「祭りでの宣言 」見ていろ。これで終わりじゃない。俺は叶えてやるからな。俺の望みを。いつか必ず。
最終章です。
途端に、罪人のまえに出た司祭の口から朗々とはじまった。処刑まえに執りおこなわれる、司祭によるお決まりの神への祈りが。
処刑のときが近くなってきたことで、群衆の熱狂の度合いもより昂じる。同時に、処刑を実行する死刑執行人を忌み嫌う度合いも。
そんな群衆に、ルートヴィヒは目をすうと細めて冷然と送る。侮蔑と憎悪のまなざしを。
まったく、こいつら人の不幸を本当に好んでいやがる。他人の処刑に目の色を変えて悦んで群がるのが、そのいい証拠だ。
ルートヴィヒは舌打ちする。
勝手な奴らだ。自分が痛めつけられるのは嫌なくせに。
もし自分が俺たち死刑執行人に痛めつけられでもしたら、きっと泣き叫んでやめてくれと懇願して哀訴するだろうに。他人の死やら苦痛やら血は、存分に愉しんでいる。
たとえ普段は、善人面をしている奴らでも。
ルートヴィヒは心のなかで吐き捨てる。
本当にこいつらは邪悪だ。それに残酷でもある。
ルートヴィヒは民衆に向ける目に怒りを込める。
こいつらはいつだって俺を忌み嫌い、見下して憎悪する。容赦なく死刑執行人を差別、迫害する。虐げようとする。される側は深く傷つけられるというのに。それでも人はやめようとしない。べつにその相手が死刑執行人でなくてでも。誰だって差別し、迫害し、虐げる。
人は弱者に目をつけて、虐げる性だから。
いつの時代でも、人のその性による悲惨さや苦しみはなくなったりしないのだから。
ルートヴィヒはなおも考える。まだ続く司祭の祈りを耳にしながら。
もちろん群衆のすべてが、本心からやっているとは限らない。差別、迫害を。人を虐げることを。単に人がそうするから、面白半分に自分もおこなっているという奴も、いくらだっているだろう。
でもそういう奴らも含めて、人はみなわかっているのだろうか? 本心からであろうとなかろうと人を傷つけるからには、罪を犯しているのだということが。
ルートヴィヒは覆面のなかで表情を暗くし、嘆息をつく。
いいや、きっとわかっていない。そういう奴らが大半なんだろう。
人は他人の痛みには鈍感だ。
人を傷つける奴らは、そのときには罪の自覚どころか良心の呵責すら感じてないのだろう。自覚して感じていたなら、するはずがないものね。迫害なんて。人を虐げることなんて。
もし自覚して感じていたとしても、結局はそういう奴らも手を染めるのだろう。大勢がするなら、その流れに呑まれてしまって。
やらねば大勢に責められるから、恐れを覚えて。
自分の身を守るために、人を傷つけるというわけだ。
だけどそれは畢竟、自分のためには他人なんてどうなってもいいっていうことじゃないのか?
だとすると、なんて人は醜い。
事実、ここの群衆どもの大半の顔は歪んでいる。大半の群衆が死刑執行人に悪意を持っているだけに、どいつもこいつも。
処刑をやめろと一見、正しいことを云っているような奴らにしたって同じだ。
そういう奴らはその言動からして命を重んじているようで、善人面をしているけどさ。処刑する側の死刑執行人は見下している。嫌悪している。
それが嘘ではないことは、その目や顔が語っている。
それにこいつらみたいに正義面をしている奴らが世の中にはそこそこいるけれど、そのなかに一体どれだけいることか。弱者に本当に手を差し伸べている奴なんて。
いやしないよ。そんな奴なんて。きっと、ろくに。いれば、もっとすくなくなってるはずだしね。死刑執行人だけでなく、人の差別や迫害は。人が虐げられるなんてことは、世の中から。
もちろん、俺はこんな偉そうなことを云える人間ではない。
俺も人を殺し、傷つけて苦しめてる。暗い罪を犯している。生業としても、あるいは賊としても。
ろくでもない望みすら持ってさえいる。俺はきっと大半の人間より、罪にまみれていることだろう。
でもそんな俺から見ても、人は邪悪で残酷で醜悪だ。
その性があるにしても、人のほんの一面に過ぎないってことくらいはわかっている。
いまも群衆のなかに、処刑をやめるよう訴える正義面をした奴がいるってことを見れば余計にね。
こういう奴らがいるように、一応は人の心にも善性はあるんだろうさ。ほかにも、慈悲深いことをしている奴らだってたしかに存在するんだから。
けれど大半の人間はちょっとしたことで、すぐに露呈する。その裡に潜ませている、汚らしい一面を。罪だって犯す。いまここにいる群衆の多くが、そうしているように。
それだけに人の住む世界は昏い。
今日の空がいくら青く澄み渡っていても。たとえ美しく温かい陽の光が、辺りを照らしていようとも。この世界は闇に包まれている。暗黒の世界だ。
神もその闇を祓わない。救済の手を差し伸べて然るべきなのに。もし神が本当にいるとするなら。世の中でそうとされているように真実、神が善にして慈悲深く全能であるのなら。
もっとも神がそんな存在ではなく、力もろくにないというのなら納得だけどさ。手を差し伸べないのも。
覆面の内側で、ルートヴィヒは嗤う。くぐもった皮肉な調子で。
いいさ。やりたければやれ。
罪を犯したいなら犯せ。手を差し伸べないなら、それでいい。人も神も、勝手にするがいい。
でもきっと、虐げられる弱者はそのままでなんていない。
いつかは報復に出る。自分たちを傷つける奴らに。世間が虐げるなら世間にも。いつまでも救済の手を差し伸べないのなら、神にだって。
まさに、俺がそうしようとしているようにね。
ルートヴィヒは微笑する。
俺のような人間は出てくるはずだ。これからも、きっと続々と。
このまま何の変化も、世界のどこにも見られないなら。
内心で思うことを述べたルートヴィヒは一呼吸おいて、なおも続ける。
そう、俺だって罪を犯さないんだ。世のなかが、なにもかもがもっと正しければ。
これが無茶な云い分で、所詮は夢想にすぎないのは承知のうえさ。
そもそも人の性は汚穢に満ち、それゆえ世界には苦しみや争いが常に溢れているんだから。
たとえ、いくら待ったとしてもあらわれやしないだろう。なにもかもがもっと正しいという、そんな都合のよい世界なんて。人が人である限り。人がこの世界をつくっていく限り。
でももし世の中がもっとより良いものだったなら、ずっと救われるはずさ。俺や俺みたいな人間は。虐げられることもほとんどなくなって。
もちろん人の性を考えれば、どんな世の中でも避けられないかもしれない。差別迫害され、虐げられる連中が出てくることは。
けれど世の中が良くなれば、その数はずっと少なくなるだろう。
それに伴って、世の中の憎悪や怨嗟も薄まることだろう。
人から汚さが消えない以上、死刑執行人の出番はなくならないかもしれないけれど。
その出番の量自体はずっと減るだろう。憎悪や嫌悪が薄まれば、処刑だってそんなにしなくて良くなるはずだしね。
それによって、死刑執行人はこうまで忌み嫌われることもなくなるかもしれない。
俺が手を染めている、賊にしてもそうだ。
世の中がもっと良いものであれば、随分と減るだろう。賊になる奴らの数だって。世の中に横行する、悪事そのものの数すらも。
俺にしたって、なってなかったかもしれない。賊になんて。
世の中がもっと良く、その影響を受けて師という嗜虐性の強い人間が善人になっていたなら、賊になることを強制されずに済んで。
そのうえもし誰にも虐げられていなければ、俺には罪を犯す気すら生まれていなかったかもしれない。ろくでもない望みだって、持たずにすんだかもしれない。
でも違う。
実際には、この世界は昏い。
だから俺も罪を犯すんだ。死刑執行人として、賊として。務めのために。望みを叶えるために。
みなが罪を犯すから、俺も犯す。みなが俺を虐げるから、こちらもそれに対抗して反撃する。
みんなだって、していることだ。みながするから、自分もするということは。
なら俺もして、一体なにが悪い?
云っておくが、悪いのは俺のような奴を生むだす世間であり、人だ。俺のような人間を救わない神だ。悪いのは、俺じゃない。
世界がもっと良ければ罪を犯さないだなんて、稚拙で勝手な罪人の論理かもしれない。
罪を犯すのは、じつのところ罪人がただ未熟なだけなんだろう。
でも、俺は罪を犯さずにいられない。憎くてたまらないから。世間が、人が、神が。
「終わりました」
司祭が役人に報告をする。ルートヴィヒは、はっと我に返った。考えごとをしているうちに、いつのまにか神への祈りは終わっていた。
「ならば早速、処刑を執りおこなうことにしよう。罪ある者には必ず報いが降ることを、いまから衆に見せてやる。死刑執行人は、さっそく執りおこなえ」
役人が死刑執行人たちに、そううながす。
その指示に従って二人の弟子は、罪人の肩を左右それぞれから抑え込む。
罪人の体は沈む。その首も斬りやすいように処刑台のうえにさらされる。
ルートヴィヒも腰の鞘から剣を抜き放った。
いまから俺という罪人が、罪人を裁くわけだ。
覆面の内側で、ルートヴィヒは皮肉に嗤う。
処刑の際にはいつもというわけではないが、ときにその矛盾を感じて嗤ってしまうことがある。が、これも務めだ。矛盾に思えて嗤えはするが、務めは果たさなければならない。
「云い残すことはあるか?」
ルートヴィヒも罪人に向かって玲瓏に云う。処刑まえの、お決まりの科白を。司祭が処刑まえの、決まりごとの祈りをしたように。
しかし答えはなかった。罪人は、ただ首を振る。
ないならいい。無言でうなずくと、ルートヴィヒは剣を高々とあげる。
「ではお覚悟を」
ルートヴィヒの剣が蒼穹のもとで煌めく。そのあいだにもルートヴィヒは考える。
これから俺はどうなるんだろう?
わからない。望みを叶えるために尽力するつもりだけど、どうなるかは見通せない。
すべては運命次第というところか。
覆面のなかでルートヴィヒは不敵に嗤う。
今回は失敗した。邪魔をされてしまって。師や弟子どもに。それと、もしかしたら神にも。
実在するかどうか定かじゃない神に邪魔をされたって、云い張れるはずもないけど。
でも、俺は神に敵対している。
その俺のやることを、神が邪魔したっておかしくないものね。
ルートヴィヒは剣を握る手に力を込める。
けれど邪魔をしたいなら、いくらでもするがいい。望みを遂げるまで、俺は戦い続けてやる。
心のなかでそう吐き捨てると、公爵や師、ほかの弟子二人や群衆が見守るなか、ルートヴィヒは剣を一気に振り下ろした。罪人の首に向けて。
戛然と剣が鳴る。鮮血をほとばしらせながら、罪人の首は宙を舞う。
その光景を見ながら、ルートヴィヒは内心で叫んだ。
この罪人の姿は、俺が憎む連中や神の末路だ。いずれ辿らせてやる。奴らにも悲惨な末路を。この罪人のように。
見ていろ。これで終わりじゃない。俺は叶えてやるからな。俺の望みを。いつか必ず。
これで、このお話は一旦、幕を閉じます。
ですが、第一部 完。というところです。
結果的に50万字超えとなってしまいましたが、それでも作者としてもまだ書き足らず、続きを執筆中です。第二部、三部、と作者が納得するまで書く予定です。シリーズものとして。
一応、きりがいいので、ここで物語をとりあえずは終了させますが。
また話を書き溜めて第二部を終了させたら、ここに投稿しようと考えています。
ここまでお読みいただいた方、どうもありがとうございました。
書き手としては、やはり読んでいただくと作者冥利につきますので。
なかでもブックマーク、ポイントをつけていただいた方には深く感謝しております。
とくにポイントをつけていただいた方。評価をしていただき、本当に感謝の念にたえません。
書き手として、とても励みになりました。重ね重ね、お礼申し上げます。
それと、ここまでお読みいただいた皆様方。またここに物語の続きを投稿した際には、ご覧になっていただくと嬉しく思います。
そのときには、またよろしくお願いいたします。
それでは、皆様。短い挨拶ながら、これにて失礼させていただきます。




