048 サリナの記憶
わたしは、冒険者ギルド4階の貴賓室のテラスの手摺に頬杖を突いて夜の街を眺めていた。
「はあ~~~~~っ」
今日一日の出来事を思い出して溜息をつく。
私の名はサリナ・アナトリア。
十字星のサブリーダーで特級魔道士。
そして、アナトリア王国国王ジョセフ・アナトリアの養女で第一王女でもある。
わたしの本当の素性はリーダーのデュークしか知らない。
他のメンバーには家名は明かしていない。
年齢も自称18歳だけど、実は1011歳だ。
エルフは長生きなのよ。
魔公爵ベルゼビュートとの戦いを思い出す。
「はあ~~~~~っ」
また、溜息を零してしまった。
わたし達は絶体絶命だった。
そのはずだった。
相手は《SSS》ランクの魔族。
どんなに足搔いても勝てるはずのない相手だった。
なのに…………
イツキが職種変更した時。(そのスキルだって尋常ではないのだが)
イツキは大魔道剣聖に変身した。
1000年前の勇者サイガサツキに瓜二つの容姿と出で立ちに。
まさに変身だった。
そして、圧倒的な力でベルゼビュートを倒してしまった。
「わたし、また、助けられたのね。あの時みたいに」
自分が何もできなかったことが悔しい。
「わたし、全然成長できてないな。いやになっちゃう」
手摺に顔を伏せる。
1000年前のことが思い出される。
もう、ずっと昔のことで、風化しそうなくらい遥か彼方の記憶…………
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サリナの記憶。
それは、1000年前。
エーデルフェルトが統一聖皇国だけだった頃。
聖皇国と魔族の戦いが激化し、全ての大陸が戦乱に巻き込まれた時代。
魔族軍は西大陸深くまで侵攻していた。
西大陸は、エルフやドワーフ、獣人が多くを占めた地域だった。
魔族軍は、彼らを中途半端な亜人と見做し、討伐や虐殺の対象にしていた。
一方の聖皇国側も人間至上主義の観点から、魔族軍同様、亜人と見做し、救援の軍を送らず放置した。
多くのエルフやドワーフや獣人の里が襲われ、つぎつぎと命を落としていった。
サリナの村が襲われたのもその時だった。
まだ、サリナは6歳の子供だった。
母親は、サリナをりんご樽の中に隠した。
樽の隙間から覗くサリナの前で、父は斬り殺され、母は凌辱された挙句、首を絞めて殺された。
魔族兵はそれで飽き足らなかった。
家中をひっくり返して略奪を行う。
そして、サリナの隠れるりんご樽の蓋を開けた。
魔族に樽の中から引きずり出されるサリナ。
両腕を掴まれて吊り上げられたサリナに向かって、魔族が剣を振り上げる。
「いや―――――――っ!」
魔族兵がサリナの悲鳴に構わず、剣を振り下ろそうとした、まさにその時。
ヒュン!
という音と共に魔族が腰から上下真っ二つになっていた。
掴まれていた両手が解き放たれ、サリナは床に尻もちをついた。
「遅くなって済まない」
サリナが見上げたそこには、1人の人間の剣士が申し訳なさそうに手を差し出していた。
そう。それが勇者サイガサツキとの出会いだった。
勇者一行は瞬く間に魔族軍を殲滅した。
サリナの両親は助からなかったが、村の半数以上が救われた。
勇者一行はすぐには立ち去らなかった。
まず、人間族の神官セリアが治癒魔法を駆使して、村人達を治していった。
手足を失った者の手足も再生させた。
凄い神官だった。プラチナブロンド・碧眼のスレンダー美女で、まるで女神様のようだった。
サリナと同じエルフの大魔法使いのシルクも凄かった。
ベリーショートの青髪に蒼い瞳の美少年と見まがう美少女だが、本人は500歳くらいと言っていた。村の周りに次々と城壁を出現させて、あっという間に村を城塞都市にしてしまった。
村人への軍事訓練は、剣聖のタイゾーが行った。女癖が悪いのが玉に瑕なおじさんだったが、村の男達の受けは良かった。
武器はシルクが瞬く間に量産した。
勇者サツキは村の子供達を集めて、勉強を教えたり、遊びを教えたりしてくれた。
歳がちょっと上のお兄さん。気さくで面倒見が良く、一方で子供っぽいところがあるので、子供達の人気者だった。
「あんたみたいな剣術馬鹿に先生なんてできるの?」
「セリア、いちいちマウント取って来るの止めてくれない?」
「ふん! 先生ならこの統一聖皇国筆頭神官のわたしに任せて、馬鹿は引っ込んでなさい」
「へえへえ、さいで。高貴な神官様がワザワザしゃしゃり出て来たんで、名ばかりの勇者は引っ込んでますよ~~だ」
「あんた、その嫌みなんとかならないわけ?」
セリアの教えることは難し過ぎた。
「セリア先生。何を言ってるのかわからないよ」
子供達からも不評だった。
「そ、そんな…………」
「ボクから見てもセリアは先生には向いてないよ」
「セリアは教えるのが下手糞なんだよ。そら。勉強馬鹿は引っ込んで隅っこで地面に『の』の字でも書いてろ。しっ、しっ」
「わたしは犬じゃない!」
「だって、統一聖皇国筆頭神犬なんだろ?」
「神官じゃなくて神犬! アハハハハッ。司教帝に尻尾振るセリアにはまさにお似合いの職種じゃないか。オヂサンも賛同するよ。よっ! 神犬様!」
「く~~~っ! シルクもサツキも覚えてなさいよ」
タイゾーが追い打ちをかける。
「ハッハッハッ。堅物のセリアも身の程を知ったってわけだね」
「色事しかわからない本当の馬鹿は引っ込んでろ!」
勇者サツキの授業は学校の先生でもそこまでしないくらい丁寧でわかりやすかった。それに、ただ教えるのではなく、これを覚えると将来何の役に立つかを具体的に教えてくれるので、漠然と教わるより身に付いた。
サツキは特にサリナをかわいがった。
直接助けた相手だったからかもしれない。
この村で両親とも亡くしたのがサリナだけだったからかもしれない。
そんなサツキの役に立ちたいとサリナがそう思うまでさほど時間は掛からなかった。
最初はサツキ先生のお手伝いから。
「サリナは魔法適性が高いから魔道士を目指したらいいんじゃないかな」
サツキの勧めに従ってサリナは魔法を身に着けようと、シルクに師事するようになった。
サツキの見込んだ通りサリナには才能があった。
3ヶ月で上級魔法までを習得した。
そんなサリナをシルクは弟子と認めた。
これまで、弟子を取らないことで有名だった大魔法使いシルクが。
「サリナ君はまだ小さいから、特級魔法には体が耐えられない。だから、ボクが教えられるのはここまでだよ。でも、6~7歳で上級魔法まで習得できたのは、サリナ君の才能もさることながら、その不断の努力の成せる業だよ。キミはそれを誇っていい。ボクの弟子を名乗ることも認めよう」
ある日、サツキが勇者一行とサリナを伴って、村長の家を訪れた。
サツキは村長に国を興すことを勧めた。
あらゆる種族に寛容な国造りを。
あらゆる種族の駆け込み寺になれるような国になることを。
村長は逡巡したが、最終的に国を興し、その国の王になることを承諾した。
タイゾーが兵士の練度は周辺国より上だ、と太鼓判を押した。
シルクが城壁には結界魔法を付与したから、魔族軍如きでは破れないと自慢していた。
セリアが才能のありそうな者達に治癒魔法を伝授したから、怪我や病気の心配もいらないと言った。
最後にサツキがサリナを前に出して、村長に言った。
「村長、いえ、王よ。俺はこの子が心配なんだ。できることなら、このサリナを養女として育てて欲しい」
「ボクが魔法を教えた、ボクの誇れる弟子だよ。王の護衛としても役に立ってくれると思う。統一聖皇国唯一の大魔法使いであるこのボクが保証しよう」
シルクも推薦した。
「わかりました、勇者サツキ様。大魔法使いシルク様。その約束、決して違えることはありません。どうかご安心下さい」
サツキが旅立ってしまう。
サリナはサツキに縋った。
「わたし、昨日で7歳になったの! エルフは7歳でもう大人よ! だから、サツキ! わたしを一緒に連れて行ってよ!」
サツキはサリナの目線まで腰を落として、サリナの目を真っすぐに見ると、
「俺達はこれから魔王の【暴虐】を阻止しに行かなければならないんだ。過酷な旅なんだ。だから、そんなところにサリナを連れてはいけないよ」
「でもっ!」
「だから、約束しよう。魔王の【暴虐】を阻止できた暁には、必ずサリナを迎えに来るよ。それではダメかい?」
サリナはじっとサツキを見つめると、
「わかった。サツキのこと、待つことにする」
「いい子だ」
サツキがサリナの頭を撫でる。
「ボクというものがありながら、こんな幼気な少女まで誑かすなんて…………」
「ほんと、天然の女誑しよね。自覚無いのかしら」
「やっぱり、弟子は師匠に似るもんだなあ。ワッハッハッ!」
サツキの後ろでシルクやセリアがぼやき、タイゾーが笑っている。
「おい、そこ! 勝手な事言わない! 師匠も俺を同類扱いしないでくれ!」
サツキが恨めしそうに言い、勇者一行が笑っている。
こうして、この地にアナトリア王国が成立し、以後、亜人族の対魔族軍の橋頭保となった。
統一聖皇国から独立した最初の国だった。
やがて、勇者一行により魔王は討伐され、結果としてその【暴虐】も阻止された。
しかし、サツキは迎えに来なかった。
司教帝に陥れられ、西大陸の〖誓いの丘〗で討ち取られた、と知ったのは勇者一行が村をあとにした5年後だった。
アナトリア王宮でその訃報を知ったサリナは、誰憚ることなくその場で泣き崩れて号泣したのだった。
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「あの時、無理してでも勇者一行について行ったら、何かが変わったのかな?」
わたしはあの時を思い出しながら遠い目をして呟く。
わたしは、確かにあの頃、幼いながらもサツキに恋していた。
そんなわたしだからこそ、わかることがある。
イツキは勇者サイガサツキの生まれ変わりであるということを。
だから!
白亜ちゃんには、絶対にわたしと同じ轍を踏ませてはいけない。




