第810堀:のんびりした田舎
のんびりした田舎
Side:ラビリス
「おー、バッタさんなのです」
「ほんとだ」
そんなことを言いながら、ミコスの実家の裏庭、というか森の前の草むらでプチ冒険しているアスリンとフィーリアを見守る私と、シェーラ。
「のどかね」
「ええ。なんというか、ゆったりと時間が流れている感じがします」
シェーラの言うように、なぜかとてもゆったりとした時間の中で過ごしている気分だ。
「村とかはこれまで沢山見てきたはずなんだけどね」
そう言う村々とはなんというか違った、ゆるーい空気が漂っている。
ミコスが走り出したくなった気持ちも、カグラが何ともいえない広さを感じた理由もわかる。
「きっと、余裕があるからですよ」
「余裕?」
「ええ。畑で働いている人たちに、必死な様子はありませんでした。この土地はそれだけ豊かなのでしょう。畑を耕しながら笑顔でいられるというのは、生活に余裕があるという証拠ですから」
「ああ、なるほど」
流石は王族だったシェーラね。
こういう細かいことによく気が付く。
確かに、普通小さな村や町は食べ物などの事情はかなり苦しいはず。
だけど、シェーラの言う通りここの人たちにはそう言う必死さは感じられない。
明日に不安を感じていないということだ。
「でも、カグラの話を聞く限りでは、この一帯は決して裕福なわけじゃないはずだけど……」
というか、ハイデンの技術力じゃこんな地方の片田舎が食うに困らないっていうのはあり得ない気がするわ。
なにか理由があるはずだけど……。
「皆裕福でなくても、食べるには困らないということなんでしょう。別に裕福ということと、生活に余裕があるというのは同じではないですから」
「まあ、それもそうね。でも、その領主の館がこれっていうのはどうなのかしら?」
「田舎の領主ですし、こんなものですよ」
シェーラは平然と領主の館を眺めているが、私にはただのボロ家にしか見えない。
いたるところに応急措置で穴をふさいだだろう板が張り付けてあるのがもの悲しい。
でも、こういうのはウィード以外ではよく見る光景だ。
「……ウィードに慣れすぎたわね」
「それはあると思います。私たちのウィードはすごいですから」
「でも、わざわざ、ユキがミコスの実家に挨拶ね」
ミコスの実家を訪れた理由は正式に土地を借り受けるため。
ちゃんとキャリー姫はもちろん、ハイデン王の許可もあるから、わざわざ挨拶に伺う必要もないといえばないのだけれど……。
「ここは、シーサイフォ王国へ向かう道程ですからね。防衛拠点として重要視されているのはラビリスも知っているでしょう?」
「ええ。それはもちろん聞いたわよ。ユキがちゃんと説明してくれたからね。でも、なーにか引っかかるのよね」
「なにが引っかかっているんですか? ミコスさんが積極的なことですか?」
「そっちはいいのよ。どうせ早いか遅いかだけなんだから。問題はタイキよ」
「タイキさんですか?」
「そう。あの2人が楽しそうに話していたのよ。あれはいつもの何か妙ないたずらを企んでいる時の顔よ」
「なるほど。でも、こういうのんびりした田舎に来たかったんじゃないですか? いつも忙しいユキさんやタイキさんこそ、こういう環境で羽を伸ばしたいでしょうし」
「……そういう可能性もあるわね」
確かに、アスリンたちだって楽しんでいるのだから、ユキとタイキにとってもこの場所はとてものんびりできる場所だと思うのは当然か……。
「そんなに気になるのなら。ユキさんの心を読めばいいじゃないですか」
「私だって、そこまで縛り付ける女じゃないわよ。とはいえ、今回は妙な胸騒ぎがするのよねー。最悪その手も考え……ってアレなに?」
そう言って、シェーラの方を振り返ると奥の森の方に何かが見える。
「え?」
私の言葉につられてシェーラも同じ方向を見る。
最初は見間違えかと思ったけど……。
「ゴブリンですか?」
「珍しいわね。というか、新大陸に来て初めてこっちのゴブリンを確認したわ」
そう。そこにいたのはゴブリンだった。
そのゴブリンは畑で仕事をしている村人と和やかに話をした後、手に持っていた作物を渡したり、もらったりしている。
そういえばカグラたちから、ゴブリンは少数とはいえ存在することは聞いていたけど、まさかこんなところに……。
「って、ちょっと待って、何かあのゴブリン、どこかで見た気がするんだけど」
「私もですね。というか……」
向こうもこちらに気が付いたようで、ゴブリンが村人との挨拶もそこそこに、こちらに走ってきた。
「ん? おお、ラビリス様に、シェーラ様じゃないですか」
「ブリットじゃない」
「ですね。一体こんなところで何をしているんですか?」
そう、そのゴブリンはスティーブの部下であるブリットだった。
「えーと、一応、俺たちがこのジャーナ家の土地を間借りしているのは知っていますよね?」
「ええ。それは知っているわ。それで、ちゃんと挨拶をして借りようってことで、ユキたちと一緒にこっちに来ているのよ」
「その作戦の予防線ですよ。俺たちは」
「予防線ですか?」
「はい。万が一ジャーナ家が貸したくないと思ってたとしても、以前より領民と交流があって仲良くしていたって実績があれば、借りられる可能性が高くなるっていうことで、こうして、ジョン将軍が作った作物を持ってきては交換している感じですね」
「「……」」
ブリットの言っていることはわかる。よくわかるわ。
見ず知らずの他人よりも、仲のいい隣人の言葉のほうが受け入れやすいわけよね。
「で、いつから交流していたの?」
「そうですね。シーサイフォ王国が国境に到着した直後からですから、かれこれ一ヶ月はこんな感じですね」
最初から布石を打っていたわけね。
まあ、ユキらしいといえばユキらしいけど。
「ゴブリンということで騒がれないのでしょうか?」
「とくには無いですね。ここの領主であるジャーナ男爵もいい人で快く受け入れてくれましたよ。ああ、一応旅をしてきたゴブリンの一族ってことになってます。まあ、新大陸じゃゴブリンは精霊の巫女たちからの派生した種族って見られていますから。ああ、そういう意味では、ある意味騒がれたってことはありました」
「よく、ハイデンの王宮が動かなかったわね」
「今の状況で動けるわけないですよ。ハイデンとフィンダールの戦いと、ハイレ教でのトラブルの後なんですから。ついでに、ゴブリンっていうのは、今言ったように精霊の巫女からの流れがあるとされてますからね、無理強いはできないんですよ。ほら、無理に集められるようなら、ハイデンの王都に集めているはずでしょう?」
「確かに……。でも、不思議な話ね。精霊の巫女と呼ばれる獣人たちは、巫女として大事にされているのに、ゴブリンたちは放置なんて……」
「ああ、それは簡単ですよ」
私が不思議がっていると、ブリットはすぐに笑顔で答えを返す。
「そりゃ、ゴブリンは基本的に弱いですからね。魔術も使えなければ、身体能力が高いわけでもないですし」
「「……」」
すっかり忘れていたけど、そういえば本来ゴブリンは基本的に弱い種族だったわね。
魔物退治の中でも初心者クラスだったわ。
とはいえ、油断すると痛い目に合う魔物でもある。
スティーブたちのように銃器を使えるまでではないんだけれど、女性を使いかなりの速度で繁殖して数をそろえて集団で襲ってきたり、さらに稀に上位種が生まれれば強力な軍団になりえるのがゴブリン。
ゴブリンとは言えど侮ることはできないはずなんだけど……。
「こっちじゃ、女性を襲ったりとかはほとんどない、穏やかな種族みたいですからね」
そう。こちらでのゴブリンは野蛮とは程遠く、魔物ではなく人の一種という位置づけだ。
「なんでかしらね?」
「さあ、流石にそれはわからないですよ。まあ、あの女神様パワーってことで納得したほうがいいですよ。それとも、ナールジアさんたちと研究してみますか?」
「それはパス」
ナールジアさんたちが研究しているのには非常に感謝しているけれど、それを手伝うのは無理。
全然わからないもの。
ユキが言うように、ああいうタイプは放っておくのが一番なのよ。
「流石に、ほかの仕事もありますからね……。と、話がズレましたが、この土地の人たちはのんびりとしたいい雰囲気ですが、なぜなんでしょうか? 普通はもっと生きるのに必死のはずですが? まさか、ブリットたちが多大な援助をしたからというわけではないのでしょう?」
「流石に、1か月援助するだけで、村の現状が大きく変わるわけもないですよ。理由はこのジャーナ領は基本的には何もない田舎ってことですね。そのおかげで、敵国としては戦略的価値はない、そして資源豊富な森が広がっていて、今いる人たちが食うに困ることがほとんどないんですが、開墾には時間がかかるんで、あまり旨味はないんですよね」
なるほど、この領地を押さえる意味がほぼないわけね。
資源が沢山眠っているとはいえ、初期投資はかかるわけだし、こういう条件ならどこにでも転がっているわよね。
「へえ。こんなご時世にそういう村があるのね」
「良いことですね」
「一番の理由は、この新大陸には女神様の加護のお陰で魔物がいませんからね。せいぜい山の中で危険な生き物といえば、クマとかイノシシ、あとは毒蛇ですかねー」
なんとも平和な森もあったものね。
こういう話を聞くと、ハイレンが起こした奇跡がすごかったのだとわかるわ。
私たちの大陸とは大違い。
森なんて基本的に魔物がいると思わないといけないしね。
そんなことを思いながら、森を眺めていると、鳥がのんびりと飛んでいる。
「ミコスもなんでわざわざ魔術学院なんかに行ったのかしらね」
「そうですね。ここで穏やかに過ごすこともできたでしょうに……」
2人でそんなことを呟いていると、不意に後ろから声を掛けられる。
「ラビリスちゃん、シェーラちゃん。そりゃー、ミコスちゃんはユキ先生に出会うために学院にいったんだよ!」
そこには、ミコスが立っていた。
「あ、ミコスお姉ちゃんだ」
「ミコス姉様。兄様たちはどうしたのですか?」
「いまは休憩中。まあ、といっても、ゲートの説明が大変だったんだけどね」
「それはそうでしょう。普通の人なら大混乱する技術よ」
「そうそう。とーちゃんに説明してもなかなか信じてくれなくてさ。私やユキ先生、カグラが色々説明してやっと落ち着いてきたところだよ」
「そんなものですよ。むしろ、ミコスさんがいなければもっと難航してました」
「だからこそ、ユキはこのジャーナ領を拠点として選んだのよね」
辺境伯の所に設置しようと思えば、まず面倒な交渉と説得から始めないといけないのよね。
そう言った意味では、男爵という爵位の低さといえば失礼かもしれないけど、そういった事で押しやすいし、ハイデン王宮も許可を出しやすい。
辺境伯は国防の要の人材でもあるから、ご機嫌を窺わないといけないところもあるのよね。
でも、なによりミコスというこのジャーナ領主の娘がいることが大きい。
「で、ミコスはユキを紹介するって目的は達成できたのかしら?」
「紹介はできたよ。紹介は……」
「文字通りの単なる紹介のようですね。まあ、状況が状況ですし、これから頑張るということで」
「がんばれー。もう少しだよ」
「頑張るのです。あと少しなのです」
そんな風にアスリンたちが励ますけど、そのあと少しがとてつもなく遠いのよねー。
「とりあえず、俺は任務にもどりますよ」
「ええ。またね」
ということで、私たちはミコスの故郷でのんびりとした時間を過ごすのだった。
いなかってのどかだよね。
時間がゆっくり流れているような気もする。
そして意外なことに、ミコスの領地はそこまで領民は苦労していないというか、生きるのには困らない場所のよう。
ついでに、ブリットたちがこっそりと支援も開始していて、いざというときのためのことは既に展開している。
で、ミコスの目標は達成されないようだ。




