第826堀:胃袋を握る
胃袋を握る
Side:エージル
さて、僕は今、艦の武装整備業務から呼び出されて会議室にいるわけだが……。
「「「……」」」
なんの用かと思えば、シーサイフォ王国の連中が会議を持ちかけてきたようだね。
はぁ、僕の立場上参加しないわけにはいかないか。
……こう見えて、エナーリアの外交官だからね。まあ、向こうの連中はただの小娘と思っているようだけど。
そう言う意味では、こっちとしては情報収集がしやすいからいいか。
しかし、思ったより立ち直りが早くて残念な限りだよ。
おかげで、僕の兵器弄りの時間が短くなってしまった。
と、そんなことを考えていると、ユキがキルエたちと一緒に料理を携えて入ってくる。
お、そういえばもうお昼の時間は過ぎていたね。
空母に乗り込んでから色々やりすぎていて、すっかり忘れていたよ。
「よろしければまずはお食事でもいかがですか? お昼をまだ食べていませんでしたから」
「は、はぁ。では、いただきます」
流石ユキ。
既に目の前に用意しているのに、いらないとは言いにくい。
というか、立場が既に逆転しているね。
そのことに気が付いているからこそ、アクアマリン宰相はユキの食事の誘いを断れなかった。
ウィードを率いるユキの機嫌を損ねるわけにはいかないからね。
ああ、そうか。
シーサイフォの連中はユキというか、ウィードの力をはっきり認識したってことか。
そしてユキは料理を勧めることで、相手の認識を確認したわけだ。
相変わらずやることがえげつない。
そしてさらに料理の味で驚かすと。
これはシーサイフォの連中が哀れになってきたね。
当初はこっちをなめていて、断って終わりになると思っていたのが、ずっと頭を下げ続ける羽目になる。
いや、意外とウィードに喧嘩を売るというバカな選択肢もあるかもしれない。
確率はかなり低いけどね。
と、そんな感じで料理がみんなの前にならべられて、さっそく遅めの昼食となる。
で、本日のメニューだが……。
「カレーだー!」
「カレーなのです。しかもハンバーグカレーなのです。無敵なのです!」
そう、僕の大好きなカレーだ。
どうやら、アスリンたちも好物みたいで、目の前のカレーを美味しそうに、かき込むように食べ始める。
いやー、こうして他人が美味しそうに食べているのを見ると、自分も自然と頬が緩むね。
そして、自分もカレーを食べて頬が緩む。今日は牛肉カレーのようだ。
良く煮込まれて、美味しく柔らかく仕上がっている。
それで気が付いたが、僕やアスリンたちもこうしてカレーが安全な食べ物だって証明しているんだね。
あ、考えすぎかな?
と思っていたが、見慣れぬカレーを目の前に固まっていたシーサイフォの方々も恐る恐るではあるけど、カレーに手を出しおずおずと食べてみる。
本当に効果があったよ。
まあ、小さい子供が美味しそうに食べているのに、自分たちは怖いから食べれませんってのは言いづらいよね。
で、その一口食べたあとの反応はというと……。
「「「!?」」」
皆一様に驚いた顔をした後、ハフハフ言いながらカレーを勢いよく食べ始める。
いいよね。未知の味に出会ってそれが美味しいとか。素晴らしいことだよね。
この国の人の口に合うかどうかという懸念はあったけど、そう言う心配は杞憂だったみたいだね。
そして、おいしい食事というのは代えがたい人を引き寄せる魔力をもっているもので……。
「ユ、ユキ様。こ、この食べ物は、カレーといいましたな?」
「ええ。お口に合いましたでしょうか?」
「それはもう! 素晴らしい香辛料の組み合わせで作られており、辛いのに、旨味がその奥からあふれてきます」
「これを、ユキ様たちは常時食べられるような状態にあるのですか?」
「そうですね。食べようと思えばいつでも食べられますね。今のところは。まあ、産地からの供給次第というところはありますが」
「産地……。ああ、そういえば、ウィードも他国と交易しているとか。ということはその香辛料は交易国の特産品ということでしょうか?」
「ええ。そうなります」
何をすまし顔でいってるんだか。
カレーの香辛料の元はユキが自分の世界から苗を取り寄せて、各国で栽培してみてくれと言ったものだ。
そしてうまく生産できたなら売ってほしいという話をつけている。
金の成る木、そして美味しい食べ物が食べられるということで、こぞって各国が貰った苗木を元にどうにかして量産しようとしている。
特にコショウとかね。
その大元がユキだ。まあ、一応他国を立ててはいるのであの返答で間違いはないし、いつまでもダンジョンからの供給が続くとは想定していないので、堅実なやり方とはいえる。
だが、この場において、そんな裏話を言う必要はない。
恐らく、シーサイフォがその情報をどのように判断するか見るために、あんな言い方をしたのだろう。
「……我々が見たこともない香辛料を交易で入手して使っているとは、ウィードは本当に遠くに存在しているのですね」
「そうです。事前にレイク将軍から聞き及んでいると思いますが、ハイデンとフィンダールのトラブルの際に、偶然こちらに呼び寄せられて、今に至るわけです」
「「「……」」」
ユキの返答に、ようやくシーサイフォの連中はこれまで聞いてきた話が真実だと認識したようだね。
まあ、ここまで違いを見せつけられて、ウィードには嘘をつく理由がないというのが、肌を通じてわかったんだろうね。
それゆえ、アクアマリン宰相が顔をこわばらせながら口を開く。
「その、ユキ様はなぜ、私たちシーサイフォ王国の問題に手を貸してくれるのでしょうか?」
核心をついてきたね。
僕としては回りくどい話よりずっとましだけど、シーサイフォ王国からすれば、その裏からどんな思惑が出てくるかひやひやしている所だろうね。
それに対し、ユキは……。
「シーサイフォ王国が海洋産業を失って、内陸へと土地を求めることになり、争いとなるのを避けたかったからです」
とまあ、正直に理由を話す。
裏も何もない。
本当にユキたちや僕たち、大陸間交流同盟にとっては、これ以上の争いはごめんだからわざわざこっちにやってきた。
まあ、それだけじゃないのも事実だが、言っていることは全て真実だ。
だが、そんなわかりやすい話だけで納得するわけもなく……。
「争いを避けるため、ですか。しかし、逆に考えれば、何かあればシーサイフォ王国を攻める理由ができるということですが……あなた方はさらなる国土を欲してはいないのですか?」
「残念ながら、国をとっても維持するだけの力がありません。なにより、シーサイフォ王国が落ちたり、乱れた場合、私たちが助けたハイデン、フィンダールもあおりを食らって乱れる結果となります。それでは、私たちがせっかく助けた意味がなくなりますからね」
ここは、ウィードの立ち位置を詳しく知らないが故の勘違いだよね。
国土というのは、治められるから意味があるわけで、治められない土地なんてもらっても邪魔なだけ。
まあ、ユキたちにできないことはないだろうけど、確実に余計な人手を取られる。
それは、ユキたちの本来の目的から大きく外れるから意味がないわけだ。
「意味ですか。いったいどのような?」
「おや、それを海洋国家であるシーサイフォが聞いてくるとは思いませんでした。まあ、魔物の件や私たちの来訪で驚いているからということにしておきましょう。簡潔に言いましょう。商売相手がいなくなっては困るわけです」
「あ」
うわー。いやまあ、その通りなんだよ。交易相手がいなくなるのは国としては避けたい。
だけど、ユキの本来の目的は一切伝えずにそう来たか。
「同じ質問をしてあげましょうか? なぜシーサイフォ王国は今の大きさで納得しているのでしょうか? もっと大きくできるのでは?」
「……わかりました。いささか私たちは冷静さを欠いていたようです。単に大きくなればいいというわけではありませんからね」
「その通り」
あちゃー、納得しちゃったよ。
まあ、魔力枯渇現象なんて言っても意味が分からないだろうからね。
実際事実でもあるしね。
国が大きくなればなるほどその弊害が出てくるからね。
「今後の国益のために、私たちに手を貸してくれるということですね?」
「ええ、そうですよ。無論、将来の貿易とか、そこらへんである程度融通は利かせてもらいますがね」
「……お手柔らかにお願いします」
「シーサイフォ王国が傾くような無茶な要求はしませんよ。そこは安心してください」
だけどしっかり元は取る。
ユキはそういう男だよ。
「しかし、その国益となるのも、無事に魔物を押し返してからの話です。このまま押し込まれてシーサイフォが滅んでは意味がない。違いますか?」
「そう、ですね。未来の話より、今は目の前の現実を何とかしなくてはいけません。魔物という脅威の排除を」
そうアクアマリン宰相が言って一同頷く。
どんな素晴らしい未来を語ろうとも、今ある目の前の危機を排除しない限りは輝かしい未来はない。
ウィードという国家におびえている暇すらないわけだ。
「では、これより、具体的な対策にと行きたいですが、まずはそちらの軍と協力をしない限りは無理でしょう。いくらこの空母リリーシュが強力だとはいえ、単艦です。手数が足りない。そこはご理解いただきたい」
「それはわかっています。それにウィードに全てを任せたとあっては、シーサイフォ王国の名は地に落ちます。そこは歩調を合わせて協力していきたいと思っております」
ふむふむ。宰相の思考も正常に戻りつつあるようだね。
怯えや混乱が無くなって顔がキリッとしてきた。
うん。あの短時間でしっかり持ち直すのは、流石大国の宰相を務めるだけはあるね。
だけど、まあ、もうほとんど主導権を握られている状態ではあるけど。
ご愁傷様。
そんな感じで、僕が心の中でお悔やみ申し上げていると、今後の方針の話になる。
「では、まず今後の予定をそちらの軍代表たちを交えて話す必要がありますね」
「そうですね。彼らもこの船を見た後で協力したくないなどとは言いださないでしょうが、一つ懸念がございます。ユキ様たちが部下としているゴブリンたちはともかく……」
「他の魔物たちですね」
「ええ。そのことで揉める可能性は大いにあるかと」
確かに、ユキが率いている魔物という存在はこの大陸にはいないものだからね。
しかも、その魔物の一種が海からやってきて、シーサイフォ王国を窮地に立たせている。
そんな脅威となっている魔物の同類を連れてきたウィードと問題なく協力できる可能性は低いだろうね。
最悪、いや、当然の意見として、ウィードが裏で魔物を操ってシーサイフォに危機をもたらしているという非難もでるだろう。
「まあ、そこは説得するしかないのですが、万一攻撃された場合は反撃いたしますので、そこはご了承ください」
「……そこも、なんとか穏便に」
なんか、レイク将軍と同じようなことを言っているよね。
とはいえ、今まで襲ってきた魔物が突然味方になりましたって言われても、殺気を抑えるのはなかなか難しいのもわかる。
本格的なトラブルはこれからってことだ。
さてさて、軍の代表者たちはいったいどういう反応をするのか楽しみだね。
と、そんなことを僕は考えながら……。
「キルエ。お代わりいいかい?」
「はい。かしこまりました」
まだ昼食中なので、カレーのお代わりをするのであった。
「あ、私もお代わりいいでしょうか?」
「「「私も」」」
僕に続いて、シーサイフォ王国の連中からも次々とお代わりの声があがる。
うん。胃袋はこれで確実に握れたね。
と、思う僕であった。
腹は減っては戦えぬ。
だが、まずい料理ではやる気までは回復しない。
だから、上手いモノがあればもっと良し。
海にカレー。
今日は金曜日だね!!
いや、投稿している今日は火曜日だけど。




