第714堀:表と裏
表と裏
Side:ミヤビ・ヤシロ
「ふおぉぉーーー!!」
久々に変な声を出して、興奮している自分がいた。
夜の闇を明るく照らす、見たこともないランプに、街並み。
ここは、ウィード。
建国して5年と経っていない新興国ではあるが、大陸中から、いや、世界中から注目されている……、ダンジョン国家である。
ダンジョン国家というのは勝手に皆が呼んでいるだけで、基本的にはセラリア女王が治めてる国なので、ウィード王国と呼んだ方が正しいじゃろう。
だが、この国はあえてウィード国としか呼ばれていない。
女王の意向というか、その妹であるエルジュの意向で国民による国民のための統治を望んでいて、今のところはセラリア女王が引き連れてきた者たちが国の運営に携わっているが、最終的には完全に国民に政治、国のかじ取りも任せる予定らしい。
ほかの国ではそんな政治体制は理解できないと首をかしげるところも多い。
だが、妾にはわかる。これは、民主主義を目指しているのだろうな。
夫の故郷の日本と同じように。
長く険しい道ではあろうが、いつかはという奴だろうな。
しかし、そんなことに驚いているのではない。
日本の統治方法については、我が夫トウヤからたくさん聞いたから。
ハイエルフ国もトウヤから聞いた日本の統治方法を流用しているものは多い。
まあ、我が国は事情により引きこもることになったので、使えなかった統治方法も多々あったがな。
だが、このウィードは違う。
最初から世界に向けて活動するために、ユキ殿が整えに整えた、国際都市だ。
そして、惜しげもなく、地球の日本の技術をつぎ込んで、国を作っているところだ。
驚愕としか言いようがない。
我が国に訪れた時に使用していた車も驚いたが、このウィードの光景はその比ではない。
「まあ、これでも日本の都市ほどではないですけどね」
「これでまだというのが信じられん」
妾の驚きにそう答えるのは、このウィードの女王の王配であるユキ殿だ。
「というか、素直に自分が日本人であると認めたな」
「いえ、別に隠すつもりはなかったですから。しかし、状況的に言い出しづらくなりまして」
「妾もカグラ殿やタイキ殿に気を取られたのは確かだな」
そう、実は、ユキ殿の正体が日本人であるということは、すでに察してはいたのだ。
ハイエルフの国に訪れた時に、乗ってきた自動車や、タイキ殿と普通に日本についての会話をしておったし、極めつけはこのウィードという国。
どう考えても、この土地ではない文化の流れを汲んでいる都市作り、妾が知りうる限り、このようなことができるのは日本を知っているものしかおらぬ。つまり、ユキ殿がそうだと思ったわけじゃ。
だが、おくびにもださなかったので素直に言うとは思っていなかったのだが、聞いてみればはいそうですと答えてくれた。
「信頼してくれる要素が揃いましたからね。タイキ君もカグラもいない状態で、私は日本人ですと、この金髪で言っても信じないでしょう?」
「まあな。日本語が読めるからそれなりに気は使ったであろうが……。というか、なぜ金髪なんじゃ? 日本人は黒髪のはずじゃが?」
「いらぬトラブルを避けるためですね。異世界から来たなんて判れば、勇者として祭り上げられるでしょう? タイキ君みたいに。ちなみにこれはカツラですよ」
「ああ、なるほどな」
ユキ殿はそう言って、カツラを取って見せる。
トウヤのように利用されるのを避けていたというわけだ。
あくまでも、ウィードの手柄はセラリア女王に行くようにして、身を隠していたわけか。
「しかし、こちらも驚きましたよ。まさか夜に来るなんて。一応入国は認めていますが、夜間は制限しているんですよ」
「こちらとしても、夜は門が閉じているものと思ったがな。開いているのは驚きじゃ。しかし、偽名で通ろうとしたのだが、止められてユキ殿が来るとは思わなかったぞ」
ただ物見遊山でウィードに来たわけではないのでな。
というか、引きこもりの国のハイエルフの女王が表立ってウィードに現れるのはまずいだろう。
「ああ、なるほど。だから、ウィードに入ろうとしたわけですね。しかし、ある意味助かりました。夜の入国は念入りにチェックすることになっているので、日が昇っている間だと、訪問していることがわからなかったかもしれません」
「うむ。夜であっても、入れるのなら入った方が、安全じゃからな。それが功を奏したというわけじゃ。とはいえ、いつ到着したとしても本名と身分を名乗るわけにもいかんからな」
「確かに。ですが、なぜウィードに?」
「それを伝えてはいなかったな。大陸間交流に関して答えをだすためにも、一度ウィードを見てからにという話になってな。ついでに、獣神の国のその後も伝えてくれと頼まれてな」
そう。妾たちは、ウィードへ大陸間交流に関しての話をするために来たのだ。
ついでに獣神の国のことでだな。
百聞より一見というやつじゃ。
それに、日本に関係があるかも、と思っていたユキ殿が手掛けたウィードを見る目的もあったが、それは今この場で圧倒されている。
「そういうことですか。今度からはそういう手間がないように、身分証を発行しておきましょう」
「うむ。そうしてもらうと助かる。しかし、物凄い街並みじゃのう」
「まあ、こうでもしないとただの小国で終わりますからね」
「確かに。だが、ここまでになるのに、それ相応の苦労もあっただろう。力だけでも、知恵だけでも、人望だけでも、統治というのは上手くいかん。それら全てで相応の能力を求められる」
生半可な知識や力ではここまでは来れない。
それはトウヤと一緒に国を作るということで散々苦労しているから、よく知っている。
おそらく、このユキ殿の実力は想像以上に高いのじゃろう。
「そう言っていただけて光栄ですが、そういう長い話は、また日が変わってからにしましょう。今日は宿で旅の疲れを癒してください。明日また席を設けますので」
「おっと、そうじゃな。あまりに明るすぎて、夜だというのを忘れていたわ。トウヤが夜更かししすぎるというのも納得じゃな」
妾の目に映るのは、夜の闇など関係ないといわんばかりに光を放つ店の明るさ。
そしてその中で、にぎやかに楽しんでいる客の姿。
「話が終わった後は見学したいものじゃな」
「その時は案内しますよ」
「うむ。頼む」
そういうことで、妾はユキ殿に案内されて、驚きの和式旅館とやらに泊まったのじゃが……。
ここも驚きの連続じゃった。
まずはタタミ。タタミというものはトウヤから聞いていたが、こうして経験してみると違うのう。
こうイグサのいい香りがする。なんとかして我が国へと思うぐらいじゃ。
それに、露天風呂。
なるほど、これはトウヤが風呂、風呂と騒ぐわけじゃ。
妾も楽しませてもらうとしよう。
そういうことで、ウィードへの来訪一日目は妾たちにとってはとても良き日であり……。
「眠い……」
「女王陛下。お気持ちはわかりますが、これは我々の自業自得ですぞ……」
「はっ、道理ではあるが、お前も同じではないか」
横で妾を注意する宰相とて、同じように目の下のクマをたくわえておいて、よく言えるわ。
昨日は、露天風呂を堪能したかと思えば、部屋では御馳走が待ち構えており、腹いっぱい食べたかと思えば、ウィード観光案内という本を見て、明日はどこに行くなど、盛り上がってしまい、寝たのは結局深夜を回ってからだ。
恐るべし、夜でも昼間のように世界を照らす電灯、ライトよ。
アレがあれば、我らは夜の闇を恐れることはない。
そして、トウヤは言っておった、更に夜更かしへといざなう、魔の道具、テレビとゲームというものがあるとか。
なんと恐ろしいことか。日本の人々は寝ずに日々を過ごしているということになる。
日本人の強さはここら辺にあるのかもしれないのう。
と、そんなことを考えながら、眠気と戦っていると、ユキ殿が旅館にやってきた。
9時5分前、時間ぴったりというわけだ。
「おはようございます。昨日はよくお休みになられましたか?」
「あー、うむ。休むことはできた」
露天風呂に、美味い晩餐、そして心地よい寝床、休みには十分になったのは間違いない。
はしゃぎ過ぎて夜更かししてしまったのは、宰相の言う通り自業自得だからな……。
これを正直に言うのは恥をさらすだけだ。
「なにか問題でも?」
だが、というか、国を仕切るトップとして、この言い方に反応しないわけがないか。
ここは意固地に隠せば更なる恥だな。
「うむ。正直に言おう。はしゃぎ過ぎて、寝るのが遅かった」
「ああ」
妾がそう言うと、直ぐにユキ殿は理解を示してくれた。
「よくあることなのか?」
「ええ。ウィードは何もかも物珍しいらしいですから」
「珍しいな。部屋には小さな氷室まで置いてあるからな。びっくりじゃよ」
そうそう、冷蔵庫という小型の氷室まで存在していて、何でもありじゃった。
「ま、日本では標準装備なんですがね。エアコンとかも」
「あの部屋を冷やす魔道具もか。いや、話には夫から聞いたことがある、夏になるたびに、エアコンがあれば、冷蔵庫があればとは言っていたが……」
まさか、あれほどのものとは思わなかった。
「よく、日本人は堕落しなかったな」
本当に心の底からそう思う。
あんな環境が標準であれば、人は外に一歩もでないのではないか?
「何事にもお金は必要なんですよ。そのために外へ働きに行くわけです」
「……これだけ文明が発達していても、そこは変わらんのか」
「残念ながら」
世知辛いのう。
「と、その話はいいとして、見物などはどうしますか? 会議にしますか?」
「いや、予定通りに見物を先で頼む。今会議なぞしたら、眠る自信がある」
「わかりました。では、予定通りで行きましょう」
そういうことで、妾たちはウィードの見物へと出かけることとなった。
「では、まずウィードを見学するにあたって、こちらのパンフレットをお受け取りください」
そう言って、手渡されたのは、ウィード案内という、薄い本だ。
昨日の部屋に置いてあった観光案内とはまた違う趣だ。
「まずは、ウィードを構成しているダンジョンについてですが、基本的には人が住んでいる階層を居住区といい……」
ユキ殿が説明を始めて思った。
いかん。思ったより見物もつらいのかもしれん。
「こちらが、国営で行われているスーパー銭湯といわれる場所ですね」
「おおー!! ここが観光案内に載っていた場所か!! 大小様々な風呂があると聞いているぞ!!」
と、現場を歩き回れば、眠気は吹き飛んでいた。
最初のダンジョンの階層ごとに役割を決めて活用しているという説明はきつかったがな。
現在は商業区と冒険者区の階層に来ている。
主に、観光客や冒険者を相手にする施設があるところだ。
こういうところも楽しいが、今作っているという外務省も色々と目新しいものが沢山あった。居住区に存在している大きな公園も驚きだったな。
まあ、見るモノすべて目新しいというやつじゃな。
「さて、大体紹介するところは終わりましたし、他に見たいところがあれば、後日時間を取ってお見せします。今日の所は、ここまでにして、後は商業区で買い物などを楽しんではどうでしょうか?」
「いいのか!?」
「ええ。商業区を最後にしたのもそのためです。今までの教訓なんですよ。先に商業区で自由時間を作っても、指定時間に戻ってこなかったり、続きの案内をしても気もそぞろだったりしたんで」
「そうじゃろうな」
妾だって気が散るわ。
今だって、昨日の観光案内で出ていた、食べ物屋を通り過ぎて、売り切れにならないかと心配していた所だ。
「ということで、何かあれば、巡回している警察官や最寄りの案内所、またはお店の人に訊いてくれれば、問題ないかと思います」
「うむ。何かあった時は頼らせてもらう」
「では、今日は解散で、また明日の9時に旅館の前で集合ということで」
「わかった。では、皆の者行くぞ!!」
こうして妾たちは、ウィード観光案内を片手に街へと繰り出すのであった。
「ふうっ。何とか乗り切ったか。今日の内に、二人に手紙を渡しておかないとな……」
さてさて、これはどちらが「表」で「裏」なのかな?
「ユキ」かな? それとも「ミヤビ」かな?
案外、「勇者」と「ヒロイン」なのかもしれない。
それとも、「日常」と「非日常」かも?
貴方はどんな「表」と「裏」にみえましたか?




