第540堀:久々の晩酌
久々の晩酌
Side:デリーユ
現在の時刻は、すでに深夜。
子供たちのいる、妾たちにとってはもう寝る時間。
ユキといちゃつく以外のメンバーはたいてい寝ている。
明日も明日で忙しいからのう。
「ふぅ……」
妾はそう息を吐いて、椅子に座る。
何というか、この夜の静けさが体に心地いい。
「あら、どうしたのデリーユ?」
「ん? なんじゃ、セラリア。起きておったのか」
目の前には、ウィードの女王であり、妾の友であり、同じ男を夫に持つセラリアが立っていた。
「ちょっとね。飲みたくなって」
セラリアはそういって、両手に持っている物を見せる。
グラスに酒瓶……。
「ウィスキーとは珍しいのう。ワイン派じゃと思ったが」
「別にどっちも飲むわよ。デリーユもどうかしら?」
「うむ。付き合おう」
そういうことで、飲み会というには静かな、深夜の雑談が始まる。
カランカラン……。
そんな音を立てて、セラリアが用意した氷がグラスに入り、そこにウィスキーが注がれる。
トクトク……と、小気味よい音が静かな部屋に響く。
「じゃ、乾杯」
「うむ。乾杯」
チンッ。
グラスを合わせて、そして飲む。
ウィスキー特有の酒精の強さが喉に広がる。
カッーーとくる。
「うっむ。効くのう……」
「無理して飲まなくていいのよ?」
「いや、無理はしておらんよ。最近、酒を控えておったから、ちょっと驚いただけじゃよ」
妾がそういうと、セラリアはウィスキーの入ったグラスを持って、見つめる。
「そうか。そうよね。こうやって飲むのは結構久しぶりよね」
「大体半月ぶりかのう……」
そう。
こうやって酒を飲むことが、久々なのじゃ。
「ユキが誘拐されたときは、本当にどうなるかと思ったけど……」
「本日の姫との謁見で大体問題は払拭されたのう」
「ええ。エリスやキルエの殺気も収まってきたわ」
「当初はセラリアも相当じゃったがな」
本日の謁見で、最後の不安要素も払拭されたといっていいじゃろう。
エリスとキルエは今日まで、誘拐の首謀者と話したことはなかったからのう。
……ユキが誘拐されて、ウィードに残されたメンバーは、当初心神喪失に近いショックを受けておった。
泣き崩れる者、怒りを露わにする者、いつもの姿からは想像もできないぐらいの状態じゃった。
「言わないでよ。デリーユだって、いつになく珍しいぐらい真面目だったじゃない」
「普段は、お主らに面倒事を任せておるからのう。こういう時に頑張らねば。一応最年長だしのう」
妾はセラリアの言う通り、ちょっと変わって、真面目になった。
皆の精神状態が不安定になる中で、妾がしっかりせねばと思った。
感情の赴くままにと言えば、聞こえはいいが、怒りや悲しみを原動力にすると、本質を見失うことが多い。
……妾がそうじゃったようにな。
「感謝してるわ。デリーユ」
「気にするな。前も言ったが、妾の二の舞にはなってほしくなかったからのう」
何もかもをぶち壊して、世界を……じゃなくて、ロガリ大陸を放浪する羽目になったからのう。
凝り固まった価値観と憎しみを持ったまま。
「……こういっては何だけど、デリーユがそういう経験をしていてよかったと思うわ。だって、私たちを諫めてくれたじゃない」
「うむ。妾としては、苦い経験じゃが、それを生かせたというのは、やはりあの時を生きたことにも意味があったのじゃろうな。ユキの言う通り、己次第というわけじゃ。しかし、大きかったのう。ユキの存在は」
「ええ。大きかったわ。ちょっと離れただけなのに、それがよくわかったわ。最近は色々任せてもらっているし、立派に夫の支えになっていると思っていたけど、まだまだね」
「今以上に、強くならねばな」
「デリーユはいいんじゃないかしら? 私たちをまとめてくれたでしょう?」
そういって、セラリアは不思議そうにしている。
「妾もまだまだじゃ。まあ、こういうことには終わりがない。というが、別に平気だったわけではないぞ? 夜なんぞ、ユーユにパパはどこ? と聞かれて、何も答えてやれず、涙しそうじゃったわ」
「……ああ、子供たちの純粋な質問には、心がえぐられたわ。自分の不甲斐なさがひしひしと感じられて。……サクラも連れていかれたし」
セラリアとラッツは実子のサクラとシャンスまで攫われたのじゃったな。
「しかし、よく耐えられたのう」
「ラッツが半狂乱になったのは見たでしょう? あのおかげで逆に冷静になれたのよ」
「ああ……そうじゃったな」
ラッツはユキたちと娘まで連れ去られたことで、泣き叫んでおったからな。
あのまま放っておけば自殺しかねない状況じゃった。
ラッツはユキにかなり依存しておるからな。
いや、妾たちもかなり依存しておるが、ラッツとあと2人は別格じゃからな。
「ラッツだけでよかったわ。ラビリスとミリーが残されてたら、どうなったことか……」
「あの2人も自殺しかねないからのう」
「ミリーに至っては妊娠中だったから、本当に危なかったわよ」
ショックによる早産。最悪、死産というのもあったじゃろう。
そうなれば、本当にミリーは自殺しておったかもな。
ユキとの子供を切望しておったし、念願の子供を失ってしまえばな。
「ま、おかげで、今後の課題も見えてきたし、結果としては良しでしょう」
「そうじゃな。被害は、DPが予定より多く損失したことと、仕事が忙しくなったことぐらいじゃからな」
「このまま、デリーユは新大陸での夫のサポートよろしくね。ジェシカ、クリーナ、サマンサはイフ大陸の方で忙しいから」
「うむ。任されよう。しかし、3人を迎え入れておいて正解じゃったな」
「ええ。あの3人がいなければ今頃、もっと仕事地獄よ」
「今までのことを考えると、今後、新大陸の方での縁は必要不可欠じゃのう」
「夫は嫌がるでしょうけどね」
「妾たちとて、好き好んで、ユキを差し出しているわけではないのじゃがな」
「まあね。夫が言うように、のんびりと、後宮でイチャイチャして、子供産んで育てるだけが仕事だったらどれだけよかったか……」
「それを目指すためにも、今を乗り切らねばな。幸い、ユキの精力などはルナにサポートを貰っておるし、老いる心配はない。そこだけはありがたいのう」
「ええ。そのためにも、今回の事で見えてきた問題をしっかりクリアしていきましょう。同じことで慌てるのは、怠慢の証よ。それこそ、夫に愛想つかされるわ」
「じゃな。もっと冷静に動くためにも、妾たちでしっかり問題が起こった時のマニュアルを作る必要があるな。またユキが誘拐されたり……最悪死んだ時の為にのう」
「……そんな時のことは考えたくはないけど、その時は、暴走して無意味な被害を広げる可能性もあるから、絶対に作っておかないといけないわね」
「うむ。あと、ユキに依存しすぎるメンバーの隔離、監視じゃな。ユキの後追いで死んでしまっては困る」
「そうね。子供たちもいるのだから、悲惨な家族の葬式の連続なんてやりたくないわ」
「あとは……と、やめよう。今は久々に飲むんじゃった」
気が付けば、グラスの氷は解けて、酒は限りなく薄くなっていた。
「……そうだったわね。はぁ、仕事に追われてるわねー」
そうお互いに苦笑いして、グラスに氷を入れなおして、ウィスキーを再び注ぎ、それを飲む。
「ふぅ。ああ、雑談になるが、前にラッツやミリーから聞いた話なんだが……」
「なにかしら?」
「今となっては、妾たちにとってユキの肉奴隷というのは、理想の職業じゃないか? と言っておったな」
「そうねー。夫に仕事を任せて、私たちは夫の相手をするだけ。天国ね。ルルアとか、最近、元々自分は肉奴隷って約束じゃなかったっけ? って言い出すのよね」
「そういえば、ルルアはそんな話でこのウィードに来たんだったか?」
「私がエルジュと一緒に出払ってる……じゃなくて、ロシュールに戻ってる時のことね。奴隷たち、今のエリスたちを迎え入れてすぐぐらいの話よ。ルルアの処遇もエリスたちが決めたはずよ。夫がルルアに対して、肉奴隷になれとか言うわけないし」
「じゃな。しかし……クックック、その時から、エリスたちは今のような仕事をしておったわけか。いや、ユキは人使いが荒いのう。妾も、捕まった後はすぐ予算の計算に回された記憶がある」
「十分、報いてくれてるけどね。まあ、正直、私も仕事がここまで忙しくなるとは思わなかったわ」
「気が付けば、神の使徒じゃからな」
「そうよねー。最初はただ、安全に暮らすためにこのウィードを認めてほしいって話だったのに。私が嫁入りして半年もしないうちに、気が付けば、小さいけど立派な独立国家よ? しかも、なぜか私が女王になってるし」
「ユキとしては、よい隠れ蓑じゃからな」
「最初は夫を監視するつもりで来たのに、気が付けばいいように使われているのよねー」
そう不満を漏らしつつも、セラリアの顔は笑顔だ。
「セリフの割には顔が笑っておるぞ」
「あら、駄目ね。でも、夫と一緒だとあきないわ。充実しているって言うのかしらね?」
「充実か。そうかもしれんのう。よく働いて、よく遊んで、よく愛し合って、幸せじゃな」
「ええ。とても幸せ。それを今回の事で再認識したわ。それを維持するためにも、新大陸の件は片づけないとね」
「ま、あとは、バイデの会議とウィードでの会議がどうまとまるかじゃな」
「まずは、ウィードとフィンダールの会議。こっちはそこまで問題はないでしょう。最初からこっちが首根っこ押さえつけているし、ジョージン殿はどう見ても、立派な将軍よ。あの人がいて、不味い方向に転がるわけがないわ。正直、ウィードに欲しいぐらい」
「あの御仁はなかなか凄いのう。もう隠居していてもおかしくない歳じゃが、よくつとめておるな。歴史が浅い、ウィードにはああいう歴戦の勇士は欲しいのう」
「とはいえ、あそこまで祖国に勤めて、異名までもつ、王家からの信頼厚い人物が鞍替えするわけないわよねー」
「じゃな」
こういう人材関係は、新たに発掘するか、育てるしかないのが、ウィードのつらいところじゃな。
他国を攻め落とすならば、その国の人材を吸収できるが、ウィードはあくまでも友好を結ぶ方針じゃからな。
というか、統治で死ぬ。
今のメンバーだけだと。
「下手に引き抜けば、各国がウィードに不信感を持つし、分け与える領土なんてないからね」
「建前上は小さい街と穀倉地帯、ダンジョンがある国みたいなもんじゃからな」
「実際は戦力的には、夫の地球の兵器群に、ザーギスたちやナールジアの魔力、魔術と機械を融合した、機魔兵器も作っているから、今のところ、連合全部を相手にしても勝てるけどね」
「後始末が大変すぎるから、妾は絶対に戦争反対じゃがな」
「私もよ。と、思い出した。雑談だから聞き流してもらって構わないんだけど」
「なんじゃ?」
妾が聞き返すと、セラリアは一気にロックを飲み干し、こっちを真剣にみていう。
「ふぅ。今回の事件を鑑みて、今後ゲートが使えないことも考慮して、すぐに救出に行けるように、地球の航空戦力を主軸に、空軍と軍空港設立。それに、地理の把握のために、衛星軌道上に人工衛星を打ち上げたいから、ウィード宇宙開発部門を作りたいと思うのよ。どう思うかしら?」
と、なかなか凄いことを言い出した。
しかし、理由は尤もじゃな。
今回はたまたま連絡が付いたし、ゲートが使えただけじゃ。
次があるとは思えんが、万が一、魔力関係が封鎖されている地域に飛ばされれば、文字通り行方不明じゃ。
それは絶対に避けなくてはいけない。
人工衛星があれば、人工衛星をつかった連絡システムもつくれるじゃろう。
ま、概念を知ってるだけで、システムの仕組みなんぞさっぱりわからんが。
「話は分かったが、妾たちは空軍にしても宇宙開発にしてもさっぱりじゃぞ? そこらへんはどうするんじゃ? というか、妾たちは新大陸と、大陸間交流で手一杯じゃろう?」
「そこは、魔力研究メンバーを航空、宇宙開発に回せばいいのよ。今の最優先事項は仲間が欠けることを絶対阻止すること」
「なるほどな。ザーギスたちにか、妾は特に問題はないと思うぞ」
「そう。なら、明日の会議で話してみましょう。予算については、試算してからじゃないとなんとも言えないけどね」
ということで、こっそり、深夜にこのアロウリトで宇宙進出の話が出てきたのであった。
ようやくある程度落ち着いた、ウィードでお仕事メンバー。
セラリアとデリーユはウィードの柱となっております。
そして、航空戦力、及び宇宙開発への意欲を見せるセラリア。
今後どうなっていくのかはお楽しみに。




