第1059堀:彼女の歩いてきた道
彼女の歩いてきた道
Side:ユキ
「ん? なんじゃ、セラフィーナ教会の調査をしたいと?」
「ああ、あの決戦の時に捕まえた奴がそこの出だったんでな。調査をしておきたい」
俺はそう言ってユーピアに許可をもらうことにする。
ちなみに今いるこの場所は、ハイーン皇国の皇都だ。
そう、既にユーピアたちズラブル軍は皇都へ入り、皇国の制圧を滞りなく成功させている。
まあ、ハンス皇帝が前もって色々手を回していたみたいだな。
「なるほど。神を名乗った阿呆がおったのう。じゃが、あの時の魔物の強さは異常じゃった。あんなのの仲間が足元におるやもしれんのか。そちらは任せていいか?」
「ああ。そのためにお願いに来たんだしな」
「よかろう。ちょっとまて」
ユーピアはそういうと羊皮紙を用意させて、そこにさらさらっと書き込んで、印を押す。
「ほれ、これでセラフィーナ教会の調査ができるじゃろうて。じゃが、ハイーン皇国皇都にあるは総本山じゃ。ワシのサインがあろうが、うかつに乗り込めるとは思えんな。かというて、こちらから兵を出せばなお警戒するか……ふむ……」
とユーピアが悩んでいると、横に置かれた山のように書類が積まれた机の向こうからハンス元皇帝の声がして
「ならウェーブを連れていくといいだろう。ユキ殿とは面識があるようだしな」
「いいのか? ハンス?」
「構わん。あの女神を名乗っていた集団は調査せねばならんからな。あれが馬鹿後継者どもをそそのかしたのは間違いないしな。こっちも調査しようと思っていたところだ」
「……というか、当たり前のようにいるんだな」
いや、元とはいえ敵国の王と一緒に書類の処理とか、けっこうものすごい状況な気がする。
「この爺のそっ首、たたっ切りたいのはやまやまじゃが…、このハンスはさっさと大人しゅう降伏したからな。下手に首なぞ刎ねらば周りの反発が予想される」
「まあ、そりゃそうだな」
ハンス皇帝は潔く決戦での負けを認め、さらに後継者一派による不法行為などの責任を取って退位。
ユーピアに禅譲することでハイーン皇国のみならず、周りの国の混乱をも最小限にとどめた。
この混乱を狙ってハイーン皇国の交易の要所を攻めようとした国もあったのだが、そのあまりの速さに踏みとどまった。
なにせ、奪おうとしたハイーン皇国の領土があっという間にズラブル大帝国の物になってしまったのだ。
それに手を出せば、力のないハイーン皇国ではなく、幾多の国を下してきたズラブル大帝国が所有者として軍を派遣してくるからだ。
なんともまぁ、よく考えていることで。
「かわいらしい幼女陛下、まぁ、そういうな。こうしてきちんと書類の処理は手伝っているだろう。ということで、首を切るのは後でもよかろう」
「あったりまえじゃ! こんな面倒を押し付けおって、そう易々とあの世になぞ送ってやるものか! こき使ぅてこき使ぅて、ぼろ雑巾のようにしてやるわ!」
「おー、そんなことをすればユーピア皇帝は悪逆非道ということで反乱になるな」
「ぐぬぬぬ!」
本当に度胸のある爺さんだ。
この状況でユーピアをおちょくるなんてな。
まあ、滅多なことじゃ殺されないとわかっているからこそだろうが。
と、俺がそんなことを考えていると、部屋にウェーブ将軍と大皇望ショーウが揃って、山の様に書類を抱えて入ってくる。
「ハンス陛下。それ以上ユーピア陛下を刺激しないでください。仕事に差し障りがでますぞ」
「ですね。ウェーブ将軍の言う通りです。ユーピア陛下もこれも平和のため。堪えてください」
2人はそういうなり、目の前に書類をどさっどさっと置く。
「「さあ、まだまだ仕事は沢山あります」」
「「……」」
二人は笑顔で言ってはいるものの、その後ろには鬼と夜叉が浮かんで見える。
ああ、こっちの世界風に言うならトロールとドラゴンか?
「で、ユキ様はセラフィーナ教会の調査でしたか?」
「ああ」
「でしたら、私がご案内しましょう。この皇都ではそれなりに顔が効きますし」
ハンスが言うまでもなくウェーブが自らついてくるといってくれる。
とりあえずこちらの目的は達したし、仕事の山を抱えている皇帝たちの邪魔にならないように速やかに部屋から出ようとすると……。
「ショーウ。ユキ殿についていけ。ウェーブが信用ならんということなぞないが、ワシらこそがこの国の統治者であるということを教会に叩き込んでこい」
「はっ。かしこまりました」
ユーピアの方もしれっとショーウを付けたが、俺がやることを見て来いってことか。
まあ、今回の目的はただの要人確保だから。特に問題はないけどな。
ということで、俺はウェーブ将軍とショーウの率いる兵を連れて、セナルの本拠地であるセラフィーナ教会へとやってきた。
「おー、なんかすごい教会だねー」
「こんな大きい教会が建てられるってすごいんですねセラフィーナ教って」
リエルとトーリが感動しているように、俺たちの目の前にそびえる教会はそれは立派なものだ。
リリーシュの……いやリテア聖国の大聖堂、エナーリア聖国の大聖堂、ハイレ教の総本山の教会と比べても全く遜色はない。
あ、ヒフィー神聖国もな。
「……でもこの教会ってズラブル大帝国の勢力圏では見なかった。なぜ? ただ気が付かなかっただけ?」
あぁ、カヤのいうとおりだな。
そういえばこれまで、セラフィーナ教会って聞いたことがなかったな。
まぁ、今更過ぎる疑問だが。とはいえ、この場にはちゃんと専門家が付いてきている。
「はい。我がズラブル大帝国の領内ではセラフィーナ教会はあまり大きな勢力ではありません。この教会はなぜか西側の方へはほとんど伸びてきませんでしたから。どうやら、ダンジョンに潜る冒険者などが主な商売相手だったのかと」
「まあ、それは否定できませんな。セラフィーナ教会はダンジョンができ始めてからは、冒険者の治療などに力を入れてきました。『ダンジョンの脅威から人々を守る』と大司教が言っていましたな」
……そうか。セナルはやっぱり口だけではなかったか。
頑張って頑張って。癒しの女神として万民を救うという矜持までを捨てて、敵たる上級神の手先が作ったダンジョンを攻略する冒険者たちに寄り添ってきたが、それでも彼女の願いはかなわなかった。
いや、最後の願いはまだ潰えていない。
「……霧華。目標は確認できているんだな? 息はあるんだな?」
『はい、現在目視しています。ですが、症状はあまりよくありません。セナルが与えてたダンジョンコアからの魔力も尽きかけています。応急処置を行う許可を』
「許可する。とりあえず持っていったコアと入れ替えて、魔力の直接投射もしてやれ。多少はましになるだろう」
『はっ。ですが容態がいつ急変するかわかりません。なるべく早い回収を』
「わかった。なるべく早く交渉をまとめる」
今回セラフィーナ教会へやってきたのは、もちろん調査という意味合いも確かにあるが、何よりセナルが身を削って守ってきた友人たちを回収するのを第一目標にやってきたのだ。
彼らは神であるから特殊な場所に隔離して保護されており、その上癒しの女神の教会だから、病人だからといって下手に連れ出せる状態ではないのだ。
当初はセナル自身が連れ出してくれればとも思ったが、実はそうもいかなかった。
なんと能力を落としているセナルは、この教会の中ではただの一司祭にすぎないのだ。
ったく笑えるだろう? このセラフィーナ教会が祭っているはずの神様本人がただの司祭だってさ。
ああ、リリーシュも自分で望んでのんびりただの司祭をやっているから、神ってのはそういうものか?
で、司祭としての僅かな権限の中で、何とか仲間を信仰が集まる教会という場のその病室に置いてもらっているというわけだ。
つまり、セナルをつれてきたからといって、勝手に病人の移動はできないわけだ。
担当の医者……じゃなくて回復魔術師なんていうのがいるかは知らないが、とにかく教会の偉い人に移送の許可をもらわなければ問題が起こるというわけだ。
だからこそ、視察、調査という名目で来ている。
なんてことを考えているうちに、訪問の目的を伝えたシスターがこちらに慌ててもどってきた。
「大変お待たせいたしました。大司教が面会させて頂きますが、少しお時間を頂きたいとのことです。それまでは、よろしければ教会をご案内させていただたいと思います。どうぞこちらへ」
いやぁ、意外だったな。
セナルをちゃんと仲間に引き込むために、その仲間の命を救おうと慌ててこの場にやってきたのだ。
事前に約束をしたわけじゃない。
なにせ、ユーピアに対してだって訪問の直前に無線で連絡を取ったぐらいのレベルだ。
だから、大司教がわざわざ俺たちと会うとは思っていなかった。
いや、まあ俺たちがどういう立場かをしっかり把握しているのであれば、何をおいても会うのは当然か。
なにせ、ズラブル大帝国、ハイーン皇国の両国の要人がわざわざついてきているんだから。
およそただものじゃないと思うのも無理はない。
教会の中も外見を裏切らずしっかりしたつくりだ。
いたずらに豪華すぎるでもなく、でもちゃんと装飾が施され荘厳でさえある。
「素晴らしい教会ですね。ちゃんと人々が祈りを捧げるだけでなく、治療も受けられるようにしているのですね」
そういうルルアの視線の先にあるのは、礼拝堂で祈りを捧げる人とは別に、診療室という札が下がった部屋とその前に行儀よく列を作って待っている人々や、ひっきりなしにその部屋を出入りするシスターたち。
しかもその並んでいる人たちはただ待たされているのではなく、シスターたちがまわって容体を見て、重体の人がいないかを確認もしている。
いやぁ、こういうところはちゃんとしているんだな。
「はい。多くの方が教会を親しんでいただけるように、いろいろやらせていただいております。ただ、何より祈りや癒しは与えるだけではなく分ちあうものですから」
「それがセラフィーナ教の教義ですか?」
「ええ。誰もが平等に祈りを捧げまた治療を受けられるのです。そこにはいっさいの差別はございません」
シスターさんは迷いなくすらすらと口にする。
……そのあまりの迷いのなさに、逆に本当にあのセナルの信徒なのかと疑いたくなる。
いや、ずっとこういう風に頑張っていたってことか。
とはいえ、単にこのまま話を聞いているだけではいけない。
「ちょっと、いいでしょうか。あちらの部屋は?」
俺がそう指さした先には教会の僧兵が警護に立っている部屋がある。
そう、その向こうに目標が存在している。
「あちらは大けが、重病を抱える人の病室となっております。ただ、残念ながら助かる見込みのない、または何が原因かはっきりしていない人々がいますので、通常の面会は制限させていただいております」
「なるほど……」
俺がそう呟くと、ルルアがさっそく動き出す。
「旦那様よければ私が診てみたいのですが」
「そうだな。すみません。彼女は優秀な回復魔術師なので、そちらの病人を診させていただいてもよろしいでしょうか?」
「いいのですか? 全く未知の病気なのですよ? 要人であるあなた方に危険を冒させるのは……」
さすがにシスターも偉い人が病気になってしまってはという危惧があるみたいだが、そこはショーウがフォローを入れてくれる。
「命に貴賤などはないと、シスターご自身も言ったではありませんか。なにより、ルルアさまが優秀な回復術師なのはこの私、ショーウが保証いたします。そしてこのことで何があろうと、私もウェーブ将軍もましてやユキ様が責任を教会に問うことはございません。そうですね?」
「ええ。もちろんですとも。今にも命が尽きかねない、治癒の望みすらないとされている、そんな苦しんでいる病人が一人でも治るかもしれない。それを後回しになどできませぬ」
「ということで、大司教様のお仕事が終わるまで、できれば診察させていただけますか?」
「はい! こちらです! ああ、よかった! どいてください! 新しい治癒術師様ですよ!」
シスターは俺たちの言葉に感動したのか、部屋を守る僧兵を押しのけて扉の前へと進む。
さあ、さっさと連れ出して治療しないとな。
ルナが……。
あれ? なんかすごく心配になってきたぞ。
意外とセナルはまじめに女神様をやっていました。
だからこそ、無慈悲な犠牲を容認することができなかったのかもしれないです。
努力をしていないわけでもない。ただ結果がでなかっただけ。
成果が出なければ現実では意味がない。
確かにそうですが、それでもその過程に本当に意味はなかったのでしょうか?




