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しとしと、雨が葉を打つ音で目が覚めた。ハルトとガイアは秘密基地の倉庫の中で寝ていた。
雨は降っているけれど基地はいつものように全然濡れていなくて、毛布もなにもなかったけれど、布団の中にいたかのように暖かく感じていた。
二人が起き上がって、ぱちくりとお互いの顔を見ていると、秘密基地の中を誰かが覗き込んだ。風貌からして、お巡りさんのようだった。
「特徴どおりの子供を二人、公園で発見しました!」
彼は無線機に向かって言うと、トラテープを雑にはがして、フェンスを退ける。とたんに、冷たい雨がふたりの頰をたたいた。
「きみたち、名前は? 二人か? 怪我は?」
ハルトとガイアはまだ夢心地でぼんやりとしていて、この先のことはほとんど覚えていない。とにかく大人たちは、あれやこれやと大騒ぎしていた。ふと我に返ったときには、二人とも病院のベッドで寝かされていた。
「帰ってこれたね」
ベッドの足元あたりに座ったレイが、病室で目覚めたハルトとガイアに声をかけた。
「きみたちには悪いけど、僕はちょっとざんねん。ずっと一緒にいられないのは寂しいけど、また秘密基地で遊ぼう」
レイは今にも泣きそうな顔だったけれど、にこりといつもの笑顔をつくった。
「うん! また遊ぼう!」
二人は、レイに答える。
その声を聞いてなのか、突然ノックもせずに男がズカズカと病室に入ってきた。ガイアの顔がサッと曇って、男から伸ばされた手を遮るように、反射的に、顔の前に自身の腕を持っていく。
ギュッと目をつぶって身構えた彼を、男はやさしく抱擁した。
「心配かけやがって! 本当に消えるこたねぇだろ!」
「……父さんでも、心配なんて、するんだ……」
「憎まれ口叩けりゃ、元気だな」
ガイアのお父さんがはいってきたのと間をあけず、血相を変えたハルトの両親も病室に入ってきた。父親に会うのは久しぶりだ。
「晴翔! いったい何があったの⁉︎ 一週間も一体どこに行ってたの⁉︎」
お母さんにすごい勢いで問い詰められて、ハルトは「あ……」と言葉を詰まらせた。お母さんは怒っているような、ほっとしているような、いくつもの思いが渦巻いた複雑な表情をしていた。
「あなたに何かあったらって、気が気じゃなかったわ! 事件に巻き込まれたの? お友達についていったの?」
「違……。ちょっと家出しようと思って……」
それぞれの家族が、それぞれに、たった一日いなくなったにしては大袈裟に思えるほど、心配していたことを伝える。子どもたちはあっけにとられて、圧倒されるばかりだった。
予想はしていたけれど、やっぱりレイは大人には見えていないように思えた。彼はハルトとガイアに向かってひらひらと手を振って、病室から出て行った。
それから警察官がやってきて、親にも子供にも、事件性がどうたらなどと、難しい話をし始めた。子ども相手には、女性の警官が優しく話を聞いてくれたので、ガイアとハルトは、ありのままを話した。
「……そう。そんな素敵な夢、お姉さんも見てみたいな。それで、君たちは“秘密基地”に、一週間ずっといたってことでいいのかな? でも、お巡りさんたちも、あそこはちゃんと探したんだよ? その時はちょうど偶然、別のところにいたってことかな?」
「だから、一週間も出てってないって! 学校サボって秘密基地行って、それからすぐレイの家に行って、泊まったけど、朝には戻ってきた!」
ガイアがイライラした声色で、もう何度目かわからない、聞き方を変えた同じ質問に答えた。
「その、“レイくんの家”はどこ?」
「だから、公園だけど公園じゃない場所で……さっき何度も説明したでしょ!」
「うん、聞いたよ。けど、本当はどうしたのかが聞きたいな? 知らない大人について行っちゃったとか、もし言いにくくても、こっそり教えて欲しいな。大丈夫、誰も怒らないから! お腹すいたら、どうしてたの?」
「だからぁ!」
女性警官とのやり取りは、終始こんな感じだった。本当のことを大人はまったく信じてくれないので、ガイアはヘソを曲げて一言も喋らなくなった。
ハルトは信じてもらうことを諦めて、ただずっと公園にいた、偶然見つからなかった、家出のつもりだったから、食べる物は用意していた、と、淡々と答えた。
それっぽく嘘をついていると、女性警官をはじめ、親を含めた大人はみんな、納得して満足したようだった。
はじめは、帰ってこれたこと、つまり自分が、心から帰ってきて欲しいと願われていたことが嬉しかった。けれど、子どもの話を真剣に聞こうともせず、「事件に巻き込まれてなくてよかった、無事でよかった」と言い合っているのを見ていると、ハルトは自分が心配されていたのか、セケンテイのための心配だったのか、よくわからなくなってきた。
入院中に見た朝のテレビでは、失踪していた少年が見つかったというニュースが流れた。“神隠しか?” なんていう見出しがついていたけれど、結局は元気に見つかったよと、それだけのニュースだ。
健康診断のための短い入院が終わると、日常が戻ってきた。ハルトとガイアは放課後真っ先に、秘密基地に向かった。
生垣を取り囲むように、新しい工事用フェンスが立てられていた。中をのぞいてみると、はがされたトラテープが丸めてすててあり、古いフェンスはとりはずされて地面に置かれ、倉庫も解体作業が進んでいた。
「秘密基地、なくなっちゃった……」
「レイは? もう、会えないのかな?」
「わかんない。けど、また遊ぼうって言ってたよな」
「うん、言ってた。また秘密基地で遊ぼうって」
けれどそれから、レイに会うことはなかった。秘密基地だった場所は、生垣も伐採されて、跡形もなく綺麗に更地になった。それでもハルトとガイアは、いつかレイが来るかもしれないと、しばらく毎日、同じ場所に通った。
大きな木の枝や段ボールで、新しい秘密基地を作ってみたりもしたけれど、泥団子がハンバーグに変わることも、もうなくなった。やっぱりあれは、レイが起こしていた不思議だったのだ。
****
目の前のグラスも、桂花陳酒のボトルも空になり、終電も近い時間になった。晴翔は「そろそろ……」と、立ち上がった。
「今日は楽しかったよ。今度は同僚も連れて、また来るから」
「彼女でも連れてこいよ。デートスポットには最適だろ?」
「そんな女がいればな?」
「なんだ、その歳で女の一人もいないのか? ま、オレもだけど」
「仕事が恋人ってやつだな」
二人は顔を見合わせて笑い合う。
晴翔はお金をカウンターに置くと入り口に向かい、カランと扉の音を鳴らして店を後にした。晴翔を見送った大地は、さて、と腕まくりをして、最後の片付けに取り掛かった。
──カランカラン
扉のベルが鳴った。
「すいません、もう閉店……」
洗い物をしていた大地はそう言いながら顔をあげたが、誰かが入ってきた気配はなかった。
金木犀がふわりと香り、その香りに色がついて、外へと漂い流れていくのが見えたような気がした。
「ひょっとして、グラスは三つ必要だったのかな?」
彼は一抹のさみしさを感じながら、目を細めて開け放たれたレストランの扉を見つめた。
end
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