第725堀:夢の国へようこそ すべてを忘れて楽しもう ハハッ
夢の国へようこそ すべてを忘れて楽しもう ハハッ
Side:カグラ
「すごい……」
「すごいねー」
「ふぁー……」
「……さすがにこれは、夢のようね」
「はい。素晴らしいです」
私たちはそれぞれそんな感想を漏らしていた。
だって仕方がないじゃない。
目の前に広がるのは、芸術といってもいいぐらいに整えられた食べ物の饗宴。
全女性が大好きなケーキが一面に並べられているのだから。
しかも、これは芸術にあらず。
全て本物のケーキで食べられるのだ。
「いやー、相変わらず盛況ですねー」
「いまだに人気は衰えることはないですが、カグラたちの話を聞く限り、前日予約のみというのはなかなか厳しいようですね」
「まあ、だからといって、一か月先まで予約を受けたとしてもすぐに埋まりそうだな」
「ですねー。あまり長期間の予約をとるようにするとかえって不満が出るかもしれませんね」
「割り込むチャンスがないですからね。前日予約のみとあまり変わりないでしょう」
「そこらへんは落ち着くのをまってからだな。カグラたちには悪いが、この状態がある意味ちゃんと平等になっている証拠だしな」
そんなことを話しているのは、私たちをここに連れてきてくれたユキとその奥さんたち。
私たちは、本日ウィードで働くアージュ殿下へ、報告書を届けにきていたのだが、その時にユキたちと出くわして、一緒にこのケーキバイキングに来ることになったのだ。
ウィードに住む女性の間では伝説のケーキバイキング店。
その名の通り、一定の料金を払えば、店内にあるケーキを食べ放題という、夢のようなお店だ。
だが、それ故に、私たちはこのお店に入ったことはない。
なぜなら、会話からもわかると思うが、常に満席の状態だからだ。
基本的に、このお店に来たいのであれば、前日に予約を勝ち取るしかない。
当日のキャンセルによる案内は、混乱を避けるため行っておらず、前日の予約抽選で当てるしかないのだ。
だが、私たちはウィードの勤務から外れてバイデで仕事をしているので、この場に足を踏み入れることはなかった。
ちなみに、ユキたちの会話からわかる通り、ここは国営で、ウィードの重鎮といわれるユキの奥さんたちが採算度外視でウィード全国民のために用意したところであり、ここで無法を働く者はいない。
たまーに、観光で訪れたバカな貴族たちがごり押ししようとするが、ここは国営。しかもウィード重鎮たちの肝いりで、国民のためにと旨につくられた場所。そんな馬鹿な奴らはすぐに排除される。
「……ラ、おーい。食べないの?」
「はっ、食べるわよ!!」
「じゃ、なにボーっとしてるんだよ?」
「ちょっと、ここのことを改めて思い出してたのよ。まさか、こんなチャンスが巡ってくるなんて!!」
「あー、まあそうだよねー。まさか予約なしで来られるとは思ってなかったし」
「そういうこと。と、ごめん。さっさと食べましょう。一応ウィードに書類届けて、ついでに昼食取ってくるっていってはいるけど、使えるのは3時間がいいところよ」
「だね。これでまたお昼休み中に行方不明とかになったら、次こそクビになりそうだし」
残念なのは、ユキに私が誘われてきたのに、時間がないこと。
普通なら、もっとユキとのデートを楽しまないといけないんだろうけど、この場所なら話は別。
ユキもきっと私に楽しんでほしいから、ここに誘ってくれたんだから、しっかり食べないとがっかりするわ。
……そう。がっかりするから、私はユキの好意に応えるために、食べるのであって、私の食い意地が張っているというわけではないの。
だって、私はカミシロ公爵家の次女であり、ハイデンの顔でもある外交官なのだから!!
「ミコス。あっちの列お願い」
「任せて」
「ソロは、あっちね」
「はい」
「エノラは飲み物お願い。種類は任せるわ」
「はいはい」
私たちは見事な連携を見せて、迷いなくケーキや飲料を確保して席に戻ってくると、ユキたちはすでにケーキを少しだけ取って戻ってきていた。
「おー結構とってきたな。ま、なかなか来れない場所みたいだし、楽しんで行ってくれ」
「ありがとう。ユキ」
やっぱりユキは優しい。気遣いのできる大人の男性よね。
そう和んだあと、私は持ってきたケーキを美味しくいただくことにする。
とにかく美味しくて、取ってきたのを食べては次のものを取りに行って、また食べて、アイスケーキとか、クレープみたいなミルフィーユケーキとか……。
もう、信じられない世界だった。
私たちが今までユキからもらっていたケーキも、ケーキの中ではまだまだごく一部だったのだ。
私たちは世界の広さを知らなかった。
フルーツたっぷりのケーキ、とろけるチョコのケーキ、抹茶、チーズ、マロン……。
「……よく食べるな」
「お兄さん。女の子は甘い物ならいくらでも入るんですよ」
「いくらでもはあれですが、それなりに食べられますね」
うん。そうなのよユキ。
女の子は甘い物は沢山入るの。
それが、美味しい物ならなおさら。
そういう感じで、私たちはひたすら極上のスイーツを食べていたのだが、こんな素晴らしい時間はアッというまに過ぎて行き……。
「くぅぅ……。もう時間終了かー」
「仕方ないとはいえ。もっと食べたかったですね」
「そうよねー。制限時間を付けていないと、ずっと居座っている人もいるでしょうからね。カグラとか……」
「うるさいわね。エノラだってずっと居座り続けるでしょうに」
「そりゃそうよ。私だって甘い物は好きだもの。ミコスやソロはどうなの?」
「私もずっと居座ると思うなー」
「沢山食べると思います」
そんな感じで、雑談をしながらお店を出たのだが、なぜかユキはぐったりしていて、ジェシカさんに肩を貸してもらっていた。
「……当分、甘い物はいいや」
「無理に食べなくても」
「あははー。お兄さんの弱点発見……というわけでもないですね」
どうやらユキは甘い物が苦手らしく、具合を悪くしているようだ。
「ねえ。カグラ。ユキ先生って、甘い物苦手みたいだね」
「ええ。私たちのために無理して誘ってくれたのね。今度はユキの好きなところに付き合ってあげないと」
夫に無理ばかり強いるのはだめだって、ラッツさんやジェシカさんから教えてもらったし。
私もああいう風に、ユキを支えられるようにならないと。
「……いや、普通はあれだけ食べてれば気分が悪くなって当然だと思うけど?」
「あはは、カグラ先輩たちらしいですよ」
なんか、後ろでエノラが言っていたけど、そこは無視しておく。
ユキと一緒にいる理由の話なんだから、空気読めないわよね。エノラは。
そう思っていると、何か足りないような気がする。
でも、それがなにか思い出せない。
すぐに思い出せるはずなのに、思い出せないんだろうと、立ち止まって振り返ってみるが思い出せない。
「んー?」
「どうしたのカグラ?」
「いや、何か忘れている気がして……」
「忘れている? 財布でも忘れたの?」
「えーっと、財布はあるわね……」
「あっ!?」
そんなやり取りをしていると、ソロが何かに気が付いたように声を上げる。
「どうしたの? カグラみたいに忘れ物した?」
「ミコスちゃんがついて行こうか?」
「ちがいます。ほら、アージュ殿下がいませんよ!?」
「「「あっ!?」」」
そう言われて、ようやく判った。
何か違和感があると思ったら、一緒に来ていたはずのアージュ殿下の姿が見えない。
まっずい!? ケーキバイキングに置いてきちゃった!?
慌てて私たちが戻ろうとすると、ユキたちが止める。
「まてまて、アージュ殿下のことはいい」
「なんで? 一緒に仲良く食べてたのに置いてくるなんて最低よ?」
普通なら縁を切られる。
アージュ殿下の場合なら、斬首になる。
どこからどう見ても良くない。私の命の危機だ。
そこは皆、同意見のようで頷く。
すると、ユキがなんかこちらを呆れた様子で見つめて口を開いた。
「……気が付いてなかったのか? 最初のケーキを取りに行った時に席をはずしていたぞ」
「「「え!?」」」
「ケーキバイキングにそれだけ夢中だったんだな……」
ううっ、ユキにまた失態を……。
「あ、あのー、ユキ先生。アージュ殿下は大丈夫なんですか?」
「そ、そうです。ウィードにいらっしゃって行方不明になられると、キャリー姫様に怒られちゃいます」
「そ、そうね。気が付かなかった私たちもあれだけど、アージュ殿下に何かあれば、ユキ殿もウィードの管理体制を問われるわよ?」
うん。ミコスたちの言う通り、アージュ殿下になにかあれば不味い。
ちゃんと無事なのか確認しないと。
しかし、必死な私たちとは違って、ユキたちは落ち着いている。
いや、ウィードで何かあるとは思ってないけど……。
ほら、ルナ様のことがあったし……ね?
そう思っていると、ユキがなにか面倒くさそうにしながら口を開く。
「その心配はない。いや、どうなんだろうな? まあ、ケーキバイキングで実はスタシア殿下と一緒に食事しているはずなんだ」
「「「スタシア殿下と!?」」」
衝撃の発言に驚く私たち。
「ちょ、ちょっとまって、スタシア殿下ってアージュ殿下のお姉さんの?」
「そうそう」
「えーと、フィンダール帝国のスタシア殿下ですか? 他所の国のスタシア殿下じゃなくて?」
「フィンダール帝国のスタシア殿下だな」
「でも、スタシア殿下はバイデの方で私たちと同じように忙しかったはずですけど……」
「セラリアとの謁見でこっちに来ている」
「……確か、アージュ殿下とこの前、喧嘩になってたはずよね?」
え、なんでそんなエクスプロージョンをぶち込むような真似を……。
「その仲直りに協力を頼まれてな。ケーキバイキングがその舞台になったわけだ。カグラたちはたまたま居合わせただけだが、正直助かった。ありがとう」
「そうですねー。おかげで、すんなりアージュ殿下もついてきましたから」
「カグラたちをだしに使うような真似をしてもうしわけありません。しかし、あの2人をあのままにしておくのは心苦しかったもので」
……そっか。
私はおまけだったんだ。
ユキは私を誘いに来たわけじゃなくて、アージュ殿下が目的だったんだ……。
そんな感じで私は内心ショックを受けていた。
でも、ほかのみんなはそういうことはないみたいで。
「そっかー。なら安心だね。ミコスちゃんは無事に2人が仲直りできることを祈ってるよ」
「そうですね。仲直りできるといいですね」
「本当にね。私たちは噂のケーキバイキングを楽しめたんだし、ユキ殿たちがお礼を言うことはないわよ。むしろ私たちがお礼を言いたいぐらいだし。ね、カグラ?」
「あ、うん。ケーキ美味しかったし、ユキと一緒だったから楽しかった」
そうだよ。私はユキと一緒だったからハッピーじゃない。
アージュ殿下のおかげで、こうして一緒にいられたんだからマイナスじゃないわね!!
「うおーい。カグラ。ミコスちゃんたちやラッツさんたちのことガン無視してない?」
「あ、あのー、カグラ先輩、それはさすがに失礼じゃないかと……」
「はぁー。カグラはなんでこんなにお花畑になっているのかしら。本当に謎だわ」
「な、そ、そんな失礼なこと言ってないわよ。ユキたちって言ったもん!!」
まずい、ユキたちにそんな風に聞こえていたら幻滅されちゃうと心配してユキたちの方を向くと……。
「……教会の方に子供がいたな」
「子供が? この時間ならまだお昼が終わって授業が始まったばかりですよ? ってああ……」
「もしや、あの話ですか?」
「多分な。様子をみてみるか」
なんか、真剣な顔をして教会の方へと歩いていく。
「え、ちょ、ちょっと。まってよ!!」
「ミコスちゃんもいきますよー」
「あ、先輩たち、だ、駄目ですよ!?」
「連絡はしておくわ。ソロは追いかけて」
私たちもユキと一緒に教会の方へと向かっていくのであった。
ハハッ(甲高い声で)
まあ、何を想像したか知らないけど、楽しい時は結構忘れていることがあっても思い出せない。
あとで思い出すよね。




