落とし穴114堀:わたしたちは頑張ります
わたしたちは頑張ります
Side:ヴィリア
「あー……」
「うー……」
そういって、ドレッサとヒイロは机に顔を突っ伏しています。
横にはお兄様から頼まれた書類の山が3つほどあるというのに。
別に難しい政治的判断を必要とする書類でもないのに、情けない。
「ほら、2人とも勝手に休憩をしていないで、さっさと仕事をしてください。まだ、始めてたった2日ですよ?」
そう、これが既に一週間も経っているのであれば、飽きたとか辛いというのは、まだわからないでもありません。
ですが、この2人ときたら、たった2日、2日で音を上げているんですよ?
お兄様にやれるといったのはうそですか?
私の評価にもかかわるので、マジで真剣に仕事をしてほしいのですが。
いえ、お兄様もこの2人がお荷物だというのは否定していないので、さほど私の評価が下がるとは思えないのですが、とはいえ、お兄様を支えると、今日まで一緒にやってきたので、早々に切り捨てるのは忍びないというのもあるので、頑張ってほしいのですが、こんな体たらくでは評価しようがありません。
お兄様は笑って許してくれるでしょうが、こんな甘えたガキを護衛にし続けるなど、お兄様が許しても、私やセラリアお姉様たちが許すわけがありません。
お兄様の命を守るためにも、厳しくいくのは目に見えています。
その結果、ヒイロにドレッサはお兄様から離れる、というか護衛をクビになるでしょう。
そうなった場合、最悪、ヒイロは自殺、ドレッサは発狂するでしょう。
そんな結果は私とて望んでいません。
……しかし、現実は私の思いなど露知らず、2人は動く気配はありません。
「ほら、2人ともいい加減にしなさい!! お兄様の護衛をクビにされますよ!!」
「わ、わかってるわよ!?」
「いやだ。お兄と離れ離れはいや!!」
「なら、きちんとしなさい。ただ腕っぷしがいいだけでは、護衛は務まりませんよ? というか、私たちは暫定的に護衛を任されているだけです。新大陸の時の事件で、仕方なく今までズルズル来ているだけですよ?」
「「……」」
私の言葉に2人ともしゅんとなる。
そう。本来であれば、私たちはまだ、護衛の仕事ができる技量はもっていない。
色々なトラブルが重なり、お兄様の家で過ごすようになったが、見習いなのは変わりない。
新大陸に飛ばされ、人員不足の中でとりあえず私たちが護衛の仕事の一部を引き受けただけだ。
本当にお兄様を守るだけで、書類仕事などはほぼ皆無という、楽な仕事。
この2人はそれに慣れ切ってしまったのだ。
「いいですか。何度も言いますが、お兄様の護衛というのは、ただ敵の攻撃から守るだけではありません。お兄様がルナさんから与えられた使命は、この世界の魔力枯渇現象を調べて解決することです。そのために、数多の国と交渉はもちろん、それに応じた、組織の運営も必要であり、人、お金、記録などの、雑務も多々あるのです。それは新大陸でお兄様の護衛をして理解したでしょう? リーアさんやデリーユさんだって、お兄様が少しでも楽になるように、書類の仕分けや軽い決済はしています。ジェシカさん、サマンサさん、クリーナさんは、対イフ大陸の交渉役、外交官としてもその手腕を発揮されています。その書類仕事は、ここの仕事と比べるまでもなく多いです。その中、2人はボーっと、皆が書類仕事をしているのを見ているだけですか? そんな役立たずはいらないですよ?」
「そ、そこまで言う必要ないじゃない。新大陸の時だって、私たちも書類仕事手伝ったし……」
「した!! ヒイロはちゃんと書類仕事手伝ってた」
「その程度では足りないと言っているのです。お兄様たちがいつも、このような書類の山をさばいてたのは知っているでしょう? 新大陸の時に私たちに任された書類はせいぜい1000枚程度です。しかも、ただの書類の仕分けです。あとは、質の悪い紙に書かれたものをパソコンで打ち直して、印刷するぐらいです。この程度の事でお仕事を一人前にしているとか言ってるのですか? 2人は?」
「「……」」
2人とも楽をしているのは自覚しているようで、反論の言葉はでてきません。
はぁ、お兄様がいる前では、しっかり頑張るのに、なんでこうお兄様の目が届かない場所だとこうなるのでしょうか……。
どうしたものかと考えていると、不意に部屋のドアが開かれます。
「はいはーい。様子を見に来ましたよーって、あらあら、随分お疲れの様子ですね」
そういって入ってきたのはラッツさんです。
お兄様に頼まれて私たちのサポートをしてくれています。
他に仕事をしているので、大変忙しい中、わざわざ時間を作ってきてくれているのです。
「す、すいません。私の指導不足です」
「そ、その、ヴィリアは悪くなくて、私たちが……」
「ヴィリお姉は悪くない。私たちがさぼってた……」
ラッツさんの指摘に2人は言い訳をすることなく、素直に謝ります。
……その素直さを仕事で発揮してほしいのですが。
その姿を見たラッツさんは苦笑いをしながら……。
「なはは。ま、よくあることですよー。私も最初はそうでしたから」
「え? そうなの?」
「ラッツお姉が? 意外」
私もラッツさんの言葉は意外でした。
ラッツさんは元商業区代表で現在は副代表で、仕事のできる立派な女性です。
なので、お兄様から商業区を任されたのも、最初からなんでもこなせる人だったからと思っていたのですが……。
「そりゃー、元々、行商人を真似た程度の冒険者でしたからねー。書類仕事なんてさっぱりでしたよ。お兄さんに書類の書き方、整理の仕方、仕事のさばき方を教えてもらいながら、ここまで来ましたから。まあ、行商人の真似事をしていたので、計算とかはある程度できたので、仕事は……楽になったのですかね?」
「なってないの?」
「どういうこと?」
「いやー、商売好きが災い、幸いというべきか、それで書類仕事の多い部署に配属されましたからね」
「「「あー」」」
確かに、ラッツさんやエリスさんとかは、常に書類仕事をしているイメージがあります。
トーリさんやリエルさんは巡回とかに出ているイメージですね。
「ま、とりあえず。そーゆーことで、私がしっかりと書類仕事を教えてあげましょう。お兄さんからもそういわれていますし」
「え? ユキが?」
「お兄が?」
「お兄様からですか?」
「ええ。3人には申し訳ないですが、今やお兄さんが手とり足取り腰とり、懇切丁寧に教えている暇はありませんからね。私がしっかりと教えるようにと言われてるんですよ。新大陸のときから、ヴィリアたちは行き当たりばったりで、ちゃんとした教育期間がなかったですからね」
「そっか、なんだかんだ言って、やっぱり私たちのこと考えててくれたんだ」
「お兄はやさしい」
ですね。お兄様はどんな時でも優しいです。
初めて会ったあの時からなにも変わりません。
「じゃ、さっそく、教えますね。さっさと終わらせて、お兄さんたちのお迎えをしましょう。どうやら、エリスの里帰りは1日で済んだようで、今戻りつつあるみたいですからね」
「よし!! 頑張るわよ!!」
「おー!!」
「もう、本当にお兄様が関わるとこれなんですから……」
「なははー。いいじゃないですか。私たちが頑張る理由は、お兄さんの為。実に私たちらしいですよ」
ということで、その後は、ラッツさんの的確な指導に加えて、ドレッサとヒイロのモチベーションが上がったこともあり、スムーズに進み、遅れの分も含めて定時に仕事は終わりました。
そして……。
「ただいま」
「「「ただいまー」」」
「「「おかえりなさい」」」
私たちは無事に、お兄様の出迎えができました。
と言っても、ドッペルから中身だけ戻ってくるので、出張部屋という場所で出張した皆が寝ていて、すぐに起きるだけなんですけどね。
とはいえ、精神的には疲れていることは間違いありません。
ちゃんとねぎらってあげないと。
「お兄様。お疲れ様です」
「おー、ヴィリア。仕事はどうだった? ラッツに教えるように頼んでたけど?」
「はい。丁寧に教えてもらって、無事に今日の仕事は終わりました」
「そうか。まあ、覚えることはたくさんあるから焦らずにな。ドレッサとヒイロも」
「わかってるわよ」
「がんばる」
まったく、本当にこの2人は調子のいい。
まあ、頑張ったのは事実ですし、午前中の様子は言わないでおきましょう。
「ええ。3人ともちゃんと私の言うことを聞いてくれて助かりましたよ。と、そこはいいとして、エリスはどうしたんです?」
「ああ、それだけどな、そろそろそっちに連絡が行くと思うけど、エルフの村でな、団体観光客の受け入れ要請があってな」
「「「はぁ?」」」
私たちは首を傾げます。
何をどうしたら、ただの訪問が団体観光客の話になるのでしょうか?
「えーっと、そういう話なら、事前に連絡を……」
「ああ、ラッツには今回、ヴィリアたちの補佐を頼んでたからな。こっちの件は、デリーユ?」
「ん? おお、ちゃんと手はずは整えておるぞ。宿の確保もできている。エリスからの連絡もたった今あった。連中を宿にぶち込んできたとな。しかし、随分、荒い言葉遣いじゃな。もっと、再会を祝って楽しくしてると思ったんじゃがな」
「ああー、まあ色々あったんだよ」
「そりゃそうじゃろうな。ま、今はオフの時間帯じゃし、仕事の話は明日するということで……、ああ、一つ忘れておった」
「なんだ?」
「ユキが招集をかけておった、神連中は明日来るそうじゃよ」
そういえば、リリーシュ様がお昼楽しそうにしていましたね。
なるほど、神様のお友達と会えるからですね。
「そっか。思ったよりも早かったな。最悪、ハイエルフの国の話は聞けずにと思ってたけどな」
「良かったではないか」
「だな。ということは、明日は会議ってことだな。……ふむ」
デリーユさんの話を聞いたお兄様は不意に考え込みます。
「あの、お兄様。何か問題でも?」
「いや、明日が会議って言うなら、俺たちもそこまで忙しいってわけじゃないだろう? ほら、エリスは身内の観光案内とかで今日、明日は手が離せないだろうからな。今も残業だし」
「ああー。そうじゃな。今回の訪問にはエリスの助けが必要不可欠じゃし、明日は、会議が終わればそのまま休みでいいじゃろう。のう、セラリア?」
「そうね。エリスの方も早々に引き上げてもらって、身内の観光案内はウィードの観光課に任せましょう。道中で倒れてもらっちゃこまるわ」
そうですね。エリスお姉様はウィードの大黒柱でもあります。
倒れてもらっては困りますから、ちゃんと休んでもらわないと。
「あ、それでな。エリスの付き添いって形で、カグラたちもエルフの観光客の案内に付けているんだよ」
「ふーん。実績作りと、エルフたちに対しての反応を見るって感じ?」
「まあ、それもあるけど、実際20人近くいるからな。ちなみに、悪意のあるなしはラビリスたちが先に確認してる。な?」
「ええ。問題はなさそうよ。せいぜい起こしても、泥棒ぐらいじゃない?」
「うん。わるい人はいなかったよー」
「あ、セラリア姉様。こっちには来てないけど、1人極悪人がいたのです。そいつはウィード立ち入り禁止にしてほしいのです」
「ああ、いたわね。屑が」
「あれは、入れちゃだめだねー」
「あら、珍しい。どんな極悪人なのかしら?」
確かに、ラビリスたちが極悪人というのは珍しいので、私たち全員が興味を持って話を聞くと……。
「あなた。そいつはコロシテこなきゃ」
うんうんとセラリアの話に同意する私たち。
当然です!! ユキさんやエリアちゃんに危害を加えるとか宣言するバカはこの世から消し去るべきです!!
禍根は絶つべきです!!
「いやいや、俺が直接言われたわけでもないし、エリスが結婚してたってのもショックだったんだろうさ。ついでに、あそこはウィード領じゃなくて、ガルツ領だ。勝手に他国の村人をしょっ引けるわけもないだろう」
「では、ユキさん。私がお父様やお兄様に連絡して、処分してもらいますね」
「はいはい、シェーラも待て。そのバカはちゃんと長老が躾けるって言ってるし、今回は穏便にな。エルフの団体観光客の件もあるし。それにハイエルフの国との関係がどうなるかわからん。味方は多いほうがいい」
「……なるほど。今は不味いってことね。シェーラ。まだ早いわ」
「分かりました」
「いや、こっそりも駄目だからな? ああ、それと、エリスが子供たちをカグラに見せたいって話で、今日は連れて帰ってくるって言ってるけどいいか?」
え? カグラさんたちが家に来るんですか?
「ん? ああ、そういえば、そんな話は聞いてたわね。今日になったの?」
「約束は早めにってことらしいぞ」
「そうね。色々忙しいし、指定保護はかけてあるから問題はないと思うわ。他の皆は?」
他の皆さんも特に否定することなく、お兄様はカグラさんたちを迎える準備を始めます。
ですが、私たちは……。
「……ちっ、案外、カグラたちは積極的ね」
「ええ。思った以上にぐいぐい来ますね。舐めていました。わざわざ家にまで押しかけてくるとは」
ただの小娘かと思ってましたが、油断していると、先を越されそうですね。
それだけは、阻止しないと。
「……なんで2人は、お兄の事となると、そんなに消極的なのか、ヒイロは不思議。普通に一緒に寝てしまえばいいのに」
「で、できるわけないでしょう!?」
「そ、そうです。お、お兄様と同じ家で過ごせるだけで、身に余る光栄なのに!!」
「……めんどくさい」
ヒイロはなぜか、冷ややかな目で私たちを見つめていました。
……と、とりあえず、作戦会議を始めなくては!!
ウィードに残っている方も忙しい。
そして、ヴィリアチーム対カグラチームの血で血を洗う戦いが、次回始まる!!
ま、ヴィリアはともかく、ドレッサにヒイロがこうなるのは仕方がない。
まともな教育期間なかったから。いきなり現場にぶち込んで、護衛してたからね。




