第651堀:巫女
巫女
Side:ユキ
「「「おおー」」」
そんな声が響くのは、総本山の大聖堂。
なぜ、こんな声を上げているのかというと……。
「……ううっ。恥ずかしいんだけど」
そういって、恥ずかしそうにしているカグラが原因である。
具体的に言うなら、日本の巫女さんの格好をしてるからである。
理由はいたって簡単。
宝玉に眠る? 潜む? 狂王と女神ハイレンを見るためである。
残念ながら、俺たちは当然として、ハイレンを祀っているハイレ教の方々にも見えなかったので、どうしたものかと思っていたが、水には見えていることから、カグラがちゃんとした格好で手順を踏めば見えるのではないか? という発想にいたったわけである。
元より、巫女というのは、こういう御神を体に降ろすというのもよくあるので、俺やソウタさんはありうると思ったのだ。
ハイレ教の本職である、大司教やエノルさんは不思議がっていたが、ことこの神降ろしについては特殊な適性が必要で、身分、階級などは関係ないのである。
まあ、ある種の生贄のようにも見えるが、今回は特に問題ないだろうと思ってのことだ。
別に体にペーパーを降ろすわけじゃない。視るだけだ。
「しかし、なんというか、こうしてまじまじと見たことはなかったが、巫女だな」
「……ううっ」
黒髪ロングの巫女服のカグラをゆっくり見る機会はなかったからな。
本人は見世物のような感覚だろうな。
「こら、カグラ。恥ずかしがっている場合ではないのです。祭壇に置かれている宝玉を見て何かわかりませんか?」
「あ、はい」
キャリー姫に叱られて羞恥心を抑えて祭壇に置かれている壊れた腕付き宝玉を凝視する。
ちなみに、この運搬も、もちろんスティーブの仕事である。
便利屋って可哀想だよね。ちゃんと後で、追加報酬は支払っとこう。
そんなことを考えていると、水とソウタさんが口を挟む。
『ただ凝視するのではない。邪念をはらい無念無想で見るのだ』
「無念無想じゃわからんだろう。心を無にするというか、そうだな……祝詞でも唱えて雑念を祓うといいだろう」
うん。
ソウタさんの雑念を祓うと言われて納得した。
雑念を祓ってモノを視るなんて俺にはできん。
色々考えてしまうからな。
というか、無心無想で動けるわけがねえ。
その境地に至ったとされている剣豪、剣聖、剣術無双たちが意味不明の強さを誇るのも納得である。
あれだな、人間じゃねぇ。というやつだろう。
「分かりました」
水やソウタさんの話をきいたカグラは静かに祝詞を唱え始めて、それを俺たちは静かに見守る。
タイキ君とかいたなら、無駄口を叩けたのだろうが、流石に同志がいないのにそういう空気読まずみたいなことはできない。
……個人的には、この状況は親戚の盆の御経のような感じがして敵わん。
適当に、トイレと言って席をたって、実のところ外でのんびりしているというのはダメだろうか?
当人たちにとっては大事なものだろうし、否定をするつもりはないが、ただの親戚程度で盆の長い御経を聞く理由もない。
こんな感じで、邪念ばかりの俺をよそにカグラは所謂トランス状態というか、あれこそ無念無想の境地というか、何かを見ているようで何も見ていないというか、そんな感じになり……。
「みえました」
と、あっさり告げた。
「見えたといいますが、具体的には?」
キャリー姫の質問に、いつもの礼を尽くした態度ではなく、視線を動かさず口だけを動かす。
「……宝玉の右上の小さい亀裂。そこにハイレン様。その他が狂王アクエノス。違いますか? 水辰之命様?」
『うむ。今はそのようだ。おそらく、私たちのことを感じ取ってそのように分かれたか。それとも、何か宝玉内でなにか起こっているか』
ふむ。飯を食っている間にというか、アールエスの腕を切り落としてから、色々事態が不味いとアクエノキが気が付いたか?
それでハイレンが追いつめられている感じか?
うん。話を聞いただけじゃようわからん。
「カグラ。事態は急を要するのか?」
「……アクエノスに浸食されているように見える」
『うむ。徐々にではあるが、どんどん力を奪われているように見える』
そういわれて、慌てたのはエノルさんだ。
「それは不味いじゃろう!? ソウタ。なにかハイレンを助ける手段はないのか!?」
「そういわれても、宝玉からハイレンを取り出す方法なんて……」
ガクガクと揺さぶられるソウタさん。
まあ、そう都合良く助け出す方法があるわけも……。
『いや、接触で精神を汚染されたという話をきいているから、触ればあるいは……』
水がそこで迂闊なことをいう。
「わかりました」
ほぼトランス状態なカグラはなんのためらいもなく、宝玉に手を伸ばす。
脊髄反射のように動いたから、俺も止めるのが遅れた。
神なんてものを降ろした巫女は基本的に総量が違うからぶっ壊れる事が多い。
小さな薄い皮袋に滝の水を詰め込むようなものだ。
水があふれる以前に袋が破ける。
「やめっ……」
俺はやめろということすら、間に合わずに……カグラは壊れたダンジョンコアに触った。
すると、宝玉から光が溢れ、それがカグラへと流れ込んでいく。
「カグラ!?」
キャリー姫もカグラの身に危険があると感じてつかみかかろうとするが、咄嗟に俺が押さえる。
「もう遅い。下手に接続を切るとどうなるかわからん。待つしかない。スティーブ!!」
「了解っすよ。いつでもいいっすよ」
そういって、スティーブたちは銃を構える。
「カグラを撃つのですか!?」
「だから落ち着け。ハイレンだけとは限らない。狂王も入る可能性がある。その場合はどうなるかわからん。撃った方がいいという場合もある」
「……あ、あああああ!? カグラ!! カグラーー!!」
キャリー姫は俺の言っていることが理解できる分、物凄い叫び声をあげる。
「水!!」
『すまぬ。こうなるとは思っていなかった』
ソウタさんは水を責めるように怒っていて、水も慌てている様子がみてとれるが……。
「えーい、今はそんなことより、どこまでハイレンとかいうのが入っているかわかるか!? それが終わればすぐに接続を切る!!」
『わ、わかった』
「ルルア!! カグラの容態確認!!」
「はい!! 今のところは問題ありません。カグラさん、私の声は聞こえますか!!」
他のメンバーはその場を動けないでいる。
どうしていいのかわからないのだ。
ちくしょー、迂闊にやってみようなんて言うんじゃなかった。
ただ視るだけでと思ってしまったのがまずかった。
とりあえず、カグラの容態はルルアに任せるとして、別の方法はないか?
「水! どうなっている」
『よくわからん!!』
「よくわからんじゃねえ!? 俺の子孫を殺す気か!?」
『えーい!! 別の宝玉でもあればそっちに移せばいいだろう!!』
「宝玉がそう簡単に転がっているわけないだろうが!?」
あるわ。
ソウタさんと水の喧嘩も捨てたものではないと思いつつ、即座に予備のダンジョンコアを持ってカグラに近づく。
「旦那様、カグラさんはまだ……」
「カグラ、このコアを持て。こっちに移せばいい!! 同じ宝玉だ!!」
ルルアの言葉は無視してとりあえずさっさとコアを渡そうと突き出す。
説明している時間も惜しい。
カグラは、うつろな瞳でこちらをみて、ゆっくりと開いている左手でコアへと手を伸ばすのを見てすぐに渡す。
すると、カグラに流れ込んでいた光はコアの方へと更に流れていく。
アレだな。灯油を入れる灯油ポンプか?
それからすぐカグラは宝玉から手を放して、俺が渡したコアに自分の体に蓄えられていた光を注ぎ込む。
「宝玉の中はどうなっている?」
『うむ。女神の落とし子の気配はもうない』
「よし」
俺はそれを確認してから即座に、宝玉を再び魔力スキル封印金庫にマジックハンドを使ってぶち込んだ。
「スティーブ、確保!!」
「了解っす!!」
すぐにスティーブは危険物を運送する。
そんなことをしている間に、カグラも宝玉にハイレンの精神なるものを移し終えたらしく。
座り込んでいた。
「カグラ!? カグラ!?」
必死になってキャリー姫が容態を確認している。
で、その問題のカグラだが……。
「や、やべでぐだざい!? ひ、びべざまー!?」
ガックンガックンと体を揺らされているカグラの反応はどう見ても問題なさげに見える。
というか、あのままだと……。
「や、やめっ。うっ!?」
当然気分が悪くなり、口から胃の内容物を吐き出す。
「きゃー!? カグラが!? カグラがーーー!?」
「ちょっと、落ちついて。キャリー姫様!? カグラが死ぬって!?」
それを見てさらに慌てるキャリー姫。
それを押さえようとするエノラだがうまくはいかない。
そして、それを見かねたルルアが……。
「まったく。キャリー姫様。起立!!」
「ひゃい!?」
「治療の邪魔です。回れ右して椅子に着席!!」
「はい!!」
即座にルルアの言うことに脊髄反射して言うことを聞くキャリー姫。
いや、こと医療に関してはルルアに逆らう奴はいないだろう。
「まったく。で、カグラさん。気分が悪い以外に何か体に異常はありませんか? 先ほどは物凄い魔力があなたの体を通してコアの方に移動していたんです。どんな些細なことでも構いませんよ」
「い、いえ。吐き気以外には特に……。というか、なんで私、吐いてばっかりなんだろう……」
そんな感じで、カグラは落ち込んでいる。
あー、まあ、年頃の少女が人前でゲーゲー吐くのを見られるのは堪えるだろうな。
とはいえ、状況的に仕方のないことだ。
というか、原因は……。
「おい、そこの水とかげ。ちゃんとカグラに謝れ」
「そうだな。今回は水が悪い」
『ぬぐっ。確かに、迂闊なことをいったのは間違いない。すまなかった。カグラ』
流石に水も悪いと思っているのか、素直に謝る。
しかし、自分が祀っている神様に謝られたカグラは恐縮するのは当たり前で。
「い、いえ。水辰之命様が悪いわけでは、なぜかあの時、手段があるなら触らなきゃって思っちゃって」
そういう風に返すが、一種のトランス状態だし、神様と認識している水の言葉をすんなり受け入れてしまったのはむしろ巫女として当然だろう。
とりあえず、カグラの様子は気分がわるそうなこと以外は正常に見え……。
「ちょっとまて!? カグラの髪? 髪!?」
「「「髪?」」」
俺の言葉でカグラの黒い髪に視線が集まる。
皆、近くにいないから何が変わり始まったのかわからない様子だったが、一番近くにいたルルアはその異常に気が付く。
「髪が赤く染まっていく!?」
そう、ルルアの言うように黒い髪が根元から赤く染まって行っているのだ。
「え? え?」
当の本人は自分の頭部の確認などできないので、わかるはずもなく、長い毛先の黒い部分を見て不思議がっているが、他の皆はすでに遠目に見てわかるほど赤に染まってきている髪をみて驚きを隠せない。
「カグラ。ミコスちゃんから見ても、なーんか、真っ赤に髪が染まってるかなー」
「あ、あの、カグラ先輩。だ、大丈夫ですか!?」
「え、えーと、私にはよく実感が、って、あ、本当だ」
ミコスやソロと話している間に、カグラが持つ毛先までもが赤に染まり、黒髪のカグラから赤髪のカグラへと変貌してしまった。
なんでまた、と混乱している俺たちだったが、エノルさんと大司教、エノラは事態を察して、カグラに声を掛ける。
「のう、カグラ。もしやハイレンから何か言付かってないか?」
「確かに。その綺麗な赤髪は、ハイレ教が女神、ハイレン様の象徴のはずです」
「体にハイレン様の精神を通したんなら、何か聞いててもおかしくないと思うけど」
「え? ハイレン様から? ……あれ?」
そう問いかけられたカグラは何か頭に違和感を感じたのか、片手で顔を覆い……。
『はいはーい。みんなやっほー。ハイレンだよー』
そんな、のんきな声がカグラの体から発せられていた。
ああ、俺にはわかる、あれは悪霊の類だ。
駄目神と名のつくな。
本来としての巫女で活躍するカグラ。
だが、それでも降りてくるのは駄目神の一人である。




