第1152堀:奴隷を迎え入れる意味とその裏
奴隷を迎え入れる意味とその裏
Side:ショーウ
「はぁ? なんじゃと? ユキ殿が奴隷を欲しておると? しかも自分の右腕としてじゃと?」
私のその報告に、幽霊騒動を最後まで見ることなく大帝国へと戻らざるを得ず、そのせいでイライラしながら執務をしていたユーピア陛下が心底不思議そうに答える。
私もその話を最初聞いた時は意味が分からなかった。
ユキ様のような方の右腕となるなら、我が国を上げての選抜をして、それを送り込む。
そしてそれを知れば、ほかの大国も同じようなことをする筈ですので、逆にものすごい競争率となるでしょうし、ユキ様が自ら探しに行く必要はないはずです。
何せ優秀な人材は勝手に集まるのですから。
と最初は思ったのですが……。
「まあ、縁故や間諜を気にしてのことが一つ。もう一つは身分立場の低い交渉役を求めているとのことです」
確かに国であるからこそ、他国で選抜され推挙された人材は扱いづらいというのは当然ありますし、その者の身分立場も低いなどというのはありえません。
それは、ユーピア陛下も理解しているようで。
「間諜の危惧はよう分かる。ユキ殿の傍にいれば他国の秘事とて容易に集まるじゃろうからな。故に他国の推挙など易々とは受けられんか。しかし立場の低い交渉役というのは……」
「そこはユキ様ご自身の立場も関わっているのではないかと。聞くところによれば、ユキ様は今でこそセラリア女王の王配ではありますが、元々は一介の旅人で偶然セラリア女王を助けて今の立場を得たとされております」
「あー、その話なら聞いたことがある。新たに国を興せし者であれば当然で、ワシとあまり変りは無いが、なるほどその話が広まっているか」
「はい。この前のダファイオ王国をはじめとする小国の件は、まだましだったようですよ?」
「……ふむ、ユキ殿らしくない。いやウィードらしくない失策じゃのう。その程度の交渉役がおらぬとは。いや、ユキ殿自らが活発に動きすぎたせいか。じゃが、さもなくば確かにだれも救えぬか」
何やら陛下は勝手に想像して勝手に納得しているようですが……。
「陛下。私にも委細をご説明願えますか? ある程度察しはつきますが。ただこの件、陛下と私の間の認識のズレはなるべく減らしておくべきかと」
「おお、そうじゃな。表立ってのウィードの存在意義はゲートというものの窓口じゃ。ま、交易の港といえば分かりやすいか」
「はい。その通りです。しかも船ではなくゲートという超技術の賜物であるがためにどこにでも設置可能であり、国と国とを容易につなげます。これは海の港よりもはるかに便利な、交易場所でしょう」
「うむ。じゃが、ウィード本来の目的はあくまで『魔力枯渇現象を調べる』ことじゃ。そのためウィードの交易港としての収益は確かに存在するが、そこまで利益率は大きくない。まあ、ウィードの規模を考えれば十分ではあるがな。しかも管理というか交易の管理は大国に一任しておる。ということで公式には使用料を取るだけで意見を言える立場ではない」
「ですが、その実情は違います。各大国の問題を解決し、その実力は私たちも知るところで、実際それに救われました」
最初は何という恐ろしい敵が現れたのかと思っていましたが、ただの行き違いというやつでしたからね。
覇道を目指す国家ではなく、穏便に話し合いもできたのは本当に幸いでした。
「そうじゃ。じゃからこそ、数多の大国がユキ殿を中心として集まり、何としても繋がりを持ちたがる。これは避けては通れん。斯様な存在でなければワシらはウィードとこうして交流を持つことなく、未だにハイーン皇国と戦争の真っ最中じゃったろう」
「はい。それはその通りかと」
ユキ殿たちウィードのバックアップがあったからこそ、我が国にとってもその国民にとってもここまで被害が少なくて済みました。
そしてそれは私たちの国だけではないのです。
「その積み重ね故に必然的に、何ぞトラブルがあらばユキ殿にとなってしもうたわけじゃ。普通、国のトラブルを他国の王配なんぞに相談するものか。ありえん」
「確かにそうですね。普通であれば自国のトラブルをおいそれと他国に相談するなどはありえません。それは弱みとなりますから」
「その通りじゃ。しかし、ユキ殿のウィードは穏便にそのトラブルを解決するという実績を積み重ねてしもた。故に通常では為されぬような依頼が舞い込むのじゃろうな。これまでのことを考えれば断るのも辛いじゃろうが、さりとて小国の連中も実に不甲斐ない。きゃつらに面子はないのか面子は」
「それについては、私たち大国もユキ様たちウィードを頼りにしてしまっているので強くも言える立場ではありませんね。しかも表立ってはあくまで小国同士の交流といってしまえば済むのですから」
「じゃからこその『交渉役』じゃな。何度もやってきていることを今更できません、やりませんとなるとウィードの評判低下に繋がる。大陸間交流が推し進められているいま、その要となるウィードの評判失墜は何としても避けねばならぬ」
「とはいえ、ユキ殿も体は一つですし、すべての国や一般の面会者にまで対応ができるわけではないですからね」
「故に『奴隷』なのじゃろう。明らかに他国のしがらみない人材を探すとならばそこぐらいじゃしな。例え教育に時間はかかろうとも、今後更に相談が増加するのは目に見えておる」
「なので一から育てることになっても『奴隷』に価値があるということですね。私も同じ見解です。そうなると、私どもから奴隷を紹介するべきでしょうか?」
ユキ様の横に奴隷であろうと送り込めるということだけで、喜んで労働を致しましょう。
それだけの価値があるのです。まあ、実際は無理でしょうけど。
「無理じゃな。ショーウとてわかっていて言っておるじゃろう。『ワシらが紹介した』ということだけで弾かれるに決まっておる。そもそも他国のしがらみがないというのが条件じゃからな。ワシだってそうする」
「そうですよね。しかし、我々はこのまま何もせず手をこまねいているというのもどうかと思うのですが。他国はこの話を知らないようですし……」
「ふむ。それを為すべきか為さざるべきか測りかねるところじゃな。ユキ殿、ウィードはこちらがどう動くのかを見ているという可能性もある」
「それもあるでしょう。しかし、このまま何もしないのでは意味がありませんし、そもそも一切関わらせたくないという意向であればこの話聞くことは無かったでしょう。ですので、せめてアドバイスでもできればいいのですが」
ユキ様が奴隷を購入するという非常に珍しい事態を知っていながら何もしないというのは、意味がありません。
「アドバイスのう。それはそれで、にらまれそうな気もするが、ま、ユキ殿から聞いてくればありか」
「ありですね。私たちはあくまで質問に答えただけ。別に奴隷を推挙するわけではありません。偶然同席していたというだけです。そもそも、ウィードというかロガリ大陸における奴隷というものについて興味深い話がありますからね」
「おお、そういえばウィードというかロガリ大陸では奴隷という安価な労働者はいなくなりつつあったのじゃったな」
「ええ。そのとおりです。まあ、底辺となるような人々がいなくなったわけではありませんが、それはただ働かないというものだけで、奴隷が必要だからというのは大きく減っているとのことです」
どうしてもそういうはみだし者が出てきてしまうのが、世の中の悲しいところでしょうか。
ですが、奴隷として使いつぶされるものが少なくなるのはいいことです。
今はそこを考えるべきでしょう。
「確か、人を奴隷として使うにしても、もっと有効にというわけじゃな」
「はい。それだけ余裕ができたということでもありますが、それは今の話であり昔は私たちと同じようにたんなる労力として奴隷を使役していたのですから、移行をしたわけです」
奴隷を安価に使えるただの力仕事のための道具としてでなく、金銭を支給して経済を循環させる役目を付けたということです。
単に金銭を支給して経済を循環させるというとお金をばらまいているだけのようにしか聞こえませんが、そこにはウィードの教育や商売が絡み合い、奴隷だった人々が切磋琢磨し、新しい技術や文化を生み出しそれがさらに経済を活性化させています。
それに伴い良き人材も自然と生まれてくるので、何とも好循環ともいえるでしょう。
とはいえ、平民全員に教育を施すというのは、国に背く力を自ら育てるということにもなりますので、なかなか大国といえど決断できることではないでしょう。
ですが、ウィードの、そしてロガリ大陸の流れを見るに我々が奴隷を奴隷のままで扱っていけば、ズラブルはやがて野蛮な国といわれるようになります。
だからこそ……。
「ふむ。ウィードにおける奴隷とその扱いというものを学べば、我がズラブルにおいても奴隷という立場の者を減らせるわけか」
「その通りです。理不尽な人身売買などを無くすべきかと」
「確かにそれはそうじゃな。ワシらが為すべきはユキ殿に奴隷を勧めることではないな。あくまで、奴隷の立場がどのように変わってきたのかを調べてくるのじゃ」
「はっ」
「ワシやあの爺のような馬鹿者を増やさぬためにもな」
陛下がそういう隣では真面目に執務をしていたハンス皇帝が楽しそうにこちらを見ている。
「馬鹿者か。ま、そうかもしれんな。この老い耄れも国にこの身を捧げてきたからな」
「だろう? こんな輩が生まれなくていいように世界を変えねばならぬ」
「しかし、ユキ殿か。私も前に顔を合わせたことがあるが、そこまでの人物か」
「ま、近いうちにウィードへ連れて行ってやる。そこで見て来い。時代の先がある」
「時代の先か。それはさぞ、大変じゃろうな」
「ああ、若者があんな未来が歩いているとなると、ワシらが弱音を吐くわけにもいかん」
「くく、確かにな」
そう言って笑い合う二人の皇帝。
そうですか、陛下はウィードを未来といいますか。
だからこそ、力を貸せというのでしょう。
ユキ殿は確かに強い、色々な意味で強い。
ですが、だからといって全てを委ねていいわけではない。
それをこの二人はよく分かっている。
若者が前を行くのであれば、力を貸してこその老人だと。
そして、それは私もです。
「では、ウィードへと向かいます」
「うむ。気を付けてな。くれぐれも目的を間違うなよ」
「ええ。わかっていますとも」
私はそう返事をして、執務室を出ていく。
「なにせ一つ間違えれば、こんどは大陸間戦争が勃発しますからね。そんな最悪の未来は何としても避けなくては。まあ、今の所『国』は動いていませんが……」
そう、ユキ殿たちの尽力のおかげで各大陸は交流を優先としています。
しかし、私たちがハイーンとの決戦で直面したセナルという女神はなんとかユキ殿が押さえてくれましたが、ほかの神なる存在の中には私たちに牙をむくモノもいるようです。
陛下が不老という呪いをかけられているように。
「神。それは私たちにとって味方なのかそれとも敵なのか。それを見極める必要があります。それが一番の懸念ですね。というか、私からすればこの平和を乱そうとする神などはただの破壊者でしかないのですが」
彼らに何があったかはわかりません。
ですが、それを理由に平和を乱すことは私が許しません。
というわけで、その神とやらに対抗できる勢力と手を結ぶのは当然のこと。
「ユキ様。あなたが新たな右腕となる者を育て上げたら、次は何をするつもりでしょうか?」
わかりきった質問をつぶやきながら私は廊下を進む。
ええ、その通り。
その答え自体は分かり切っている。
『力を手に入れる』ということは、それを『振るう相手がいる』ということ。
そして、その傍らには恩人であり、友でもあるルルアもいるのでしょう。
ズラブルチームはなるべくお手伝いとして参加するようです。
そして、ショーウはルルアに恩を感じてるようでなるべくそっちの意味でも手助けしたいようです。
さてさて、ユキが奴隷選ぶだけでも騒動ですね。




