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068 死亡フラグ

「閣下。間もなく緩衝地帯に入ります。」


豪華な(しつら)えの馬車と並走する騎乗の騎士が馬車の窓越しに報告する。


「いよいよだね」


馬車の窓から顔を出した麗人シルキーネ・ガヤルドは、目の前に鬱蒼と広がる森を目にしながら馬上の親衛隊長アップルジャックに穏やかに応じた。


「王国の迎えが国境まで来るはずだが、誰が来るか訊いているかい?」

「王国側からの連絡では北部辺境の警備隊長オマル・サハニ殿とのことですが、それ以外に随行者が居るかは不明ですな」

「お嬢様。ここからは主戦派の襲撃があるやもしれません。安易に顔を出されませぬように」


馬車の中から執事のベヘモットが注意する。

森の中は遮蔽物が多い。

魔弾による狙撃を警戒してのことだ。


「『お嬢様』はよしてくれないか、ベヘモット。もう、ボクはガヤルド家の当主だよ」

「幼少の(みぎり)からお世話させて頂いている私にとっては『お嬢様』です」

「もう200年も経つじゃないか」

「それでもです」


シルキーネは窓の外を眺めながら、


「大魔法使いのボクに狙撃は通用しないよ」

「お嬢様!」

「わかったよ。ベヘモットは心配性だな」


窓から首を引っ込めたシルキーネは、


「それにボクには優秀な親衛隊が付いているから心配はないよ」


外交使節を乗せた馬車と護衛部隊は粛々と南に広がる緩衝地帯の森に入って行くのだった。



◆ ◆ ◆


魔族領との国境に向けて緩衝地帯の森の中を走るジープの助手席で俺の気分は最悪だった。


「嫌だなあ。俺は家でのんびりしていたかったのに」

「もうそのセリフ、何度目になるのだ? 我はもう聞き飽きたぞ」


ハンドルを握るロダンが俺の文句にヤレヤレと言った具合で応じる。


「そうは言ってもなあ。俺はこう見えて、普通の男子高校生なんだぜ。選挙権すら無い未成年なんだよ」

「『男子高校生』や『選挙権』が何かはよくわからんが、依頼を引き受けたのはイツキ殿であろう?」

「王命依頼だったんだよ。断れなかったんだよ。断ったら『極刑』だって脅されたし」

「ならば、諦めるしかなかろう」

「もちろん俺は一晩考えたよ。そして、出した結論はトンズラすることだったんだが…………」



――――――――――――――――――――                             


俺は朝、出立の支度をすると秘かに家の裏口から外に出た。

暫く身を隠す為だ。

場合によっては国外脱出も視野に入れている。

白亜もロダンも置いて行く。

安全なところまで逃れた後、連絡を取って呼び寄せればいい。


しかし、裏口の前に立っていたのは…………ヤツらだった。


メン・□ン・ブラ▲クのエージェント風の男二人。

無言の黒服が俺の左右に来ると、問答無用に左右から俺の腋の下に手を突っ込んで俺を吊り上げ、そのまま表に止まったジープまで連れて行かれた。

もういい加減に止めろ。俺はグレイじゃない。


「離せ! 離せよ! 俺の自由が賭かってるんだよ!」


相変わらず、俺の話しに耳を傾けずに俺の運搬に専念する黒服ども。


「何でおまえら、ここにいるんだよ!? どうやってここまで来た!?」


黒服は何も答えない。

だが、その答えは思わぬ方向から齎された。


「アインズに頼まれて妾が連れて来たのじゃよ」

「先手を打たせて貰った。おまえの企みなんざ、するっとまるっと全部お見通しなんだよ」


白亜がニヤニヤしながら言い、その横で腕を組んだアインズ支部長がどっかの探偵モドキみたいなことを言った。


黒服どもは俺をジープの助手席に座らせると、いずことも知れず去って行った。



――――――――――――――――――――                             


「妹にまで裏切られてお兄ちゃん悲しい」

「まあまあ、イツキ殿は王国の英雄だ。そろそろ政治との関わりも必要になる」

「政治って何? それ美味しいの?」

「トボけても無駄だ。『諦めが肝心』って言葉もある」

「『諦めは愚か者の結論』っていうのもあるよ」


それを訊いたロダンがヤレヤレと言った感じで溜息をついた。



後ろでは白亜と隊長さんが『言葉』と言う名の凶器でジャブの打ち合いをしている。


「まさか、女誑しの遊び人のおっさんの隣に座ることになるとはな」

「安心しな、嬢ちゃん。子供は守備範囲外だ」

「ふん、言うておれ。妾はアイシャからおまえの愚行の数々を訊いたぞ」

「愚行? 武勇伝と言えよ、チビガキ」

「チビガキ!? まあよい。おまえ、年増好みだそうじゃな? オバ専? しかも人妻狙い? とんでもないヤツじゃ。まあ、その悪行の報いが降格と辺境への左遷なんじゃろうがの」

「くっそ~、アイシャのヤツ、余計なこと吹き込みやがって」

「ククク。自業自得が服を着るとこんな姿になるのかのお」

「おい上等だ! 表に出ろ!」

「ここは既に表じゃが、何か?」


何なんだ、こいつら。

デコボココンビなのか?


「ねえ、もうそこらへんにしておかない? 刺々しい言葉の応酬が訊こえてくるだけで、俺の萎れそうなメンタルがゴリゴリ削れてっちゃうから。国境に着く頃には、俺のメンタル無くなっちゃうから。ただの屍のようになっちゃうから」


白亜と隊長さんは顔を見合わせると、


「一時休戦にするか?」

「そうじゃの」


喧嘩を止めてくれた。

ジープの走行音以外の音が止む。

俺は気を取り直して考える。


魔族領からは女魔公爵シルキーネ・ガヤルドという外務卿がやって来る。

彼女には訊きたいことがある。

魔王の所在と魔王が起こすという【暴虐】について。


彼女は平和条約締結の為に訪れるくらいだから、人族にも友好的なはずだ。

素直に教えてくれるのを期待しよう。

嫌な任務だが、そこだけは期待してもいいのかもしれない。



◆ ◆ ◆


馬車の周りがザワザワと騒がしい。


「敵襲!」


ヒュ―――――ン!

パラパラパラパラ!


ヒュ―――――ン!

ズズーン!


最初に連続する何かが弾ける音がし、次に地面が揺れるような振動に見舞われる。

遠距離砲撃だった。

それも遠距離魔法攻撃ではなく物理攻撃。


最初の砲撃で使節団の周りに張られた[結界]が中和され、2回目の砲撃が使節団近傍に着弾した。


「閣下! 火薬を使用した物理攻撃です!」

「話に訊く『砲弾』というものだね。主戦派はそんなものまで用意していたのか」


アップルジャックの報告にもシルキーネは慌てない。

使節団の周りに張られた[結界]と異なり、使節団の馬車には多重の耐物理シールドが張られている。馬車を引かせているのも馬ではなく飼い馴らされたレッサードラゴン。多少の攻撃では怯えたりしない。


ヒュ―――――ン!

ズズーン!


遠距離からの砲撃が続く。


「位置、特定しました」

「魔法兵第1小隊、前へ!」

「チームα(アルファ)は、東北東、2時12分から右に1度、距離5500!」

「チームβ(ベータ)は、東北東、2時12分から左に0.5度、距離5500!」

「チームΓ(ガンマ)は、東北東、2時12分中央、距離5495!」

「第1射放てーっ!」


[ファイアキャノン]が一斉に斉射され、遠くの森に吸い込まれた。


「着弾、今――!」


遠くの森に火柱が上がる。

しかし、敵からの砲撃は止まらない。


「敵からの砲撃は第2小隊に任せろ! 第1小隊は方位修正して第2射準備!」

「チームα(アルファ)は、左に2度修正、距離5502!」

「チームβ(ベータ)は、左に1度修正、距離5502!」

「チームΓ(ガンマ)は、左に1.2度修正、距離5501!」

「第2射放てーっ!」


再び[ファイアキャノン]が一斉に斉射され、少しズレた位置に吸い込まれた。


「着弾、今――!」


遠くの森に今度は巨大な火柱が上がった。

砲撃が沈黙する。

敵の砲兵隊は排除できたようだ。


「人間族の三角測定法を使ったんだね。うちの親衛隊長は勉強熱心だね」

「お褒めの言葉はぜひ本人に告げてやって下さい。」

「そうだね。でも、それはもっと後にするとしよう。」


長距離砲撃が止むと、森の中から魔獣を従えた召喚士、上級魔法使い、魔法剣士が現れ、使節団を取り囲んだ。上空にはワイバーンに跨った竜騎兵もいる。

砲撃により急襲部隊の接近の隠蔽を図っていたようだ。


「魔法兵に代わって、騎兵と歩兵、前へ! 魔法兵は上空からの攻撃に備えよ!」


敵が包囲網を狭めてきた。


「掛かれ―――っ!」


護衛部隊が一斉に敵に打ち掛かる。

場は混戦状態になった。


敵の数は300。

一方の護衛部隊は100。

命こそ落とさなかったが深手を負って脱落していく護衛側。



「ボクも外に出よう」

「いけません、お嬢様!」



馬車から出ようとするシルキーネをベヘモットが引き留める。


「でも、ジリ貧じゃないか。せめて、負傷兵の回復くらいは」

「仕方がありませんな。では、お嬢様は負傷兵の救護を。私がお嬢様を守ります」


二人は馬車から降りて、馬車の近くに集められた負傷兵の元に向かう。


「今、助けてやる。エリアメガヒール!」


深手を負った負傷兵が見る見る回復していく。

その横でベヘモットが敵の攻撃魔法を弾く[結界]を張る。

回復した騎兵や歩兵が前線に復帰していく。


また次々と運ばれてくる負傷兵を回復する。

回復した兵達が前線復帰して行く。

これの繰り返し。


一方の敵も少しずつ数を減らしつつあった。

しかし、敵の絶対数は多いまま。

特に上空からの竜騎兵の攻撃は地上側にとって圧倒的に不利。

次第に包囲網が狭められつつあった。



◆ ◆ ◆


「もうじき国境じゃのう」


白亜が腰のポーチから取り出した煎餅を齧っている。

お菓子持って来たんかい。

そう思いつつ白亜に掌を向けると、煎餅を一枚置いてくれた。

ご相伴に(あずか)る。


白亜ありがとう。

お兄ちゃんは感激だよ。

実は朝のゴタゴタで朝ごはんを食べていなかったんだよ。


「わし、この任務が終わったら、王都の娼館街を豪遊するんだ」

「ねえ、フラグ立てるの止めてくれない?」


隊長さんめ。

死亡フラグだよ、それ。

俺は穏便に任務を終えたいんだよ。


鬱蒼とした森が開け、花畑が広がる。


「イツキ殿、あれを見よ!」


突然、ロダンが遠方を指差す。

花畑の先に立ち塞がる森の上空にワイバーンの群れが見えた。


「魔族軍の竜騎兵だな。何かと戦っているようだが。」

「その先にいるのは多分、和平派の外交使節団…………」


ロダンの見立てに隊長さんが予測する。


とすれば、襲っているのは主戦派の――――


「ロダン、急いでくれ!」


俺はロダンにジープの速度を上げるように指示する。


せっかく、魔王と魔王の【暴虐】についての糸口が掴めそうなんだ。

主戦派なんかに邪魔されてたまるか!



◆ ◆ ◆


上空からの攻撃魔法に(さら)されるボク達。

応戦しても素早く変則軌道で高空に退避されて攻撃魔法も避けられてしまう。

地上も敵の召喚士が召喚するオーガやベアウルフが次々に現れ、倒してもキリがない。


まさか、主戦派がこんな強硬手段に出て来るとは思わなかった。

想定外だ。


「お嬢様! もう結界が耐ちません! お嬢様だけでも退避を!」


ベヘモットはそう言うけど、これはもう、ボクが全部請け負うしかないみたいだね。

どうやら、平和条約締結はまたの機会になりそうだ。

まあ、『生きて帰れれば』なんだけどね。


「ベヘモット! アップルジャック! 兵を纏めて戻るんだ! ここはボクが殿(しんがり)を務める!」


ボクは覚悟を決める。


あ~あ、会えるのを楽しみにしてたんだけどね。


ボクは上空に向けて広域攻撃魔法を放つべく意識を集中する。



と、突然、空に真っ赤な魔法陣が現れ、


ドーン!


次の瞬間、物凄い数の稲妻が閃いた。


稲妻は滞空していた全てのワイバーンを直撃し、焼け焦げたワイバーンと竜騎兵達が墜落していく。そして、またもや突然襲ってきた無数の剣や槍がオーガやベアウルフ、そして召喚士を刺し貫く。残った敵の魔法剣士達が森から現れた重装騎士と髭の魔道騎士の剣に次々と両断されていく。


「我々は助かったのか?」


呆然とするアップルジャックの言葉はボク達の思いを代弁していた。


やがて、森の中から馬が引いていない荷馬車が現れた。

そこから、二人の男女が降りて来た。


「ロダンも隊長さんもご苦労様。全部片づけたかい?」

「ああ、イツキ殿が上空を一掃してくれたおかげだ」

「まさか、サンダーボルトで一撃とはなあ。アインズには訊いていたが実際見せられてみるとビビるわ」

「のお、イツキ。妾は? 妾は?」

「うんうん、白亜も頑張った」


穏やかそうな青年が小柄な少女の頭を撫でている。

少女は…………息を飲むくらいの美少女だ。

重装騎士は…………もしかしてデュラハン? なんで?

髭の中年のおじさんは…………まあいいや。


「あの、皆様方は?」

「ああ、わし達は王国からの迎えの者です。あなた方が魔族領の外交使節団ですな」

「はい、危ない所をご助力頂き、本当にありがとうございます」


ベヘモットと髭の中年のおじさんが挨拶を交わす。


「私の名は、ベヘモ――――」

「イツキ! 来るぞ!」

「わかってる」


ベヘモットの言葉を遮って少女が叫ぶ。

青年が応じた。


「な、何だありゃあ!!」


髭の中年のおじさんが指差す方向を皆が一斉に見る。

離れた森の上空に巨大な金属の構造物が浮いていた。


「空中戦艦? 何でもありかよ、この世界? マジ、死亡フラグ立ってたじゃん」


青年が何かを呟いたがよく訊こえなかった。

いずれにしても、ボク達のピンチはまだまだ続くらしい。



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