第1056堀:生きるために
生きるために
Side:エノラ
「私はセナルが理由もなくそんなことをするとは思えないから。だから話を聞きたい」
と、はっきり言い切ったハイレン様。
さすが、私たちが崇める女神様にして、私たちのご先祖様と共に世界を救った英雄様のお一人。
こういうときの決断力はやっぱり並みの人じゃない。
たとえ相手が敵であっても慈愛をもって向き合い、思うところがあればキチンと行動に移す。
ま、何かあれば私とカグラが守ればいいし、なんて言ってもユキが近くに控えている。
いきなりハイレン様がいろいろ予定外なことを言いだして慌てたけど……。
「へー、なかなか見どころがあるじゃない。いいわ。どのみち私は処刑されるでしょうから、その前に私の歩いてきた道を誰かに話すのも一興ね」
と、敵であったはずのセナルという女神が言ってくれたのだから、やっぱりハイレン様の行動は間違っていなかったんだと確信する。
むしろ反省すべきは、ハイレン様をうまくフォローできなかった私たちよね。
あとでハイレン様が叱られるのを止めに入ろう。
そう心に誓っている間に、セナルが一呼吸入れて話し始めた。
「どこから話したものかしら? ああ、まずは中級神が倒されたところから行こうかしら。で、なぜ中級神が倒されたかってハイレンは知っているかしら?」
「ううん。全然知らない」
そんな遥か昔のことは私たちどころかハイレン様も知っているわけがない。
「ま、当然よね。あなたは若いんだから。じゃ、その辺りの説明から話をしましょう。私たちを生み出したというか人から神へ昇格させてくれたのは中級神。でもね。正直にいうと、魔力枯渇現象に対しての対応はお粗末だったのよ」
「お粗末?」
「ええ。人々に強制的に信仰するように命じていただけじゃなく、最後にはいけにえまで要求するようになったわ」
「いけにえ!?」
何よそれ。アクエノキと全く同じじゃない。
いえ、こっちの方が古いみたいだから、アクエノキはそのやり方に倣ったってことかしら?
どのみち、許されるようなことじゃないわ。
「ホントおどろくわよね。元々魔力を補うために人に信仰を強要したのに、それがいつの間にかいけにえを差し出させて自分の力を保つようになったわ。どう見てもバカの考えよね」
セナルもどうやら私と同じように思っているようね。
というか、そんなの誰だって認めるわけにはいかないわ。
あれ? でも、これって……セナルは中級神を敬っていないように聞こえる。
そう思ったのはハイレン様も同じみたいで。
「あれ? セナル。ちょっとまって。なんか中級神派らしくない発言だったんだけど?」
「ええ、別に私は中級神派じゃないもの。勝手に上級神にそういう烙印を捺されただけよ」
「え? それじゃ誤解ってこと? そもそも敵じゃない?」
「それも違うわ。私は私個人の意志で上級神に反旗を翻しているわ。そこは間違いない。上級神派にとっては間違いなく敵ね」
「ごめん。セナルの言いたいことが分からなくなってきたんだけど?」
「えーと、なんていえばいいのかしら? まぁ、私を含めて多分同じ立場や考えの神は多いはずよ。勝手な上級神の判断に苦しむことになった神たちの一人。それが私の立場かしら」
え、それってどういう意味?
ルナ様のせいで苦しむことになった?
「あぁ、苦しむって意味が分からないって顔をしているわね」
「うん。わかんない。何がセナルたちを苦しめたの?」
「あなた、正直なのね」
「うん、わからないことだらけだから。いろんな人から教えてもらっているわ」
「いいことね。じゃ、私もちゃんと教えましょう。『世界の裏側』を知っておくのもいいことでしょう。あなたはいつかまた、私と同じ立場の神と会うときが来るかもしれないし」
「裏側?」
「ええ。裏側よ。上級神は中級神が倒れた後、こういったわ。世界の魔力の均衡を守るために、魔力を集める方法を模索しなさいってね」
うん。それは知っているわ。
それってルナ様から直接聞いたもの。
そうしないと私たちのような精霊の巫女たちは地上からいなくなるのよね。
魔力がないと私たちは生まれないから。
だからこそ、魔力がある世界を守るために神様たちに魔力枯渇現象を止めるようにと使命をだした。
「でもね。その裏で上級神がしたことで、私たちは窮地に立たされた。魔力を集められなければ問答無用で消滅してしまうという酷い条件が現実のものとして課せられた」
「へ?」
ハイレン様はその言葉の意味が理解ができないという感じになってる。
それは私やカグラも同じだ。
そう、だって神は魔力を糧にこの世に存在しているんだし。魔力という信仰が集められなければ存在できないって、当たり前だと思うのだけど。
「何を当たり前のことをって感じね。まあ事実としては確かにそうよ。神は信仰によって魔力を得て、それによって私たちは生きている。それができないのなら、消滅してしまう。でもね、神のすべてがすべて、生きられるほどの信仰を集められると思う? それか、皆が魔力枯渇に対しての成果が上げられると思うかしら?」
「あっ」
……そういうことね。
確かに、全員が全員、ちゃんと信仰を集められるわけじゃない。
でもそれは……。
「でもそれって、仕事をしなければ誰だって食べられないっていうのは当たり前じゃない?」
そう、ハイレン様の言う通り、人の営みと何も変わらない。
働かなければ日々の糧は得られない。
ただそれだけの話だ。
そんな単純で当たり前なことすら、この女神はわかっていないのかしら。
「そうね。ま、当たり前のことといえばそうかもしれない。でも、それで死んでしまうことになった神たちはどう思うかしら? 働くといっても、人のように畑を耕せば生きていけるわけじゃない。そもそも、何をすれば生きていけるのかすら全く分からない。そんなただ中に放り出されたら、あなたならどう思うかしら?」
「それは……」
そっかー、砂漠のど真ん中で食料も水もないところへいきなり置いて行かれたような状態ね。
それってただ死を待つばかり。
ウィードでのあの極限訓練を思い出すわ。
ううん、あれだってまだ甘い。彼女たちにとっては現実の死がせまっていたわけね。
「私はまだよかった。今ではずいぶん弱ってしまったけど、それでもなんとかこの世界につなぎとめられるだけの力はまだ残っている。でもね。私たちの仲間の多くはそうはいかなかったわ。そもそも、メジャーじゃなかったのよ」
「メジャー?」
「ああ、分かりつらかったわね。どうやっても信仰を集められない。というか、そもそも信仰などされない神も多くいたわ。それがどうなったかわかる?」
「「「……」」」
そんなの答えを聞くまでもないわね。
信仰を集められない神は死ぬしかない。
セナルは私たちの様子を見て、その気持ちを察し、悲しそうな顔をして話を続ける。
「そうよ。みんな次々と跡形もなく消えていったわ。まあ、自業自得だと言って納得して消えていく神も多数いたわ。ハイレンが言うように当たり前のことをしてこなかった報いだとね。でもね。それだけじゃなかった。そう、皆が皆、納得して消滅するのならよかった。でもね、死にたくないと。消えたくないという者たちだってたくさんいたわ」
「「「……」」」
「だから、私は上級神に反旗を翻した。なにより、ダンジョンを作って魔力の循環器なんて作ることは認められなかった」
「え? そこでなんでダンジョンが出てくるの?」
「ハイレン。そして後ろにいる信徒の子たちは、あの地でダンジョンがどんなふうに扱われているか見て知ってるかしら?」
そう問いかけられても、ハイレン様は首をかしげるばかり。
……うん、こういう問いかけは苦手なのよね。
ここは私が答えるしかないわ。
「資源化。つまり物資が湧き出してくる便利な洞窟として使われていました」
「なかなか的を射た回答ね。なかなか賢い子じゃない。そう、私たち神が与える恩恵なんかよりもよっぽど即物的で分かりやすいダンジョンなんてものを設置されたことで、急速に信仰が失われていったわ。私もね」
なるほど、確かに誰でもがんばれば結果を得られるダンジョンというものに比べて、神という信仰して祈りをささげても恩恵が得られるかどうかあやふやなものに、それでも祈りをささげ続けるものは限られるでしょうね。
でも、リリーシュ様やノノア様がいる大陸では普通に……ってそうか、ウィードがある大陸は、もともと魔力が豊富だったわね。
それで何とか難を逃れていたってことね。
「せめて、私たちが生きていけるだけの何かを上級神が示すなり、残してくれればまだよかったのだけれど、それもなかった。まあ確かに、中級神の所業に対しても、人が立ち上がりに倒すに至っても、ただ傍観していただけで、何もしなかった、何もできなかった私たちには当然の罰だといえばそうよ。でもね。でも、私は許せなかった。認められなかったの。悪いことをしたわけじゃない。怠惰だったわけでもない。大したことはできなかったかもしれないけど、でも頑張っていた友人たちが次々と何もできずに消えていくのを見ていたくなかった」
「だから、上級神に歯向かったの?」
「ええ。だから上級神の手先であるダンジョンマスターを倒した。生き残っている神たちに少しでも信仰が戻るようにと、そして私たち神からあっさり鞍替えした人たちに再び神の威光を示すためにハイーン皇国の権威が落ちるように仕向けた」
……なんだ、そうなの。あなたがハイーン皇国を腐敗させたのね。
それで、あんなに被害が……。
それって結局のところ、自分のわがままで多くの無辜の人々を不幸にしたってことじゃない。
「ねぇ。セナルは人を恨んでいるの? だからそんなことをしたの?」
でも、ハイレン様は身勝手で愚かしいその行為を咎めだてすることなどせず、なおも理由をセナルに聞こうとしている。
なぜ? これってただの逆恨みじゃない。 自分が救われないからって多くの人々を巻き込んだだけにしか私には聞こえない。
ハイレン様には今のひどい話、一体どんな風に聞こえたというの?
私がそんな疑問を抱いていると、セナルは優しく微笑んで……。
「あなたはまだ若いとはいえ、立派な女神のようね。……そうね。私は別に人を恨んではいなかったわ。ただ、私は単に友人たちを見殺しにしたくなかっただけ。だから、人にちょっかいを出してみた。今の神などいらない治世に満足しているなら、私が何を言っても変わらないだろうと。でも、結果は御覧の通り。人は、人々は私利私欲のために動いた。そして多くが乱れた。私が原因? 確かに原因はそうかもね。でもね、私はきっかけを与えただけ、それをこんなにも燃え上がらせたのは結局は人よ。皇帝も自分の後継者をうまく導けなかった。その部下たちもね。私が何もしなくても遅かれ早かれ腐敗していたでしょう」
……確かにそういわれるとそうだ。女神とはいえ、権能を揮ったのではなく、力をなくしたそれが単にそそのかしただけ。
それで甘言に乗ってしまったのは、確かに個人の責任よね。
「でも、だからと言ってやっていいことではないです」
と納得してしまった私と違い、カグラがはっきりとだめだと。
セナルのやったことは間違いだと告げた。
「きっともっと他に手があったはずです。わざわざダンジョンマスターを殺さなくても、人を操らなくても、何か手があったはずです」
「あなたはまだ若いわね。夢というものは叶わないというのを知りなさい。多くの人が焦がれ、そして夢破れて現実を生きる。私たち神とてもそれは変わらなかった。私は、私にできる限りの多くの手を使って、この決戦を作り出したのに、あなたたちに敗れた。これが私の、私たちの現実……」
そう言い切ったセナルの顔には何も感情もなかった。
ただただ、これが、これこそが私の努力の結果であり、結末だと、その表情は告げていた。
みんな無言のままで時計の針の音だけコチコチと響き続け、これでもう話は終わりかなと思っていたら彼女は再び微笑んで……。
「でも、こうしてダンジョンマスターとうまくやっている女神がいて、少しは安心したわ。私が知っている神たちはこれで終わりでしょうけど。あなたたちはこれからも生き続けていくでしょう。だから、もし私のような神がいるのを見かけたら少しでも早く説得して救ってあげて。ま、救う手だてがあるのかはわからないけどね? ははっ、結局私も人任せ。あの上級神と何ら変わらないわね」
そういい終えた彼女の姿が突如スーッと薄れていく。
「あらら、もうお別れみたいね。上級神の前で裁きを受けるべきなのでしょうけど。これじゃ無理ね。ハイレン、あなたが討ったってことにしなさい。あなたの側に使える人の手柄にしてはだめよ。神なんかに昇格されてろくなことにならないんだから」
もう姿なんかほとんど見えないのに、でもその声からはなぜか彼女がきれいな笑顔を浮かべていることがわかる。
ああ、彼女はこんなところで終わっていいの?
なにか手だてが……。
「はいはい。感動の終末のところ申し訳ない。ほれルナ」
「わかってるわよ。ほいっと」
やっぱり私たちには手だてがあった。
理不尽をも乗り越え、夢をかなえるための力を持った上級神ルナ様と……。
私の夫。
切り捨てられた人たちのお話。
何かを選ぶということは何かを選ばないということ。
全部を救う回答はない。
ただそれだけのお話。
でも、彼女自身が悪くないかというとそうでもない。
みんなならどうするかい?




