第1040堀:手に入れたものは最大限に利用する
手に入れたものは最大限に利用する
Side:ユキ
「また、ずいぶんと思い切ったわね」
セラリアはそう言いながら、俺が渡した書類をテーブルに置く。
その表紙にあるタイトルは
『大規模防衛線構築』
そう、ハイーン皇国をどう攻めるかではなく、ウィードは専ら防衛に徹するという作戦だ。
「ああ、もう攻撃は全てズラブル大帝国に任せる。周りのダンジョンはすでに霧華たちが制圧している。だから我々にはこれ以上は何もできない。なにしろ相手の情報がないからな。で、そうなると、あとはひたすら防御を固める方がいい。というかそれしかない」
戦略を立てるために必要な情報が集まらないなら、あとは攻撃か防御かに力を入れるしかない。
そして、現状俺たちがすべきことは、ズラブル大帝国の崩壊を防ぐことと、フォーマ王国を攻める第二方面軍の被害を少なくすることの2点だけだ。
それはつまり、対象をどう守るかということだ。
であれば、防御を固めるしかないという単純な話だ。
「そうね。敵が動きを見せない以上、私たちは守るか攻めるかのどちらかを取るしかない。だけど後々のことを考えれば、私たちが表だって攻めるわけにはいかない。だから守るってことね。でもまた随分思い切ったわね。小規模ダンジョンをつないで防衛網の構築をするなんて。しかも予算も最低、ギリギリじゃない」
「守りに徹するといっても、やるからには確実に敵は叩き潰したいからな。で、そのために取られてもいい、破られてもかまわない防衛網を構築する。とはいえ、そう簡単にとらせるつもりもない」
今まではダンジョンを敵に取られる不利や弊害を恐れて展開は控えていたが、既に敵のダンジョンを数多く手中に入れている。たとえこれが取り返されたところで別に痛くもかゆくもない。
だからそれをそのまま利用してやろうということを思いついたわけだ。
いままで落としてきたダンジョンを線状にゲートで繋ぎ、その一部に総司令部を設置して全体の管理をすることで各地のダンジョンの動きを一か所で把握できるようにする。
これでゲートを通じてスティーブや霧華を一点集中で運用できるわけだ。
どこかでいう機動防御作戦だな。
……うーん、崩壊しそうだな。でも、やるしかない。
あっちとは移動手段が違うのだよ。だから大丈夫。
という、俺の不安をよそにセラリアは納得したようで……。
「これで相手の動きに即応できるってことね。でも、そのシステムから漏れる最北端の方は?」
「あっちはユーピアが軍を動かして万が一に備えてるからな。我々としては精々鳥型の魔物かドローンを飛ばして監視だな」
「ズラブル大帝国がキチンと出向いている以上。こっちはそう簡単に手を出せないってわけね」
「そういうことだ。あくまでもこの戦いは、ズラブル大帝国率いる西側とハイーン皇国を中心とする東側の戦いだ。そこで俺たちが表立って首を突っ込むわけにはいかない」
「でも、戦車隊の派遣はしたわよね」
「冗談でも負けてもらっちゃこまるからな。ついでにいい加減戦果をあげないと戦車たちの存続が危ぶまれている」
そう、ウィードを牛耳る山ノ神々から空母を運用し、戦闘機の活躍を見た今、再び戦車の必要性にきつい疑問が出ているのだ。
特にエリス。
『空から何でもできるから、戦車なんていりませんよね』
と、にっこり笑顔でいわれるのだ。
「あー。まあ、エリスなら言いそうね。燃料代だけでも馬鹿にならないし」
「いや、別に今はルナが出してくれた物資で補えているからいいだろう?」
「だって、戦車も元々DPからだから戻ってくる分もあるのよね。それを狙っているんでしょうね」
「……だろうな。でも、戦車は必要なんだ。歩兵の盾なんだ。なんといってもこういう陸戦ではどうしても必要になる。なにより、空陸で連携して初めて真価を発揮するんだ。というか、そもそも航空支援をするわけにはいかないからこその戦車での支援だ」
「そうね。表立って航空支援なんてした日にはズラブル大帝国内部にも私たちを敵視する連中が出てくるでしょうね。まあ、それをいったら戦車だって同じだけど」
「戦車はまだ陸戦だし、ユーピアに指揮権を預けるから安心なんだよ。で、ズラブル大帝国から見れば、自分たちのところには空戦ができるワイバーンがいるから一方的に攻撃できると思えるしな」
助けるとは言ったがあまりに強烈な支援はかえって逆効果ということだ。
だから戦車は必要だとエリスを説得したわけだ。
ホント、財布のひもを握られている旦那はつらいつらい。
どうしても軍事はお金がかかるからなー。
とりあえず、ただ埃をかぶっている無駄飯食いと思われているのはまずいから、この戦いで役立つところを見せなくっちゃというわけでは決してない。
ユーピアやショーウ、そしてズラブル大帝国の国民はもちろん敵対するハイーン皇国側のためにも『速やかな戦乱の収束』のために戦車部隊を動かすわけだ。
決して俺が戦車を取り上げられたくないからではない。
「ま、貴方の本心は置いといて、十分に予算内だし私としては否定する理由はないわね。これ以上情報を集めるのも難しそうだし。大山脈の方もあれからめぼしい情報はないんでしょう?」
「ああ。結局火口のヒュドラをアスリンが説得した後は特に情報は見つからないな。ゲーエンはせめて山頂までたどり着いたと思いたいんだけどな」
そう、大山脈の情報収集は思ったほど進んではいない。
いや、普通に考えればたった一か月にも満たない時間で大昔の人物の痕跡が見つけられるわけがない。
そんなの簡単だろうなんて感じでいると、学者さんたちに怒られるだろう。
地道な積み重ねが結果につながるのだ。
まあ、遺跡調査とかは、偶然見つけるんだけどな。
「もとよりそうそう見つかるとも思っていないでしょう。そもそもアスリンたちを戦場から引き離すのが目的だったんだし」
「まあな。アスリンたちがユーピアと仲が良すぎるというのもまったく、考えものだよな。ま、大陸間交流が始まれば多少は落ち着くだろうが」
「仕方ないわよ。いきなり現れた子供たちを妙に大事にするユーピア皇帝を見れば、アスリンたちを警戒しないわけにはいかないでしょう。その正体を知っている重臣たちならともかく、特に属国の人とかは取り入っていると思うわよ」
「世の中素直に好意だけでなんて、そうそう考えられないよな」
なんとも世知辛いことだ。
アスリンたちを大山脈に調査に向かわせたのはもちろん、エージルの提案があったからだ。
その背景が、最近ユーピア皇帝がアスリンたちというと語弊があるが、俺たちウィードと妙に仲良くなりすぎているのが問題だった。
ぽっと現れた人たちと自国の最高権力者が妙に懇意にしすぎるのは周りに不安を与える。
そして、アスリンたちの実力を知っている連中はなんとしても戦力に組み込みたいだろう。
俺だってそう考える。
子供であればたやすく利用できそうに思えるし、そして何かが起こっても『子供がやったこと』でどうにでもうやむやにできるからな。
まあ、そういうのを避けるために今回の大山脈の派遣へとなったわけだ。
「で、下手に助けてもこっちとしても見返りを求めないといけないし…。だからこそこっそり守る方向にしたんでしょう?」
「ああ。誰も知らない、気づかないところで密かに守るだけなら、ズラブル大帝国への評判には影響せず、何かの見返りも請求しないで済む。なんてってもこれが最大の利点だよな」
「戦後の後始末で賠償金の処理とか、本当に大変なのよね。もらう方も、渡す方も」
「どっちも疲弊してるからな。相手の土地を奪えば潤うっていうのはそんなの幻想だ」
復興費はもちろんその土地に住む人の生活保障も考えないといけない。
ポンとお金や土地を渡してハイ終わり。ではないのだ。
『それから』が勝った方にも、負けた方にもやって来る。
そしてそれは非常に非常に大変だ。
しかもウィードにはそういう類の土地の管理が全くできない。
なにせ人がいないからな。
だからこそ、こういう参戦が望ましい。
俺らにしてみれば、魔力枯渇現象の調査さえできればいいんだからな。
「そう、面倒がないのはいいことだわ。後でちょっとお礼をもらうだけだからね。そして、あとはズラブル大帝国がフォーマ王国を攻めるのを待つばかりね。何か向こうに動きはあるの?」
「いや。そもそもフォーマ王国の方はいまだに自分たちが攻められるとは露程も思ってないようだな。第二方面軍は王都での再編を終えて動きはじめたが、うまく隠蔽しているようだな。それについてはミラベル将軍率いる第三方面軍が敵を引き付けているのが大きいみたいだな」
「敵ね……。流石にノダル王国を落としたことは周りに影響を与えているみたいね。そういえば、その第三方面軍にダンジョンの魔物を率いて敵が来たみたいなことはないわけ?」
「その手の報告も聞いてないな。それにダンジョンの防衛線にもなにも引っかかってない。いやぁ、本当に敵は情報が全く集まらないんだよなー。いよいよダンジョンマスターが一切関与していない可能性が高くなっている」
俺としては不思議でたまらない。
こんな便利な拠点構築技術があるっていうのに、当の昔に終わっているとか。
「ま、いずれにせよ動きがないのだから、じっくりやるしかないわね」
「ああ。攻撃は全てズラブルに任せて俺たちは防御に徹する。攻撃支援は戦車部隊ぐらいだ。とはいえ、ダンジョンマスターが出てこなければ特に問題ないだろう。単なる戦争に関しては百戦錬磨だろうからな」
「了解。私も許可を出すわ。防御線の構築おねがいするわ」
「わかった。早速取り掛かる」
ということで、俺はサインをもらった書類をもってセラリアの執務室から出ていく。
さあ、ここから忙しくなるぞ。
フォーマ王国へズラブルが攻撃を開始する前に機動防御の構築を済ませなければいけない。
既にゲートは繋いだが、どういう運用方法で、どのぐらいの部隊を送り込むかっていうのはまだ決まっていない。
「霧華。いるか?」
「はっ。ここに」
「機動防御の許可は取れた。スティーブたちを現場の作戦指令室に集めろ」
「了解しました」
いまここで動かせる戦力は基本的には魔物軍だけだ。
もちろん、いざとなればウィードの正規戦力もいけないことはないが、それはなるべく避けたい。
ダンジョンマスターの奴が動かないことを祈ろう。
それか、スティーブたちの部隊で対処できる規模の戦力だといいな。
ともかく、できる限りのことはやらないといけない。
今すぐにでも敵が動き出す可能性だってあるからな。
「しかし、今後はこういうことを繰り返さないように、もともとの作戦根幹を見直す必要があるな。こんなことしてたらこれから先、ロガリ大陸やイフ大陸で大陸間交流同盟反対派が動き出さないとも限らないしな……」
今回の戦争だけでなく、これからのことも考えるとやる気がなえてくる。
それでも、やるしかないよな。
とにかく、まずは目の前の問題を解決する。それしかない。
はい。どこかの敗北作戦とか言わないように。
こっちの方はちゃんと移動に時間がかからないようにしているから、多分大丈夫!




