第577堀:のんびり異文化交流
のんびり異文化交流
Side:スタシア・フィンダール フィンダール帝国所属 第一王女
肌がピリピリする。
これは、相手の威圧に体が反応しているのだろう。
しかし、これほどまでの威圧を放ってくるものなど、そうそういるはずがないのだが、残念ながら、私は己の小ささを知らない小物だったようだ。
なぜなら……。
その威圧を放っているのは、私がかわいがっている、ヒイロだったのだから。
「いくよ。スタお姉」
その言葉と共に、いきなり目の前から消失するヒイロ。
いや、これでもかと言うぐらいの速度で地面を這うように飛び出してきたので、消失したように見えたのだ。
咄嗟に、回避は間に合わないと考えて、攻撃して足止めをするしかないと剣をヒイロめがけて振り下ろすが……。
ガキン!? ドゴン!?
「ぐっ!?」
ヒイロ愛用の大盾に剣が弾かれ、そのままタックルを食らってしまう。
が、ヒイロは元々小柄なため、大盾の重さを含めてもそこまでの衝撃にならず、すぐに体勢を立て直し、ヒイロの杖による攻撃を躱す。
「おー、スタお姉凄い。これ大体の人が体勢崩して躱せないのに、躱した」
「ふふ。褒められて光栄ですね」
そう笑って返すが正直な話、ヒイロの実力に驚いていた。
なんてでたらめな。
あのタックルも、もう少し重量があれば、私はヒイロの言う通り、体勢を立て直すことなく、あの杖の一撃を貰って昏倒していたでしょう。
あの小さな子にここまでの実力があるのだ。
となると、ユキ様も含めて、側近である成人している女性たちはヒイロ以上の実力を兼ね備えているのが当然。
……ウィードと戦いなど絶対してはいけない。
つい、アージュと同じように手ほどきをと思っていたのだが、これでは私が手ほどきを受けているようだ。
しかし、ヒイロには追撃の厳しさがないところや、今の会話からもそこまで実戦慣れしていないのが見て取れる。
そこを利用して、姉としての威厳を保とう。
そういう考えに至った私は、ヒイロに声をかける。
「ヒイロ。これから真っ向から打ち合いましょう」
「わかった」
そういうと、ヒイロは先ほどのように、矢のように向かってくることはなく、トコトコと私の正面に歩いてきて、杖と大盾を構える。
見た感じはかわいい。すごくかわいらしい。
だが、姉として、厳しくいかなくてはいけない。
私はそう心を鬼にして、同じように剣と盾を構えて、ヒイロの前に立つ。
「いくよー」
「きなさい」
そして、打ち合いが始まる。
一発一発がかなり重たい。
普通の連撃がだ。
大ぶりの一撃を貰えば盾ごと叩き伏せられると直感的に理解した。
だから、大ぶりは躱し、こっちは一発を狙わず手数で攻めるが、大盾を構えたヒイロは難なく私の剣を受け続ける。
スタミナも並ではないな。
……なるほど。だからですか、危機感がないのは。
実力伯仲する相手は身内だけ。
これでは、実戦の怖さを感じ取るのは至難だ。
強いことは悪いことではないですが、油断という致命的な弱点に繋がる。
だから、ユキ様はヒイロとの試合を認めてくれたのでしょう。
私ならヒイロに教えられると、判っていたからこそ。
……明らかにユキ様は王者の器だ。
今までのことを含めて、並大抵の器量ではない。
簡単に攻め滅ぼせるであろう私たちやハイデンにすら、友好の手を差し伸べ、共に繁栄を目指そうなどという大人物はこの大陸には存在しない。
と、そこはいいとして、だんだん単調になってきた。
ヒイロは攻めきれない私にいら立ちを覚えているのか、動きが読みやすくなってきた。
「そこっ!!」
「ふきゃっ!?」
そして、私は単調になりきったヒイロの動きを読んで、剣で一突きすると、コロンと後ろに転がった。
動きが単調になったおかげで、胸当てを的確に突くことができたので怪我をさせることもなかった。
「そこまで!! スタシア殿下の勝ちね」
「ヒイロは焦り過ぎですね」
そう言いながら、近づいてくるのは、ドレッサ殿とヴィリア殿。
2人もヒイロと同じような立場なので、おそらくはヒイロよりも強い。
つまり、魔術なしでの戦いならともかく、魔術ありだと手も足もでないだろう。
こんな少女たちがここまでの強さを持つ。
……ウィード恐るべしですね。
「むー。魔術が使えれば……」
「魔術なしでの勝負なのに、何言ってるのよ」
「そうですよ」
「むむむ。悔しい……」
そういってしょんぼりするヒイロ。
「よいことです。その悔しさがあるということは、勝ちたいという気持ちがある証拠です。今回のことで腐らず、何が駄目だったのかを学び、もっと強くなればいいのですよ」
「スタお姉……。うん、ヒイロ頑張る」
こう屈託もなく返事をしてくる姿は、まったく似ていないのに、あのアージュの姿に重なる。
アージュもこんな感じで、剣を私から学んでいましたね……。
そんなことを思い出していると、ジョージがこちらに駆け寄ってきました。
「お疲れ様です。姉上。ヒイロ殿」
そういって、タオルを渡してくる。
冷えたタオルだ。おそらく冷蔵庫にでも入れておいたのだろう。
メイドに持ってこさせず、自分で持ってくるあたり、ジョージの人柄が現れている。
まあ、ヒイロやドレッサ殿たちへの印象アップもあるのでしょうが。
「ありがとう」
「ジョージ殿下、ありがとうございます」
「いえいえ。我が剣バカ姉の我儘に付き合っていただいて申し訳ない」
ゲシッ。
「はうぁ!?」
ゴロンゴロン……。
はっ、いけない。つい無意識に、蹴ってしまった。
いや、あれは仕方がない。
いきなり姉の悪口をいう弟がいけないのだから。
そう、ヒイロや他の皆さんに私の悪い印象を植えようとした、悪逆非道の弟への躾だ。
「あ、姉上!? いきなりなに……」
「ジョージ。誰が剣バカ姉ですか?」
グイッと襟首をつかんで一気に引き起こし、私の眼前にジョージの顔を持ってくる。
「……いや、いくらヒイロ殿を可愛がっているからと言って、試合の申し込みなどどうかと思いますよ。結果を見れば勝ちですが、実際は辛勝です。汚い勝ち方ですよ。大人としてどうかと思いますね。姉の威厳を見せるとかそういうつもりだったのでしょうが、姉の威厳を落とすような勝ち方ですよ」
ぬぐっ。言うようになったな。
どう言い返したものかと、少し悩んでいると、クイッと服を引かれそっちをみると、ヒイロがいて。
「大丈夫。戦いは常にいろいろなことが起こるものってお兄がいってた。それを、スタお姉が教えてくれた。全然気にしてない。……というか、お兄の方がもっとすごい」
……ヒイロが特に不満を抱いていないとわかったのはいいことだが、ユキ様は一体どんな教育をしているのか、少し心配になった。
と、それはいい、まずはこのアホな弟の仕置きが先だ。
「と、このようにヒイロはしっかりこの試合の趣旨を理解しています。それなのに、ヒイロよりも大人であるジョージがそんなことを言うのはどうかと思いますね」
「……いや、反論できてなか……」
「よろしい。ヒイロと同様、私が訓練をつけてあげましょう。そうやって口を出すのです。訓練というものがどういうものか教えてほしいものですね」
にっこり笑ってそういうと、ジョージが震えあがりながら口を開く。
「……姉上。兜をとって表情を見せるようになったのはいいかと思いますが、今は笑顔をみせる場面ではないと思います、よ?」
「おや、姉の笑顔を見たいと言っていて、いざ見せればその言いざま。これは、今一度その性根を鍛えなおす必要がありそうですね」
私が鉄面皮となってから、あまり相手をしてあげなかったせいね。
女性を相手にするときのお世辞一つも言えない、無粋者に育っていたとは……。
父上にも一度ちゃんと話をしておこう。
この分ではジョージの妻になる女性が苦労する。
「……いや、姉上の結婚相手が一番苦労すると思いますよ? というか、姉上は相手がいないですし」
「よろしい。今のジョージは死になさい」
ダメだ。この弟は。
人の気持ちがわからない。これでは国を治めることなど不可能。
私がここは心を鬼にして、今の駄目ジョージを殺し、まっとうなジョージを育て上げるのだ。
そんなことをしていると、空から叫び声が聞こえてくる。
「きゃぁぁぁーーー!?」
ドズンッ!?
いきなり空から人が降ってきたが、その人物はよく見知った相手であった。
「ん? なにやってるのよ、カグラ」
そう、空から降ってきたのは、私たちと同じようにウィードと国交を開くために尽力しているハイデンのカミシロ公爵家の次女カグラ殿だった。
「あいたたた。いや、ドレッサ。デリーユさんたちの訓練に混ぜてもらったんだけど……」
「あー、なるほど。吹き飛ばされたわけね」
全員でそのカグラ殿の話に納得した。
ウィードでの訓練は見せてもらっているが、ユキ様の側室であるデリーユ殿は格闘体術の達人で、並大抵の実力ではない。
私も訓練を見せてもらったが、人間業ではないと思った。
なにせ、拳を振るうどころか、強い踏み込みだけで地面が陥没するのだ。
意味が分からない。いや、ある程度は身体強化をすればできないことはないが、あの規模はむりだ。
だからこそ、ヒイロとの手合わせになったのだ。
デリーユ殿と手合わせなどすれば、何もできないまま敗北するのは目にみえているから。
それは流石に我がフィンダールの沽券に係わる。
ヒイロとはあくまでも姉妹の遊びというので片が付くからやっていたのだ。
「しかし、なぜまたカグラ殿はデリーユ殿たちの訓練に参加を?」
そう質問をするのは、いつの間にか私の手から逃れていたジョージ。
ちっ、先ほどの隙に逃げていたか。
「あ、ジョージ殿下。それにスタシア殿下。これは失礼しました。参加理由ですが、同じ学生であるアマンダやエオイドが訓練していて、私が見ているだけというのは、魔術学院の者としてどうかと思いまして。幸い、外交官の仕事の一環でもありますし」
「なるほど。学ぶ者としても、外交官としても仲良くなるためにというわけですね」
「はい。ですが、こんな感じですぐに吹き飛ばされてしまいました……」
いや、あのデリーユ殿相手だから仕方ない。
というよりよく生きているな。
ああ、指輪の力のおかげか。
……しかし、外交官相手にここまでやるのはどうなんだろうか?
「いや、姉上もヒイロ殿に……」
「黙りなさい。今の訓練は異文化交流と姉妹の絆を深めるためのものです」
「私の方もそのようなものです。一緒に汗を流した方が、よりお互いの理解につながるかと思いまして」
「なるほど。それは理に叶っています。苦楽を共にするというのは連帯感をうみますからね」
そういう方向で、ウィードとの友好を目指すのね。
カグラ殿は立派に外交官として働いているのだと理解した。
そんな話をしているうちに、カグラ殿を吹き飛ばした張本人であるデリーユ殿が、アマンダ殿、エオイド殿を伴ってこっちに走ってきた。
「おお、いたいた。無事か、カグラ」
「……ええ。なんとか無事です。デリーユさん」
「よく無事だったわね。怪我とかない?」
「デリーユさん。ちゃんと手加減しないと、カグラさんはまだ訓練始めたばっかりなんですから」
「いやいや、カグラが思いのほか頑張るからのう。ちょっとな。と、そっちも訓練をしておったか、邪魔してしまったのう」
そういって、デリーユ殿が頭を下げて謝罪する。
豪快な女性ではあるが、ちゃんと礼儀を守る人であり、動き一つ一つが気品に溢れているとこから、おそらくはかなりの家の出だと思われる。
……それを聞き出すにはもうちょっと仲を深めてからでしょうね。
「いえ、お気になさらずに。既に訓練は終わっていましたので」
「そうか。んー? なるほど、ヒイロが少ししょんぼりしておるな。負けたか」
「……まけた」
「うんうん。そういう経験は必要じゃ。よくよく学んでおけ。お主らは、基本、妾たち相手だけで気が緩んでおるからな。この前のバイデ制圧も相応の実力者がおらんかったから、あまりいい経験とはいわないからのう。スタシア殿下。よろしければ、またこの子たちの手ほどきをお願いいたします」
「はい。私にとってもよい訓練になりますので、機会があれば何度でも」
「ありがとうございます。と、堅苦しい話はいいとして、訓練が終わっておるのなら。これから、みんなで商店街にでも行って食事でもせぬか?」
「おー、ヒイロいく!! お腹減った!! スタお姉も一緒にくるよね?」
そう可愛い顔で聞かれたら断る理由は存在しない。
ウィードと友好を深めるためでもある。
「ええ。私も同席させてもらいましょう。では、はい」
そういって、私はジョージに今まで使っていた訓練用の剣を渡す。
「はいって? なんで私に?」
「これは、訓練をして汗を流した者たちの席です。横で姉の悪口を言っていただけの弟を参加させるわけにはいきません」
「ちょっ!?」
「ですが、私も鬼ではありません。素振りを100回終えたら追いかけてきなさい。できますよね?」
「……はい」
流石にこの場で口答えをすることはなく、大人しく素振りを始めるジョージ。
「えっと、スタお姉よかったの?」
「ええ。いいのです」
私はそう笑顔で答えながら、ヒイロの手を握って商店街へと向かうのであった。
『なあ、姉上のことだが、前の方がよくなかったか?』
『殿下。私たちには答えかねます』
……風に乗ってそんな会話が聞こえる。
はぁ、素振りをあと100回追加ね。
こうやってスタシアはヒイロと仲良く、カグラはアマンダ、エオイドと仲良くなっている。
ちゃんと打算もあって働いている。
あと、もう少しで新大陸の次のお話になりますのでお待ちください。
当日改稿しました。
理由としましては……。
30日、7巻発売となっております。
コミカライズ化の情報もありますので、よろしくお願いします。
いや、普通に忘れてたわ。




