第295堀:表は穏やか
表は穏やか
Side:ミリー
『ミリーと霧華は細かい情報を王都で引き続き集めてくれ。俺たちはポープリとララに連絡を取る』
「「はい」」
私たちはそう返事をして、コールを切る。
後の細かいことはユキさんたちがやってくれる。
何かあれば連絡があるだろうし、今は情報収集に徹するべきね。
「うーん。久々に、本業に近い仕事ね」
私はそう言って、体を伸ばす。
「そうなのですか?」
霧華は不思議そうに、こちらを見ている。
「ええ。私がギルドで受付嬢をしていたのは知っているわよね?」
「はい」
「で、それ以前は私も軽く冒険者やっていたのよ。まあ、色々あって早いうちにギルドに就職しちゃったんだけどね。ランクもトーリやリエルとは違ってそこまで高くはないわ」
「冒険者だったのですか」
「ええ、そして私はスカウト。偵察専門みたいなものよ」
そう言って、ナイフを両手で持ち、即座に投げて家の柱に突き刺さる。
「お見事です。ショートソードでの二刀流といい。スピード主体だとは思いましたが、忍者に近いですね」
「あー、そうかもね。と、いけない」
私はあわてて、刺さったナイフを抜き、家の柱を確認する。
「うっわー。思ったより深く刺しちゃった」
「いえ、それぐらい刺さらないと、致命傷にならないのでは?」
「そっちじゃないわ。ここは拠点にする場所だから、傷物にしても意味ないでしょう?」
「ああ。そうですね。あとで木屑でも詰め込んでおきますか?」
「そうね。みんなも来ることになるだろうから、適当にポスターでも張ってごまかしておきましょう」
そう、既に私たちは、金に物を言わせて、拠点を確保していたのだ。
お金なんて、いままでの騒動や宝探しでたんまりあるし、一軒家ぐらい安いものである。
ちゃんと、必要経費として書類出さないと、エリスに怒られるけど。
「しかし、この家でよかったのでしょうか? みんなが入るには少々狭いのでは?」
「いいのよ。わざとこれを選んだんだから」
「理由を聞いても?」
「んー、私たちは情報収集で目立たないように行動しているわよね?」
「はい」
「私たちは2人でこの王都にやってきたということになっているから、女2人が住むにはこの一軒家だって、かなりの買い物よ。これで貴族が住むようなお屋敷を買えば変な注目をあびるから、この普通の値段の一般的な家を購入したのよ。ほら、物件を紹介してくれた人も、私たちが一括払いした時、驚いていたでしょう?」
「確かに」
「一般的な家の代金を一括払いしただけでそれだから、貴族宅なんてぞっとするわね。あと、中は全員が過ごすのには狭いけど、どうせダンジョンと繋がっているから、ここが大きい必要性は無いのよ。小さいほうが警備もしやすいからね」
「なるほど」
そんな話をしながら、とりあえず、私と霧華で家の様子を見ていく。
玄関、リビング、キッチン……というのはあれだけど炊事場、お風呂は無し、あと倉庫。
2階建ての方が部屋数は多いのだけれど、流石に2階建ての家なんて悪目立ちするのでやめた。
「思ったよりも、汚れていませんね」
「そうね。前の住人が引っ越してそんなに時間は経っていないって言っていたし、そこら辺はありがたいわね」
この家を紹介してくれた商人曰く、退役を機に田舎でのんびり余生を過ごすと言っていた兵士の家だったらしい。
奥さんの故郷へ帰って畑仕事を始めるとか……。
個人的には羨ましい話よね。
私たちも、いつかユキさんと、一日中のんびり一緒に毎日を過ごせるようになればいいのだけれど。
「さて、掃除にそこまで時間はかかりそうにないわね。さっさと、掃除して、情報集めの方針でも決めましょう」
「はい」
そうとなれば、話は早い。
私もユキさんたちと暮らす前は、街のギルド職員で朝は掃除をしてから毎日を迎えていたし、女だから、いつ結婚しても大丈夫なように、そこら辺の知識は母からちゃんと教えられている。
というか、覚え込まされた。
お互い、バケツに水を魔術で入れて、軽く雑巾がけをする。
これが2階建てとかなら、部屋数が多いのでリビングだけとかになるのだが、1階だけなので1時間もしないうちに終わる。
「さて、掃除もあらかた終わったし。情報集めの話ね」
「そうですね。しかし、どういう方針でいくのですか?」
私と霧華はテーブルをはさみ、椅子に座って、お茶を飲みながら話す。
こういう時は、焦らず、ゆっくり考えるのがいいってユキさんのやり方なのよね。
私としても、このやり方に賛成だ。
特に差し迫った危険はないのだから。
「まず、方針の前に、私たちが集めるべき情報の種類をちゃんと整理しましょう」
そう言って、テーブルの上にコピー用紙を置いてペンで書きこんでいく。
「1つは、この国の情勢について。これは主に、争いの種がないかとか、危ない場所は無いかとか、どこが安全だとか、何が名産だとか、まあ噂話とかそんなレベルね。まあ、ユキさんからの連絡によると、色々問題が起こっているみたいだけど、それとは別件で、私たちが巻き込まれそうな厄介ごとがないか調べるためね。周りの国からの情報と、国の中からの情報で差異がどれだけあるかを調べるってことね」
ひょんなことから、聖剣や魔力枯渇問題につながる情報があるかわからないし。
こういう細かい情報収集は必要だ。
「2つ目は、さっきユキさんから連絡がきた、このアグウストへ攻めてきた小国の情報ね。兵舎の方、お国の中枢部から調べるのは、ユキさんたちがお姫様たちと知り合いだから、問題ないでしょう。私たちは一般からね」
「一般ですか?」
「そう一般。この騒動で、逃げ込んでくる人たちがいるはず。というか、王様が直々に避難誘導を呼び掛けているみたいだし、既に避難してきている人たちがいるはず。その人たちからの話を聞いて、ユキさんたちのお国の中枢からの情報と差異がないか、多角的に調べるの」
「では、優先順位的に、2つ目が先で、1つ目は後回しということでいいのでしょうか?」
「そうね。1つ目に関しては一日二日でどうにかなる話じゃないし、今はこの国に攻めてきている敵の情報が欲しいわ。特に、魔剣とエンチャントの杖を大量に持っているって話だし……」
「主様が懸念されていた、残された聖剣や魔剣。そして、それを作り出した相手が別にいるかもしれないという話ですね」
「その通り。私たちウィードの経済力、技術力があれば、あの程度の魔剣はすぐに量産できるわ。でも、この新大陸は違う。私たちにとっては、ただのエンチャントの剣が魔剣と呼ばれている。それだけ数が少ないってこと。つまり、生産体制もないわけ」
「ただ単に、大量に魔剣やエンチャントの杖が見つかったということでは?」
「その可能性もあるわね。そこら辺の情報も集めるのも必要ね。ということで、大体の方針もまとまったし、まずは門の方へ行ってみましょうか。難民が逃げ込んでいるかもしれないし、うまくいけば情報が集められるわ」
「はい。そうしましょう」
私と霧華はそう言って、情報集めに外へでる。
今のところ、王都は何も問題ないように見える。
しかし、ローデイと同じで、スティーブたち、魔物を使った情報収集ができないのは痛いわね。
人海戦術ならぬ、魔物海戦術が使えないわ。
そんなことを考えながら、兵舎がある方向の門へと足を進めながら、周りの話声に耳を傾ける。
「今、あっちの八百屋で安売りしているわよ」
「あー、今日も働いたー」
「昨日、家の猫が子供を産んだのよ」
「よし、あっちの広場まで競走だ」
「「「うおー」」」
耳に入る話声に不安の声はない。
ただ日常を謳歌する人々の声だ。
生活水準はウィードには及ばないが、概ね平和だ。
下水の概念がないから、1つ路地に入れば糞尿の香りで満載なのはいただけないが。
ああ、今日は家に帰ったら念入りに体を洗おう。
匂いが付いてユキさんに臭いとか言われたら、泣いちゃう。
「今のところ、何も問題はないようですね」
「そうね。普通の日常みたい」
でも、日常というのは、あっという間に崩れるもの。
それは私が身を持って体験した。
気が付けば、家どころか、街が焼け落ち、家族はバラバラになり、勇敢に理不尽な暴力に立ち向かった弟は帰らぬ人となった。
泣いても喚いても、何も変わらなかった。
ただ、自分の首につけられた首輪があった。
……普通に日々を過ごす人たちは争いなんて望んでいない。
上の人たちがかってに色々な利権争いをして、その果てに、私たちを巻き込んでいるに過ぎない……。
「……大丈夫ですか?」
気が付けば、霧華が私の顔を覗き込んでいた。
「え?」
「いえ、呼びかけてもミリー様の反応がないもので……」
「あ、ごめんね。ちょっと嫌な事思い出しちゃって」
あちゃー、またやっちゃったか。
エリスによく注意されているのよね。
『気持ちはわかるけど、もうちょっと冷静になりなさい。ユキさんは優しいから、そういう気持ちを捨てろなんて言わないけど、それが足を引っ張る結果になるのなら、私はそういう気持ちは捨てるべきだと思うわ。そんなことなんて言わないけど、それで今の幸せが崩れるのは馬鹿らしいわ』
ええ。
エリスの言う通りだと思う。
きっと、私は今の幸せが崩れたら発狂すると思う。
それだけ失いたくないものが増えた。
あれだけ失ったのに、全部失くしたと思ったのに、カヤと同じように残っているモノがあったし、増えたものもある。
私は今、幸せなんだ。
落ち着こう。
きっと、私は今怖い顔をしている。
子供たちにこんな顔は見せられない。
……あんなことが起こらないよう、ユキさんを支えていくって決めたんだから。
幸せになって、あの時、身を挺して弟が守ってくれたことが誇れるように。
「嫌な事ですか。どうします? 今日は一旦戻りましょうか?」
「大丈夫よ。こんな馬鹿らしいことで、お仕事を休むことはないわ。ほら、門も見えてきた」
気持ちを切り替えて、しっかり仕事をしよう。
視界にはいる門は特に混雑もしていない。
のんびり、荷物を載せた馬車だとか、荷物を担いだ旅人みたいな人たちが衛兵と軽く話をして、料金を払って街に入る。
「まだ、そんなに大きい動きは見られませんね」
「そうね。もうちょっと近づいてみましょう。丁度、門の入り口近くに食堂があるみたいだし、そこで聞きましょう」
「そうですね」
私たちは門の近くにある、食堂に足を運ぶ。
見た感じは、大衆食堂みたいな感じで、外にもテーブルや椅子をだしていて、おそらく外へ出るお仕事をしている人たちや、衛兵、旅人を狙った感じかな?
街の人たちを狙うなら、門の近くじゃなくて、商店が集まるところとか、居住場所近くがいいもの。
「いらっしゃいませ!! 何にしますか?」
私たちが席に着くのを見て、すぐにお店の人が話しかけてくる。
因みに、水源は豊富なのか、普通に木のコップに水が入れられて出される。
しかしながら、羊皮紙が主流の文明で、メニュー表という便利なものは存在しない。
外のテーブルに座った私たちからは見にくいが、店の中の木札に料理名が書かれて吊るされている。
「えーと……何にしましょうか?」
「そうねー。ごめんなさい。私たち初めて王都にきたのよ。何かおすすめの料理ってあるかしら? 少し高くてもいいわ」
「そうですねー。このお店は見ての通り、一般の人向けですから、そこまで高い料理はないですけど……。そうだ、パンに色々なものを挟んだのが名物ですね。お値段も手ごろで、一応、街の人たちも買っていくんですよ」
「じゃ、それを2人分お願いするわ」
「はい。少々お待ちください」
そう言って、店員であろう少女は中へ戻っていく。
「なかなか可愛らしい子でしたね。まあ、アスリン姉様やフィーリア姉様には及びませんが」
「比べる基準が間違っているわよ。でも、大丈夫かしら? 結構、荒くれも集まっているようだけど……」
門の入り口に店を構えているだけあって、客層は旅人や傭兵であろうといった、身なりの怪しい人物が目立つ。
あんな少女は、舐められて、食事代とかを踏み倒されそうだ。
「はっはっはっ、その心配はねーよ」
不意にそんな声が聞こえた。
丁度、隣のテーブルからだ。
其方に顔をむけると、大剣を背負った男がいた。
「あの嬢ちゃんはテレス・ハウゼンって言って、このハウゼン食堂の主の娘なんだよ」
「ハウゼンって家名があるの?」
「ん? ハウゼンを知らねーのか?」
「このアグウストの王都に来たのは初めてだからね」
「そうか、身なりからしていいところの娘さんかとおもったが……。よくよく見れば同業者か。武器といい、体つきといい」
「変な目で見たら殺すわよ」
「おおこえー。並の殺気じゃねーな。ま、よその国から来たのならしらねーわな。じゃ、ラライナって名前に聞き覚えは?」
「それは、確か、この国の魔剣使いだったかしら?」
「そうだ。そしてフルネームをラライナ・ハウゼンっていってな。この店の娘で、テレス嬢ちゃんの姉だ」
「へえ」
「今、この店を経営しているのは、2人の親父さんでな。今では現役を退いているが、昔は近衛の隊長を務めていた実力者だ。それでいて、権力で威張り散らさない気持ちのいい人でな。こうやって、今では旅人や傭兵相手の食堂をやっているってわけよ」
「変わり者ね」
「だな。変わり者なのは同意だ。まあ、おかげで、俺たちは乱闘騒ぎもない、うまい飯に、ありつけるってわけだ。で、テレス嬢ちゃんに手を出そうなら……」
「お父さんが出てきてってことね」
「ああ。でもな、親や姉がああだから、実はテレス嬢ちゃんも腕っぷしはすごくてな、この間なんか……」
男が話を続けようとした瞬間、目の前に凄い勢いで、サンドイッチらしきものが乗ったお皿が置かれる。
木の皿でよかった。
あの勢いだと、陶器なら割れていた。
「モメントさん!! お客さんに変な事言わないでください!! もう、女性のお客さんが珍しく寄り付いてくれたのに、来なくなったらどうするんですか!!」
そう言われて、私と霧華で店を見回すと、確かに女性客はいない。
……まあ、物騒なメンツが多いこの店に新規の、それも女性客はなかなか来ないでしょうね。
「いや、いつものおばちゃんや、子供たちは食べに来るだろう?」
「それは、私が必死に宣伝した結果です!! 外から来た女性のお客さんはたいてい奥のお店で食べるんですよ」
そりゃ、そうでしょう。
「と、すみません。どうぞ、サンドイッチっていうんです。食べてみてください」
「あ、うん。ありがとう」
「いただきます」
そして、サンドイッチを食べる。
……うん。パンはウィードに比べて硬いけど、しっかりサンドイッチだ。
まあ、フランクフルトみたいに、棒長のパンに切れ目を入れて、具を入れるタイプだけど。
「うん。美味しいわ。これなら、毎日ここで食事しようかしら」
「そうですね。それがいいかもしれません」
「ありがとうございます!!」
ドッペルの体でも栄養補給は必要だし、家で自炊するのはめんどくさい。
だって、コンロとかIH機器とかないから。
「えーと、お客さんのお名前聞いてもいいですか? あの、これからご贔屓にしてくれるみたいだし……」
「あ、ごめんなさい。私はミリー。モメントさんもよろしく。ちょっとした観光でこの彼女と来たのよ、名前は……」
「霧華と言います。よろしくお願いします」
「私はモメントさんが言った通り、このハウゼン食堂の看板娘をやっているテレスっていいます。これからよろしくお願いします」
「おう、よろしくな。同業者として頼ってくれて良いぜ?」
「私と一晩なんて言っても応じないわよ。もう結婚しているから、その人一筋なの。霧華は……」
「遠慮しておきます」
「マジか!! ちくしょう!!」
「ええっ、結婚しているのに傭兵やっているんですか!?」
「まあね。色々事情があるのよ」
しかし、このモメントって男、かなり凄腕ね。
周りの人が彼の言葉に耳を傾けている。
彼なりの、私たちへのフォローなのだろう。
女性だから侮られやすい。だから自分という、モメント自身がこうやって繋がりをみせることで、変なちょっかいを減らそうとしてくれているみたいね。
モメントさんが動く前までは、私たちに集まっていたいやらしい視線が途切れたし、まず間違いなく、これを狙って動いたのでしょう。
なら、私たちも遠慮なく、頼らせてもらおう。
コトン。
「あれ、もうお勘定ですか?」
「いいえ。モメントさん、この銀貨1枚で情報を買えないかしら?」
「ん? 銀貨1枚相当の情報なんておれは知らないぞ? ほかの情報屋のほうがよくないか?」
「この街に来たのは初めてって言ったでしょう。とりあえず、テレスちゃんの紹介もあってしっかりしているし、自分のメンツも潰したくないでしょう?」
「……そう言うところはきっちり押さえてくるな。で、何の情報が欲しいんだ? 本当に銀貨1枚相当の情報はしらないぜ?」
冒険者、いえ、こっちでは傭兵か、その中で一番大事なのは情報だ。
どこに稼げる話が、危険な事があるか、それを知ることで自分たちが生きてお金を手にすることにつながる。
例えば、1回の冒険でお金持ちになるとしても、死亡率100%なんてところにはいきたくない。
それなら、ほかの危険の少ない仕事をしてコツコツと貯める方がいい。
極端な例をだしたが、こういう初めての場所では、信頼できそうな相手にお金を支払って、簡単にどこら辺が危険かを探るのが一番手っ取り早い。
情報の売り買いというのは、一見簡単そうだが、信頼のできない相手の情報は誰も買わない。
そして、情報を売る方も、一度の失敗で誰にも信頼してもらえなくなる可能性もある。
だから、テレスちゃんと仲のよさそうな男から話を聞くことにしたのだ。
嘘をつくには場所が悪すぎる。テレスちゃん以外の目もあるし、下手なことを言えば今まで培ってきた傭兵としての信頼が崩れ落ちることになるから。
そこを狙って、私はこの質問をする。
「別に大層な情報が欲しいわけじゃないのよ。夫と合流したら、アグウスト国内を見て回ろうと思うの。そこで名所や危険な場所があれば教えてほしいって話」
そう。
私たちが一番集めたい情報だ。
まずはモメントさんから聞き出して、それをもとに色々情報を集めてみるとしましょう。
ミリーと霧華コンビ、王都で情報収集を開始!!
さあ、次はユキたちの会議だ。
どういう手で動くかな。




