027 効率重視で行きましょう
私は特級神官兼錬金術師のナナミ。
十字星のメンバーの一人。
今、私達、十字星は、信じられない状況に皆唖然としていました。
私達は、ギルド支部前から一瞬でダンジョン〖混沌の沼〗の入口の前に立っていました。
入口を警備していたギルド職員や冒険者達も突然現れた私達に驚いています。
白銀の翼のイツキさんが[転移]を使ったのです。
女神と司教帝と聖女だけしか使えないはずの特級無属性補助魔法[転移]を。
例え、彼が賢者だったとしても、使えるはずが無いのに。
「イツキ君、君は…………」
リーダーの問い掛けにイツキさんが、黙って人差し指を口の前に立てました。
質問は受け付けない、ということなのでしょう。
「さあ、中に入りましょう」
そう言ったイツキさんが先頭でダンジョンに入って行きます。
白亜ちゃんがイツキさんのマントの端を掴んでそれに従いました。
「ダンジョンは3回目じゃ」
「白亜は前にもダンジョンに潜ったことがあるの?」
「うむ、過去2回はいずれも《A》ランクのダンジョンだったがの。最初のダンジョンの最下層の宝箱を開けたことで甲冑を手に入れのじゃ」
「へ~っ。じゃあ、ここにも、何か凄いものがありそうだね。《S》ランク以上のダンジョンだそうだからね。期待できそうだね」
「そうじゃの。妾も楽しみじゃ」
都市を滅ぼすかもしれないダンジョンにこれから潜るというのに。
この二人には緊張の欠片もありません。
宝探し気分の二人。
「リーダー! 俺達も行こう!」
「そ、そうだな」
「白亜様、お待ち下さい!」
「もう! 妾がせっかく兄者と二人きりになろうとしておるのに邪魔するでない!」
トアが状況を呑み込めていないリーダーに声を掛けると、我に返ったようにリーダーも中に入ります。ガゼルさんは白亜ちゃんを追いかけて行きましたが、白亜ちゃんに邪険にされています。
先行したガゼルさん以外の私達も中に入りました。
元気を取り戻したサリナさんが先を行くガゼルを見ながら、
「本当にあいつ、ガゼルなの? 変わり過ぎなんだけど」
と呆れています。
30階層のボス部屋に辿り着くまで、イツキさんは考え事をしているみたいでした。
「あ、ハイオークなのです」
30階層にはまだ魔物が残っていました。
「話が違うじゃない。エリアボス以外は全部倒したんじゃなかったの? ここの冒険者連中、怠慢にも程があるわよ」
「いや、エリアボスが残っている以上、魔物はまた湧いてくる。彼らが悪いんじゃない」
「じゃあ、さっさと倒してボス部屋に行くわよ」
「俺とガゼルが倒す。サリナとトアは援護だ」
サリナさんの文句を宥めるリーダーが指示を出す。
ハイオークは30匹以上。
「じゃあ、行くぞ、ガゼル」
「ああ、こっちも準備はできて――――」
「ファイヤガトリング」
「「「「「えっ?」」」」」
突然、イツキさんが手を前に掲げて、青白い炎弾を連続射撃したのです。
しかも、考え事をしたまま、迫って来るハイオーク達をノールックで。
炎弾に撃ち抜かれたハイオーク達は一瞬で炎上して魔石を残して灰になりました。
「うそ…………だろ…………」
「なんなの、あれ?」
トアとサリナさんが唖然としています。
「イツキ君!」
「えっ? 何ですか、デュークさん?」
リーダーに声を掛けられて、我に返ったようにイツキさんが応じました。
「あれ? なんです、この灰と魔石? いっぱいあるじゃないですか」
あちこちに散乱する灰と魔石を見たイツキさんの反応がこれ。
「君が倒したハイオークだよ」
「ハイオークなんていたんですか? 気付かなかった」
「でも、攻撃魔法を放っていたよね?」
「なんか邪悪なオーラを感じたので、とりあえず撃っときました」
『とりあえず撃っときました』って…………
それに、
「あの炎弾、なんなの? 青白い炎弾なんて初めて見たわよ」
サリナさんの疑問に、さも当たり前のように、
「魔力の充填速度を高めたんですよ。威力が上がって燃焼温度が高くなったんですね」
「どれだけ充填速度を上げればそんなことになるのよ。わたしだって白い炎までしか出せないわよ」
支部長が言う通りイツキさんは規格外だ。
イツキさんに任せれば、深層攻略も楽に進められることでしょう。
でも、それでは遙々王都からここまで来た王都最強の《S》ランクパーティーである十字星の面目丸潰れなのです。
だから、その後もボチボチ現れる魔物は私達で対処しました。
このまま、イツキさんに任せたら、私達の出番が無くなってしまうから。
ようやく30階層のボス部屋の扉の前に着くと、イツキさんが言いました。
「効率重視で行きましょう」
何もない空間から賢者の杖を取り出すと、ダンジョンの床に立てて、
「10の穴を穿て。奈落(中)!」
杖の下の床が崩れ、直径2mくらいの穴が空きました。
「デュークさん達はボスを倒して順に潜って来て下さい。俺達は40階層まで一気に降ります。威力偵察です。じゃあ、後で会いましょう。じゃあな、トア、またな」
「おう、後で会おう」
「さあ行くぞ、白亜」
「うむ、兄者」
ガゼルさんが白亜ちゃんに声を掛けました。
「白亜様、行かれるのですか?」
「うむ」
「では、僕も白亜様にお供します」
「いや。その方は、パーティメンバーと共に務めを果たすのじゃ。これは、妾の命じゃ」
「…………はい…………」
「そう、気にするでない。妾のことは大丈夫じゃ。兄者がおる。なにせ『一生守って』くれるそうじゃしのぉ」
「そう言う事であれば、承知致しました! 白亜様の命に従い、必ずや階層を踏破し、白亜様に追いついてみせます!」
「うむ。良い返事じゃ。期待しておるぞ」
ガゼルさんはすっかり白亜ちゃんの家来みたいです。
そして、イツキさんが、続いて白亜ちゃんが穴に消えました。
本当に信じられない。
ダンジョンの床に穴を開けてショートカットするなんて。
ましてや、《S》ランク以上と言われるこのダンジョンをショートカット攻略するなんて。
どんな凶悪な魔物に遭遇するかわからないのに。
そんな攻略法なんか聞いたこともない。
《S》ランク以上の実力があるといっても、いくら何でも無茶過ぎます。
とても正気だと思えないです。
「やれやれ、マジかよ」
「若いっていいわねえ」
「ババアが漏れ出てるぞ」
「黙れ、小僧! 口は災いの元って言葉知ってるか!?」
「ハイハイ、申し訳ございませんでした、サリナ姐」
「わかればいいのよ」
トアとサリナさんがふざけていると、
「彼らは40階層から攻略を始めるか、あるいはそこから上に上がって来るつもりだ。俺達も負けられない。先を急ごう」
リーダーが対抗意識を燃やしています。
前屈みに両手をついて穴を覗くガゼルさんに、サリナさんが、
「白亜ちゃんにはイツキがいるから大丈夫よ。さあ、扉を開けるわよ」
そう言って扉に杖を当てると、ボス部屋の扉がゆっくりと開いていきました。
皆で中に入ると、後ろの扉が閉じました。
もう、ボスを倒さないと進むことも退くこともできません。
天井に灯が点り、徐々に視界が明るくなっていきます。
そして、部屋の中央。
巨大なミノタウロスが、やはり巨大なハルバートを構えて立っていました。




