第813堀:田舎発展物語 準備
田舎発展物語 準備
Side:ユキ
「堂々とデリーユさんやキルエさんたちに見せた時にはどう言い繕うのかと思ったんですけど、普通にさらっと話しましたね」
俺とタイキ君で男湯の設備を確認している間に、不意にタイキ君がそんなことを聞いてきた。
「まあ、あのまま黙ったり、誤魔化していれば逆に警戒されかねないからな。当初の予定とはずれたが、これが最善だろう。まさか、デリーユが目の前に広がる単なるコンクリートの道を見て、滑走路と判断するとか思わなかったからな」
デリーユは滑走路の実物なんて見たことないから勘違いするのでは、と思っていたんだが、ズバリ言い当てたからな。
「普通は滑走路なんて傍から見ても、だだっ広い舗装された土地が広がっているだけですからね」
「まあ、何かの建設予定地とでも勘違いするかと思ってたんだが、追及されたからな。大人しく、正論で丸め込むしかなかった。と、こっちは異常なし」
「でも奥さんたちから待ったとかかかりませんか? こっちには備品が全部あるのは知ってますからね」
「これからとか、そこに俺が使うなんて報告があればな。だが、もう作ってしまったし、作った理由もしっかり説明したからな」
「なるほど。というか後半はなんか事後報告みたいな感じですね」
隠せるのなら隠すが、ばれてしまえば仕方がない。正直に言って、丸め込むしかない。
「いまさら使ったDPが戻ってくるわけでもないしな」
「あんまりウソってわけじゃないですけど、あまり事後報告を多用すると信用されなくなりますよ?」
「わかってる。こういうことをやってると、将来的にはオオカミ少年だな」
そこらへんは上手くやるしかない。
嘘も方便というからな。
と、そんな雑談をしつつ男湯の確認は終わる。
「よし。備品の方は揃ってるな」
「ですね。でも、ジャーナ領の人が全員入れるような大きさじゃないですよね。このスーパー銭湯」
「まあ、せいぜい30人から40人ってところだな。それでも多いくらいだぞ。ほら、どっかの大浴場でも30席もシャワー台があるところって記憶にあるか?」
「あー、そう言われるとそうですね」
「銭湯とかも意外と多そうで、実はそこまで多くない」
まあ、回転率を上げるために減らしているというのもあるんだろうけどな。
「別にずーっと入るものでもないからな。そして、お風呂に入るって習慣が、そもそもこの地域にどこまであるかもわからん」
「そっか。こっちの世界の人ってあまりお風呂っていうのは入らないですよね」
「ま、元々こういう文明レベルだと水、そしてお湯は貴重だからな。自然に湧き出てでもしない限り、こんな贅沢な使い方はしないな」
「それを考えると日本って贅沢ですよねー。と、雑談はいいとして、備品の確認は終わったんですし、出ますか?」
「いや、汗かいたからな。このまま入浴って予定だ。キルエたちにも言ってる。タイキ君は聞いてなかったのか?」
「いやー、飛行場作るって話のことで、意識がそっちに向いていましたよ」
「なるほどな。ま、そういう話も含めてのんびり風呂に入ろう」
「そうですね。働いた後の一番風呂っていいですよねー」
ということで、俺たちはそのままお風呂に入ることになり……。
カポーン……。
そんな音が風呂場に響く。
風呂桶が湯船で波に押されて、壁にぶつかった音だ。
「いい音ですよねー」
「ああ、これぞ風呂って感じだよな。無事に風呂の設備も稼働しているようだし何よりだ」
「本当にいい湯ですよ……。と、今更思ったんですけど、こんな施設作ったら、国境を守っている辺境伯から睨まれたりしないんですかね?」
「すぐにってことはないだろうな。今はシーサイフォ王国への備えが第一ってことだからな。でも、ジャーナ男爵次第では、ここは一大観光地になるわけだ。そうなると、どうなるかわからんな」
お互いに観光客、住人の取り合いになる。
その際には、色々問題が出てくるだろうな。
「でも、その場合って、俺たちというか、ウィードが設置したってことでこっちにも被害が及びませんかね?」
「被害というか苦情は来るだろうが、ウィードとしては、こちらを紹介されたからとしか言いようがないからな」
「たしかに」
「ま、そんな先の話よりも、喫緊の課題はこれからシーサイフォ王国への移動が始まるわけだが、そのクソ長い道のりをどうするかってことだな」
「いちいち行軍に付き合うと本当に長いですからね」
「団体で動く限り、そこは仕方ないよな」
そう、元々、このジャーナ領に拠点を構えたのは、シーサイフォ王国への牽制でもあり、支援のための前線基地というのが本当の目的だ。
むろん、地元住民の協力なしでは、足を引っ張られることになるので、こうして親睦会を予定しているわけなんだが。
「そう言えば、そのシーサイフォ王国の復興支援軍が帰るって話ですけど、実質的に何もしてなくないですか?」
「支援物資を提供しただけだな。まあ、それでもかなりの額に及ぶから体面上問題ないだろう。ハイデン側としても、他国の軍隊に長々と居座られては面白くないだろうしな」
「たしかに。で、レイク将軍はウィードから戻ってからは早速撤収準備ってわけですか?」
「みたいだな。本来の目的はハイデンの復興支援じゃなくてシーサイフォの海洋問題の解決だからな。その解決案が見えてきたんだから、一刻も早く帰りたいだろう。実際、その目で魔物の脅威をしっかり確認したんだからな」
「シーラちゃんは例外でしょう? アスリンちゃんの配下って異常進化しているんだし」
「ま、そうだといいんだけどな」
本当にそうだと今後の展開としては楽だ。
シーラちゃんたち魔物海軍を海に展開すれば、よほどの数の差がない限り圧倒できるし、空母にダメージを与えられるような魔物は存在しないということになる。
「とはいえ、アルフィンのグラドの例もありますからね」
「だよな。大怪獣クラスが出てきたらどうしようもない」
「いないと信じるのはなかなか……」
「地球でも、最大サイズの生き物は海が一番だしな」
クジラ、ダイオウイカ等々、超巨大生物となると、母なる海に住んでいる。
なので、この異世界アロウリトにまだ見ぬ巨大化した魔物、怪獣がいても全然不思議じゃない。
事実として、タイキ君が挙げたように、聖剣使いアルフィンの手による人為的なものではあるが、グラウンド・ゼロという超巨大魔物が出てきた。
「って、それで思い出しましたけど、ダンジョンの召喚システムで確認はできないんですか?」
「一応、データ上にはそういう巨大な魔物も存在しているが、それが実際に生息しているかってのはわからん。そしてそいつらを一匹呼ぶぐらいなら、他の兵器とか施設にDPまわしたほうがましだ」
「確かにそうですよね」
呼び出しても運用方法が思いつかんからな。
特に巨大な水棲の魔物とかダンジョン内では全く使い道がない。
兵器のほうが使い勝手はいいってことだ。
「まあ、それでも空母を一撃で破壊してくるようなことはないだろうさ。そんなのがいれば、シーサイフォ王国は既にさっさと海から引き揚げているよ」
「ま、それもそうですね。とはいえ、準備は怠れないと」
「だな。と、いい加減風呂から上がるか」
長々と話し込んでしまったので、思ったより長湯の気がする。
「そうですね。のぼせて倒れたとか、バカみたいですから」
ということで、俺たちは風呂から上がり、廊下に出ると……。
「だーかーらー、コーヒー牛乳が一番なんだって!」
「うるさいわね。牛乳でいいのよ」
「……わ、私も牛乳が好きです」
そんな感じで、ミコスたちが騒いでいた。
「何をそんなにって、聞くまでもないか」
「ええ。単なる不毛な争いですね」
風呂上りの飲み物は何が一番おいしいか。
それは、きのこたけのこ戦争と同じく、人類が互いに分かり合えない永遠の課題だ。
だが、その争いこそ人を次なるステージへと押し上げるためのものだ。
と思って眺めていると、エノラがこちらに近付いてきて……。
「……なんか達観しているわね。ユキ殿、タイキ殿。ああいう争いは日本でもよくあったのかしら?」
「よくあった。牛乳か、コーヒー牛乳か、はたまたフルーツ牛乳か、あとはコーラとかな」
「まあ、コーラはあれですけど、風呂上がりの牛乳の種類はいろいろ争いになりましたよね」
「最近では、体に良いとかでヨーグルト系もあるよな」
「ですね。人は日々進化しているって思います」
「……どこで人の進化、進歩を感じているのよ……」
エノラには呆れられるが……。
「こういうことで、言い争うぐらいでいいんだよ。殺し合いとか勘弁だからな」
「そうそう。こうしてどの飲み物がいいかって、言い争うだけなら平和だろう?」
「……ま、そうね」
「で、エノラはどの牛乳が好みだ?」
「そうねー。私はフルーツ牛乳かしら?」
なるほど、エノラは3者の中では新人を選んだか。
で、その話が喧嘩をしていた3人にも聞こえたのか……。
「ちょっと!! エノラ、ここはミコスちゃんのコーヒー牛乳でしょう!?」
「違うわよ。ここは私やソロと同じ牛乳よね!!」
「そうです。牛乳が、シンプルで一番おいしいんですよ!!」
そう言って迫る3人。
で、もちろん迫られたエノラは一歩引く。
「どうだ。こういう争いを傍から見て」
「……正直醜いわね」
「そうそう。こうして俺たちは戦う不毛さを知るのさ」
まあ、こういう争いは総じて長続きはせず……。
「先に出たと思えばやかましい!!」
ゴツン、ゴン、ガンッ!!
風呂から出てきたデリーユにげんこつを落とされる3人。
ちなみに、殴られたさいの音が違ったのは頭の中身の詰まり具合かな、と思ったとかはない。
「「「いったぁぁぁー!?」」」
「全く、何を遊んどるか。で、ユキもそんなところで眺めてないで止めないか」
「そんなこと言われてもな。デリーユも通った道なんだし。これも人が成長する過程かなと」
「えーい、変に達観してそういうことを言わんでいい。どうせユキが楽しんどるだけじゃろうが。そのために新しい火種をばらまくでないわ。そんなことより、備品の確認のほうは終わったのか?」
「ああ、終わってる。あとは、キルエたちの調理の方や会場の準備だが……」
「ご心配なく。滞りなく整っております」
「こちらですよー」
俺が言う前に、キルエとサーサリがさっと現れて既に終わったと報告してくる。
流石スーパーメイドさんなのだが……。
「キルエもサーサリも、一緒にゆっくり風呂に入ってもよかったんだぞ?」
一番忙しいことを任せているのに俺たちだけ入っているのが申し訳ない。
メイドさんだからといって、過剰な仕事を任せていいわけじゃないからな。
とはいえ、そこはスーパーメイド……。
「いえ、明日の準備もありますので、私たちは後で構いません」
「旦那様は優しいですけど、明日のおもてなし次第でウィードの見られ方が変わってきますからね。ウィードを代表するメイドとしてそこは手を抜けませんよー」
「サーサリの言う通り。ユキ様。ここは我がウィードの実力を新大陸で示す場です。たとえ、片田舎ではあれど、ミコス様の故郷。手を抜いてはミコス様、ジャーナ男爵様にとっても失礼であり、ジャーナ男爵様に不安を抱かせます」
「……キルエ、サーサリの言う通りだな。だけど、無理だけはするなよ?」
「はい」
「大丈夫ですよ。のんびりするときはしますので。あ、それで一つ手伝ってほしいことが」
「なんだ?」
「ミコス様に地元の料理を教えていただければと思っております」
「ウィードのご挨拶とはいえど、この土地で慣れ親しんだ料理も必要ですからね」
このお願いもまた筋が通っているので、迷うことなく……。
「ミコス。料理を教えてもらっていいか?」
「いたたた……って、はい? 料理ですか?」
「ああ、地元の料理もあるほうがもし口に合わなかった時も安心だろうってことでな」
「そんなわけないと思いますけど、わかりました」
ということで、着々と明日の準備は進んでいくのであった。
ブリッツ事件はすまんかった。どうしても「ブリット」と「ブリッツ」がごっちゃになるんや。
と、そこはいいとして、温泉あがりは私は「牛乳」です。
貴方は「コーヒー牛乳」それとも「フルーツ牛乳」?
それともジュースですか?
まあ、大事なのは飲むときには腰に手を当てて、小指を立てて飲むこと!!




