047 じゃあ、報告を訊こうか?
俺達が急にエントランスに現れたので、その場が騒然となった。
〖混沌の沼〗攻略中の2組のパーティーが突然現れたのだから当然か。
支部長のアインズさんが息を切らせて、階段を駆け下りて来た。
「おい、おまえら…………」
「〖混沌の沼〗の踏破を完了しました」
デュークさんのその一言にエントランスは一瞬静まり返り、やがて、
「「「「「ウォ―――――――――――っ! 危機が去ったぞ――――――――っ!」」」」」
冒険者達の歓喜の雄叫びが響き渡った。
「おまえら、待機は終了だ! もう夜も更けた! 帰っていいぞ! 祝勝会は後日ここで行う! 解散!」
アインズ支部長の終了宣言に、万が一に備えて待機していた冒険者達がわらわらと帰っていく。家路を急ぐ者、これから酒場に打ち上げに行く者、それぞれだ。
「じゃあ、報告を訊こうか?」
アインズ支部長が階段方向を指す。
俺達は、先頭を歩くアインズ支部長に従って2階の会議室に入った。
以前の会議室とは別の部屋だ。
「おまえが仕出かしてくれたせいで、前の会議室は修繕中だ」
ああ、そういえば、重力魔法で床を破壊したんだっけ。
案内された部屋は会議室というより食堂だ。テーブルには豪奢なテーブルクロスが掛けられ、椅子も以前のような折り畳み椅子ではなくちゃんとした飾り椅子。テーブル中央には高級そうなキャンドルの列が並ぶ。天井にはシャンデリア。でも、会議室。扉の上のプレートにそう書いてあった。
「まあ掛けてくれ」
言われるままに椅子に腰を降ろす。
俺達、白銀の翼と十字星が差し向かいに座った。
上座にはアインズ支部長。俺達は上座から、俺、白亜、ロダンの順。白夜は白亜の後ろの床にお座りの姿勢で控えている。十字星は以前と同じく、上座からデュークさん、サリナさん、ガゼル、ナナミさん、トアの順。
ワゴンを押して入って来たアイシャさんが熱い紅茶の淹れられたティーカップを配ってくれる。配り終わったアイシャさんがアインズ支部長の左隣、俺の斜め前に座った。
デュークさんが報告を始めた。
概要は次にような内容だった。
十字星単独で30階層から39階層までを攻略踏破した。
39階層までのフロアボスは《AAA》ランクから《S》ランクの魔獣や魔物だった。
白銀の翼が30階層の床に穴を開けて40階層にショートカットして攻略を始めた。
40階層から49階層までは白銀の翼単独で攻略踏破した。
最下層50階層には《SS》ランクの魔獣や魔物が居た。
コカトリスは十字星が倒したが、それはイツキの的確な指示に基づいてのことだった。
フェンリルをイツキが弱らせて使い魔にしてしまった。
白亜とロダンが炎竜を倒してしまった。
ヒュドラをイツキが倒した。
ヒュドラを倒した後、魔族領五公主主戦派の魔公爵ベルゼビュートが現れた。
そのベルゼビュートをイツキが勇者スキルで倒してしまった。
更に状況説明として、ロダンが教えてくれたことをそのまま語った。
魔王亡き後の魔族領は五公主と呼ばれる5つの公爵家により共同統治されている。
五公主は、人間との共存を目指す和平派と人間の制圧・殲滅を唱える主戦派に分かれていがみ合っているが、現在は和平派が3:2で優勢であり、魔族領の主導権も和平派が掌握している。
このため主戦派は、和平派が人間界との間に交わした休戦協定を表立って破る訳にはいかなくなり、魔族軍を動かしての大規模な戦闘行為ができなくなった。
そこで思い付いたのが非正規戦。人工的に作り出したダンジョンを転移魔法で人間界の都市近郊に送り込み、スタンピードを発生させて都市を殲滅する作戦を立案した。
ダンジョン自体はダンジョンマスターにより生成された人工物であり、五公主の一人で主戦派筆頭の魔公爵アスタロトによって目標地点に転送される。
ダンジョンマスターについては秘匿されている為、誰なのかは不明。
アインズ支部長がぽっかり口を開けて訊いていた。
その横でアイシャさんが記録を取っていた。
「俺はどこから突っ込めばいい?」
「さあ?」
アインズ支部長が訊いて来たのに対して、俺は間抜けな返答しかできなかった。
「ところで今気付いたんだが、白亜の横に座っている騎士もおまえの仲間か?」
「ああ、彼は――――」
「我はロダン。さすらいの騎士である。以前は他国の貴族家で仕官していたがその家がお取り潰しになってな。旅の途中で袖すり合ったイツキ殿が危険なダンジョンに赴くと風の噂に聞き及び、遅ればせながら馳せ参じた次第。途中からではあるが、白銀の翼の仲間に加えて貰ったのだ」
驚きだよ、ロダン。
よくここまでスラスラとでまかせが言えるもんだ。
ほら見ろ。デュークさんも目を逸らしてるじゃないか。
「そうか。冒険者登録は?」
「まだであるな」
「では、後で登録してくれ。アイシャ?」
「はい、用意しておきます」
「それで、イツキ? フェンリルは?」
「ここに居ますよ」
白亜の後ろにお座りしている子犬を指差す。
「これが、フェンリル? どう見ても子犬にしか見えないんだが?」
「小さくなって貰ってますからね。なんなら元に戻って貰いましょうか?」
「止めろっ! 戻さなくていい! おまえはまた会議室を破壊するつもりか!?」
信じなかったのは支部長じゃん。
それに会議室を破壊したのはガゼルのせいだ。俺は悪くない。
だから、俺を破壊神のように言わないで欲しい。
「で、ヒュドラもベルゼビュートも報告通り、おまえが倒したのか?」
「う~ん、ヒュドラを最終的に倒したのは俺ですが、それもみんなの協力あってのことですね。ベルゼビュートは…………まあ、俺が倒しました。白亜を殺してくれやがったので」
「白亜ちゃんを殺した!?」
そうか。アイシャさんには初耳だったか。
「でも、ほら、もう大丈夫ですよ。リザレクションで蘇生しましたから」
「リザレクション~~~っ!?」
「そうなんです! イツキさんは凄いです。超級神聖魔法の使い手なのです。神の御業なのです」
アインズ支部長が声をあげ、ナナミさんが興奮気味に賞賛する。
アイシャさんは…………ほっと胸を撫で下ろしているかと思いきや、
「で? イツキ君はもちろん――――」
アイシャさんが笑顔で訊いて来たが、これは言外に確認してきてるよね。
『当然『教育的指導』はしたんでしょうね!?』って。
あ、ガゼルが真っ青になってる。
「ええ。もちろん『教育的指導』はしましたよ。でも、結局、更生の見込みは無かったので」
首を手で横に薙ぐジェスチャーをすると、
「でかしたわ、イツキ君。それでこそ、白亜ちゃんのお兄さんよ」
アイシャさんと裏拳を合わせる。
ガゼルが何かぶつぶつ言っている。
「同類だ。アイシャ姐さんとイツキ君は同類だ」
アインズ支部長は報告を精査していたのか、暫し考えると、
「突っ込みどころ満載ではあるが、報告内容については概ね理解した」
そして、一呼吸置くと、
「そして、冒険者ギルドの名において宣言する。イツキに関してダンジョン内で見たこと・聞いたことの全てについてここに居る関係者以外への口外を禁じるものとする。異論は認めない」
アインズ支部長は、約束通り十字星に口止めしてくれた。
「わかりました、先輩」
デュークさんは素直に頷いてくれた。
ナナミさんも渋々だがおれてくれた。
トアとガゼルも、うんうん、と首を縦に振っている。
ただ、サリナさんだけが挙動不審だ。
時々俺を穴が空くほど見詰めたり、俺がその視線に気付くと慌てて横を向いたりと落ち着かない様子だった。どうしたんだろう?
「今日はここまでだ。では、遅いが晩飯にするか。アイシャ、用意を頼む」
アイシャさんが部屋を出て暫くすると、ギルド職員が豪華な食事を持って入って来た。
もちろん、アイシャさんも戻って来た。
ギルド専属料理人が作った料理だそうだ。
エーデルフェルトに来て以来、初めてのフルコースのディナー。
「ギルドマスターっていつもこんな豪勢な料理を食べてるんですか?」
「――――なわけないだろ。今日は特別だ。おい、酒はいけるんだろ?」
「まあ、少しくらいは――――」
「妾は果実酒を所望するのじゃ」
「白亜はダメ! まだ血が足りてないから。飲んだら悪酔いするから今日は諦めなさい」
「ちぇ~~~。兄者はいけずなのじゃ。過保護なのじゃ」
そう言いつつ、果実酒の瓶に手を伸ばそうとする白亜の耳元に顔を近づけて、そっと囁く。
「やっぱり、後で『人に言えないような凄い事』をして欲しいのかな?」
「~~~~~~っ!」
慌てて手を引っ込めた白亜が顔を真っ赤にして黙り込む。
以降、白亜は一言も喋らずに一心不乱に料理を食べるのだった。
「イツキ達も今日はここに泊まっていけ。獲物の確認は明日行うこととする。明日午前中の10時に地下3階の訓練場に集合してくれ。以上だ」
食事が終わるとアインズ支部長がそう言い残して5階の支部長室に消えた。
アイシャさんは1階の受付に降りて行った。
二人ともまだ仕事が残っているらしい。
お疲れ様です。
俺達はギルド職員に4階の貴賓室へ案内された。
1人一部屋。
貴賓室だから内装も豪華。シャワーの他に大きなバスタブもあるぞ。ベッドも天蓋付きだ。
とりあえず、シャワーだけ浴びる。
湯船に浸かったら寝入って、そのまま湯船の中で溺れてしまいそうだったから。
人心地ついて、後は寝るだけという時に部屋のドアがノックされた。
「どうぞ」
ドアを開けると、そこにはマクラを抱えた白亜が立っていた。
「あのな、兄者。妾は覚悟して参ったのじゃ」
????
「えっ? 何?」
「兄者は妾に『人に言えないような凄い事』をするのであろ?」
「????」
「妾はどんなプレイでも耐えて見せよう。兄者が求める近親相か――――」
「ちょっと待て――――――――――――――――っ!」
なにがどうしてこうなった!?
「俺はそんなこと求めてない!」
「でも、『人に言えないような凄い事』をするって――――」
「それは、言葉の綾っ! 本気じゃないからっ!」
「でも、全ての兄は妹にそういう願望を持ってるって、サリナが言うておったのじゃ」
サリナさ~~んっ!
白亜になんてこと教えてるんだ!
あのドスケベエルフめっ!
俺は白亜の頭にポンと手を載せると、
「そういうのは白亜が恋人になった相手から求められた時にすべきことだよ。まあ、そんな趣向を持つようなヤツを俺は認めないんだけどね」
「妾はイツキになら捧げてもよいのじゃぞ」
「うん? なんだって?」
「何でも無いのじゃ」
そう言った白亜が俺のベッドにダイビングした。
「おい、そこは俺のベッド…………」
「今日は添い寝を所望するのじゃ。よいじゃろ?」
起き上がった白亜が抱えた枕から顔半分を覗かせ、上目遣いで求めて来る。
ああ! もう! そんな可愛い仕草をされたら断れないじゃないか!
俺は溜息をつくと、ベッドに入り、
「わかりましたよ、お姫様。私の横でよろしければ、どうぞこちらへ」
自分の枕の横をポンポンと叩く。
白亜が枕の位置まで這い上がって来て、俺に抱き着いて来た。
俺は白亜の頭を撫でる。
触り心地のいいサラサラな純白の髪。
やがて、白亜が寝息を立て始める。
こうして見ると、本当に美少女だ。
寝顔もかわいい。
でも、俺は思うんだよね。
いつまで、白亜はこうして兄として俺を慕ってくれるのだろうか。
いずれ白亜も大人になる。
その頃には白亜にも恋人が出来て兄離れして、俺に甘えることも無くなるんだろうな。
そう考えた時、胸をチクリと刺されたような痛みを感じるのだった。




