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隠れ家レストラン  作者: 冲田いつき


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8

 ()けた分は食べ切って、おかわりをする気にはあまりなれなくて、そろそろ急いで、散らかし放題(ほうだい)の台所を片付(かたづ)けようかという時だった。


 ──ガチャリ


 (かぎ)の開く音がした。ハルトは「え」と声をもらして時計を見た。いつもよりちょっとはやい、夜の九時すぎ。


「……晴翔(はると)? ひょっとして、お友達きてる?」


 鍵の音から一拍(いっぱく)おいて、玄関(げんかん)からお母さんの声がした。

 正直に答えたら(おこ)られる? 今すぐ(かく)れてもらう? いや、でも(くつ)でもうバレてるよな。ハルトは心臓(しんぞう)をバクバクさせながらそんなことをぐるぐると考える。

 ガイアとレイは、ハルトの緊張(きんちょう)した様子につられて、一緒(いっしょ)になってその場で思わず身を固くした。


 ハルトの返事を待たず、怪訝(けげん)そうな顔つきのお母さんがリビングに入ってきた。そして(あん)(じょう)、ハルトの他に子どもがいるのを見て、さらに(まゆ)をひそめる。


「ねぇ晴翔。もう、お友達と遊ぶような時間じゃないわよ。こんな時間まで引き止めて、お友達のお母さんがとっても心配すると思わない?」


 ハルトは、ひょっとして怒鳴(どな)られるのではないかとドキドキしていたけれど、お母さんはやわらかく言った。もちろん、(おこ)っていないわけではないのは、顔を見ればわかる。その視線(しせん)は、食事をした形跡(けいせき)のあるテーブルや台所の惨状(さんじょう)へと移った。


「台所で、何をしていたの?」

「か……カレー、作って……」

「大人がいないのに、包丁やコンロを使ったの?」

「うん。けど、できたよ」

「できたかどうかって、問題じゃなくてね……」


 どんどんと顔を(くも)らせるお母さんは、今度はガイアに向かって言った。


「あなた、お名前は? お母さんは、あなたがここにいること、知ってる?」


「……あ……」

 首を横に()りながら、緊張してなのか、答えられなかった(かれ)にかわってハルトがおずおずと言う。


「え……と、ガイアくん……。二組の……それから……」

「ああ。あなたが、大地(がいあ)くん」


 お母さんは(みな)まで聞かずにハルトをじろりと(にら)み、あからさまなため息をついた。


「大地くん。おうちにお電話するからね。番号わかる?」

「……わかんない」

「そう。(こま)ったわね」

大丈夫(だいじょうぶ)。心配、してないから……」

「そう言う問題じゃないのよ。

 ──こんな時間にひとりで帰らせるわけにはいかないし、おうちの人に事情(じじょう)を話さないといけないから、お家まで送るわね」

「じぶんで帰れるよ?」

()()は、子供がひとりで外を歩いていい時間じゃ、ないのよ」


 お母さんは(あき)れたような声音になりながら、またため息をつく。そしてふたたびハルトの方を向いた。


「ともかく、お母さんは大地くんを送ってくるから、晴翔は家で待ってなさい」


「え、でもレイは? いいの?」


(れい)って? ああ、カレーのこと? 作っておいてくれてありがとうと言われたいの? 約束ごとをこんなにたくさん(やぶ)っておいて?」


「え? そうじゃなくて……」


「とにかく! もう(おそ)いんだから、晴翔はシャワーあびて、先()てなさい!」


 最後には(いか)りをあらわにして、ばたばたとガイアをひきずるように出ていくお母さんを、ハルトはぽかんと見送った。

 そして、となりにいるレイと顔を見合わせた。


「なんでレイのこと無視(むし)したんだろう?」


「じつは、こっそり(かく)れてたから?」


 レイの答えに、ハルトは首を(かし)げた。ずっと(となり)にいた気がしていたからだ。


「そうなの? いつの間にそんなに完璧(かんぺき)に隠れてたの?」


「ともかく、今のうちに帰っちゃうね」


夜遅(よるおそ)くなっちゃったけど、平気? 怒られない?」


「大丈夫。また、明日ね。今日はありがとう」


 本当に大丈夫かな? と心配になりながらも、ハルトは玄関でレイを見送った。




 ガイアを家まで送って帰ってきたお母さんは、すごい剣幕(けんまく)でハルトに怒鳴(どな)り散らした。友達がいる時に(さと)すように怒っていたあれは、他所行(よそゆ)きの顔だったらしい。


「一体、今、何時だと思っているの⁉︎ お母さん帰ってきたの、九時よ、九時! まともな小学生なら、こんな時間まで他人(ひと)様の家で遊ぶなんて、ありえないわよ! 晴翔にも、お母さんのいない時に友達を家に入れるなと言っていたでしょ! それに、包丁やらコンロやら使って! 事故でもあったらどうするの! (だれ)が責任取れるっていうの! だから、大地くんとは付き合うなと言っていたわよね! 案の定じゃないの! ひとりで夜遊びしているならまだしも、晴翔まで()()まれて! 大地くんのおうち行ったけどね、あんな(ひど)くだらしない父親しかいないんじゃ、そりゃあね。こんな時間まで子どもを放っておいても心配もしないなんて、完全に育児放棄(いくじほうき)じゃないの。送っていってもありがとうのひとつもなしに。昼間パチンコしかしてないっていう(うわさ)(うなづ)けるわ。本当、実際、何をしている人なんだかね。

 とにかくね、あの辺の地域(ちいき)に住んでいる人とはあまり仲良くしないほうがいいのよ。晴翔には将来(しょうらい)があるんだから、小学生のうちからこんな、図々しく人様の家に()がり()んで夜遊びするような子と遊んでいたら、影響(えいきょう)されてあなたまで駄目(だめ)な大人になってしまうわよ! それからね……」



 長々とまくし立てるお説教(せっきょう)途中(とちゅう)からは、子どもには関係ない大人の話だ。でも、子どものハルトにだって、お母さんがガイアやそのお父さんの悪口を言っているのだということはわかる。

 はじめは言いつけを守らず自分が悪い事をしたと反省する気持ちにもなっていたものが、だんだんと、なんともいえない(いら)つきに変わってきた。


 ──イクジホウキは、うちもそうじゃないか。じゃあ、お母さんは子ども無視して昼も夜も、なにしてるんだよ。仕事って言えばそれでえらくて、仕事ならイクジホウキにならないわけ?

 ガイアはひとりぼっちの(さび)しい時間に一緒にいてくれた大切な友達なのに、なんでひどい悪口を言われないといけないの? 住んでるチイキとかよくわからないけど、そんなのガイアのせいじゃ、ないじゃないか。


 お母さんが何か言うたびに、そんな思いや反抗(はんこう)心が次々と頭の中を()めていく。けれど、こうなったお母さんに口ごたえしても、お説教が長くなるだけなので、しおらしく「はい」「はい」と返事をしておいた。



 お母さんは、言いたいことを言い切ってしまうと、キッチンにあるカレーの(なべ)を持ち上げた。いまいましげに鍋をシンクに向かって(かたむ)けると、鍋に残ったカレーはさらさらと流れて排水口(はいすいこう)に消え、生ゴミ受けに具の野菜や肉がたまる。


「どうして、勝手に()てちゃうの!」


「食べるつもりがないからよ」


 お母さんは散らかっていたキッチンを片付(かたづ)けてしまうと、自分はコンビニ弁当を食べ始めた。

 その様子を呆然(ぼうぜん)(なが)めていたハルトは「おやすみなさい」も言わずに自分の部屋に入ってベッドに(もぐ)()んだ。我慢(がまん)していたつもりではなかったけれど、途端(とたん)(なみだ)(あふ)れてきた。

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