表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
100/179

100 ラフィエステの憂鬱

「騎士王が討たれましたか?」


神殿の執務室で受けた側近からの報告に、リザニア聖皇国の聖女ラフィエステ・リザニアは表面上は動揺しなかった。


騎士王オストバルト・フェルナーが、カラトバ騎士団領のほぼ全軍を率いてアナトリア王国への侵攻を開始した。それ自体は予測されていたことだった。カラトバとアナトリアとは元々仲が悪い。ただ、それは双方がいがみ合っているという類ではなく、カラトバがアナトリアを一方的に憎悪している、というものだ。人間至上主義を国是とするカラトバにとって、人間以外が統治する多種族国家など、地上に存在することすら許せない存在なのだ。


カラトバはこれまでも2度に渡ってアナトリアに侵攻したが、2度とも撃退されている。アナトリアではこの戦争を『第一次カラトバ戦役』、『第二次カラトバ戦役』と称しているが、カラトバや聖皇国では違う。『第一次征亜出兵』『第二次征亜出兵』と呼ばれている。ここで言う『征亜』は『亜人を征伐する』という意味だ。人間至上主義の国らしい名付け方である。

ちなみに、ノイエグレーゼ帝国を始めとするその他の国々では、『第一次人亜戦争』『第二次人亜戦争』と呼ばれている。


今回、カラトバ側は綿密な準備を行った上でアナトリア侵攻に臨んだ。『第三次征亜出兵』である。投入した戦力もこれまでの20万や30万とは比較にならない100万。侵攻開始時のミスラ要塞攻略戦ではこれまで存在しなかった新兵器の実戦投入も行われ、電撃的勝利を収めている。

今度ばかりは、カラトバが仕掛けた総力戦により、戦力に劣るアナトリアは滅亡するものと思われた。


だが、結果は違った。モルタヴァ高原で迎え撃ったアナトリアの少数精鋭の迎撃部隊により新兵器が次々に破壊され、カラトバは8000名を超える死傷者を出した。


そして、勇者の介入。


騎士王は100万の軍勢諸共、勇者斎賀五月(さいがいつき)に蹂躙され壊滅した。

跡には何も残らなかったという。

後に言う『モルタヴァ会戦』は勇者の助力もありアナトリア側の圧倒的勝利に終わった。


この勝利により、アナトリアの外患は取り除かれたと言っても良い。

一方、国境警備隊を除くほぼ全軍と強力な統治者を失ったカラトバは、深刻な内戦状態に突入するだろうことが予想された。これから、カラトバでは本当の意味での人亜の戦いが始まる。


ラフィエステは騎士王が討たれたのを当然だと思っている。

勇者捜索を命じたにも拘わらず、それを投げ出してのアナトリア侵攻。

聖女の命令を、女神の神託を無視した。

到底許されることではなかった。

万死に値する行為。

どのみち騎士王は、ラフィエステの手で処断する予定だった。

偶々今回は、勇者の手で討たれたに過ぎなかった。


そもそも、ラフィエステは祖父の司教帝が勇者パーティーのメンバーに騎士王を指名したことに納得していなかった。人間至上主義に凝り固まった差別意識は、エーデルフェルトを救う使命を帯びた勇者パーティーのメンバーに相応しくない。それでも、騎士王を指名しなければならなかったのは聖教国とカラトバが同盟関係にあったからだ。

名誉職を餌に相手を手懐けるのは宗教国家の常套手段。

今回、騎士王を勇者パーティーメンバーに指名したのもその程度の認識だった。


しかし、予想外のことが起きた。


それは、この戦争への勇者の介入。


ラフィエステは考える。


(これまで、勇者様は、セレスティア様の監視の目を搔い潜り、身を隠すように聖皇国の手配から逃げ回っていた。その勇者様が表舞台に現れた。いったいどういう切っ掛けが彼に介入を決意させたのだろう? そこには必ず理由があるはずよ。)


「ただちに、勇者様がアナトリア側に立って介入した理由を調査しなさい」


それを訊いた側近が微妙な顔をしたのをラフィエステは見逃さなかった。


「何かあるのですか?」

「大変申し上げ難いのですが…………」

「なんですか? 言って御覧なさい」

「実は――――」


側近が恐る恐る切り出した内容は本当に唾棄すべきものだった。


コスタ村大量虐殺事件。


カラトバ兵による、人間、亜人問わずの村民全員の虐殺。


ラフィエステは頭を抱えてしまった。

鬱になりそうだった。


(これはダメ。これはダメよ。種族問わずエーデルフェルトの安寧を願うセレスティア様の意向を踏み躙る所業。こんなの、セレスティア様が許すはずがない。騎士王を勇者パーティーメンバーに指名した聖皇国も責を問われることは間違いない)


勇者に逃亡された時のセレスティアの怒りの形相がラフィエステの目に浮かんだ。

そして、理解してしまった。

勇者が介入した理由を。


(勇者様はこの惨劇にお怒りになってカラトバを滅ぼした。その怒りは騎士王を勇者パーティーメンバーに指名した聖皇国にも向けられるはず)


側近が報告を続ける。

ラフィエステの憂鬱もまだまだ続きそうだ。


「勇者様が魔族領五公主の一人であるガヤルド女魔公爵と行動を共にしているのが目撃されています。なお、ガヤルド女魔公爵はアナトリア国王と会談し、平和条約、和親条約、友好通商条約、相互援助条約を締結しております。その席に女神セレスティア様が立ち会い、祝福を与えられたことも確認されております」


ラフィエステは耳を疑った。


勇者が魔族領の重鎮と行動を共にしている。

1000年に渡る戦争状態にあった魔族領とアナトリアが同盟関係を結んだという。

その同盟関係を女神セレスティアが祝福している。


思わず蟀谷(こめかみ)を押さえる。


「あの、大丈夫ですか?」

「報告を続けなさい」


幽鬼のような表情のラフィエステが側近に続きを促す。


「また、先のモルタヴァ会戦では、ガヤルド女魔公爵とその親衛隊、女神セレスティア様がアナトリア王国側で参戦されたことも確認されております」


側近が述べる報告内容が容赦なくラフィエステを打ちのめす。


(人間至上主義が過ぎたが故に滅ぼされた騎士王とその配下の軍勢。リザニア聖教も人間至上主義を宗旨としている。ならば、リザニア聖教も彼等と同じ運命を辿らないと誰が言えるだろうか?)


以前からセレスティアは人間至上主義に苦言を呈していた。

その苦言にリザニア聖教関係者は耳を傾けなかった。


そう言えば、最近、ラフィエステには思い当たる節があった。

神殿の〖召喚の間〗でセレスティアと面会しても、彼女がラフィエステのことを『ラフィ』と呼ばず、『ラフィエステ』としか呼ばなくなったことだ。しかも、以前は雑談に花を咲かせることもありラフィエステに優しい眼差しを送ることもあったセレスティアが、最近は妙に事務的なのだ。

何か壁のようなものを感じるラフィエステだった。


(今思えば、あの時既にセレスティア様はわたくし達を見限られていたのでしょう。そして、セレスティア様がわたくし達を見限って反人間至上主義の側で動かれた以上、リザニア聖教が神敵に認定されるのも時間の問題。その時、わたくし達に神の鉄槌を下すのは勇者様だ)


本来なら魔王の【暴虐】を阻止した勇者は聖女と結ばれてめでたしめでたしだったはず。

だが、シナリオは大きく狂い始めている。


(勇者様。一度会ってお話したかったな)


ラフィエステは会ったことも無い勇者のことを考えた。

が、すぐに被りを振って、


(落ち込んでいる場合じゃないわ。この状況を何とか打開しなくては!)


自らを奮い立たせるラフィエステだった。




その時、開いた扉をコンコンと叩く音がして、


「ラフィエステ。ちょっといいかね?」


白髪の細面の老人が執務室の中に入って来た。


老人は、頭には金色に輝く司教冠(ミトラ)を頂き、短めのケープ付きの白い祭服(カソック)を着用し、金糸が刺繍された絹の帯を締めていた。


「お爺様!」


ラフィエステが返事をした相手はコルネリウス・リザニア。

リザニア聖教国の司教帝その人だった。

あと数十年若返ったら、ラフィエステそっくりの美男子だったろう。

そんな片鱗が伺われる男だった。


「騎士王が亡くなったそうじゃないか?」

「ええ、今、その報告を受けていたところよ」

「ならば、新たな勇者パーティーメンバーを選出しなくてはならないね?」

「その事ですけど…………」


ラフィエステは今、側近から報告を受けた内容を自分の考察も含めて説明した。

それを訊いたコルネリウスが言ったことはラフィエステの想像の斜め上だった。


「それは女神に似た別の誰かではなかったのかね?」


それも考えられることではあった。


「そんなに心配することではないよ。例え、セレスティア様が地に降りたとしても、創造神様が新たな女神をご指名下さるはずだよ」

「『新たな女神』だなんて、やめて下さい」

「おまえはセレスティア様を慕っていたね」

「そのとおりですけど、それだけではありませんわ。逆に伺いますが、聖教ではそんなに簡単に信仰の対象を鞍替えしていいものなんですか?」


それを訊いたコルネリウスが遠い目をして言った。


「かつて、聖教は別の女神を信仰の対象としていた。しかし、その女神はお隠れになられた」

「お亡くなりになられたということですか?」

「それはわからない。ただ、忽然と姿を消したのだよ。そうして、創造神様が後任に遣わされたのが、今の女神セレスティア様なのだよ」


ラフィエステにとっては初めて訊く話だった。


「だから、今回も同じ事なのだ。だから、何も心配する事はないのだよ」


そう言い残すとコルネリウスは去って行った。

残されたラフィエステは黙って執務室の床を見詰めていた。



◆ ◆ ◆


聖女の執務室を後にしたコルネリウスは神殿の〖召喚の間〗に来ていた。

女神像を見上げるコルネリウスの手には、聖剣が握られていた。


コルネリウスは、イツキが持つ聖剣と瓜二つのその剣を振り上げると、女神像を斜めに薙いだ。

切り口から滑り落ちた女神像の上半身は床に落ちてコナゴナになった。


「これで良い」


剣がコルネリウスの手から離れて宙に浮き、その刃を彼に向ける。

次の瞬間、剣はコルネリウスの左肩を刺し貫き、その姿を消した。

左肩の刺し傷を取り囲むように聖剣の刻印である聖樹印が残った。


左肩に刺し傷を負ったコルネリウスが、大声で人を呼ぶ。


「誰か!! 誰かある!!?」


その声に神殿中の神官や護衛騎士達が集まって来た。

ラフィエステもそのうちの一人だった。


「〖誓いの丘〗から聖剣をくすねた狼藉者が突然現れて女神像を破壊した」


召喚の間にあるのは、無残に左肩から斜めに両断された女神像と、床に散乱した水晶の欠片だった。そして、負傷して肩から血を流す司教帝コルネリウスの姿。


「止めようした私もこうして切られてしまった」


コルネリウスは自らの服をはだけて傷口を見せる。

聖樹印が傷を取り囲むようにコルネリウスの左肩に刻まれていた。


「これは間違いなく、聖樹印…………」


集まって来た神官や護衛騎士達が騒めく。

特級神官が数人、コルネリウスに駆け寄る。

特級神官の治癒魔法で傷の治療を受けながらコルネリウスは言う。


「セレスティア様が追跡を命じたサイガサツキが遂に斯様な暴挙に出た! かの者は1000年前の勇者の名を騙る不届者である!」


かつての魔王ですら司教帝には刃を向けなかった。

これはエーデルフェルト始まって以来の暴挙。


「もはやサイガサツキは女神セレスティアの、そして聖皇国の逆賊である」


周囲に緊張が走る中、司教帝コルネリウス・リザニアが宣言する。


「勅命である! ただちに逆賊、サイガサツキを討滅せよ! 周辺国のみならず各教区を通じて信徒達にもそう伝えるのだ!」


コルネリウスの側近が散っていく。


召喚の間が騒めく中、聖女ラフィエステは混乱していた。


(さっきの報告では勇者様はセレスティア様と共にアナトリア王国にいると訊いた。おそらく二人は和解したのだ。その勇者様がセレスティア像を破壊して司教帝であるお爺様に手を掛けた。そんなことが本当にあり得るのだろうか?)


ラフィエステは、側近に支えられて召喚の間を去って行く祖父コルネリウスを見詰めながら思った。


(勇者様を逆賊と断じて討滅を命じられるなんて・・・。お爺様。いったい何を考えていらっしゃるのですか?)




司教帝の私室に戻って来たコルネリウスは側近を下がらせて一人になった。


コルネリウスが窓の外に広がる空を眺めた。

その口から笑い声が漏れ始める。


「ハハハ、ハ、ハハハ…………」


やがて、笑い声が次第に大きくなり、


「ア~ハッハハッハッハッハッハッハッハッハッ!」


それは突然止んだ。


「我らに背く女神との繋がりも今断った。後は勇者を倒し、【暴虐】を発動した魔王の魔核を手に入れるのみ。待っておれ、サウラ! 私が必ずおまえを復活させてやる! そして、おまえの求める世界をこの手で用意してやる!」


司教帝コルネリウス・リザニア。

誰も居ない私室で彼は一人呟くのだった。




100話目になります。

このシリーズみたいな長い文章は、本職の教育用テキスト作りや仕様書作りでも経験したことがありません。

未知の領域ですね。

第2章はあと少しです。

今しばらく、お付き合い下さい。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ