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盛り付けた分は食べ切って、おかわりをする気にはあまりなれなくて、そろそろ急いで、散らかし放題の台所を片付けようかという時だった。
──ガチャリ
鍵の開く音がした。ハルトは「え」と声をもらして時計を見た。いつもよりちょっとはやい、夜の九時すぎ。
「……晴翔? ひょっとして、お友達きてる?」
鍵の音から一拍おいて、玄関からお母さんの声がした。
正直に答えたら怒られる? 今すぐ隠れてもらう? いや、でも靴でもうバレてるよな。ハルトは心臓をバクバクさせながらそんなことをぐるぐると考える。
ガイアとレイは、ハルトの緊張した様子につられて、一緒になってその場で思わず身を固くした。
ハルトの返事を待たず、怪訝そうな顔つきのお母さんがリビングに入ってきた。そして案の定、ハルトの他に子どもがいるのを見て、さらに眉をひそめる。
「ねぇ晴翔。もう、お友達と遊ぶような時間じゃないわよ。こんな時間まで引き止めて、お友達のお母さんがとっても心配すると思わない?」
ハルトは、ひょっとして怒鳴られるのではないかとドキドキしていたけれど、お母さんはやわらかく言った。もちろん、怒っていないわけではないのは、顔を見ればわかる。その視線は、食事をした形跡のあるテーブルや台所の惨状へと移った。
「台所で、何をしていたの?」
「か……カレー、作って……」
「大人がいないのに、包丁やコンロを使ったの?」
「うん。けど、できたよ」
「できたかどうかって、問題じゃなくてね……」
どんどんと顔を曇らせるお母さんは、今度はガイアに向かって言った。
「あなた、お名前は? お母さんは、あなたがここにいること、知ってる?」
「……あ……」
首を横に振りながら、緊張してなのか、答えられなかった彼にかわってハルトがおずおずと言う。
「え……と、ガイアくん……。二組の……それから……」
「ああ。あなたが、大地くん」
お母さんは皆まで聞かずにハルトをじろりと睨み、あからさまなため息をついた。
「大地くん。おうちにお電話するからね。番号わかる?」
「……わかんない」
「そう。困ったわね」
「大丈夫。心配、してないから……」
「そう言う問題じゃないのよ。
──こんな時間にひとりで帰らせるわけにはいかないし、おうちの人に事情を話さないといけないから、お家まで送るわね」
「じぶんで帰れるよ?」
「普通は、子供がひとりで外を歩いていい時間じゃ、ないのよ」
お母さんは呆れたような声音になりながら、またため息をつく。そしてふたたびハルトの方を向いた。
「ともかく、お母さんは大地くんを送ってくるから、晴翔は家で待ってなさい」
「え、でもレイは? いいの?」
「礼って? ああ、カレーのこと? 作っておいてくれてありがとうと言われたいの? 約束ごとをこんなにたくさん破っておいて?」
「え? そうじゃなくて……」
「とにかく! もう遅いんだから、晴翔はシャワーあびて、先寝てなさい!」
最後には怒りをあらわにして、ばたばたとガイアをひきずるように出ていくお母さんを、ハルトはぽかんと見送った。
そして、となりにいるレイと顔を見合わせた。
「なんでレイのこと無視したんだろう?」
「じつは、こっそり隠れてたから?」
レイの答えに、ハルトは首を傾げた。ずっと隣にいた気がしていたからだ。
「そうなの? いつの間にそんなに完璧に隠れてたの?」
「ともかく、今のうちに帰っちゃうね」
「夜遅くなっちゃったけど、平気? 怒られない?」
「大丈夫。また、明日ね。今日はありがとう」
本当に大丈夫かな? と心配になりながらも、ハルトは玄関でレイを見送った。
ガイアを家まで送って帰ってきたお母さんは、すごい剣幕でハルトに怒鳴り散らした。友達がいる時に諭すように怒っていたあれは、他所行きの顔だったらしい。
「一体、今、何時だと思っているの⁉︎ お母さん帰ってきたの、九時よ、九時! まともな小学生なら、こんな時間まで他人様の家で遊ぶなんて、ありえないわよ! 晴翔にも、お母さんのいない時に友達を家に入れるなと言っていたでしょ! それに、包丁やらコンロやら使って! 事故でもあったらどうするの! 誰が責任取れるっていうの! だから、大地くんとは付き合うなと言っていたわよね! 案の定じゃないの! ひとりで夜遊びしているならまだしも、晴翔まで巻き込まれて! 大地くんのおうち行ったけどね、あんな酷くだらしない父親しかいないんじゃ、そりゃあね。こんな時間まで子どもを放っておいても心配もしないなんて、完全に育児放棄じゃないの。送っていってもありがとうのひとつもなしに。昼間パチンコしかしてないっていう噂も頷けるわ。本当、実際、何をしている人なんだかね。
とにかくね、あの辺の地域に住んでいる人とはあまり仲良くしないほうがいいのよ。晴翔には将来があるんだから、小学生のうちからこんな、図々しく人様の家に上がり込んで夜遊びするような子と遊んでいたら、影響されてあなたまで駄目な大人になってしまうわよ! それからね……」
長々とまくし立てるお説教も途中からは、子どもには関係ない大人の話だ。でも、子どものハルトにだって、お母さんがガイアやそのお父さんの悪口を言っているのだということはわかる。
はじめは言いつけを守らず自分が悪い事をしたと反省する気持ちにもなっていたものが、だんだんと、なんともいえない苛つきに変わってきた。
──イクジホウキは、うちもそうじゃないか。じゃあ、お母さんは子ども無視して昼も夜も、なにしてるんだよ。仕事って言えばそれでえらくて、仕事ならイクジホウキにならないわけ?
ガイアはひとりぼっちの寂しい時間に一緒にいてくれた大切な友達なのに、なんでひどい悪口を言われないといけないの? 住んでるチイキとかよくわからないけど、そんなのガイアのせいじゃ、ないじゃないか。
お母さんが何か言うたびに、そんな思いや反抗心が次々と頭の中を占めていく。けれど、こうなったお母さんに口ごたえしても、お説教が長くなるだけなので、しおらしく「はい」「はい」と返事をしておいた。
お母さんは、言いたいことを言い切ってしまうと、キッチンにあるカレーの鍋を持ち上げた。いまいましげに鍋をシンクに向かって傾けると、鍋に残ったカレーはさらさらと流れて排水口に消え、生ゴミ受けに具の野菜や肉がたまる。
「どうして、勝手に捨てちゃうの!」
「食べるつもりがないからよ」
お母さんは散らかっていたキッチンを片付けてしまうと、自分はコンビニ弁当を食べ始めた。
その様子を呆然と眺めていたハルトは「おやすみなさい」も言わずに自分の部屋に入ってベッドに潜り込んだ。我慢していたつもりではなかったけれど、途端に涙が溢れてきた。




