029 黒い水溜まり
結局、41階層に進んだ。
「ここの階層構造も見てみようか。マッピング。ディスティネーション。索敵」
自分達の位置を確認する。青い丸が41階層の右端に表示されている。
俺達は40階層の左端から真っ直ぐに続く階段を下りてきた。
41階層は40階層の真下ではなく、左下にズレた場所ということ?
だが、ダンジョン入口でコッソリ[探索]した時には、地中に埋められたビルのように各階層が真下に50階分積み重なった構造だった。
空間が捻じ曲げられている?
まあ、いい。
さっき同様、ボス部屋以外の通路と小部屋にいる魔物を倒して行こう。
大掃除だ。
40階層でやったことの繰り返し。
ミノタウロス×25は、[グラビティ(1000)]で瞬殺。
今回も残さず床のシミ。
[エクストラクション]でサクサク魔石を集めて[無限収納]に放り込む。
もう、流れ作業だ。
「今回も妾の出番は無かったのう。」
どこから取り出したのか、白亜は魔物の血の臭いが充満する小部屋で床のシミを見ながら焼き菓子を齧っている。
「よく、こんな所で物が食えるな?」
「食える時に食っておくのも武人の心得じゃ」
間違いない。
こいつは死体を見ながら飯が食えるヤツだ。
「じゃあ、さっさとボスを片付けるか」
今度はボス部屋には扉が無かった。
行き止まりの通路の先に横に広い空間があるだけ。
そして、床に黒い水溜まりが広がっていた。
よく見ると黒い水溜まりは、只の水溜まりではなかった。
粘性を帯びているだけでなく、動いているようにも見える。
アメーバみたいな粘液の魔物?
これもスライムなのか?
「鑑定」
名称不明? 分類不明?
再度「鑑定+。」
やはり、名称不明? 分類不明?
その調子で[鑑定++][鑑定+++]を行使してみたが、やっぱり結果は変わらなかった。
ということはスライムじゃないってことか。
なになに?
ランクは…………これも《S》ランク?
まあ、階層主だしねえ。
懐から銅貨を出し、そこに投げ入れる。
粘液に触れた銅貨はアッと言う間にボロボロになって溶けた。
強酸性の粘液だな。
ちょっと掠っただけでも化学熱傷を負うし、襲われれば服だけでなく体組織深くまで溶かされてしまうだろう。
と、黒い粘液が飛び掛かって来た。
[結界]が自動で発動。
だが、黒い粘液は[結界]と勇者の加護[絶対防御]のいずれも無かったかのように通過してきた。
咄嗟に避けるが、左の二の腕を掠められた。
「つっ!」
「兄者っ!」
掠めた箇所が酷く爛れていた。
[結界]も[絶対防御]も突破された?
「気を付けろ! こいつ、動きが素早い! 触れられないように避けるんだ!」
五月雨を構える白亜に、
「武器も防具も溶かされる! 多分、物理攻撃は効かないから、白亜は安全な場所に離れているんだ!」
今度は黒い粘液が2つに分かれ、左右から襲って来た。
飛び上がって、は避けられない。天井が低いのだ。
動きが速過ぎて、攻撃魔法の照準が合わせられない。
白亜に物理攻撃させたとしても同様だろう。
ただのスライムだったら簡単なのに、と思いながら黒い粘液の襲撃を躱す。
「グモォォォッ!!」
後ろから聞こえた叫びに振り返ると、ボス部屋の入口にミノタウロスがいた。
討ち漏らし?
「ハンドオブダークネス!」
地から次々現れる黒い手でミノタウロスを捕まえ、黒い粘液目掛けて放り投げた。
黒い粘液は液面を持ち上げてミノタウロスをキャッチして包み込む。
シューシューという音をさせてミノタウロスを溶かしていく。
今迄、素早く飛び回っていた黒い粘液。
捕食中、動きが止まった。
チャンス。
「ヘルファイア!」
地獄の業火の如く、ありとあらゆるものを焼き尽くす特級火属性範囲攻撃魔法。
黒い粘液は、瞬く間に業火に焼かれチリ一つ残さず消失した。
魔石は無かった。
しかも宝箱も無かった。
俺は溜息をつきながら、
「魔石も宝箱も無いなんて、骨折り損の――――」
「草臥れ儲け、じゃな」
白亜が引き取って笑った。
「だんだん難易度が上がっていくねえ」
「妾は全く出番が無いのじゃ」
さあ、次は42層だ。
■
「さて、ここでも階層構造を確認しよう。マッピング。ディスティネーション。索敵。」
自分達の位置を確認する。青い丸が42階層の左下角に表示されている。
俺達は41階層の右上から螺旋状に続く階段を下りてきた。
42階層も41階層同様、空間が捻じ曲げられている。
つまり、40階層から下層は[奈落]でショートカットできないということだ。
もし、30階層で[奈落]を行使した時に40階層より下層までショートカットしていたら、俺達は地中奥深い穴に嵌まっていたかもしれない。
運が良かったとしか言いようがないな。
40階層以降は階段で下層を目指す通常の攻略手順で正解だったと言えよう。
さあ、ボス部屋以外の通路と小部屋にいる魔物を倒して行こう。
ここでも俺が40階層以降でやったことの繰り返しだ。
ただ、出現する魔物が41階層までと異なる。
双頭の犬、オルトロス。
これまでの牙狼と比較にならない程、動きが速い。
「グラビティ(1000)!」
[グラビティ]を発動するが、簡単に避けられてしまう。
基本的な攻撃魔法も回避されてしまった。
そうこうする内に、オルトロスの数が増えて来た。
勝手に集まって来たのか? それとも、仲間を呼んだのか?
最初1匹だけだったオルトロスが10匹に増えている。
そして、まだまだ増えつつある。いったいどこから湧いてくるんだ?
しかも、まだ1匹も倒せていない。
「白亜、任せた!」
「待っておったのじゃ! 任されよ!」
白亜は五月雨を抜き放つと、次々とオルトロスを切り倒して行く。
白亜の動きはオルトロスの動きを凌駕している。
オルトロスが白亜の剣戟を飛び退って避けるが、避けた先に既に白亜の刃が待ち構えている。そんな感じだ。
オルトロス10匹が倒されるのに5秒掛からなかった。
結局、この階層のオルトロスは全て白亜が倒してしまった。
100匹は楽に超えていたんじゃないか?
「ようやく妾にも出番が回って来たのう。」
「今の俺は戦闘系じゃなく魔法系だからね。動きが俊足なこいつら相手は荷が重いよ。正直助かる。」
[エクストラクション]でオルトロスの魔石を集めながら言う。
「じゃあ、ボス部屋に行くか。」
■
42階層のボス部屋は暗闇に包まれていた。
「ライト。」
光の玉が虚空に浮かび、辺りを明るく照らす。
石畳の床のあちこちに黒い水溜まり。
また、粘液生命体かよ。しかも複数?
すると、黒い水溜まりのひとつから、黒い犬が抜け出て来た。
赤い目が光る黒い犬。
倒してきたやつらもこいつも、犬、犬、犬。犬ばかりじゃねえか。
お犬様の階層かよ、ここは。
それにしても、デカい。デカ過ぎる。
体長は優に5mを超えている。
その上、動きも俊敏。
[鑑定]をしようにも狙いが定まらない。
基本的な攻撃魔法はヒットしても低ダメージ。
白亜の剣戟でもほとんどダメージを負っていない。
ヤツは直接襲い掛かって来るだけでなく、火魔法による攻撃までしてくる。
こっちが攻撃すると黒い水溜まりに飛び込み、違う場所にある黒い水溜まりから飛び出して襲い掛かって来る。
ボス部屋の床のあちこちに黒い水溜まりがあるから、どこから出現するかもわからない。
俺と白亜は互いに背中を預けて全方位警戒する。
更に、ヤツは知性を低下させるデバフまでかけて来た。
俺には勇者スキル[絶対防御][状態異常無効化]があるからデバフの影響を受けないが、白亜は別だ。
「兄者、妾、朦朧としてきたのじゃ。」
白亜が俺から背中を離し、ヤツに向かっていく。明らかに悪手だ。
ヤツへの剣戟も勢いが無い。
案の定、白亜の刃を躱したヤツは水溜まりに姿を隠した。
デバフの影響を受けている?
と、白亜の背後の水溜まりから現れたヤツが白亜の背中に体当たりした。
白亜が床に派手に転がる。
「白亜っ!!」
立ち上がれない白亜に向かって、ヤツが火属性攻撃魔法を放つ。
俺は[ブースト]で瞬時に白亜の元に移動すると、白亜を抱えて飛び退る。
間髪入れず、白亜が倒れていた場所を灼熱の炎が襲う。
火魔法攻撃対策に中級水属性防御魔法[ウォーターシールド]を発動。流れる水の壁だ。
俺達をぐるりと囲む流水の壁。
流れる水の壁を遠巻きにして攻撃して来ない。
まあ、こっちも攻撃できない訳だが。
とりあえず、白亜に掛けられたデバフを解かなければならない。
「ヌリフィケーション!」
白亜に状態異常を無効化する特級光属性魔法[ヌリフィケーション]を掛ける。
「大丈夫か?」
「ああ、もう大丈夫じゃ、兄者。」
攻撃して来ない?
流れる水が苦手なのか。
試しにヤツに向けて上級水属性の生活魔法[ウォーターニードル]を放ってみる。
細く絞った水流で対象に穴を空ける工作用の魔法で攻撃力は無いに等しい。
だが、ヤツは明確な退避行動を取った。
ほんの僅かでも水を浴びないように。
この結果から導き出される結論。
こいつ、ヘルハウンドだ。
ヘルハウンドなら水流を嫌がるのもわかる。
ヘルハウンド。
赤い目を持つ黒い巨大な犬。
流れる水を苦手とする。
そして、こいつは魔獣なんかじゃない。
闇属性の妖魔だ。
なら、この魔法が有効なはずだ。
「プリフィケーション!」
ボス部屋全体に特級浄化魔法を掛ける。
案の定、ボス部屋のあちこちにあった黒い水溜まりは消失し、ヘルハウンドも苦しそうに藻掻いている。
「アイシクルガトリング!」
弱ったヘルハウンドに氷弾連続射撃を放つ。
全弾命中した。
ヘルハウンドがその姿を崩壊させ、遂には魔石を残して消えた。
42階層で初めて俺達パーティーがダメージを負った。
しかも、苦労した割に宝箱は無い。
ダンジョンの階層主を倒すと宝箱が出現するというのはロープレの中だけのお話なのか?
でも、白亜は以前ダンジョンで宝箱からアーティファクトを手に入れている。
俺の運が悪いだけか?
それともセレスティアの呪いか?
「ここから先はよりいっそう気を引き締めていこう。」
傷だらけになった白亜に[ヒール]を掛けて回復させながら、俺はそう呟くのだった。




