030 大人の女性になる薬
43階層。
階段を降りると、幅広の通路が遥か彼方まで真っ直ぐに伸びていた。
先はモヤが掛かっていて見えない。
通路の左右には扉が付いた部屋が続いていた。
まるでビジネスホテルの廊下みたいだ。通路が広い以外。
「マッピング。ディスティネーション。索敵」
自分達の位置を確認する。青い丸が43階層の地図の中央下に表示されている。
ボス部屋は地図の中央上だが現在位置から10km先。
どんだけ長い通路だよ。
空間拡張?
左右の部屋のいくつかには敵が待機しているらしい。
近くを通り掛かると左右の部屋から飛び出してくるって訳か。
まあ、迷路をウロウロするよりマシってことで。
少し進むと案の定、敵が跳び出して来る。
出て来たのは剣を持った骸骨兵。一部屋5~6名の分隊規模。それが左右から。
奥の部屋からも出て来る出て来る。あっという間に数百体、大隊規模に膨らむ。
白亜が剣で倒しても、俺が[ファイアバレット]や[アイシクルブリッド]で倒しても、バラバラになった骨がまた集まって骸骨兵が再生するので、一向に数が減らない。
完膚なきまでに粉々にすれば再生できなくなる?
「エクスプロージョン(中)!」
中規模の爆裂魔法を通路の先目掛けて真っ直ぐに放つ。
ドーン!
という音と共に、通路の先の骸骨兵達が飛び散り、コナゴナに四散する。
当たりに立ち込めた煙が晴れると通路には骸骨兵達が持っていた剣と魔石と四散した骨片が残ったのみだった。骸骨兵は再生しなかった。
[エクストラクション]で骸骨兵達の魔石を集める。
それから、爆裂魔法でも折れたり曲がったりしていない剣を集めて白亜に渡す。
「これも[頂きの蔵]に入れておくといい」
「うむ。恩に着るのじゃ」
白亜は受け取った剣50本余りを[頂きの蔵]に収納する。
「ボス部屋までしばらく歩くことになるけど、休憩しなくてもいいか?」
「まだ、大丈夫じゃよ」
「なら、歩くか」
途中出て来た骸骨兵も[エクスプロージョン(中)]で始末。
ボス部屋の前に辿り着くまでに、白亜の[頂きの蔵]には3000本近い剣が新たに加わったのだった。
■
そして、43階層のボス部屋。
扉を開けて中に入ると、中で待っていたのは骸骨竜、スカルドラゴンだった。
「やあーっ!」
白亜が五月雨で切りつけるが撥ね返される。
「エクスプロージョン(中)!」
爆裂魔法を放つ。
ヒットした場所が破壊されるがすぐに再生する。
骸骨兵のようにはいかないようだ。
スカルドラゴンの弱点は・・・
こいつはアンデッド系だから神聖魔法が有効か。
「プリフィケーション!」
ボス部屋全体に浄化魔法を発動する。
「ギュアーーーッ!」
スカルドラゴンが苦し気な悲鳴を上げて浄化され、遂には消滅した。
床に大きな魔石を残して。
宝箱もあった。
俺が宝箱に近づこうとしないのを見て、白亜が、
「『羹に懲りて膾を吹く』というやつじゃな」
だって、ミミックかもしれないじゃん。
白亜が宝箱に近づくと、思い切り宝箱を蹴った。
宝箱はすっ飛んでいき、横倒しになって蓋が開き、何かの瓶が転がり出てきた。
ミミックじゃなかったのね。
白亜が瓶を拾い上げて持ってきて、俺に見せる。
蓋が封印された瓶の中に何かの液体が詰まっている。
ポーション? エリクサー?
[鑑定]を行使してみた。
『大人の女性になる薬。
これを一口飲むと老若男女問わず1時間だけ適齢の女性になってしまう武器。』
武器?
武器って、どういう意味?
何に使うんだ、これ?
敵を女性化させることで攻撃力を弱めて倒しやすくするってことかな?
でも、魔物によっては雌の方が雄より強いヤツもいるからなあ。
と、白亜が突然、瓶の封印を切って蓋を開けると、ゴクリと薬を飲んだ。
「待て! 今、飲んだら――――」
白亜の体が成長し…………
「「えっ?」」
それに伴って、白亜の服がミリミリと音を立て、遂には弾け飛んだ。
「なななっ! はわ~~~~っ!」
白亜が驚き慌てて両手で前を隠す。
伸縮性のある下着は難を免れ、辛うじて全裸にはならなかった模様。
「兄者! あっちを向くのじゃ!」
無理やり後ろを向かされた。
ちらっと見た感じでは下着の下はパツパツだったが、上の方は前と変わらないようだ。
そこから導き出される結論は…………
俺は[無限収納]から、俺の着替えを取り出して渡してやる。
「腕とズボンの裾を折り曲げれば着れるはずだから」
「うううううっ…………」
涙目の白亜が着替えた頃合いに振り向いて、マジマジと見る。
背丈もスラッと伸び、真っ白な髪も膝裏まで達している。
容貌からも幼さが抜けて本当に綺麗だ。
『絶世の』と言ってもいいくらい。
だが、やっぱり…………
つい視線が、有るはずの、だが案の定無い場所に向いてしまう。
それに気付いた白亜が、胸に両手を当てて悔しそうに唸っている。
「う~~~~~~~~~~! なぜじゃ? 何で効いておらん?」
うん、薬はちゃんと効いているよ。
薬の力を以てしてもどうにもならなかったんだよ。
「胸の大きさなんて遺伝性のものだから諦めなよ。こればっかりは努力でどうにかなるもんじゃないからね。『諦めが肝心』って諺もあるし。気にするな。ドンマイ!」
「でも、母上は巨乳――――」
「じゃあ、お父さんに似たんだね」
「く~~~~~~~~~~~~~~っ!!」
「俺は気にしないよ。白亜が例え絶壁だって――――」
「ちょっと黙るのじゃっ!」
白亜に薬瓶を口に突っ込まれた。
思わず中身を飲み込んでしまった、ゴクゴクと。
あれ?
あれれ?
俺の体が女体化して…………
「嘘。兄者なのか?」
白亜が驚愕した表情で俺を指差す。
[投射]で姿見を出して自分を映し出す。
おや?
ベリーショートの銀髪の美人さんがいるぞ。
手を振ってみた。
美人さんが手を振り返してくれた。
当たり前だよね、わたしだし。
調子に乗ってポーズを取ってみる。
様になってるじゃないか。
クルリと廻ってみる。
綺麗な賢者のおねえさんの出来上がりだ。
写真で見た若い頃の母親がコスプレしたらこんな感じ?
でも、力が弱まったように感じる。
腕の筋肉も落ちてしまったみたいで、戦闘力は確実に低下している。
女性化させることで攻撃力を弱めて倒しやすくするってのは本当のようだ。
それに胸が邪魔すぎ。それなりに大きい胸のせいで真下が見難い上、杖を振ろうとすると腕にいちいち胸が当たって邪魔をする。それにブラを付けていないから、身体を動かすと胸が千切れそうに痛い。
ああっ、クーパー靭帯が・・・
「でかい胸なんか邪魔以外の何物でもないわね。身体動かす度に胸が千切れそうに痛いし、肩は重いし。こんなの男が喜ぶだけでしょ。胸を大きくしたいなんて、『隣の芝生は青い』とか『隣の柿は甘い』とか本質を知らない人達の幻想としか思えないわ」
「できるおねえさん声で、妾の心を折りに来ないでくれぇ~~~!」
思わず零した俺の声は母親の声に似ていた。話し方さえも。
一方、訊いた白亜が両耳を抑えてしゃがみ込んでしまった。
妹にトラウマを植え付けちゃったか?
でも、おかしいな。
勇者の加護[状態異常無効化]でこの手の変化は起きないはずなんだが。
『状態異常無効化を停止しています』
突然自動音声が。
「どういうこと?」
『マスターは女性心理に無頓着すぎます。女性の身になって考えることをお勧めします』
「だからって、これはあんまりじゃない?」
『何事も経験であると判断致しました』
「余計な配慮だよ。[状態異常無効化]を再起動しなさい」
『命令を拒否します。これも巷で言うところの『愛の鞭』です』
「そんな鞭いらない」
「のお、兄者、この声は誰なのじゃ?」
白亜に俺にしか聞こえないはずの声が聞こえる?
『マスターと白亜お嬢様は魔力パスが繋がっているので、マスターに聞こえる音声案内は白亜お嬢様にも聞くことができます』
「お嬢様はいらぬ。白亜でよい」
『了解しました、白亜様。私のことはナビゲーターとお呼び下さい』
「これからよろしくなのじゃ、ナビゲーター」
『はい、喜んで。白亜様』
白亜と案内音声『ナビゲーター』が仲良く会話している。
傍から見れば、白亜が独り言を言っているようにも見えるが、それは普段のわたしにも当て嵌まる訳で・・・・・・
「ところで、薬の効果はどのくらい持続するの?」
『白亜様は本来の一口分より少なかったので40分くらいで効果が切れます』
「で、わたしは?」
『ガッツリ飲んでしまったようなので、3時間、もしくはそれ以上かと』
「それと、この女みたいな話し方はどうにかならないの?」
『こちらで性別に合わせて自動変換しているので、元に戻るまでそのままになります』
ナビゲーターめ。
無意味に高機能よね。
「妾は兄者が今のままでも構わぬぞ」
「わたしが構うのよ」
「すっかり話し方が板についておるようじゃな。いっそ呼び方も変えようかの。姉上?」
「姉上はやめなさい」
「そんなこと言わずに、姉上~~~」
白亜が思いきり抱き着いてきた。
同性だから躊躇ないみたい。
そうして抱き着いてきた白亜を反射的に抱き寄せて頭を撫でてしまった自分がいる。
う~ん。まさか母性に目覚めてしまったんじゃないよね。
ヤバイですわ。
ですわ?
心の声まで女性化している?
1時間で解けるはずだからまだいいが、もし解けなかったら身体に引き摺られて心まで変わってしまうかもしれない。
さっき、口に突っ込まれた薬瓶にはまだ半分くらい薬が残っている。
でも、この薬は封印だね。
『大人の女性になる薬』はしっかり封印をして[無限収納]に放り込んでおいた。
ヤレヤレと思っていると、突然背後から、
ゴゴゴゴゴ。
ズシャーン!
大きな音を立ててボス部屋の奥の壁が崩壊し、階段が現れた。
わたしと白亜は顔を見合わせて、
「44階層へ降りる階段ね」
「44階層へ降りる階段じゃの」
取り敢えず、44階層に降りよう。
その前に胸が邪魔にならないようにサラシをしっかり巻いておかなければ。




