076 M82魔道砲
「荷降ろし急げ!」
艦長が指示を飛ばしている。
多目的巡航艦くらまの開いた先端部から降ろされたスロープから魔道力自走トレーラーに引かれた16輪の牽引兵器が次々と降ろされて行く。
牽引兵器はM82魔道砲。
聖皇国歴982年初頭に量産が開始されたばかりの大口径ビームキャノン発射装置だ。
全長10m、幅3m、砲身の長さ7m、口径40.4cm。装備重量8トン。
車体も砲身も超軽量耐熱ミスリル合金製だ。
砲身後部に装てんされた魔石に充填された魔力を元にビームキャノンを発射する。
交換式の魔石1個で20発のビームキャノンが発射できる。
一般的な魔法兵では口径40.4cm相当のビームキャノンは撃てない。
撃てても、せいぜい口径20cm相当までだ。
その口径20cmのビームキャノンすら最大で10発しか撃てないだろう。
だが、これは交換用の魔石さえあれば魔力を持たない兵でも無制限に大出力で撃てる戦闘兵器だ。
砲身の最大仰角は60°。
仰角20°までは正射でき、それ以上の仰角を取れば曲射もできる。
被牽引車両なので、牽引する馬、もしくは自走牽引車が必要ではある。
この兵器を開発したのは、クレハ・ミューラー。
量産したのはモラキア通商都市連合に本社を置く『M&Eヘビーインダストリー』社。
クレハとヒルデガルドが共同で経営する工房だ
「M82魔道砲を20門。確かに納品したわよ」
「ああ、これで侵攻が開始できる」
ヒルデガルドの確認に、オストバルトが答えた。
領都への途中、くらまは周囲に何も無い荒野に着艦した。
そこで威力に疑いを持つオストバルトの為に『M82魔道砲』の試射を行った。
M82魔道砲から仰角15°で正射されたビームキャノンはその威力を保ったまま数km先の山の頂に達し、頂上を抉り取った。
野戦での面制圧用としても攻城兵器としても威力は充分だろう。
くらまの貴賓室に引き籠っていたオストバルトもこれを見て気持ちを切り替えたようだ。
「バルトちゃん、約束、忘れてないわよね? 武蔵坊弁慶の無傷での引き渡し」
「ああ、もちろん忘れていない」
「ならいいわ」
それを訊いたヒルデガルドは去って行った。
入れ替わりに現れたのは長身の女性。
マッシュショートボブウルフカットの真っ白な髪をし、隻眼ではあるが整った顔。
失われた右目を隠すように顔の右中より上は完全に髪に隠れ、漆黒の左目だけが髪の間から覗く、ベージュのパンツスーツの男装の麗人。
歳は20代後半といったところか?
「新兵器は気に入って頂けましたか?」
「ああ、予想以上だ」
「お初にお目に掛かります、騎士王陛下。開発責任者のクレハ・ミューラーと申します」
(これがクレハ・ミューラー)
「おまえさんのことはヒルダに訊いている。この度の協力、感謝する」
オストバルトは差し出された手を取って握手する。
オストバルトは握手しながら思い出していた。
短くは無いヒルデガルドとの付き合いで、その逆鱗に触れたことは今まで無かった。
あれは命の危険を感じる状況だった。
つまり、この女はアンタッチャブルということになる。
それにこの女自身からも得も言われないオーラが滲みだしている。
剣聖の彼でも敵わない圧倒的な強者だけが放つオーラを。
必然、腰が引き気味になる。
「あれ? どうされました? 顔色があまりよろしくないように見えますが?」
「いや、船酔いだろう。気にしないでいい」
オストバルトが誤魔化す。
「ところで、本当にトレーラーは必要無いのですか?」
トレーラーとはM82魔道砲を牽引する自走車両のことだ。
オストバルトはこのトレーラーの導入を断っている。
彼にとってのオーバーテクノロジー導入の閾値はここらへんまでだったようだ。
「今回は馬に引かせる予定だ。兵に『トレーラー』の操縦訓練を行っていては侵攻作戦の予定開始日に間に合わなくなるからな」
「そういうことなら仕方ありませんね」
と言いながら、別段、がっかりしたそぶりも無い。
(俺がオーバーテクノロジーを危惧していることが解っているみたいだな。食えない女だ)
オストバルトは話題を変えることにした。
「そう言えば、今日はヒルダと別行動のようだが?」
それを訊いたクレハは、
「ああ、今日の彼女は違うんですよ」
オストバルトにはクレハの言っている意味が解らなかったが、ヒルデガルドが去った方角を見つめるその左目が妖しく光るのは見逃さなかった。




