第1043堀:協力要請
協力要請
Side:ユキ
『え?』
『ん? 話を聞きに来たのではないか? こちらもホトホト困っているのだ。どうかウィードの力を貸してほしい』
おぉ、なかなか珍しい状況だな。
あの霧華が驚いて固まっているし、敵かもしれない相手に相談したいとかいい出すウェーブ将軍の方もだ。
そして何より謎なのは、じゃあ、なんで無線を使わないのか。
無線機には発信機を付けているから、破壊された、あるいは廃棄されたかどうかはこちらでもわかる。
で、その無線機は今現在もちゃんとウェーブ将軍と同じ部屋に使える状態で存在している。
なら霧華が現れる前に、そもそも無線機を使って相談しろよ。
そう心の中で思っていると、やっと正気に戻った霧華が核心を問う。
『はぁ。ご相談に乗るのは構いませんが…、なぜ今まで無線機を使わなかったのでしょうか? ユキ様からは何度か連絡が入っていたはずですが?』
そう、俺はちゃんと向こうの状況を見計らったうえで、何度もコンタクトを取ろうとしていたし、その時ウェーブ将軍から話を聞くことは十分できただろう。
つまり、無線機があるのだから相談ならいつでもできたはずだ。
それがここにきて相談とか、違和感が半端ない。
『ええ。確かに来てはいましたが…、ただ、私としてはどうもこういうモノにはなれなくてですな』
『慣れない?』
『はい。遠くの音、声が即座に届くというのは素晴らしいものです。しかし防諜や密談には向かないと思うのです。何しろ、向こう側に誰がいるのかを全く確認できないですからね』
『なるほど。確かにその通りですね』
うん。霧華もそうだったようだが、俺もそれはよく納得できる。
無線機っていうのは便利な反面、相手やその状況を確認することができない。
なにせ声だけしか伝わらないからな。
その背後に何がいて、何があるかすらわからない。
そういった意味で、ウェーブ将軍の判断は確かに真っ当なものだ。
防諜に完璧を期するのであれば、直接会って話す方法が一番だ。
とはいえ、今も霧華を通じて音声はこっちに流れているし、それ以前に発信機もつけているから動きは筒抜けなんだがな。
それを考えると、確かにウェーブ将軍の懸念は当たっているだろう。
と、そこはいいとして話の続きだ。
『では、姿を隠しているとはいえ、私とであれば話すことは可能と考えてよろしいでしょうか?』
『ええ。この城に忍び込み、姿を見せることなくこうして実際に話をしているのです。であれば、私を追い落とそうとする輩ではないでしょう』
『追い落とす? ウェーブ将軍をですか?』
おや、何やら雲行きが怪しくなってきたな。
いや、元々助けてくれって言ってたしな。
『ええ。まあ、相手の正体もやり方もわかりませんが、私はこの皇都に戻って以来、いまだに皇帝陛下との謁見をしていないのです』
『謁見をですか? では、皇帝陛下には我が国と接触したことを伝えられていないと?』
『お恥ずかしながら、その通りです。まあ、大臣たちなどには伝えたのですが…。本来であれば、こういう大事な案件は皇帝陛下が直々に判断を下すのですが、その回答が今までないのです。もちろん判断が難しいことを言っているのはわかっていますが、そうであれば尚のこと、ウィードとどう接触をしたかなど、陛下は詳しい説明を求めるはずですが、それすらもないのです。そうなると何者かが私の妨害をしていると考えるのが妥当でしょう』
そういうことか。
ウィードという未知の国の存在を伝えたはずなのに、皇帝は話を聞こうともしない。
それはどう考えてもおかしいとウェーブ将軍自身も感じているということか。
そうだよな。下手をすればズラブル大帝国だけでなくウィードも敵に回すことになる。
しかもこっちは海上ルートに強大な戦力を持っているという情報まであるのにだ。それにも関わらず全く話を聞こうともしないっていうのはあまりにおかしすぎるな。
だからウェーブ将軍を妨害していて、皇帝との謁見を邪魔している者がいると判断しているんだろうな。
『……話はわかりました。で、この状況で私、いえウィードにどのような手助けを求めているのですか? 力を貸してほしいといわれましたよね?』
『はい。貴方が……あー、なんとお呼びすれば?』
『あなたで結構です。私とはこの場この時限りの対話の相手ですので』
『確かに、それがお互いのためですな。では、単刀直入に申しましょう。貴方にはぜひ皇帝の様子を見てきてほしいのです』
『皇帝の?』
『はい。私自身は今のところあくまで皇帝陛下に拝謁を求めて待っている者という立場です。それが無理に押しかければ問題になります』
まあ、それは確かにそうだ。
許可なくトップの人に拝謁をするとか、無礼千万どころの話じゃなくて不穏人物として処分されかねない。
何より、今回は俺たちウィードという聞いたこともない国と接触し、その説明に来たということで周りから警戒されているだろうしな。
だから……。
『私はこれから皇城の門の方へ行ってわざと雑談をしてきますので、その間に皇帝陛下の様子をうかがって来てほしいのです。そうすれば、私とは関係ないと証明できつつ、貴方は安全にハイーン皇国の皇帝の姿を確認できるわけです』
『安全というのはどういうことでしょうか? 将軍が門に向かったところで、警護の兵士の陽動にはならないでしょう』
『ああ。いや、私が陽動をするというわけではないのです。ただ、協力してくれるのであれば皇帝陛下がいらっしゃる場所をお教えしましょう』
なるほど、こちらの手間を省くために城の地理を教えてくれるってことか。
確かにマッピングは外からのドローンによるものしかできていない。
何せ、皇都は敵のダンジョンマスターの本拠地である可能性があり、こちらのダンジョン支配下に置けるか微妙なところだからだ。
実際には、敵にダンジョンマスターがいないという可能性は今のところかなり高くなっているが、まだゼロではない。
そんな中、この皇都のダンジョン化に失敗した場合は途轍もなく面倒になる可能性が高いので、今のところは情報収集に専念している状態だ。
というか、その情報を集めるためにウェーブ将軍との接触を図ったわけだ。
あわよくば皇帝の情報も得られればと思ってな。
そのチャンスというか、伝手がウェーブ将軍からもたらされたって感じだな。
『……主様。話は?』
「聞いている。罠の可能性もあるが、乗ってみたくもある。霧華はどう思う?」
『今のままでは何とも。もう少しお話をしても?』
「かまわない」
霧華が納得できなければ強行させても意味がないからな。
不満は集中力欠如につながりかねないので、そこら辺の判断は霧華に任せている。
『いかがですか? 私の作戦に乗ってくれますか?』
『いえ、今のままでは。少し質問をよろしいでしょうか?』
『はい。どうぞ』
『皇帝陛下の様子を見てくる。それはいいでしょう。しかし、その結果を聞いて、ウェーブ将軍はどう行動をとるつもりなのでしょうか? たんに皇帝陛下のご様子が知りたいだけということであれば、そのようなことをあえてする価値はないと思いますが』
確かにな。要求はただ様子を見てきてほしい。それだけだ。
それだけではウェーブ将軍に協力する理由にはならない。
次の行動を教えてもらわないとな。……こちらを罠にはめる可能性も捨てきれないし。
『そうですな。皇帝陛下がどのような状態かによりますが…。ズラブル大帝国が迫っている今、手をこまねいていては多くの者が犠牲となるでしょう。それを少しでも減らすために私は動くつもりです』
『また随分と漠然としていますね。ウィードやズラブル大帝国との戦争も場合によっては辞さないとも聞こえますが?』
『はい。そのような判断をする場合もあるでしょう。なにしろ私はこの国に忠誠を誓う将軍なのです』
うん。はっきり言ってくれるから好感は持てる。
だが、敵対する可能性もあるとなると協力するメリットがなぁー。
『まあ、お悩みなのは分かります。だからこそ、まずは皇帝陛下の状態が知りたいのです。ここまで皇帝陛下が顔を見せないことはございませんでした。絶対に何かがあったのです。重臣たちが何かを隠していると踏んでいるのです。それを確認できれば……』
『そこから打開策が生まれるかもしれないということですね』
『その通りです。だからこそ、この国の将軍たる私は、あえてあなたに皇帝陛下の下へ至る地図の提供をするといっているわけです。それで信じていただけませんかな?』
『……いいでしょう。罠だった場合には将軍と皇帝の首をいただいていきます』
『はは。いいでしょう。この首も、それ以上に陛下の首も簡単にくれてやるつもりはございませんが、嘘を言ったつもりはありません。では、約束を果たしましょう』
ウェーブ将軍はそういうと、テーブルの上にある紙にペンで地図を描き始め……。
『皇帝陛下が住まう寝所は、この城の頂上ではありません。あれは飾りですね。なにせ階段の上り下りだけでも大変ですから』
うん。知ってる。
尖塔っていうのはどちらからというと幽閉するための場所だ。
とはいえ、ここは剣と魔法のファンタジー世界だから、魔法技術を使ったエレベーターみたいなのがあってスーッと行けるのかもと思っていた。
残念ながらこのハイーン皇国もそこまでのファンタジーではなく、あくまで中世ヨーロッパの城塞を踏襲しているようだ。
ま、どこの世界もやはり同じような構造にたどり着くんだろうなと思う。
とはいえ、さすがここは栄華を誇るハイーン皇国の皇城。防衛こそ主とする騎士の城ではなく、あくまで貴族階級の者が住む豪華な城の構造となっているようで、大きな通路や広間が描かれていく。
あ、ちなみに霧華の視界をそのまま映像として送ってもらっているので、こっちにも描かれつつある地図がリアルタイムで見えてるわけだ。
『今、私がいる部屋がここです。ここ一帯は、私のような将軍やお客が宿泊する場所です。城の中心からは区画も離れていて移動すると目に付くでしょう』
要人警護のための措置だよな。
うかつに国のトップと、他国の要人を同じ場所に泊めるわけにはいかない。
何かあれば、速攻国際問題だしな。
あれだ、日本でわかりやすく言うなら、皇居に他国の要人が泊まるとかみたいなもんだな。
普通なら別の場所にホテル取るっていうやつだ。
『そこで先ほど話したように、この件で私は何も関与していないと証明するために、巡回している兵士や門の兵士たちといろいろ話をしておきます。ここで疑われるのは今後の行動に問題が出ますからな』
『なるほど。そちらも私を信用していないということですね』
『失礼ながら、失敗する可能性がゼロなどというのはありえませんからな。ちゃんと予防はさせていただきます。最後に万事うまくいけばいいだけです』
巧いこと言うな。確かにその通りではある。
ウェーブ将軍が怪しまれるのもよろしくない。
だからこその行動ってわけだ。
で、そんなことを話しているうちにウェーブ将軍が地図を描き上げる。
『皇帝陛下がいる場所はここ。城の中庭の中央に独立して建つこの部屋です。周囲は常に複数の兵士が巡回しており、窓際や扉にはさらに固定の衛兵がいます』
へぇ、意外と真剣に守っているな。
いやー、これだと潜り込もうとしても見つかる可能性があるっていうのは納得だ。
普通なら見つからずに潜入するのはほぼ不可能だろう。
『とりあえず、今日は周囲の状況の確認をしてきてください。後日ちゃんと予定を立てて、皇帝陛下の様子がうかがえるタイミングを作りましょう』
うん。ウェーブ将軍は真剣に考えているみたいだ。
そして、霧華は……。
『わかりました。では、とりあえず様子だけでも見てきましょう』
そう言って、お使い仕事としてハイーン皇国皇帝の様子を見に行くことに同意したのであった。
皇帝と面会できない理由とは?
そのために霧華は敵地奥深くへと忍び込む。




