第1052堀:定番トラップ発動
定番トラップ発動
Side:ユキ
「……ということで、あの女神なんかを落とし穴に落とすから、準備を頼む」
『まーた簡単に言ってくれますけどねー。情報も確定しない状況ですよ? というか人員はどこから?』
「とりあえず、ウィードで待機しているスラきちさんたちの部隊を向かわせた。ダンジョン内で戦うならあれ以上適任の部隊はいないしな」
流石にいまこの戦場に配置している部隊は移動するわけにはいかない。
なので、とりあえず空いているというか、ウィードで仕事をしていたスラきちさんのスライム部隊に頼んだわけだ。
『あー、それなら安心っすね。しっかし、ダンジョンコアを持っているのに土地を掌握すらしないで攻め込むとか、相方のダンジョンマスターってあほじゃないっすか?』
「いや、おそらく相棒のダンジョンマスターってのはいないな」
『なぜっすか?』
「お前もちゃんと見ただろう。あいつは中級神派でルナから指名手配があったの」
『そういやあったすね』
「おーい、それで終わりかよ。ちゃんと頭使え。ダンジョンマスターってシステムを作り上げたのは自称上級神のルナだ。つまり……」
『ああ、あの女神からすれば、ダンジョンマスターはルナの手先ってことっすか』
「そういうことだ」
そう、あの女神は中級神の部下であり、ルナの意向に真っ向から逆らっているわけだ。
だから、そもそもルナが作り上げたダンジョンマスターを受け入れるわけがない。
『って、それだとおいらは何も準備する必要ないじゃないっすか』
「何言ってんだ、その戦域のダンジョンはスティーブの管理で独立させてるだろう」
『あ、そういえばそうだったっすね。えーと、今戦っている地域がここだから…、で、ズラブル軍は引かせるんっすよね?』
「ああ、そういう手はずだ。で、スラきちさんたちにダンジョンに落ちた女神と魔物は任せて、そっちは上に残った魔物を頼む。ショーウは引きはがして見せるとはいってるけど、どうあがいても数匹は残るだろう」
『そうっすね。と、範囲はこのぐらいで設定するっすよ。ショーウさんに情報を送ってくださいっす』
と、スティーブからやり取りしている間に作られた落とし穴の範囲の地図が送られてきた。
ま、向こうは向こうでやるとは言っているが、目安があった方がやりやすいだろうな。
ということで、早速ユーピア皇帝の近くに待機させていた霧華の部下に持たせたタブレットで情報のやり取りをする。
「ユーピア皇帝。そのタブレットに映る地図が確認できますか? 上空から見たリアルタイムの戦場です」
『見えておるが……、まさかこんな技術まであるとはな。で、上に何ぞ飛ばしとるのか?』
「そうです。詳しいことはこの戦いを切り抜けたあとで。で、ショーウ殿はいますか? この地図に描かれたこの範囲が落とし穴になる予定ですが……」
『はい。見えております。こちらが行動に移す前でよかったです。しかし、こんな便利なものがあるとは。是非物資としてこれもほしいですね。では、これから10分後にここまで後退しますので、一気にやってください』
「わかりました。無理はしないように」
『ええ。兵士を無駄に死なせるわけにはいきませんからね。魔術による一斉攻撃でひるませた後走りますので。よろしくお願いします』
「はい。任せてください。スティーブ。上に残ったやつらはちゃんと仕留めろよ。アレを下手に残すと退治するにも被害が大きいからな。余計なお客は俺たちの方で仕留めるぞ」
『へいへい。ステルスつかって上空で待機するっすよ』
『頼むぞスティーブ将軍。我が将兵たちの命は貴殿に預ける。そして、アスリンが絶賛するスティーブ将軍が力、存分に見せてもらおぅ』
『おおう! 流石ユーピア皇帝。おいらの励まし方をよくご存じで』
『アスリンに期待されて頑張らぬものなどおらぬよ。そしてくれぐれも死ぬなよ』
『それも了解っす』
おい、なんか俺を抜きで勝手にやる気満々にならないでもらえるかな?
お前の雇い主はアスリンでもユーピア皇帝でもないからな。
などというやり取りの間に落とし穴の準備も整う。
軽口を叩きながらもしっかり仕事はする。
ま、そうじゃないと将軍なんて任せてない。
「スラきちさん、準備はいいか?」
『おう。配置についた。後は女神がおかしな能力を持っていないことを祈るばかりだな』
「真っ先にコアの回収を頼む。それを使ってダンジョンを掌握されると不味いからな」
『了解。予定通り最優先目標はコアの回収だな』
「ああ。それさえ確保すれば、これ以上魔物を呼ぶこともできない。残るはあの女神のみってわけだ」
と、最終確認をしているうちに撤退時間まで一分と迫った。
『スティーブ隊、配置についたっす。ダンジョンの起動はいつでもいけるっす』
『スラきち隊も準備はできた。いつでもどうぞ』
「よし、あとはショーウ殿の指揮でうまく前衛がひけるかだが……」
『問題ない。ショーウがやるといぅたらちゃんとこなす』
ユーピア皇帝の言葉には懸念などみじんもない。
俺たちも黙って上空からの戦場の映像を見つめていると、魔物たちに向かって魔術が放たれ大爆発を起こすと同時に、一斉にでも整然と兵士たちが退き始めた。
指定ラインを目指し兵士たちは必死に後退しているが、やはり全部の魔物を足止めできたわけではなく、それなりに追いかけてきている魔物もいるが、幸いなのはその数があまり多くないことか。
そして……。
『ユキ様、今です! 落としてください!』
予想より早く、ショーウが合図を出してきた。
その時まだ、指定ラインにはたどり着いていない兵士もそれなりにいるにも関わらず。
だが、その兵士たちは追いかけてきた魔物を足止めするためにあえて残ったんだろう。
「了解。スティーブ」
『ういっす』
だから、そんなことでためらいはしない。
あの、勇敢にも足止めに残った兵士たちは自分の役目を全うしているのだ。
それに俺たちが何かを言う権利なんてない。
彼らは国の為に、仲間の為に、家族の為に、その場に踏みとどまった。
そして一瞬ののち落とし穴が開き、その兵たちをも巻き込みながら敵の魔物と女神、そしてハイーン皇国の前衛が落ちていく。
ズズゥゥゥン……。
そんな轟音と共に、朦々と土煙が上がる。
うん、よく使う手だが、どう見ても自然崩落にしか見えないな。
これならハイーン皇国だって俺たちに介入されたなどとは夢にも思わないだろう。
と、それよりも。
「スラきちさん。できれば仲間の為に最後まで踏みとどまったあの兵士たちの救出も頼む」
『余裕があればな』
と、勇敢な兵士たちの救援を頼んでおく。
崩落で死なないようにクッションスライムを配置しているから、女神や魔物にやられなければ生きているだろう。
『しかし、敵さんは落とし穴で減らしてればよかったんじゃないか?』
「それだと負けを認めなさそうだしな。それにレベルを考えると兵士は死んでも魔物の方は死にそうにないからな。無駄に兵士を殺す必要もないだろう」
『ま、確かにな。じゃ、スライム部隊出撃する』
スラきちさんはそう言い残して、落とし穴へと突撃していく。
あとは、結果報告を待つばかりだな。
取り合えず、あれだけ土煙が上がる中にあっても、女神や魔物たちに多少のダメージはあるがほとんど健在だとダンジョンの情報で確認できている。
その死んだ魔物はもともと兵士たちの猛攻を受けて体力が減っていた奴だ。
いやぁ実際、レベル150のミノタウロスを10匹以上倒せるって、ズラブル軍はかなり頑張ったよな。
とはいえ後衛であるリッチはノーダメージ。ま、そもそもこいつらは動いていなかった。
というか、女神が攻撃指示を出さなかったのが幸いだったな。
あれだけの数のリッチに広範囲の攻撃魔術を撃ちこまれてたら被害甚大だったろう。
このあたりが異世界の厄介な所なんだよな。
魔術というのが、地球で言う投てき爆発物になる。
まぁ、威力や範囲は魔術を使う者の才能に依るけどが、いずれにしろそれはこの世界において十分強力なものだ。
だからこそ、火薬などの自然科学ベースの軍備の発展が遅れたと言うのは納得がいく。
とはいえ、あの落とし穴の中では広範囲の魔術攻撃は味方を巻き込む自滅行為にしかならない。
これでリッチの動きは封じた。
残るのはミノタウロスと裏切ったハイーンの前衛、それとあの女神。
「スラきちさんたち、うまくやるかしら?」
「ダンジョン内でスラきちさんに心配はいらんじゃろう。天井がないからスライムの特性を生かせないが、問題ない。なにせ、未だに妾が勝てん」
なんだ、まだデリーユはスラきちさんにダンジョン内で勝利することをあきらめていなかったのか。
いやぁ、ダンジョン内ではスラきちさんはステータス大幅強化されるからな。
更に現代戦も習得しているだけじゃなく、アイテムボックスとスライム特有の無限触手をつかって同時に複数の銃器の運用も可能という、チート兵科になっている。
まあ、あえて難点を挙げればスライムなので魔力がないところは活動できないこと、そして対人の説得についても得意とは言えないから、敵拠点への侵攻要員としてはちょっと使いづらい。
そして何より使えるのは、こういう拠点防衛だ。
今回は自拠点を無理やり作り出したわけだが。ま、やっぱりこのやり方は効果的なようで、敵の魔物がみるみる内に減っていく。
「流石はスラきちさんですねー。ね、先輩」
「ええ。見事な手際です。スラきちさん」
なぜかメイドのサーサリやキルエに称賛されまくるスラきちさん。
まぁ、意外と情報収集関係でキルエやサーサリは繋がりはあるから別に不思議じゃないか。
『こちらスティーブ。外に残っていた連中はハイーン皇国側も含めて殲滅完了っす。待機位置に戻るっすよ』
「了解」
などと落とし穴の方に注目している隙に、気が付けばスティーブの方はきっちり仕事を終え、部隊を引いていた。
そして、ドローンからの映像では、『女神出現』などという馬鹿なイベントがあったにもかかわらず、ズラブル大帝国もハイーン皇国もお互い軍を引こうなどとはせず、落とし穴を迂回するように動いている。
「やっぱりここで決着をつけるようね」
「ああ、どっちも引く理由はないからな。それに真ん中の落とし穴に落ちた連中にも止めを刺したいだろうし」
「確かに。あんな得体のしれない第三軍を放って置くことはできないわよね。しかも落とし穴に落ちているんだし。こんなチャンスを逃すわけにいかないわね」
そう、ズラブル大帝国にしろ、ハイーン皇国にしろ、あの落とし穴に落ちた意味不明の第三軍はとりあえず止めを刺しておきたい所だろう。
下手に態勢を整えられると厄介なのは目に見えているからな。
まあ、ズラブル大帝国のトップの方は俺たちと繋がっているから、そんな心配はしていないだろうが。
「ユキさん。落とし穴に落ちた女神軍ですが、残る反応はハイーン皇国の前衛と女神のみになりました」
「お、意外と早かったな」
ミリーからの報告で再び落とし穴の情報へ目をやると、
流石はスラきちさんといったところか。
などと感心したところに、スラきちさんからの通信が流れてくる。
「どうしたスラき……」
『なぜだ、なぜダンジョンがこんなところにある! 上級神の手先であるダンジョンマスターは全て滅したはずだ!』
ほほう、お前か。
お前が掃除したせいか。
そのお陰で俺たちがどれだけ情報収集に苦労したか……。
『め、女神様、私たちはどうすれば』
『そうだ! お前たちは栄えある神の先兵となったのだ、腑抜けてないで私の盾となれ! その間に脱出の手はずを整える!』
『は、はい! よし、お前たち前にでて……うごぱぁ!?』
『くそっ、この使えない者たちなどどうでもいいが…、スライムごときになぜミノタウロスやリッチがやられるのだ! そしてなぜ、私の偉大なる魔力すら通用しない!』
そりゃー、普通に防御を突破できないだけだろう。
ともかく……。
「捕獲して、装備は取り上げて連れてこい」
『了解』
『わ、私がスライムごときに! ふ、ふざけるなぁぁぁぁぁあぁぁぁぁ!』
よし。これで重要参考人は確保した。
あとは……。
「ユーピア皇帝。掃除は完了。後は任せた」
『うむ。任された』
定番であるということは、安定している、よく使われるということ。
つまり、効果が高いということ。
単純であるからこそでる威力があるわけです。
落とし穴は現代でも使える最古のトラップといっていいでしょう。




