第1053堀:皇帝と皇帝
皇帝と皇帝
Side:ユーピア
「ショーウ。ユキ殿がかのたわけ者どもは押さえた。心置きのぅ勝利を収めよ!」
「はっ! ワイバーン隊、飛行魔術部隊、左翼右翼共に予定通りに行動を開始!」
「了解」
「かしこまりました」
直ちにショーウが指示を出し、それを受けた両将軍は各部隊をもってハイーン皇国軍へと攻め寄せる。
敵は前衛を完全に失ぅておる。こちらがもたもたしておったら、その隙に撤退する可能性がある。
安全な撤退なんぞさせぬ。ここが決戦であり決着の場とするため、虎の子の飛行部隊を投入、両翼から敵を囲い込むように展開を開始する。
じゃが、流石はハイーン皇国。もとより前衛は捨て駒であったのか、前衛を失のぅても逃げるそぶりすら見せず、あちらも上空に飛行魔術部隊を展開して我が軍のワイバーン隊、飛行魔術部隊に対して応戦を始める。
「流石にそう簡単にはいきませんか。頭を取らせてくれないようです」
「そうじゃな。じゃが、それでこそハイーン皇国というべきじゃろう。もとより簡単に勝てるなどとは思っとらん」
「はい。とはいえ、敵の飛行魔術部隊の動きはあまりよくありません。おそらく実戦の経験が不足しているのでしょう。」
なるほどのぅ。我が軍の攻撃に容易く落とされておるのはそのせいか。
じゃが……。
「しかしながら、弱兵とはいえ数だけは多い。練度で優るわが軍の兵士たちの奮戦を期待したいところですが……」
そう、ハイーン皇国の飛行魔術部隊は数が多い。
流石は国力が高いだけのことはある。
ワシらのようにずっと戦争を繰り返してきておらぬ分、数が多い。
確かに、敵の飛行魔術部隊の方が個々の力は劣るが、数をもって包囲されれば容易に彼我の力の差は引っ繰り返り、我が軍の兵も、ワイバーンも落ちていく。
「数で劣っている状態で兵の練度の高さに過大な期待するのは愚の骨頂じゃな。地上部隊をもって今のうちに敵本陣を落とす」
「はっ!」
とはいえ、空にはアスリンのワイバーン部隊が紛れておるから敗北はないじゃろう。
ショーウもそれをわかっておって粛々と指示を出しとる。
いや、ショーウだけでなく、ヴォルもミラベルも勝利を疑うことなく指揮をこなす。
対してハイーン皇国軍は最初こそなんとかこちらを押し返しておった、やはり前衛が敵となったこと、女神とやらの魔物の被害もあってか、ほどなく中衛が崩壊、展開しとった両翼は本陣の援護に駆け付け中央に集まった。
そして、我が軍は外より回り込み、包囲をする形になる。
じゃが、敵も包囲されつつあることに気付づいており、即座に密集陣形を組み、なんと我が本陣の方へと突撃を仕掛けて来おった。
「いや、誘われたか?」
「はい。可能性はあります。こちらはまだ包囲が完璧ではありませんし、陣形もそこまで整っていません。包囲展開している部隊を本陣に戻すには時間がかかります。ですが……」
「うぬ、この攻撃を耐えきれば我が方の勝ちか。味な真似をしてくれる…。両翼に伝えよ! そのまま包囲を最優先。中央の本隊は敵を叩くとな!」
「はっ!」
その返事を聞き、ワシは愛槍に手をかける。
「「「陛下!?」」」
それを見たショーウや他の部下たちが悲鳴じみた声を上ける。
ま、普通であれば大将が率先して前線に出るなど愚の骨頂。
そんなことはワシとて百も承知。
「ここはワシが出ねばならぬ。常識の云々ではない。『皇帝』としての義務である。口答えは一切許さぬ。供をせよ我が精兵たちよ。前にでて敵の攻撃を跳ね返してくれる」
「「「はっ」」」
ワシの命令に迷いなど一欠けらもなく応え、付き従う近衛の者たち。
この幼女たるワシを侮らず敬い、今まで付き従ってきた者たちじゃ。
レベルも生半可ではない。
そして、ワシが自ら近衛を伴い敵が我が首をあげんと突撃をかけて来とる前衛へと出ると、そこには待っていたぞとばかりにハンス皇帝が自ら剣をもち、馬から降りて駆けてきおった。
「はっ! 元気な爺さんじゃのう!」
「そちらも元気な幼女だな!」
お互いそんな言葉を掛け合いざま、互いにその命を刈り取らんと武器を振るう。
ガキン!!
「ほう。ワシの攻撃を弾くとはな」
「それはこちらのセリフだ。伊達や酔狂で前線に出てきたわけではないのだな!」
「当然! じゃがもっと若者に気遣ってくれてもよいのじゃぞ! そして老体は若者に全てを任せ、さっさとあの世に逝け!」
「先ほどのバカ者を見てよくわかった。まだまだ若い者に任せるわけにはいかん!」
「それはお前のせいじゃろうが!」
ドゴン! ドガン! バギン!
そんな子供と老人の口喧嘩のような言葉を交わしながら、渾身の力を籠め一合二合と武器を打ち合わせていく。
伊達に皇帝と名乗っているわけではないのじゃな。
このワシの攻撃を受け、更には反撃すら入れてくるとは…、ワシと同程度のレベルということじゃ。
「まったく、この爺さんが病などとは笑わせる!」
「そういうお主こそ、奥で子供らしく大人しくしておればよいものを!」
「はっ! そんなことをしておったら、この爺さんに我が大事な兵どもをなで斬りにされるのが目に見えるわ! 出てきて正解じゃったな!」
そう、ワシ自らが前に出てきたことは決して間違いではなかった。
いやはや、この爺さんがここまで強いとは思わなんだ。
ワシがいなければ前衛が文字通り切り倒され、そこからさらに被害が大きくなっていたじゃろう。
とはいえ、ワシとハンス皇帝が拮抗しているということは時間が稼げているということ、このまま粘っていれば……。
「包囲の時間稼ぎなどさせん! ウェーブ!」
「はっ! 我々はこのまま敵本陣へと駆け抜け、旗を倒す! いくぞぉぉぉ!」
「「「おおーーーー!!」」」
なにぃ、てっきり全軍をもてワシを討ち取りにかかってくるとばかり思っとったが、そっちで来たか!?
「まったく冗談のような容姿だ。そのお主をこの場で討ち取っても誉れにも何もならん。傍から見ればただの虐殺者よ。そんなことに付き合うつもりはない。軍として負けてもらう」
「ちぃぃ! この爺が!」
そのために自らを囮にワシを引き付け、我が本陣への道を作ったのか!
ワシの正体を知らぬ者たちは本陣の旗が倒れてしまえば負けたと思ってしまう。
そうなれば総崩れを起こす。それだけは避けねばならん!
「ショーウ!!」
「はっ! ウェーブ将軍! この大皇望がお相手いたします!」
「いくらうら若き女性と言えど容赦はいたしませんぞ! 者ども、踏み越えて逝け!」
「それはこちらのセリフです! 近衛隊、意地を見せよ! 抜かせるな! 守り抜け!」
「「「おおーー!!」」」
よし、上手くショーウが敵の進撃を止めてくれている。
もう、後は時間を稼げば……などとは言うまい。
「爺、ここでその首を置いていけ!」
「それはこちらのセリフだ!」
お互い時間稼ぎなどせず、最短で命を刈り取りに行く。
目の前に勝利が転がっているのだ。
それを取れば終わりなのだからそこを狙いに行って当然!
精神を研ぎ澄まし、四肢に力をいれ槍を振るう、突く、薙ぐ、叩く、これでもかと連撃を叩き込むが、爺さんもそれを捌き体術を織り交ぜて剣を振るっていく。
まったく、最後の最後において、全力を出せる相手と会うことになるとはな!
ああ、ユキ殿たちとかはワシの方が全く相手にならぬ故、あれはカウントせぬ。
「はぁっ、はぁっ……」
「ふぅっ、ふぅっ……」
とはいえ、さすがにお互い息が切れてきたのを感じる。
だがそれでも止まっている暇はない。
止まれば、休めば次の瞬間には首が落ちる。
油断など一切できぬ極限の状態。
じゃが、そんな中、ワシもハンス皇帝も互いに笑っておる。
「ったく、笑みなんぞ浮かべて、気でも狂ったか爺」
「はっ、自分の顔を見ていえ」
はっ、そんなことはわかっておる。
ワシはアスリンたちと遊んでいる時ほどではないが、高揚感を感じておる。
ショーウをかの『大山脈の冒険』から呼び戻したからのう、ワシらが何をするのかを察してこっちを心配しておった。
とはいえ、流石にユキ殿の元におるだけのことはあって、自分たちはこの場に出てきてはだめだというのを理解しておった。
そうじゃ、だからこそワシは戻らねばならん。
「ワシは我が親友に戦いに勝って戻ると約束しておるのじゃ。おとなしくそっ首を差し出せ」
「それはこちらとて同じことよ。私を支えてくれる多くの者と約束をしている。ハイーン皇国をもう一度輝かせると」
「かような都合の良いことがあるか!」
「お前たちを倒せばよいだけのこと!」
互いにそう吠え、再び剣戟が加速していく。
しかし、この爺。この前の対話の時にはこんな覇気はなく、この戦いで本人が前に出ることもなく、包囲した時点で敗北を認めるかと思っとったが、とんだ予想違いじゃったな。
この爺、いまだに国を立て直すことをあきらめてはおらん。
やはりハイーン皇国全体の腐敗に、この男には関係がない。
いまだにまっすぐ国のために働いとる。
まあ、だからこそこの爺を倒すことこそがハイーン皇国を倒すに等しい。
この男こそがハイーン皇国の屋台骨を支えとる……。
いや、この男が知ろしめすからこそ、ハイーン皇国なのじゃろう。
だからこの男を倒さばハイーン皇国は瓦解する。
とはいえ、実際の戦いというのはそこまでロマンあふれるものではない。
数多の血肉と嘆き痛み悲しみこそが生まれる所。
そこに慈悲なぞなく、ただ事実だけが存在する。
「「陛下!」」
同時に双方の部下が駆け寄ってくる。
「なんじゃショーウ。お前が傍らにおってもこの戦い、あまり役に立たんぞ。この爺はまっこと強い。下がっておれ」
ワシは槍を握りしめ、はっしとハンス皇帝に視線を定めたまま、そう告げる。
この怪物爺相手ではショーウは勝てまい。いや、真っ先に殺されるじゃろう。
サポートとなるような相手は真っ先につぶすのが戦いの基本じゃ。
この場にあって、それをしないような好々爺ではあるまい。
じゃが、幸い向こうもウエーブと呼ばれし者が何ぞ話をしておる。
さあ、ここはさっさと切り込むべきか?
と次の一手に思いを馳せていると、ショーウが落ち着いた口調で。
「いえ決着です。包囲が完成いたしました」
そういわれてお互いの視線を外して周囲を見回すと、そこでは我がズラブル軍がハイーン皇国を完全に囲むように布陣をし、戦闘は終了しておった。
なるほど。これで決着じゃな。
そして向こうの会話も耳に入ってくる。
「陛下、誠に申し訳ございません。中央突破できませんでした」
「……よい。勝敗は兵家の常だ。して、突破を図った部隊は?」
「半数が戦死いたしました。今は下がり、この包囲を抜けるための隙を……」
「全軍降伏せよ。これ以上の無駄死にを私は認めぬ」
「陛下!?」
爺もこの状態を正確に理解できたようで、ウェーブ将軍に命じた。
ふむ、この時点でこれ以上戦闘を続けても、生き残れる可能性があるのは己だけだと気が付いたのじゃろう。
しかも、ワシを倒せればという条件が付く。
「私に付き合って、死ぬ必要はない。何よりここまで戦った相手を降伏した後まで、切り捨てるような相手ではあるまい? なあ?」
そう言いながら、この爺は晴れ晴れとした笑顔を向けてくる。
「無論じゃ。ここまで勇戦した者たちを降伏した後で首をはねるなど汚い真似はせぬ。むしろ今後ハイーン皇国を治めるためにその力を貸してもらいたい。無駄な混乱は望むまい?」
「うむ。勝敗は決し、敗者は勝者に従うは道理よ。ウェーブ、全軍に通達せよ。直ちに武装解除だ」
「……はっ」
ウェーブがその命令を受け入れ、した返事の声が妙に耳に残った。
一呼吸を置き、おもむろにワシは高々と槍を掲げて声を上げる。
「……勝鬨を上げよ!」
うぉぉぉ……!!
こうして、ハイーン皇国との大決戦に決着がついた。
さて、あとは事後処理か……。
くそ、やることが多い気がする。
「何、首を切られるまでの間、多少は手伝ってやろうではないか」
「クソ爺が」
ニタニタ笑いながらそんなことを抜かすこの爺はやはり食えぬ。
ここで首を切っておく方がよかったか?
これにて決戦は終着。
あとはどれだけうまくやるか。
そして同じ皇帝。同じ立場だからこそわかるものがある。
爺と幼女。
姿かたちは違うけど、それでもわかったものがあったのかもしれない。




