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異世界に勇者として召喚されたのですが、不本意なので女神から逃亡して自由気ままなスローライフを送ってやろうと思います。  作者: 衣之谷こうみ
第2章 穏やかな生活は長くは続かないもの

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067 来訪者

多目的巡航艦くらまのデッキ。

乗組員達が慌ただしくコンソールを操作している。


「ヒルダ、領都スヴェルニルには168時間後の23日午前11時に到着する予定ですよ。」

「ただいま♡クレハ。」


ヒルデガルドが長身の女性に駆け寄って軽く抱擁を交わす。


長身の女性の名は、クレハ・ミューラー。

錬金術師であるヒルデガルドの工房の共同経営者である。

マッシュショートボブウルフカットの真っ白な髪をし、隻眼ではあるが整った顔。

失われた右目を隠すように顔の右中より上は完全に髪に隠れ、漆黒の左目だけが髪の間から覗く、ベージュのパンツスーツの男装の麗人。

歳は20代後半といったところか?


「妙にご機嫌ね?」

「こうして、あなたの無事が確認できたからですよ、ヒルダ」

「あら、計画が始動したからじゃないの?」


優しくヒルデガルドに微笑みかけるクレハ。

クレハは自分の半分くらいの歳のはずなのに、自分より遥かに歳を重ねてきたように感じられる時がある。今が正にそうだ。


「彼女は?」

「今は眠っているわ」

「今、彼女に出て来て貰う訳にはいきませんからね」

「そうね。制御下に置く為にも、早く素体を仕上げなくてはね」


考え込むヒルデガルドには、クレハの冷ややかに変わった表情は見えない。

クレハの左目が妖しく光る。


「いずれにせよ、サイは投げられたわ。もう後戻りできない」

「では、時代が我々に味方してくれることを期待しましょう」


そう答えたクレハの表情はヒルデガルドを優しく見守る表情に戻っていた。


「ところで、騎士王陛下はどうしました?」

「貴賓室に置いて来たわ。ちょっと脅しておいたから大人しいものよ。カルチャーショックも受けてたみたいだし」

「カルチャーショック? それは大変ですね」

「他人事のように言ってるけど、全部、あなたのせいなんだからね」



◆ ◆ ◆


時間は少し巻き戻る。


「何なんだ、これは!?」


オストバルトは混乱していた。



――――――――――――――――――――                             


更に時間は巻き戻る。


聖都から遠路遙々、馬車で聖皇国南西部の港町ポートクロノスまでやって来たオストバルトとヒルデガルドはそのまま町の港に向かった。

船に乗り換えてカラトバ騎士団領のある西大陸に渡る為だ。


港に着いて馬車を降りたオストバルトは我が目を疑った。


埠頭の陸地に鎮座していたのは全長200mを優に超える金属製の構造物。

楔形になった前端部が左右に開き、そこからスロープが伸びている。

前端部以外、直線で構成される側面は後部で絞り込まれ、側面左右には3門の砲門を持つ砲台が2基ずつ据えられ、上下面はフラット、上面の前端部後方には操舵室と思われる構造物が見える。

上面のあちこちに中小の武器が据え付けられているのも確認できる。

どう考えてもエーデルフェルトの技術とは根底から異なるものだ。


「これは空水両用の多目的巡航艦よ。」


ヒルデガルドは多目的巡航艦の開いた前端部から伸びているスロープを上がっていく。

何がなんだかわからないうちに〖貴賓室〗と記載されたプレートが貼られた部屋に連れて行かれたオストバルト。


豪華な内装の部屋の真ん中に置かれた応接セットに座る。

少しすると、ティーセットの乗ったワゴンを押したメイドが入って来て、二人の前に紅茶、テーブル中央にお茶菓子の大皿を置くと、一礼して出て行った。



――――――――――――――――――――                             


ヒルデガルドは大皿から摘まみ上げたサブレを口に入れて味わう。


「説明が必要だよね」


そして悪戯っぽく言った。


「何が知りたいかなあ?」

「全部だ!」

「いきなり全部は無理かなあ。順にお願いできない?」

「じゃあ、この船は!? これはいったい何だ?」

「まずはそこからよねえ」


ヒルダの説明によればこうだ。


多目的巡航艦 :くらま

水上排水量  :27,000トン

全長     :230m。全幅:33m

船体     :超軽量ミスリル・アダマンタイト合金鋼製

主機     :水上 3軸水属性魔力タービン推進

        空中 4基風属性ジェット推進

浮力     :全周底面反重力偏向ノズル16本

武装     :主砲    ビームキャノン   3門×4基 計12門

        近接防衛用 ビームガトリング  12基

              ファイアガトリング 12基

              ストーンガトリング 12基

速力     :水上 40ノット  (巡航速度 20ノット)

        空中 580km/h(巡航速度 300km/h)

限界高度   :6000m

積載兵力   :騎兵1個中隊、もしくは歩兵1個大隊

積載荷重   :800トン



「あたしの工房の共同経営者が建造したの」

「工房の共同経営者? 一介の錬金術師如きに造れるような代物じゃないだろう?」

「そうね。エーデルフェルトの錬金術師には無理ね。あたしでも無理よ」


自嘲気味にお手上げのポーズを取るヒルデガルド。


「じゃあ、何でおまえの共同経営者とやらにはできたんだ?」

「それはね…………」


頬に人差し指を添えながら意味深に笑うヒルデガルド。


「彼女が『来訪者』だからよ」


オストバルトでも、『来客』という意味でないことくらいはわかる。


「彼女は自らの力で、魔法だけでなく科学技術も発達した異世界から、ここエーデルフェルトに転移してきたのよ。5年前にね」


ヒルデガルドが投下してきたのはとびきりの爆弾。

本来、異世界転移は女神や司教帝や聖女のみに許された『召喚』という儀式でしか実行できない。しかも、儀式執行者自身には適用できない第三者向けの儀式だ。

それなのに『来訪者』は自分自身の力で異世界転移してきたのだとヒルデガルドは言った。


「このことを司教帝や聖女は知っているのか!?」

「知る訳ないじゃな~い。教えるつもりもないし~」

「だが、異世界転移者は神殿にしかない〖召喚の間〗に現れるんだろう!? 司教帝や聖女が知らないはずが――――」

「彼女はあたしの私室に現れたのよ。あたしの目の前にね」


オストバルトは驚愕する。

『来訪者』が転移先まで自由に選べるだなんて想定外だ。

そんなヤツが他にも数多(あまた)居て、エーデルフェルトと魔法だけでなく科学技術までもが進んだ異世界を自由に行き来できるとすれば、いずれ、エーデルフェルトはその異世界に一方的に蹂躙されてしまうだろう、と。


「ね? 驚いたでしょう?」


無邪気に笑うヒルデガルドに確認するように訊く。


「その『来訪者』は自由に世界間を行き来できるのか?」

「『一方通行』って聞いたわよ」

「他にもできるヤツはいるのか?」

「彼女からは『自分以外にはいない』と聞いているわ。異世界転移技術は彼女が極秘に研究開発したものだそうだから」


(科学技術の進んだ異世界に蹂躙される未来だけは回避できそうだな)


だが、異世界の進んだ科学技術を持ち込まれることで、この世界は様変わりするだろう。

自然な進化とは異なる(いびつ)な方向に向かうことも考えられる。

第一、戦い方だって変わる。

それはオストバルトの野望の実現の障害になるかもしれない。


「この船はオーバーテクノロジーだ。圧倒的すぎる」

「そうね。でも、それがどうしたって言うの?」

「世界のバランスが崩れてしまう!」

「崩れたっていいじゃない。どうせ魔王の【暴虐】でみんな壊れるんだから」

「しかし――――」

「バルトちゃんが何を心配してるのかはわからないけど、たいしたことじゃないわ。これでも彼女に言わせれば『この世界に合わせて抑えている方』だそうよ。この程度の技術革新までなら『コペルニクス的転換』? にはならないみたい」

「だが!」

「もう遅いわね。いくつかの機材は顧客に試験運用して貰ってる最中だし」

「顧客!? どこに!?」

「魔族領主戦派とか民間軍事会社とか」

「聞いてないぞ!!」

「言ってないし」

「何を渡したんだ!?」

「自立型のゴーレム、彼女の言うところの『機動兵器』?とかこの艦の姉妹艦とか。新しい火薬の使用法を生かした、魔力の無い者でも扱える兵器とか」

「そんなことをしたら、俺の計画が!」

「ごめんねえ。バルトちゃんと協力関係を結ぶ前のことだから」


テヘペロするヒルデガルド。


「でも、あんたの計画のフォローもちゃんとしてあげるから安心なさい」


ヒルデガルドにはヤラれっ放しのオストバルト。

だから、軽く仕返しのつもりでヒルデガルドを揶揄(からか)う。


「『来訪者』も異世界転移者なんだろう? おまえの弑逆対象(しいぎゃくたいしょう)じゃないのか? ああ、今は利用している最中だからか。じゃあ、おまえの代わりに俺がそいつをいたぶってやろうか? 仕事に支障が無い程度にな。おまえに従順になるように調教するのも悪くない」


本当に軽いジャブのつもりだった。

だが、ヒルデガルドの反応は違った。


「ああん?」


ソファから立ち上がったヒルデガルドの冷え切った目がオストバルトを見据えていた。

部屋の温度が急激に下がる。

部屋の中にダイヤモンドダストが舞う。

ヒルデガルドの固有スキル[氷雪の魔女]。


「今なんつった?」


部屋の温度が更に下がる。


「今なんつったか、もう一度言ってみろよ」


部屋の照明が明滅する。


オストバルトは虎の尾を踏んでしまったのだと思った。

ヒルデガルドの刺すような視線から目が離せなくなる。


瞬間移動してきたヒルデガルドがオストバルトの襟首を締め上げた。

剣を抜く間も無かった。


「小僧、憶えておけ。もしクレハに手を出したら・・・その時は遠慮なくすり潰す」

「すまん! 悪かった! 減らず口をきいた!」


ヒルデガルドは締め上げた手をパッと放すと、今迄の怒りなど無かったかのように、


「わかればいいのよ~」


と笑顔に戻った。

ホッとするオストバルト。


その時、


『ピピッ』


小さなアラートが鳴り、ヒルデガルドの片眼鏡のレンズが薄ぼんやりと光る。


「なにかな?」


小音量で聞こえてきたのは乗組員の声。


博士(プロフェッサー)がデッキでお待ちです」

「すぐにそちらに向かうわ。クレハにもそう伝えておいて」

「了解しました」


通話が切れ、片眼鏡のレンズの光が消える。


「何だ、今のは?」

「『通信』よ。このレンズは『スピーカー』を兼ねてるの。『マイク』はこれ」


喉元にあたった機器を指差す。


「『クレハ』と言ったな? それもその『来訪者』が作ったものなのか?」

「そうよ。この片眼鏡は『ヘッドアップディスプレイ』と『スピーカー』を兼ねているの。これは『骨伝導マイク』。通信機よ」

「通信機ぐらい知っているさ。おまえの工房が軍に大量に卸してくれたからな。この艦の乗組員も同じものを装備していた。でも、おまえのそれは通信機には見えないんだが?」

「あんたの軍に卸したものやこの艦の乗組員のはヘッドセットタイプの普及品。でも、これは特注品なのよ。この片眼鏡タイプのものはクレハがあたし専用に作ってくれたものよ。凄いでしょ?」


嬉しそうに話すヒルデガルドを見るオストバルトの汗が引かない。


「いずれ、あんたにもクレハを紹介してあげる。でもそれは今じゃない。あんたがクレハにとって無害だとわかってからよ」


ヒルデガルドは俯いて冷汗を流すオストバルトを見据えて、


「あんたは領都スヴェルニルに着くまでここで大人しくしてなさい。あたしはクレハのところに行くから」


ヒルデガルドは残った紅茶を一気に飲み干すと鼻歌交じりに貴賓室を出て行った。

残されたオストバルトはカップの湯面に写る自分の顔を見詰めながら考え込むのだった。



◆ ◆ ◆


「艦、海に出ます!」


乗組員が報告する。

デッキ中央の高い位置に座る艦長が指示を出す。


「高度を現在の300から2000に上げろ! 速度、15から巡航速度に増速!」

「上空、飛来物無し。高度2000まで上昇します!」

「進路、障害物無し。速度300まで加速します!」


艦長の指示に、操舵員らが答える。

艦長の後ろに立ってそれを眺めるヒルデガルドとクレハ。


多目的巡航艦くらまは一路、カラトバ騎士団領の領都スヴェルニルに向けて巡航態勢に入った。


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