?」

「ちょっと、カラトバの領都まで」


シャルトリューズさんは俺に抱き抱えられているリーファを見る。


「イツキさん。隠し子ですか?」


真面目に訊いてきた。

この人は俺を何だと思ってるんだろう。


俺はコナカ村で起きたこと、そこでリーファを保護したことを伝えた。

クレハさんと多目的巡航艦くらまのことは黙っておいた。


「そうですか。では、リーファ様の面倒はイツキ様が――――」

「本人が拒まなければ俺の養女にするつもりだよ」


白亜も拾って義妹にしたんだ。

娘が増えたって変わらん。


「は~~~っ。お嬢様も苦労しますね」


シャルトリューズさんが溜息をついた。

シルクが苦労する?

何で?


シャルトリューズさんがリーファの前にしゃがみ込んで目線を合わせて、


「では、リーファ様。お風呂できれいになりましょうね」


優しく微笑んだ。

シャルトリューズさん、そんな表情もできるんだ?

俺が目を丸くしていると、


「何でございましょう? イツキ様は私が冷血漢か鬼とでもお思いなのでしょうか?」


シャルトリューズさんが微笑みを俺に向けて来た。

それ、リーファに向けるものと違うよね?

眼鏡がギラリと光ったし、こめかみに青筋立ってるし。

でも、俺は忘れないよ。

ヌメイで俺を容赦なく拘束したことを。

俺の服を全部剥ぎ取ったことを。


そんなやり取りをリーファがジッと見ているのに気付く。

いかんいかん。

このやり取りは子供には毒だ。


「リーファ。この人がこれからキミを綺麗にしてくれるから。行っておいで」


リーファは黙って頷くと、シャルトリューズさんが呼び寄せたメイド隊員に手を引かれて貴賓室を出て行った。

彼女は俺の姿が見えなくなるまで振り返ったままずっと俺を見ていた。


リーファが消えるとシャルトリューズさんが俺に報告してきた。


昨日(さくじつ)、カラトバの軍事侵攻が始まりました。ミスラ要塞が陥落し、現在も侵攻は継続中です。お嬢様は相互援助条約に基づいて、白亜様、セレスティア様、サリナルーシャ様、アインズ様、サハニ様と出立(しゅったつ)致しました」


簡潔に要点だけ伝えてくれる。

さすが、できる女、シャルトリューズさん。


「会敵はどこになると思う?」


俺は[マッピング]で地図を空中にヘッドアップする。


「このあたりですね」


シャルトリューズさんが地図上のある場所を指差す。


モルタヴァ高原。


嘗て、勇者パーティが九魔公の一人、大魔人ムジャディティ率いる魔族軍20万と雌雄を決した場所。俺の前世の記憶にもある、サウスワースから南に1200km下った場所だ。



統一聖皇国歴844年。

サウスワースを出立した俺達勇者パーティは西大陸南部に展開する魔族軍の一掃を目指していた。俺達はモルタヴァ高原の北部丘陵に布陣し、南に広がる平原から押し迫る魔族軍をシルクの遠距離範囲攻撃魔法で迎撃。丘陵に押し上げて来た敵は俺と師匠とエルフの決死隊で斬り伏せていった。最終的に敵将ムジャディティを俺が討ち取ることで戦いは終結。この戦い以降、西大陸南部での魔族軍の組織立った抵抗が無くなった。



今回もシルクはモルタヴァ高原の北部丘陵に布陣してカラトバ軍を迎え撃つつもりだ。


「シルクは転移で?」

「はい。セレスティア様の助力もあり、お嬢様の親衛隊や王国近衛騎士団及び王都の冒険者達を即応部隊として送り込むことができました」

「敵は?」

「100万だそうです」

「こちらは?」

「王国軍は総兵力50万です」

「半分じゃないか?」

「これまでの第一次カラトバ戦役、第二次カラトバ戦役共にアナトリア軍がカラトバ軍を退けています。ただ、今回、カラトバ側には強力な魔道兵器があるとのことなので、情勢はアナトリア側に不利かと。」

「ちなみに即応部隊の兵力は?」

「即応部隊は冒険者を含めて1万4千」


100万の軍が一気に押し寄せたら、1万4千なんてあっという間にすり潰されてしまうだろう。


さて、どうする?

騎士王を大魔道剣聖モードで倒して、それから大賢者に職種変更してから極大魔法でカラトバ軍を殲滅する?

それとも、その逆?


悩んでいると、メイド隊員に連れられたリーファが戻って来た。

フリルがあしらわれた水色のドレスを着て、髪はポニーテールに纏められている。


「見違えるようだね」


リーファを抱き上げて左腕に座らせ、右手をその頬に添える。

無言でジッと俺を見るリーファとは暫くお別れだ。


「リーファ。俺はこれから出掛けて来る。戻ってくるまでいい子で待っていてくれるかい?」


リーファが俺の右手の袖をギュッと掴む。


「これから、リーファの仇を討って来るから。リーファから全てを奪ったヤツをやっつけて来るから」


リーファが頷いて俺の右袖から手を離した。


リーファを床に降ろす。

相変わらず、彼女は俺から目を離さない。


「じゃあ、行ってきます。シャルトリューズさん、リーファをお願いします」

(かしこ)まりました。いってらっしゃいませ、旦那様」


俺のことをシルクの夫扱いするシャルトリューズさんの言葉に反論したいのを我慢して、俺は[転移]を発動した。

目指すはモルタヴァ高原北部丘陵だ。







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