お客さん
次の日、僕は久しぶりに登校した。
いつもと変わらない通学路。いつもと変わらない学校。時間は僕が止まっていようが進み出そうが同じように流れ、人々の動きだって変わらない。
卓と会って昨日の謝罪と感謝を伝え、一緒に昼食を食べて午後の授業に参加し、別れる。そして、さざなみ荘へ帰る。
海里がいない日常がゆっくりと当たり前のように流れていく。やがて僕もこの時間の流れに飲み込まれ、海里のことを忘れていってしまうのだろうか。それはひどく怖いことだ。でも、僕らはそうやって忘れていくことで心の平穏を保っていくのかもしれない。時間は人々の心を癒やしてくれる。
そんなことを考えながら、階段を上ろうとしたところで、後ろから呼び止められる。振り返ると、エプロン姿の大家さんが立っていた。
「一帆、あんたにお客さんだよ」
「客?」
身に覚えのないその言葉に思わず首を傾げる。
一瞬、親が来たのかとも思ったが、すぐにそれはないなと判断する。あの人たちは僕が何かしらの問題を起こさない限りは干渉してくることはないはずだ。では誰か。
「本当は昨日の夕方に来てたんだけど、一帆がいなかったから日を改めてもらったんだよ」
そう付け足す大家さん。ますますよく分からなくなった。
「いま、私の部屋で待っててもらってるから」
そう言って大家さんは歩き出す。考えても答えは出てきそうにないし、僕は思考を止めてその後ろについて行った。
「お待たせしました」
大家さんのあとについて部屋に入ろうとした僕の足はそこで止まる。
まず最初に浮かんだのは疑問だった。そして、徐々に怒りが溢れ始める。
机を挟んだ先には眼鏡をかけた女性が座っていた。海里を見張り、僕と海里を引き離した張本人だ。
考える前に身体が動く。
僕は女性に詰めより、その胸ぐらを掴んだ。
「どうしてお前がここにいるんだ」
悲痛が胸の奥から湧いてくる。負の感情に包まれた僕を前にしても、女性は僅かに目線を落とした。僕は感情がぐちゃぐちゃになって思わず手を振り上げる。
「一帆、その人は違くて――」
大家さんの制止する声が聞こえるがもう止まれない。
高々と上げた腕を女性めがけて振り下ろそうとして、
「だめだよ、一帆」
声が聞こえた。いるはずのない少女の声だ。その透き通った音色は僕の拳を下ろすのに十分な理由だった。
僕は改めて目の前に座る女性を見た。視線を落とし苦しそうな表情を浮かべている。
冷静に考えれば分かることだった。海里を連れて行った奴らが僕の前に再び現れることなんてあるはずがない。だからきっと、いままでのことは全て勘違いで、彼女こそが海里へとつながる天から垂らされた糸なのだ。
僕は彼女の襟から手を離し、頭を畳にこすりつけた。
「突然掴みかかってすみませんでした。あなたのことをいろいろ勘違いしていたみたいで。それから、海里のこと、教えてください」
「顔を上げてください」
その言葉にゆっくりと顔を上げた。女性はわずかにこわばった顔を崩していた。
「まず、謝らなければならないのは私の方です。申し訳ございませんでした。それから、海里様の全てをお伝えします。そのために私はここに来たのですから」
止まっていた時間が動き出すような、そんな心の震えを感じた。




