第1037堀:雪山はマジで寒い
雪山はマジで寒い
Side:ラビリス
「へぇ。ほんの目と鼻の先にあったわね。この広場」
私が見回すこの場所はよくこれだけの広場がこんな山の上にと思える広さで、楽にコンテナ拠点を10個はおけそうなの。
ま、ここも雪が積もっているから直接地面が見えるわけじゃないけど、先ほどの無茶苦茶な登山道とは違って十分平たいといっていい場所だ。
だれかがわざと作ったような感じもするけれど。
「ありがとう」
「ありがとうなのです」
「ゴゴゴ」
この場所に案内してくれたロックアイスゴーレムはすっかり馴染んで、アスリンとフィーリアを肩に乗せて楽しそうにしているわね。
本当にアスリンは天性の魔物使いね。
「さて、まずはコンテナを設置して、キャンプ地の確保といこうか」
「そうね。みんなもうちょっとだけ頑張るわよ」
「「はーい」」
「わかったわ」
予定よりちょっと押しているし、拠点は早く準備しておいた方がいいということで、私たちは早速コンテナを取り出して、1個1個中の最終確認をしていく。
幸いにもここも魔術が使える範囲だったので、アイテムボックスに入れてきたコンテナ拠点をそのまま設置するだけで済んだからホント楽なものよね。
うん、コンテナの設備もきちんと動いているわ。
さて、あとは倉庫用のコンテナに必要な物資をきちんと収納するだけ。
「うん。こんなものね」
で、収納した物資の量はリストと照らし合わせて確認をとる。
この拠点で一か月近くは探索ができるだけの物資をそろえているからかなり数があるの。
「さ、これで準備は終わったし、次は今後のための会議ね」
私は自分の担当の準備を整え終えたので、会議室のコンテナへと移動する。
コンテナ同士は専用通路で連結してあるので、この一面の雪の中いちいち外に出なくて済むのはいいことね。
昨日は臨時の設営だったからコンテナは3つだけだったけど、居住区や倉庫などとして6個のコンテナが連結してあって、それとは独立して2個の研究用コンテナをエージルの研究設備として設置してあるの。
「おや、そっちは物資を全部出し終わったのかい?」
私がコンテナの部屋の一つを移動しているとドアが開いてエージルが入ってきた。
「ええ。なにしろアイテムボックスから物資を出して並べただけだもの。時間はかからないわ。で、エージルの方はどうなの? 一応研究室を出したんでしょ?」
「ああ。こっちの準備も大体終わったよ。といっても実際には研究テーマによって必要なものは変わってくるし、しょせんあの程度の研究施設じゃ調べられるものもたかが知れているけどさ」
まぁ、そうでしょうね。
エージルとかコメットの研究室っていつ見てもゴチャゴチャといろんなもので一杯だもの。
でも、ちょっと疑問があるの。
「ここでも研究というのはわかるけど、今はゲーエンと基礎的な魔物の調査よね。それで研究コンテナって必要なのかしら?」
「ま、魔物の調査用だね。ここに来るまでに退治できてたらその遺体をばらして色々調べようと思ってたんだけど、残念ながら魔物については成果がないからね。今のところ精々周りに積もっている雪や岩でも回収して魔力の含有率を調べるぐらいだね。あああと、アスリンが手懐けたロックアイスゴーレムからちょっとでいいからサンプルをもらえればいいんだけど」
「そこはアスリンとロックアイスゴーレムに交渉してちょうだい。魔物との交渉は私の管轄外」
「だよねー。あとはクリーナの情報にあったワイバーンとサラマンダー、ヒュドラだけど……」
「その魔物はもっと上に行く必要がありそうよね」
そっちのメンバーはおそらくもっと上でしかも温かい場所にいるはず。
火口付近と予想されている。
そんな話をしつつ、会議室へと入っていった。
ここは会議室用として用意されたコンテナだから、ちゃんとホワイトボードやプロジェクションもある。
それだけじゃなく飲み物を用意するケトルやちっちゃな冷蔵庫もあって、まさにここでずっと会議しても大丈夫という感じの場所だ。
「いや、随分しっかりと会議の準備が整ってるね。これってミリーがやったの?」
「いえ。他のコンテナも準備に手間取らないように最初から作ってあるでしょう? ここも出した時からこんな感じよ」
「いやぁ、僕たちが会議慣れしている証拠だね。だけどこれって喜べばいいのやら、悲しめばいいのやら。…って、そういえばショーウ殿はどこだい?」
「そういえば見かけないわね」
彼女は私たちと違ってコンテナを持ち運んでいるわけじゃないし設営にはかかわってなかった。いったいどこにいるのかしら?
「とりあえず、外にいるアスリンたちを呼びましょう。ショーウもコンテナの中にいないのなら外でしょうし」
「そうだね。彼女たちには周りの警戒に当たってもらっているし」
そう、アスリンたちはロックアイスゴーレムもいるので、私たちが拠点の設営をしている間は周りの守りを任せてたの。
といってもまぁ、ただ雪で遊んでいるんでしょうけど。
ということで、3人でコンテナの外にでてみたら……。
「こう、でしょうか?」
「うん。そうだよ」
「ごご」
「そうなのです。上手なのです」
なぜか、ショーウとロックアイスゴーレムがペアになって雪だるまを作っていた。
「3人とも何をやっているのかしら?」
「あ、ラビリスちゃんたちだー」
「今雪だるまを作っているのです」
「そうですね。雪だるまを作っています」
うん。それは見れば分かるわ。
ま、ショーウまでが周りの警戒を放り出してこの子たちと一緒にこんなことをしてるというのは……。
「暇だったのね」
「うん。周りにだぁれもいないし、イグちゃんとフェーちゃんからもずっと何も反応なしって」
「なので周りの岩石を調べるついでに雪を固めていたのです」
「あ、はい。その通りです。確かに雪だるまを作ってはいましたが、ただ遊んでいたわけではありません」
アスリンたちが任されたお仕事をさぼることなんてしないから、雪だるまを作っていたのは本当についでなんでしょう。
まあそれについては別段、私たちが何か言う必要もないわね。
あれでちゃんと警戒していたからこそなにもなかったんだし。
「しかし、魔物の反応が全くないね……。上空警戒のイグちゃんとフェーちゃんにもワイバーンの確認ができないってこと?」
「それなら、多分あっちだって言ってたよ」
アスリンはそう言いながらさらに山頂の方を指さす。
そっちの方を見るとうっすらとではあるが、たしかにまだまだ上が存在してるの。
そう、この場所も随分登ってきて一応山頂付までは辿り着いたけど、まだ真の山頂ではない。
いやぁー、世界ってすごく広いって実感させられるわ。
「山頂からうっすら煙が立ち上っているのが見えたって言ってたから、多分そっちにワイバーンたちはいるのです」
「へぇ、なるほど。ここもすでに雲の上。実際には火口の様子は普段は見えないってことか」
「煙が出てても雲って勘違いされそうね。それと、ヒュドラを確認するのは骨が折れそうね」
ミリーの言う通り、敵に気付かれないようにいくのはかなり大変そうね。
でも、もっと近くだったらこんなのんびりにコンテナベースも展開できないでしょうし、よかったと思うべきかしら?
と、そんなことを考えていたら、いきなり肌に突き刺さるような風がビューっと吹く。
「「「!?」」」
ううっ!? ものすごく寒いわ。
コンテナの中は適温を保ってくれているから、うっかり体温維持の魔術を切っていたのが失敗だったわ。
「さ、寒すぎるわね。拠点の準備はできたからアスリンたちも入ってきて。ロックアイスゴーレムはちゃんと言うこと聞きそう?」
「うん。大丈夫だよ。じゃ、お話してくるから待っててね」
「ごっ」
うん、あれってアスリンの言うことがちゃんとわかっているわね。
まあ、敵対したからってコンテナをどうにかできるレベルも技量も確認はできないけど。
びゅーっ!!
「「「!?」」」
もう一頻り吹いた風に追い立てられるように私たちは即座に部屋に戻る。
もーこれ以上は耐えられなかった。
「……雪山なめてたわ」
「……うん。本気で寒い。一瞬で体温持っていかれた」
「……雪山に魔術なしで挑む人たちがいる地球って超人ばかりなのでしょうね」
こんな極限の世界にただの服に過ぎない防寒具と山のような荷物をもって単身山に挑むなんて、どこをどう考えたって自殺願望者以外の何者でもないわ。
地球の人おそるべし。
レベルとかステータスの概念なんてなくても、その知識と度胸で挑むところがきっと未来を創るのでしょうね。
「それはもう間違いないわ。だってユキさんが生まれた星だもの」
「いやー、それはただの趣味だからだと思うよ」
「ま、そんなことより、とにかくあったかいお茶を入れてくるわ」
「あ、私の分もお願い」
「僕の分もお願いするよ」
「ええ。もちろんみんなの分も用意するわ。会議室で待ってて」
ということで、私はキッチンの方へ行ってお茶を入れ、お菓子もだす。
ホントに十分に道具もそろえてある。
あらためてこういう準備こそが大事だと実感できる。
「下手をしたら私たちってあの雪山の中にテントを張っただけで頑張らなくちゃいけなかったのよね」
う~っ、先ほどの刺すような寒さを思い出しただけで身震いがする。
あんなとんでもない世界で生きていけるって、やはり生半可ではないわ。
「さ、温かいお茶の準備もできたし、戻りましょう」
私は出来立てのお茶をもって、会議室へと戻ると……。
「お、やっと来たね。さぁ、早く温かいお茶を頂戴!」
「私もお願い!」
いまだに寒さが残っているらしいエージルとミリーは揃って、餌を持って帰ってきた親鳥を見つけたヒナのように体を震わせながらお茶を要求。
「はいはい。アスリンたちもいる?」
苦笑いしながらまずは二人のお茶をそそぎながら、席に座っているアスリンたちにも確認を取る。
「うん。頂戴」
「飲むのです!」
「はい。いただきます」
ということで、全員分のお茶を用意してから席に着く。
私も暖かいお茶を一口口に含んでホッと息をつく。
「はぁ~。あったまるわね」
「ええ。本当に。正直このまま温かいお酒飲んで寝たいくらいだわ」
「それができたらいいんだけどねー。でも、そうはいかない…。じゃ、とりあえず拠点は確保した。で、これからどうするか、だね」
「うにゅ? これから調査に行くんじゃないの?」
「うん、ゲーエンって人を探すのです」
「はい、そうですね。アスリン殿、フィーリア殿の言う通りです。ですが、まずはどこをどう探すかという話し合いということですね。今まで見てきたように、この大山脈はとてつもなく広い。だからやみくもに探しても見つかりはしないでしょう」
ショーウの言う通り、これから話し合うのはゲーエンってダンジョンマスターかもしれない人物の痕跡を探すための方法。
でも……。
「正直にいうわよ? 私はこの雪の世界でゲーエンの痕跡を見つけることは不可能だと思うんだけど? おそらく、麓の森か中腹の森のどっちかで骨になっていると思うわ」
私ははっきりという。
どこをどう考えたって、ここまでゲーエンがたどり着けたとは思えない。
よしんばたどり着いていたとしても、雪の中に埋もれてしまって、いまさら見つかるわけもない。
そう思っていったのだけれど、ミリーは苦笑いしながら……。
「私の意見としては、少なくともこの雪山にはたどり着いていた可能性は高いと思うわ」
「なぜだい?」
「一応とはいえ、ゲーエンもダンジョンマスターだったんでしょう? まぁ、そうじゃなくても『逸話』として語り継がれるほどの英雄があの中腹なんかで死ぬとも思えないし」
「ミリーの言いたいことはわかるけど…、たいがい英雄譚の最後って案外あっけない物でしょう?」
そぅ、華々しい英雄譚であっても、その物語の終わりは意外とみじめだ。
『お姫様と結婚して幸せに暮らしました。』っていうのはうそ。
そりゃお姫様と結婚したのは事実でしょうけど…、国の戦力としてとりこまれて最後はあえなくどこかの戦場で討ち死に。
有名な冒険者だって、いつのまにかどこかで消息を絶ったと思ったら、じつは事故死とか、魔物に襲われてあっさり死んでいたりもする。
「それはよくわかっているわよ。でも、中腹は最悪ダンジョン化して探せるし、私たちはそれができないこの山頂付近にゲーエンの痕跡があるって前提で探した方がいいんじゃない?」
「「ああ」」
それは納得の理由ね。
そうなると、どういうルートで探すかだけど……。
「ひとまずは、イグちゃんとフェーちゃんが見つけたっていうワイバーンやヒュドラがいそうな火口を見に行きましょう。その道中で何か見つけられれば儲けモノって感じで」
ということで、私たちの方針は決まり、その日はもう明日に備えて休むことになったのだった。
「……とりあえず明日から防寒具はマシマシにしましょう」
「そうね。凍死とかしたくないし」
「だねー」
私たちはこの雪山にあって『温かい探検』の実現を誓いあったのであった。
山をなめるとマジで死ぬ。薄着とか自殺志願者だとおもう。
雪山とかなおのこと。
しかし、そんなところへ向かうことこそ、ロマンがあるのだと思う。




