085 暗闇の中の一縷の光
これは何だ。
俺は何を見せられている?
上空から映し出されたコナカ村は徹底的に破壊されていた。
石造りの家は崩壊し、木造の家は燃え盛っている。
「もっと詳細が知りたいですね」
「サイトイーグル2号機の高解像度カメラでもここまでが限界です」
クレハさんの要求に通信員が答える。
艦長がクレハさんに指示を仰ぐ。
「どうされますか? 博士」
「子機を投入して下さい」
「了解しました。子機投入を急ぎます!」
サイトイーグル2号機から放出された子機ドローンが低空を飛び交い村の様子を映し出していく。その画像がマルチウィンドウになったモニターに表示される。
村のあちこちに無残に斬殺された遺体が転がっていた。
首を刎ねられた遺体。
腹を裂かれた妊婦。
逆さ吊りにされた遺体の目は刳り抜かれ耳が削がれ腹が裂かれ左右の腕も無い。その下に血溜まりが広がっている。
生きたまま焼かれたと思われる身体を丸めた焼死体。
銃殺された遺体。
子供の遺体まであった。
全てがダークエルフだった。
カラトバ兵の姿は見当たらなかった。
「これは酷い」
メインブリッジの女性スタッフが手で口を覆った。
吐き気を抑える為だ。
「カラトバは人間至上主義とは解っていたが、これ程までとはな」
別のスタッフが呟く。
「意見具申。博士、生存者がまだいるかもしれません。発進を許可頂きたい」
艦長がクレハさんに進言する。
「モラキア通商都市連合は中立国です。人道的処置は許されるでしょう。直ちにコナカ村に向かって下さい」
「|Aye,ma'am!!」
クレハさんの指示に艦長が最敬礼で答える。
その表情からはクレハさんへの尊敬の念が伺われた。
「それでよろしいですね?」
クレハさんが俺に確認する。
俺は黙って頷いた。
「離床準備急げ!」
「艦首タラップ格納! 艦首ゲート閉じよ!」
「垂直ノズル、推進機、動作チェック!」
「問題ありません!」
メインブリッジが慌ただしくなり、多目的巡航艦くらまが離床準備を整えていく。
「離床準備OK!」
「垂直ノズル反重力5%稼働! 目標高度300!」
「離床します!」
艦がカラトバ王宮広場から垂直上昇を始める。
「上空、飛来物無し。高度300まで上昇します!」
「カウントダウン開始!」
「250、200、150、100、50、目標高度300に到達!」
「垂直ノズル反重力維持!」
「右60°回頭!」
「左水平ノズル10%で稼働!」
艦首がゆっくりと北を向く。
「艦首11時!」
「左水平ノズル停止! 右水平ノズル5%で稼働!」
「間もなく艦首0時!」
「右水平ノズル推力ダウン! 4、3、2,1、右水平ノズル停止!」
「艦首0時で停止しました!」
「推進機稼働! 進路、障害物無し! 領都外までは速度15で微速前進!」
やがて、領都の北の外壁を越える。
「領都外に出ました!」
「高度を現在の300から5000に上げろ!」
「上空、飛来物無し。目標高度5000!」
「垂直ノズル反重力80%稼働!」
「ヨーソロ!」
艦が高度を上げていく。
高層ビルのエレベーターが高速で上昇する時の浮遊感。
「まもなく目標高度!」
「残り500です。50刻みでのカウントダウンを開始します!」
「4500! 4550、4600、4650、4700、4750、4800、4850、4900、4950、今目標高度5000に到達!」
「北に進路を取れ!」
「これより、アナトリア王国コナカ村まで全力航行だ!」
「了解!」
「 全速前進!」
「推進機推力最大!」
「到着予定時刻1232!」
42分でコナカ村に到着するらしい。
コナカ村という場所には一度も行ったことがない。
だから、[転移]は使えない。
俺は多目的巡航艦くらまの中でゆっくり進む時間感覚に苛まれるのだった。
■
コナカ村上空に到着した艦の艦橋後部ハッチを開けた俺は、屋上デッキから地上に飛び降りた。艦の着陸を待っていられなかったからだ。
高度5000からの飛び降り。
早く降りる為に[アンチグラビティ]の発動を限界まで控える。
落下速度が増していく。
まさに墜落だ。
高度100?くらいから一気に[アンチグラビティ]で減速。
身体が下から押し上げられ、圧縮されて骨が軋むような感覚。
地面すれすれで急ブレーキを掛け、最後はふわりと地面に降り立つ。
そこには目を背けたくなるような光景が広がっていた。
映像以上に生々しい。
俺は被災を免れた建物に足を向ける。
その建物に近付くに連れ、飛び散った肉塊や手足が変な方向を向いたカラトバ兵の死体が増えていく。
被災を免れた建物は教会だった。
肉塊が引き摺ってきたと思われる血の川が教会の入口から続いている。
教会の入口に向かう。
入口から一歩踏み込んだそこには物凄い腐臭と血の臭いが漂っていた。
思わず咽てしまう。
「ゴホッゴホッゴホッ!」
ハンカチで口と鼻を覆いながら教会内を見渡す。
教会の壁には嘗て人だったものの弾けた痕。
床のいたるところに腐り果てた肉片が散乱していた。
あちこちに血溜まりや飛び散った脳漿が見える。
魔物?
!!!
グロテスクな肉塊から若い人間の女性の頭が生えていた。
他の肉塊も確認する。
人間の手や足が生えた肉塊もあった。
「この肉塊は多分人間です」
後ろからクレハさんの声。
「人間?」
「ええ、『人間』というよりも『人間だった』と言うべきでしょうか」
クレハさんがしゃがみ込んで肉塊から生えた女性の頭に触れる。
「可哀そうに。なんらかの方法で異形に変えられて処分されたのでしょう」
クレハさんがその手で女性の開ききった目をそっと閉じる。
「カラトバは人間至上主義なんでしょう? 何故、人間まで?」
「わかりません。ただ、こんな真似をする者に心当たりがあります」
俺はクレハさんを見る。
「それは?」
「ヒルデガルド・エンデ。『M&Eヘビーインダストリー』社のもう一人の共同代表」
「!」
クレハさんもグル?
俺は[無限収納]から出した白藤を構える。
「勘違いしないで下さい。わたしはこんなことは絶対に認めません」
クレハさんが両手を前に出して制止のポーズを取った。
俺は[無限収納]に刀を収める。
「でも、あなたのお仲間がこんな真似をしたんですよね?」
「お仲間? それは正確ではありませんね。これは確かにヒルダの仕業です。が、ヒルダであってヒルダではないのです」
「言っている意味がわからない」
「この惨劇を引き起こしたヒルダこそ…………わたしの『復習』相手の一人なのですよ」
全く理解できなかった。
が、とりあえずクレハさんは犯罪の片棒を担いでいる訳ではないようだ。
その証拠にくらまの乗組員に遺体の丁重な埋葬を指示している。
「前世でも人々の為を信じて刀を振るって来たのに。その志さえ踏み躙ろうというのですね、破壊神サウラ」
クレハさんが何か呟いたようだが、俺にはよく聞こえなかった。
俺はくらまの乗組員の遺体収容作業を見守っていた。
艦長さんが、
「埋葬までまだ時間が掛かります。貴賓室でお待ち下さい」
と俺に休憩を勧めてきた。
俺を貴賓室に案内すべくメイドが迎えに来たが、それを断って村内を見て回る。
破壊された村は無残だった。
力の無い者はこうして理不尽に蹂躙される。
本当に理不尽にだ。
俺は我が身に置き換えてみる。
もし、俺に抗う力が無かったら・・・・・・
白亜が、シルクが理不尽な暴力に晒されたら・・・・・・
セリアが――――
いや、あいつは女神だから大丈夫だろう。
『わたしの扱い、酷過ぎない!? もっと優しく接しなさいよ!』
セリアの抗議する姿が浮かんで思わず頬が緩んでしまった。
勇者の加護とシルクからの大魔法使いのスキル。
これがあるおかげで彼女らを守ることができる。
その意味では、シルクとセリアに感謝だ。
『親友のわたしに感謝しなさい』
『大魔法使いのスキルはボクが授けたんだけどね』
『それだって私がイツキを召喚したからできたことでしょ。だから、ほれほれ、わたしに感謝を捧げなさいよ、有形無形で。まずは極上の甘味を御馳走しなさいよ』
『即物的な神だなあ』
セリアとシルクの掛け合いする姿が思い浮かぶ。
ガタッ!
と、音がしたのに気付く。
ここは村はずれの枯れて埋められた井戸の前。
井戸を囲むレンガを繋ぐ漆喰が所々剥がれている。
俺は井戸に近付くと、そっと木の蓋を開けた。
!!
井戸は地面と同じ高さまで埋められていた。
井戸の幅は70cmくらい。
高さは50cmくらい。
子供なら隠れられる大きさのそこには――――
7~8歳くらいのダークエルフの少女が隠れていた。
肩まで伸びた真っ直ぐな銀色の髪。
前髪から覗く翡翠色の瞳。
俺を見上げるその瞳は虚ろだった。
俺を敵だと思っているらしいが、抵抗する様子はない。
むしろ、俺に殺されるのを待っているように見えた。
「俺はカラトバ兵じゃない。」
少女は黙って俺を見詰めている。
参ったな。
前世で助けたサリナには感情的なリアクションがあった。
でも、この少女からは何の感情も見られなかった。
絶望した人間特有の無反応。
おそらく、漆喰の剥がれた隙間から全てを見ていたのだろう。
自分の肉親や友達や近所の住人が無残に殺されていく様を。
そして自分を守る為に感情に蓋をしてしまったんだ。
どうする?
とりあえず、両手を伸ばして少女の両脇に入れ、持ち上げて井戸の外に出す。
井戸の外に立った少女は120cmくらい。
俺は少女の手を引いて、くらまに向かう。
少女は全く抵抗しなかった。
さっき俺を迎えに来たメイドがくらまの艦首タラップの前に立っていた。
ありゃりゃ?
待たせちゃったな。
俺はメイドの前に行くと、
「すいませんね。待って頂かなくてもよかったのに」
メイドが俺を見て、俺の左下を見た。
「そのお子様は?」
「生存者みたいです」
無表情だったメイドが目を見開く。
「「「「「「「「「「「生存者~~~~っ!!!!?」」」」」」」」」」」
くらまの乗組員達がワラワラと押し寄せて来る。
少女が俺の後ろに隠れた。
「生存者がいたんですかっ!?」
クレハさんも走って駆け付けてきた。
暗かった現場の雰囲気が生存者の発見で俄かに明るくなった。
暗闇の中、一縷の光を見つけたように。
「他に生存者は!?」
「今、調べてみます」
俺は[探索]を行使する。
乗組員は全員ここに集まって来たので村に生体反応があればそれは生存者だ。
しかし、ここ以外に生体反応は無かった。
「残念ですが、生存者はこの子だけです」
それを聞いた乗組員の人達とクレハさんが肩を落とした。
「とりあえず遺体の埋葬を進めましょう」
「そうですね。あとどれくらい掛かりますか?」
「全員で手分けしてあと2時間くらいでしょうか」
「では、このまま埋葬作業を進めて下さい」
「了解です!」
乗組員達が埋葬作業に戻っていく。
「では、イツキさんは貴賓室へどうぞ」
俺は少女の前にしゃがみ込むと目線を合わせる。
「俺と一緒においで。このお姉さんがお茶とお菓子を御馳走してくれるから。」
「ええ、とびきり甘いお菓子をご用意しますよ」
クレハさんも俺と同じようにしゃがみ込んで少女と目線を合わせて微笑んだ。
少女は虚ろな目で俺とクレハさんを交互に見ると、小さく頷いたのだった。




