第1060堀:彼女はどこでも聖女
彼女はどこでも聖女
Side:ルルア
「ここには何名の病人がいるのでしょうか?」
その重病者がいる部屋に入ると、そこにはずらずらっとベッドが並んでいました。
「はい。およそ30名の方がいらっしゃいます。ただ、そのほとんどは治る見込みがない方です」
「そうですか……」
さすがに教会なだけあって、ちゃんと洗濯されたシーツを使っていて、部屋には目立った汚れはありません。
ですが、それでも衛生管理としてはまだまだとしか言いようがありません。
けが人の看病に当たっているシスターたちは手を洗うことなく包帯を付け替えていますし、手に血が付いたままで次の方の看護をしています。
思わず衛生管理についてひとしきりお説教をしたいところですが、今はそんなことをしているゆとりはありません。
とにかく何とかして、セナル様のご友人を救わなくてはいけません。
ですが、私としてはセナル様の友人『だけ』を救うような真似はできません。
それは私の医者としての、聖女としての矜持。
「ざっと見る限り、けが人の方が多いようですね」
「……はい。つい先ほどまでズラブル大帝国との戦争がありましたので、そのけが人を多く受け入れております。実は、軍では治療不可能とされ処置されるところを、何とか引き取ってきたのですが……それでも力及ばす……」
……この教会で感じることは、やはりセナル様はただひたすらに民の為に動いてたということ。
その姿はリリーシュ様に重なります。それだけではなく、友を助けるためにその身を削ることをいとわず、あそこまでやってのけました。
確かに、ダンジョンマスターを殺害し、ルナ様の命に背いた行いについては、けして正しいとは思えません。
それは、人に置き換えてみればただの盗賊の行いです。ですが、それでも……彼女の思いはここにあったのだと理解できます。
やはり、彼女は、セナル様は間違いなく『女神様』だったのでしょう。
ですから、私は……。
「旦那様。よろしいですか?」
「ああ。ルルアの本業だし、こういうと悪いが、こちらを信用してもらうにはもってこいだろう?」
「うん。ルルアがんばれー! 僕たちも手伝うよ」
「そうだね。ルルアの力、見せてあげて」
「……ルルア。ふぁいと」
「ルルア。私も貴女の力を知っています。できます。貴女なら」
旦那様も、それにみんなも、私を信じてくれます。
ですので迷いはありません。
私は私のなすべきことを成しましょう。
ここには重傷者も多数見受けられます。
それをいちいち、一人一人診察していてはどうしても時間がかかりすぎますし、間に合わない可能性もあります。
ですので、まずは戦争による重傷者を一気に癒しましょう。
外傷が原因なのであれば、私の知識と魔力、そして範囲のエクストラヒールを使えば何とかなるはずです。
ということで、私は目を瞑り精神を集中します。
そう、エナーリアの大聖堂でやった時と同じです。範囲を決めて一気にエクストラヒールを放出するだけです。
その際の混乱はまぁ、セラフィーナ教会の方やショーウ、そしてウェーブ将軍たちが何とかするでしょう。
今はただ、ケガ人を病人を癒す……。
「……エクストラヒール」
その声はやっと自分自身に届く程度の小さなものでした。
しかし、それでもはっきりと私の耳に届き、それと同時にエクストラヒールが淡い緑の光を伴ってあたりに広がっていきます。
「で、できることは知識としては知ってはいましたが……、ま、まさか本当にエクストラヒールを範囲で!? しかも、この室内だけでなく、外にまで!」
「なんとっ! ウィードにはこれほどの治癒術師がいるのですか!」
「はわわわっ!?」
皆さん初めて私の広範囲エクストラヒールを見て驚いていますね。
まあ、このエクストラヒールは範囲が広い分、どうしても個人を対象とするエクストラヒールに比べて回復力が落ちます。
まあ、余程の重傷者や重病者以外は完治できるので、それなりに便利なのですが。
フォローは旦那様やリエルたちがやってくれますので、そのまま私はこの回復魔術を放射し続けます。
今では散々訓練したおかげで大体300メートルの範囲に30分ほど継続できるようになりました。
今回は大体100メートルぐらいまで範囲を狭めているので、やろうと思えば50分は行けるでしょう。
「驚いているところ悪いですが、部屋の外の患者の様子を見てきていただけますか? この状態では私は動けませんので」
「は、はいっ」
お願いされたシスターは慌てて外の患者の様子を見に走り出しました。
「霧華さん」
『はっ。戦争での負傷者はすべて完治しております。あとは外傷ではなく、病により衰弱している人たちと、女神のご友人たちだけです。なので、そろそろ止めてよろしいかと』
声を掛けただけで私の聞きたいことをすぐ答えてくれる霧華さん。
流石、日々旦那様のために諜報活動を行っているだけのことはあります。
私が旦那様たちに視線を向けるとうなずいてくれたので、エクストラヒールを止めます。
「あとは、回復していない病人を纏めてウィードに移送する。まあ、ルルアが診るために用意されている屋敷に移送するってことにするぞ」
『はい。それがよいかと思います』
私にも異存はありません。
むしろそうなるように仕向けましたから。
何より、この地特有の未知の病原菌があるかもしれません。
そういうのを調べるためにも重病患者を確保できるのはウィードにとって、世界の医療にとって必要なことです。
「どうせ、騒がしくなるからね。移送するにはもってこいだよ」
「ですね。ほーら、重傷者が起き上がってきてます」
「……回復魔術のおかげとはいえ、やっぱりびっくり」
「あははは……」
私はリエルたちの言葉に乾いた笑いしか出せません。
なにせ3人のいうことは本当ですから。
「ああああ!! 治っておる! おお、腕が動く!」
「首の傷が…、うわぁ、喋れる!」
「目が、目が見える、俺の左目が見えるぞ!」
「あれっ、腹から内臓が出ていない。奇跡が起こった。よかった。助かった」
「「「きゃぁぁぁぁ!?」」」
などと歓喜の声を上げながら、でも、血みどろの包帯や服のまま、次々とムックリ、ムックリと立ち上がってゆく重傷患者たち。
その死にかけていたはずの人々の、まるでゾンビのような姿を見たシスターたちが驚きのあまり叫び声をあげ、僧兵たちはとっさに武器を構える。
「まって、待ってください! ただいま高名な術者様が広域のエクストラヒールを発動いたしました。治癒したと思われる方はそのままベッドで体だけを起こして待っててください! まだ、完全に治ったとは限りませんよ! そこ、死にたくなければ言うことを聞きなさい!」
「「「はいっ!! シスターボスッ!」」」
「誰がボスだ! ホスタリアだ!」
「「「すみませんでした!」」」
……えーと、どうやら私たちの案内を務めてくれたシスターは結構武闘派のようですね。
兵士さんたち相手に一歩も引いていません。というかどう見ても古参兵と思える人たちにも勝っています。
『ルルアさま。あのシスター、元はハイーンの女騎士だったようです。なのであの手の扱いに慣れているのでしょう』
「なるほど」
元騎士ですか。でしたら少なくとも貴族に準じた立場だったはず。
それがシスターになるというのは、かなり色々な事情があるのでしょうね。
と、シスターホスタリアのことを考えていたら、今度は後ろの扉がバンと開いて……。
「た、大変ですシスターホスタリア! いきなり大規模な回復魔術が展開されて、診察待ちの人たちや、お祈りに来ていたご老人たちだけでなく、なんと外の道を歩いていた人たちのケガまでもが治ったと! 神の、神の奇跡が起こったのです! 祈りがセラフィーナ様に届いたのでは!」
完全に興奮気味でそうまくしたてるシスター。
どうやら礼拝堂で祈りや診察を待っている人たちもうまく治療できたようですね。
ただ、教会の外まで範囲内になってしまったのはちょっと反省が必要ですね。まだまだ訓練が足らないようです。
ううっ、いらぬ混乱を招いてしまいました。
ですが……。
「えぃ、落ち着けい! 私はハイーン皇国で海軍を預かるウェーブである! 今の回復魔術は私たちが招いたお客人によるもの。本日はお忍びで来られている。後日改めてあいさつに伺う故、まずは混乱を静めよ! せっかく治していただいたのに、これでケガ人が出ては元も子もない! 私たちも説明と治安維持にでるぞ!」
「「「はっ!」」」
と、ウェーブ将軍は速やかに事態を治めるために兵を連れて外へと出ていきます。
流石こういうことには手慣れていますね。
さ、あとはまだ回復していない人たちのところへと向かいましょう。
ということで私たちが向かったのは、いまだに誰一人起き上がる人がいない一角。
そこにはスヤスヤと静かに眠っている少年少女?がいました。
「え? ちょっとまって。この子たちがそうなの?霧華」
『その通りです、リエル様。彼らがセナル様がその身を削って守っていた神々です』
いやぁ、リエルが驚くのは無理もありません。なにしろ、そこに横たわっているのは初めて出会った頃のアスリンたちと変わらない身長の子供だったのです。
「えっ、こんな子供が……どうして?」
「……意味が分からない。神になるにはそれだけの成果が必要だと聞いた。この子たちは変化でもしている? でも……」
そう、トーリやカヤの言うように全く意味が分かりません。
なぜこのような子たちが神などに? しかもこの外見、変化などの魔術を使っているわけではありません。
というより、そもそもそんな魔力などとうの昔に枯渇してしまっているのです。
つまり、この子たちがこの神々の本当の姿ということになります。
『皆様、驚いているところ申し訳ございません。なるべく早い移送をお願いいたします。今のところ安定はしていますが、絶対ではありません』
「わかった。みんな疑問はあるだろうが、まずはこの子たちの移送が最優先だ」
「「「はいっ」」」
と、思考の海に沈みかけた私たちを一気に引き上げてくれた旦那様は即座に次の行動に移ります。
「シスターホスタリア。この子たちの病状は先ほどのエクストラヒールでも改善していない。より集中して治療したいので、私たちが借りている大使館へ移送していいか?」
「え? しかし、シスターセナルから許可をもらわずに……」
「そのシスターセナルはどちらに?」
ユキさんはよーく分かっているにもかかわらず、その質問をシスターホスタリアにします。
「……先の戦争で従軍回復魔術師として帯同しており、……未だに戻ってきておりません」
絞り出すようにそう話すシスターホスタリアはひどく悲しそうでした。
「ですが、この子たちの命がかかっています。シスターセナルも許可のために時間を無駄にするより、この子たちの命が一刻でも早く助かることを望むはずです。違いますか?」
「……その通りです。ですが、彼女がいつもいとおしく見ていた子たちなのです。どうか、どうか……」
「はい。任せてください。なにより、騒がしくなったここよりも私たちの所の方がゆっくり休めるかもしれません」
私がそういってあげると、シスターホスタリアは少し驚いた顔をしたあと、すぐにフッと笑顔になり。
「確かにそうですね。どうか、この子たちをよろしくお願いします。私は大司教様に事態の説明をして、落ち着いたころに皆様の大使館へ伺わせていただきます」
「はい。よろしくお願いいたします。ショーウ。手伝っていただけますか?」
「もちろんです。先ほども言ったでしょう。私は貴女を信じています。きっとこの子たちも救ってくれると。さ、手早くそして丁寧に移送を開始しなさい」
「「「はっ!」」」
こうして私たちは第一目標を無事達成するのでした。
ですが、大司教様には悪いのですが、こんなに騒ぎになってはだめですからね。
ルルアはどこでも聖女です。
スペックとおっぱはでかいのさ!
で、シスターたちも意外と肝っ玉は強い。
何せけが人を相手にするんだからね。




