077 邂逅
翌々日の午前10時に迎賓館に行くと、玄関前でシャルトリューズさんが待っていた。
そのまま、シルクの居る客室に案内された。
シャルトリューズさんが客室の扉を開ける。
「イツキ様をお連れしました」
中に入ると、シルクが待っていた。
「遅いじゃないか。昨日までどこに行っていたんだい?」
出迎えたシルクは既に外務卿の正装姿。
黄土色のタイトスカートスーツに白いシャツ。
首元には茶色のスカーフ。
襟にはオリハルコンの飾り。
その横にはメイド服を着た侍女が控えていた。
ん?
メイド隊にこんな小柄な侍女なんて居たっけ?
って、白亜!?
「王宮にメイド隊の誰かを連れて行こうと思ったんだけど、王宮内は武器携行厳禁でね」
シルクが言うには――――
いざという時に武器を持たないシルクやメイド隊は魔法で対処しなくてはならないが、不意を突かれた物理攻撃には即応できない。でも、白亜なら[頂きの蔵]がある。一見武器を携行しているようには見えないが、いざという時には[頂きの蔵]から取り出した武器で即応可能だ。
「そんなに王宮内は危険なのか?」
「たぶん大丈夫だとは思うんだけど、なにしろ王宮に入ったことが無いからね。それにボクを狙う刺客は何処にでもいる。主戦派魔族が紛れ込んでいないとも限らない。だから、万が一の備えは必要だよ」
シルクの言い分もわかる。
実際に、シルクを迎える隊長さんへの封緘命令書の配達はカラトバの手の者に邪魔されそうになったし、魔族領主戦派は実力行使にまで出て来た。
王宮内にカラトバや魔族領主戦派に通じる者がいることを警戒するのは当然だ。
つまり、魔族領とアナトリア王国の平和条約締結は連中にとっては絶対に阻止しなければならない案件なのだろう。
一般人の俺からすれば、平和条約大いに結構。
穏やかな生活を守れるからむしろ大歓迎だ。
にしても。
白亜のメイド服姿をまじまじと見る。
メイド服は紺の上下。
スカートはミニだ。
黒いニーハイソックスが絶対領域を強調している。
凄く似合ってる。
う~ん、この発想は無かった。
毎日ご奉仕されてみたい。
ついで、『お兄様』とも言わせてみたい。
それとも『兄様』、いや『にいにい』?
ジッと見ていると白亜がシルクの後ろに隠れた。
「どうしたんだい? イツキ君」
「シルク、グッジョブだ」
サムズアップした。
「今度、これと同じものを買うか作ることにしよう」
「必要無い。この服は白亜嬢専用に仕立てさせたものだ。このまま進呈するよ」
シルクさん、ありがとう。
思わずシルクを拝んでしまった。
「イツキにこんな性癖があろうとは…………」
「もうこれからはずっとその恰好でいてくれ。冒険者用に防御機能メガ盛り仕様も必要だな。ホバートで仕立てることにしよう。アイシャさんなら喜んで協力してくれそうだし。うん、そうだ、そうだ、そうに決まった」
「イツキのバカ! エッチ! スケベ! 変態!」
うんうん。誉め言葉として受け取っておくよ。
「いつまで、じゃれ合っているのかしら?」
俺の後ろから不機嫌そうな声がした。
振り返ると、白いヒラヒラした衣装に身を包んだプラチナブロンド・碧眼のスレンダー美女が腕を組んで立っていた。
「お連れ様がいらしたので、ご案内しました」
シャルトリューズさんの説明。
おかしい。
自宅に置いて来たはずなのに、なんでここに居るんだ?
「嘘…………まさか女神様?…………何でセレスティア様がここに!?」
白亜が驚きの声を上げた。
まあ、驚いても仕方無い。
目の前にこの世界を司る女神が降臨したのだから。
転生したセリアとやはり転生したシルクの邂逅。
だが、シルクは素っ気なかった。
「女神を呼んだ覚えは無い。帰ってくれないか? キミの居場所は神界だろう?」
「わたしが自分の世界のどこに現れようが勝手でしょう? あなたに指図される謂われはないわ。それにその態度も頂けないわね、イツキをこの世界に召喚したわたしに向かって。むしろ、感謝を込めて崇め奉って欲しいものだわ」
状況が呑み込めない白亜が珍しくオロオロしている。
「そうですかー。イツキを召喚してくれてありがとうー」
シルクのセリフは感謝の気持ちの欠片も無い棒読み。
そして、一言。
「帰ってくれ!」
どうして、この二人は仲良くできないんだろう。
昔からそうだ。
「あら、イツキの親友のわたしがどうして帰らなくちゃならないの? むしろ、押し掛け魔族こそイツキに纏わり付くのを止めなさいよ。そして用が済んだら、とっとと魔族領に帰れ」
そして、セレスティアが俺の左腕に腕を絡ませ、
「これからは親友のわたしがイツキの傍にいるから、あんたは用済み」
「へえ、面白いことを言うじゃないか? セリア。女神になってちょっとは学習したみたいじゃないか」
「そうね。いけ好かないエルフの大賢者よりはね。大神官から女神にランクアップよ。それに比べて、なに~? その姿。魔族に闇落ちかしら? あ、そうか。勇者イツキに討たれる為に現れたのね? 討たれ役か。そうなのね。納得~」
「仕事放っぽり出して男に走った堕女神に言われたくないね。それにキミ、召喚したイツキに逃げられたそうじゃないか? 相手にされなくって、さぞや悔しかっただろうけど、逃げた男を追っかけまわすなんて、見っとも無いったらありゃしない。ボクにはとても真似できそうにないよ」
セレスティアが俺を見上げて射殺すような視線で睨んできた。
『おい! 余計な事喋りやがったな!』
目は口程に物を言う。
今がそれ。
「えっと、セレスティア様がセリア枢機卿で…………勇者一行の…………」
白亜が悩んでいる。
「まあ、言ってればいいわ。わたし、この2日間、イツキと一緒に寝たのよ」
俺の腕を解いて一歩前に進み出たセレスティアが爆弾を投下した。
部屋が凍り付いたように感じたのは俺だけだろうか。
もちろん、二晩、抱き枕代わりにされただけ。
疚しい事は何も無かったよ。
「押し掛け魔族の癖にイツキと寝たことも無いの? ふ、所詮はその程度の関係か」
セレスティア、煽る煽る。
珍しくシルクが押されている。
でも、本当に疚しい事は無かった…………はずだ。
シルクとセレスティアが一触即発。
俺は足音を立てずにそっと部屋を出ようとした。
ここは三十六計逃げるが――――
「どこに行くんだい?」
「何処に行こうとしているのかしら?」
セレスティアに神術[光の縄]で拘束され、二人の前に座らせられた。
「召喚した時も最初からこうしておけばよかったのよね」
「サツキ君も逃げ足だけは速かったからね。『勤皇志士は窮地には逃げてなんぼ』って言ってたしね」
いつの間にか二人が共闘している。
「さあ、イツキ君。セリアがどうして現れたのか教えて貰おうじゃないか? 二日間、セリアと何をしていたんだい?」
「イツキ。シルクとの最期と再会について洗いざらい話して貰うわよ?」
■
俺はこってりと絞られた。
正座させられたままで。
事情聴取は4時間に渡り、その間、シルクと白亜とセレスティアが昼食を囲む。
俺は飯抜き。
あんまりじゃないかな?
俺、何も悪い事してないのに。
全部、君達の思い込みだろ?
午後2時過ぎ。
ようやく俺は解放された。
「ボクはこれから平和条約の調印式に出席する」
シルクによれば、
15:00 王宮入城
15:30~ 謁見の間で国王と対面
16:00~ 大会議室で平和条約調印式
17:00~ 小会議室で国王一家と歓談
18:00~ 大ホールで社交パーティー
21:00 王宮出城
予定が目白押しだ。
提示された条約文に問題が無ければ、そのまま調印の運びになる。
何かあればシルクがその場で判断する。
既に実務者協議済みだそうだから、特に問題が起きるとは思えないけど。
「で、実務担当者からの報告では、イツキ君が同行していると知った第一王女がイツキ君を国王に謁見させたいと申し出て来たそうだ。ボクもその方がいいと思う。君の功績は賞賛されて良いものだ。アインズ氏も同意見だったよ」
「セレスティアはどうするんだ?」
「もちろん連れて行くつもりだよ。調印式にも参加して貰う。エーデルフェルトの女神が平和条約の調印に立ち合い祝福してくれるなら、魔族領とアナトリア王国の友好の絆は盤石なものとなるだろうからね」
「魔族と人間の間の均衡が保たれるなら構わないわ。同行しましょう」
王宮には、シルクと白亜の他にセレスティアも行くことになった。
だが、俺は行かない。
俺は辺境で穏やかに暮らしたい。
こんなところで脚光を浴びる訳にはいかない。
このままでは、スローライフがどんどん遠ざかってしまうような気がする。
「俺は…………イヤだ!!」
「「「あっ!! 待てっ!!」」」
叫ぶと同時に部屋のテラス目掛けて全力疾走。
俺の突然の逃亡に不意を突かれた三人。
その内の一人、セレスティアが[光の縄]を行使する。
が、[光の縄]が届く前に、俺はテラスの手摺を飛び越えて庭に飛び降りていた。
4階のテラスから飛び降りた俺は[アンチグラビティ]で減速して落下衝撃を軽減して着地すると、振り返ることなく迎賓館の外に脱出したのだった。
「サイガイツキ様を速やかに捕縛するよう、直ちに王国近衛軍と冒険者ギルドに通達!」
背後からシャルトリューズさんの指示が響き渡るのが聞こえた。
俺はアナトリア王国でも指名手配される身になってしまった。
参ったな。
このまま、アナトリア王国で指名手配され続けるのは困る。
いずれ、ほとぼりが冷めた頃に出頭するとしよう。
何かそれらしい言い訳を考えておかないとね。
それで許して貰うんだ。
でないと、辺境の自宅を接収されてしまうかもしれないからね。




