078 意地でも逃げ切ってやる!
迎賓館を脱出した俺は、王都の繁華街に急いだ。
人混みに紛れる為だ。
だが、繁華街にも既に手配が廻っていた。
あちこちを捜索の近衛兵が走り回っている。
俺は裏路地に入って、大通りの様子を伺う。
「初動早いな。」
と、後ろから人の気配が。
振り向いて暗い路地の奥に目を凝らすと、トアだった。
「あっ! イツキっ!」
トアが追ってくる。
俺が大通りに出ると、それを近衛兵が見咎める。
「いたぞっ!」
ピイイイイイイイイイイ!
近衛兵が笛を鳴らす。
あちこちから近衛兵が集まって来た。
冒険者どもまでいる。
俺は別の路地に逃げ込む。
追手も路地に踏み込んできた。
裏路地を右に左に曲がりながら追手を躱す。
勤皇志士だった頃に壬生狼や見回組の追手をこうして振り切っていたっけ。
ここであの時みたいに曲がり角で振り向き様に斬り伏せるって訳にはいかないんだが。
追手の中に、アインズ支部長やデュークさんの姿まであった。
どうやら、王国は本気のようだ。
何が何でも俺を捕縛して、国王の前に引き摺り出すつもりらしい。
第一王女さんよ、俺が何をしたっていうんだ?
上等だ。
こうなったら、意地でも逃げ切ってやる!
俺は何十度目かの角を曲がると、後ろを確認する。
後ろに追手が誰も居ないことを確認した俺は走りながらエマージェンシーモードで[スイッチ]を発動した。
「エマージェンシーモードで行商人にスイッチ!」
そう呟くと、自動音声が響き渡る。
『エマージェンシーモードでスイッチを起動。現在通常エリアにセットされている英雄・賢者をスタックに一時退避。クロックアクセラレーター起動。スリープコア3個をウェイクアップ。クアッドコアによる処理準備完了。只今から、コモン・行商人を超高速マルチモードでインストールします』
次の瞬間、
『コモン・行商人のインストールに成功しました』
俺の衣装が群青色の賢者のものから麻色の行商人のものに変わる。
薄紫色の髪と茶色い瞳に丸眼鏡を掛けたの20代後半の男だ。
懐にはモラキア通商都市連合の商人ギルド証。
名前 : ウィンストン・リュグナー
年齢 : 28歳
職業 : 行商人
もちろん精巧にできた偽造品。
ホバートで行商人から物を買う時に興味本位で見せて貰った商人ギルド証が役に立った。
さて、騒ぎが収まるのを待つか。
俺は大通りに出ると、オープンカフェのテラス席に腰を据える。
大通りを引っ切り無しに近衛兵や冒険者達が行きかっている。
注文したカフェオレのカップを傾けながら他の客がするようにそれを見学していた。
俺を探しているんだね。
ご苦労さん。
「銀髪碧眼の群青色の服を着た賢者を見かけなかったか?」
掛けられた声の主を見ると、アインズ支部長だった。
横には・・・・・・ロダンが居た。
ヤバい。
ヤバいよ。
ロダンの鎧の中から向けられる視線が痛い。
「さあ、注意して人を見ることがあまりないので、よくわかりませんね」
そこに、トアと・・・ナナミさんまで寄って来た。
「ぜったい、こっちに逃げて来たはずなんだけどなあ」
「確かにこの近くに居たはずなのです。私の探索にも引っ掛かっていましたから。臭いもそこの路地で確認できました」
『臭い』って…………それもナナミさんのスキルなの?
なんなの?
なんで、俺の周りに集まってくれちゃうの?
彼等にバレるとは思っちゃいないが、もし、シルクやセレスティアを呼ばれても面倒だ。
魂の本質を見定められるシルクや女神セレスティアなら今の俺を一発で見破るだろうから。
「ここでこうしていても埒が明かぬ。他を当たろう」
ロダンの提案に同意した皆が去っていく。
ロダンがノールックで人差指と中指を立てて去っていった。
全部お見通しってか?
サンキュー、ロダン。
■
俺は王都の南門を出て、南に向かう。
門番は偽造の商人ギルド証を見ても不信を抱かず通してくれた。
すごい、ステルス性能。
凄いよ、コモン。
これから向かうのは、カラトバ騎士団領。
できれば、領都スヴェルニルまで行きたい。
南門から数km先の森まで来ると、俺は行商人から賢者に戻るべく、[スイッチ]を発動する。
「探知妨害。更に賢者にスイッチ!」
いつもの電子音声。
『コモン・行商人をアンインストールします』
次の瞬間、
『コモン・行商人のアンインストールに成功しました。引き続き、英雄・賢者のインストールを開始します』
30秒後、
『英雄・賢者のインストールに成功しました』
「容姿変換。隠蔽。探知妨害解除」
さて、じゃあ、カラトバ騎士団領に向かいますかね。
「フライ。」
俺は飛行魔法でカラトバ騎士団領を目指した。
なぜ、カラトバ騎士団領なのか?
これまで、ちょこちょこ出て来たカラトバ騎士団領の非正規戦部隊。
こんな連中を送り込んでくるカラトバの思惑は何だろう?
アインズ支部長によると、カラトバの騎士王オストバルト・フェルナーは聖皇国が選出した勇者パーティーのメンバーらしい。
どんな男なのか確認もしておきたいところだ。
他にも、ヒルデなんちゃらとか、ヘンリなんちゃらとかいうメンバーもいるそうだが、何処出身者かはよく訊いてなかったな。
ま、どうでもいいし。
いずれにせよ、聖皇国に宛がわれたメンバーとパーティーを組むつもりはない。
俺がパーティーを組むのは白亜とロダンと白夜だ。
選ぶのは聖皇国じゃない。
俺なんだよ。




