第1154堀:世界の醜い所
※グロイ表現がありますのでご注意ください。
世界の醜い所
Side:ユキ
奴隷
奴隷とは、人でありながら所有の客体、即ち所有物とされる者をいう。
人としての名誉、権利・自由を認められず、人の所有物として取り扱われる人。
これが某有名なネット百科事典に乗っている一文である。
そしてこれを許容する社会制度を奴隷制という。
まあ、そんな制度は地球では1948年に国連で採択された世界人権宣言で、否定されている。
第4条だっけか?
そのことを逆に言えば、地球においても奴隷は必要とされ、奴隷制が存在していたという事実だ。
そう、社会構造的に必要で、当然の一部階級だったわけだ。
その奴隷という存在は、よくある物語に語られる悲惨な立場というのはもちろん稀などとは言わないが、実際には村やその一家といったコミュニティーが生き延びるための売買の一つであり、セーフティーネットとしての側面をも持つものだ。
つまり相応の対価をもって買われたのだから、その価値相応に扱われるということだ。
しかしながら、例外もたくさんいる。その代表が非合法の奴隷だ。
非合法だから正当な扱いを受けることもまたない。
こっちが現代社会で一般に認識されている「奴隷」というものだろう。
昔の、いや今のウィードで行われている「奴隷」取引はどちらかというと日本におけるハローワークのようなものだ。
だからこそ、安心して知り合いのアスの商店にやってきたのだが……。
「早く病院に行って医者を呼んで来い! それと冒険者ギルドに回復術師の派遣依頼を出せ! 話は通しているからよこしてくれるはずだ!」
なにやら店の前で店員に怒鳴り声をあげているのはその奴隷商人のアスだった。
どうやらかなり焦っているようだ。
医者に回復術師となると結構なケガ人が出たってことだろうが、彼の周りにはそんな人物は見当たらない。
とりあえず、話を聞いてみるか。
「忙しいみたいだな。アス」
「すみません。お客様いまは急ぎで……ってユキ様!?」
「とりあえず、ケガ人はどこだ? 俺たちである程度繋ぎをできるだろう。最悪ルルアを呼んでもいい」
さすがに程度によるが、まあ大概は我が家の聖女様を呼べば何とか死なずに済むだろう。
「ともかく、今はけが人の所へ案内してくれ」
「は、はい!」
アスは驚きつつも俺に無駄な挨拶やら平伏をしたりなんてバカなことはしない。
既に知った仲というやつだ。
即座に俺たちを案内し始める。
もちろん部下への指示はちゃんと済ませている。
「で、何があった? 商売の道すがら盗賊の襲撃でも受けたか?」
俺は案内される間に何があったのかを聞きだす。
アスは奴隷も扱ってはいるが、元々普通の商人として一般的な交易品を商っている。
というより、ウィードの公認商人として販売利益がなかなか出ないような村々へのそういった普通の品々の販売も依頼している。
ウィードによるゲート技術が広まったことにより、逆に行商が村々にはなかなか行かなくなったのだ。
まあ、ゼロになったわけではないがその数は大きく減った。
なにせ、下手にどこかの村に行くよりもウィードにやってきた別大陸の商人あいてに商売した方がいいからだ。
しかし、そうなると村々の方は行商人が来なくなって外から物が入ってこなくなり立ち行かなくなる。
場所によっては塩などの生きていくうえで絶対必要な物資も行商に頼っているところも結構あるので、そういった村々が無くなる可能性がでているわけだ。
それもまた自然の淘汰だという考え方も無きにしも非ずだが、ウィードのせいでといわれるのも問題なので、各大陸の大国にはこういう村々へのサポートを忘れないようにと念を押してある。
新たな観光地や特産品が生まれる可能性もあるし、それ以上にそこが魔力枯渇現象に関して何かかかわりがあったり、村々が寂れることで悪化につながる可能性もある。
なので、アスにも骨を折ってもらってそういった行商もしてもらっている。
そのためにウィード公認の商人として便宜を図っているが、この大陸では魔物や野盗が横行する世界。
一応、各国が安定したことによって巡回する兵士が増えて主要街道の安全性は高くなってきたが、さすがに各村々へと繋がる細々とした道はまだまだというわけだ。
だから、アスのところでひどいケガ人が出たっていうのは村に行商に行ったのが原因だと思ったわけだ。
それで依頼した俺が何もしないのもあれだろう。
で、それに対するアスの答えだが……。
「はい。いいえ。確かに盗賊の襲撃は受けたのですが、それについてはウィード派遣の冒険者が護衛についてもらっているので問題なかったのですが、その盗賊が抱えていた非合法の奴隷を保護しまして」
「そっちか……」
「はい。かなり酷い状態です。普通であればもう死んでいたはずですが幸い冒険者の中に回復術師がいたのでかろうじて生きながらえています」
「どこの盗賊集団だ?」
「そこはよくわかっていません。奴隷の命を最優先としたので。それでも盗賊の遺体や荷物は検分できるようにこちらに運び、今はゲート前の方で待機してもらっています」
「わかった。急ごう。みんなもいいな?」
「「「はい」」」
ラビリスたちも緊急事態だというのは分かっているようで即座に駆け出してゆく。
ゲートには緊急の回復術師に医者もいるが、それだけじゃ不可能とアスは判断したわけだ。
一体どれだけのケガだよと思いつつ、ゲートに到着すると、ウィードの外からのゲート前には黒山の人だかりができている。
「要請は!」
「今病院に連絡を取っている。商会長アス様も直接依頼にいっているからもうすぐくる!」
「軍司令部にもウナ電を打て、向こうのほうが動きはいいはずだ!」
「了解!」
なんともまあ、ゲートを警備しているゴブリン軍部メンバーも集まって総勢で対処をしている状態だ。
しかし、その軍部までもが慌てるほどのケガ人となるとかなりまずいな。
俺たちはそのまま人だかりの中へと向かっていく。
「回復術師を連れてきました!」
アスがそういったのを聞いて自然と視線が集まって人が道を開ける。
まあ、俺たちの姿を見て訝しむ人も確かにいるが、それよりもうずくまって吐いている人もあちこちで見受けられる。
おいおい。どれだけグロいんだよ。
「こちらに……ユキ様!?」
「おう。たまたまアスと会ってな。俺が診ている間にルルアとエルジュも呼べ。周りの惨状を見るに余程ひどいみたいだから」
「了解。連絡を取ります!」
「待ちなさい。それは私からするわ。直通の方がいいでしょう?」
「そうだな。ラビリス頼む。お前たちは吐いている連中を集めて別な場所に移せ。それとテントを設置してケガ人の治療場所を確保」
「「「はっ!」」」
俺はそのまま騒ぎの真ん中に行くと……。
「ちっ」
「ひどいです」
「ふん」
「「「……」」」
思わず俺は舌打ちして、シェーラが口を覆い、ドレッサはものすごく腹立たし気に、アスリンたちは固まったまま何も言えなかった。
何せそこには、おそらく女性だとは思うが、髪の毛は半分以上頭皮から無理やり引きちぎられて、右腕はなく、左腕はあちこちありえない方向に折れ曲がっていて指先も同様。
右足は太股より先がなくなっていて、左足は付け根からきれいさっぱり。
両胸も鋭利な刃物でスパッと切られたのではなく、よほど汚い刃物で無理やり切られたのか一応の止血はされているもののグジャグジャのひどい切り口を見せている。
腹部には何か所もの刺し傷があり、顔は鼻は落とされて、左目は喪失、右目も瞼が腫れて眼球が存在しているのかどうかすらわからない。
簡潔に言うとまだ死んでいないことの方が不思議なくらいひどい拷問を受けたようだ。
「待っててね。もうすぐ、もうすぐ、ちゃんとした回復術師が来るからね!」
そう言いながらそのケガ人を治療しているのは女性の冒険者で、もう呼吸をしているかどうかすら怪しいその人に必死に呼びかけながらなんとか死なないようにと頑張っている。
ここまでくると生かしつづけること自体が拷問になりかねないが……。
それでもウィードに連れてきたということは戻れば治療できると踏んだからだろう。
「君、どいてくれ。かわろう」
「え? あ、ユキ様!? そしてドレッサちゃんたちも!」
おや、どうやら俺のことを知っている冒険者のようだ。
「お願いします! 私じゃ治療できなくて。ここまでもたせるのが精いっぱいで……」
「任せなさい。私のユキなら一発よ。知っているでしょう?」
「ええ。知っているわ。だからお願いします!」
「おう」
下手に回復魔術を止めるとそのとたん死んでしまうような状況だ。
余程しっかりとこの回復魔術師は人体について学んできたんだろうとわかるが、そんな掛け合いをしている暇はない。
文字通り一分一秒が命に拘わる。
ここは、俺が一気にやるしかない。
体内異物や毒物も考慮して、最大出力でやるべきだな。
ブワッ。
しかし、なんで高出力の魔術を使おうとすると風が巻き起こるのかね?
こればかりはなんとも不思議だが魔力が活発化したことで必然的に自然現象を引き起こしているって説が濃厚だ。
と、そんなことはいいとして一々魔術の名前を叫ばなくても発動だ。
これも未だに残ってしまっている一条の淡い緑色の光がケガ人に降り注いだかと思うと、失われた手足などが生えてきて、折れていた腕や指、髪の毛もちゃんと再生させていく。
うん。いつ見てもエクストラヒールの回復は何をしているのかよくわからん。
一応、時間を巻き戻しているという見解なんだが、そうなると対象者はそういったケガや病気なんかになる前まで若くなるはずなんだよな。
なら、それに応じて記憶も昔に戻らないといけないはずなんだがそういうのはないし。
そんなことを考えている間にも回復は終わって露わになったのは、ちゃんとした四肢がそろってケガも何もない女性というか、若い少女の姿であった。
しかし、元々あまりにひどい状態だったからか、肉体的には回復していても何ら反応がない。
いや、ちゃんと呼吸しているのだけはそれなりに大きな胸が上下しているから認識できるが、精神状態がさっぱりでうかつに何か話しかけるよりも……。
バサッ。
アイテムボックスから取り出した体を覆えるマントをかぶせてやって。
「ラビリス。このまま病院に搬送するからルルアたちは病院に待機って言ってくれ。あとカウンセリング要員でリリーシュを」
「ええ。その予定で手配しているわ。ユキが治療でミスをするとは思ってないもの」
「ありがとう。助かった」
流石、ラビリス。
とはいえ、せめて最低限の触診ぐらいはしておかないとまずいな。
ということで腕をとって脈をみる。
まぁ、これで嫌がられたら女性冒険者かアスリンたちに任せよう。
だが、そんな反応すらもできないのかおとなしく俺に腕を取られ脈が測れる。
「うん。正常値よりも少し早いか」
「仕方ないかと。今まであんな状態でしたから」
「それもそうか。ではこの子は丁重に病院に搬送。俺は残って事情聴取を……」
と指示を出して立ち上がろうとしたら……。
グイッ。
なぜかそれまで全く反応がなかった彼女が俺の腕をしっかりつかんで離さない。
しかもかなり震えが伝わってくる。
ガチガチ……。
おぉ、歯を鳴らすって相当だな。
「アス。そして冒険者の方々、既に同じことを聞かれているかもしれないが、俺から直接お話を聞かせてもらいたいので、2、3日ウィードに待機しててくれ。ま、アスは店があるからいいとして、冒険者のほうはこちらから宿を用意するからそこで待っていてくれるか?」
「「「はい」」」
「わかりました。私も今回の件でいろいろ処理もありますので店にいます」
さて、まずはとりあえずこの彼女を抱き上げて、そのまま俺が病院に運ぶとしますか。
いまだに彼女の視点は合ってはおらず、何かに怯えるように俺の腕に爪を立てて血が出るほど強く握りしめている。
……こりゃ何があったか聞きだすのは無理っぽいよなー。
ま、とりあえず、今は少しでも落ち着かせるのが大事か。
流石に結構ぎりぎりの表現だったと思いますが、世の中こういうこともあるということで書かせていただきました。
この世界はやっぱり厳しいのです。
ユキたちがのんびりやっていますが、こういうことが起こる世界です。
だからこそユキたちは飄々と明るくやっているのかもしれません。
こんな悲劇も乗り越えていくのが、強さだと思うのです。
理不尽をさらなる理不尽で覆すのが、ユキというか「鳥野 和也」たちのあり方なのです。
シリアスブレイカー、悲劇ブレイカー、それがユキたちであります。




