第1035堀:森の夜
森の夜
Side:ミリー
既にあたりは暗くなっていて、私たちは森の中で明日に備えて休んでいる。
結局あの後も魔物や動物に出くわすこともなくスムーズに進み、大山脈の登山口を超えて、中腹が目前というところまで来ていた。
『なるほどな。状況としては竜山に上ったときのような感じか』
「ああ、そういわれたら確かにそうですね」
ユキさんに今日の経過報告をしてたんだけど、小動物すら見かけない静かすぎる森ってとこで、竜山のことをユキさんが思い出したの。
あぁ、そういわれてみればあの時も魔物どころか小動物すらいない空白地帯があったって言ってたわね。
『案外、中腹から上に非常に強力な魔物がいるからというのがあるかもしれないな。まあ、そっちは状況的にギルドにも随分魔物がやられたみたいだし縄張りを変えたってことに一票入れたいけどな』
「はい。私もそちらの可能性は十分あると思います。ともかく、明日から本番ってことですね」
『ああ。まあ竜山の時みたいに今回も本来の作戦目標は別にあるから、魔物の調査自体はついででいいぞ。やった方がいいのか、逃がした方がいいのかも含めて判断を任せる』
「わかりました」
魔物って生態がはっきりしていない場合、うっかり下手なことはできないのよね。
うっかり殺すと反応するのもいれば、逃がせば面倒なのもいる。
死体を持って帰ろうとすると追ってくるなんていうのもいるのよね。
まぁ、アイテムボックスに入れればそういうのは防げるんだけど、それって出会った魔物は全部殺してしまうっていうことにもなる。
うっかりそんなことをしたら大山脈の生態環境にどんな影響を及ぼすかわからない。
まあ、そこまで魔物が大量に出てくるとも思えないけど。
久しぶりの冒険にそんないろんなことを考えてたら、ユキさんが優しく声をかけてくれたの。
『ミリー、大丈夫か? 久々の冒険で疲れてるか?』
「いいえ、大丈夫よ。ここに来る前にもズラブルへ向かうために船に乗ったり、あちこち同道したりしてましたから。ホント平気ですよ」
ユキさんたら、私がしばらく前まで妊婦さんだったことをいつまでも気にかけているのよね。
優しくしてくれるのはもちろんうれしいんだけど、あまり心配しすぎっていうのもよくないわ。
私だってただのか弱いだけの乙女なんかじゃないんだから。
『そうか。くれぐれも無理はしないようにな。で、どうだ? 今回試しに持たせた即席の拠点は?』
「ええ。これってすこぶる快適ですよ。少し開けた場所があれば居住スペースを確保できるのはうれしいです」
私は周りを見回しながら答える。
今私がユキさんと話しているこの場所は、今回の旅に試しにと持ってきた、なんとアイテムボックスに入る家というものなの。
なんと、天井にはちゃんと明かりがあって、炊事場、テーブル、そして別のコンテナに寝室も完備という至れり尽くせりの状態なの。
こういう長距離の旅では休む場所を確保するだけでも一苦労してきた。
たしかにテントなんかの簡易宿泊道具はあるけれど、あれってしょせん雨風をしのぐためだけのもので、外敵に関しては無力で、魔物や野盗を警戒するために交代するにしても誰か一人は夜番をしなくちゃならないから、どうしても翌日に疲労を残すことになっちゃう。
『竜山の時はドラゴンたちを刺激しないためにテント暮らしだったが、今回は遠慮いらないしな』
「ええ。こういうコンテナタイプの簡易家屋って便利ですね。防御力も高いし、中は快適ですし」
もちろん、防御力もテントなんか足元にも及ばない。
鉄製のコンテナを利用しているから、それだけでも動物どころか並大抵の魔物ではびくともしないし、さらにナールジアさんやコメットがこれでもかっていうくらいエンチャントしてるから魔術を含めてめっぽう強い。
実証実験ではなんと戦車砲の直撃を受けても大丈夫だったというすごい代物。
ただ、衝撃までは殺せなくって、さすがに中の家具とかは散らかっちゃうっていうのが難点。
だから、建物は壊れなくても、そんな衝撃を受けた場合中にいる人に影響がないのかは大いに疑問ってところね。
というか、そこまでの敵が出てきたらさっさと離脱が一番なんだけど。
「外のドローンモニターも正常です」
『コンテナだからな。外の監視をどうするかが問題だったが、ドローンで解決できそうか』
「はい。玄関の監視カメラの方も正常に動いています。直接外を見ることはできないけど、アスリンのイグちゃんにフェーちゃんも外で待機しているんでそうそう問題はないかと思います」
大山脈のボスと思われるヒュドラも精々レベルとしては300前後って想定なんで、アスリンの十魔獣だけで十分に対応は可能。
だから、ここまでするのはちょっと過剰な気はするけど、万が一があってはいけないので警戒は厳重にしている。
なにしろ、冒険をなめていると死ぬから。
『問題はむしろ、山頂付近の雪だな。ミリーも雪山は初めてだろう?』
「ええ。自然の雪山は初めてですね。でも、ウィードで十分訓練はしているんで、そこまで心配しなくてもいいと思いますよ?」
『まあ、それはそうなんだが。油断は禁物だ。なにせ、魔物じゃなくて自然が相手だからな』
「はい。それは心得ています」
もちろん雪山に登るための装備もしっかり整えている。
万一アイテムボックスが使えなくなった場合に備えて、ちゃんとその手の装備品は取り出して登る予定だ。
ビバークのやり方もウィードの訓練でちゃんと練習したし、何かあればさっさと撤退する。
「でもその前に、明日の中腹の登山をどうするかなんですけどね」
『ああ、そういえば獣道すら全くなかったって話だったな』
「はい。村から先は獣道すらなくて木々や雑草が生い茂った状態なんで、今日みたいに強引に切り開いて進むべきか悩むところですね」
そう、明日からいよいよ大山脈の中腹を登ることになるのだけれど、その中腹にはまだ鬱蒼とした森が広がっているんだけど、人はおろか獣や魔獣も出入りがないようで獣道一つ見当たらない。
今日のアスリンやエージルがやったみたいに強引に道を作れば簡単に進めるが、うっかりそんなことをしたら、まだいるともいないとも確認できてない中腹の魔物や獣を刺激しかねないという問題がある。
『魔物を生かすか殺すかの判断は任せるとはいったが、そっちはまた別か』
「はい。わざと刺激して殺して回るのはどうかとは思います。大山脈内の魔物の分布、生息範囲が大いに変わる可能性があります」
『そうなれば、ズラブル大帝国が危険にさらされる可能性があるか。となるとやはり極力接触は避けて進むのが一番か』
「ですね。でも、そうなると魔物の調査は基本的にしない方向にはなると思います。森林に道を切り開かないという方針にするということは、時間を考えるとジャンプとか飛行魔術でショートカットということになりますから」
『ああー。でも、仕方ないか。下手に生態系を変えてしまって、ズラブルの後方を脅かすリスクを増やしてまで魔物の調査を今する必要はないからな』
「そうだね。僕も同意見だよ」
と、明日の方針を決めかけていたところに、横からパジャマ姿になったエージルが顔を出してきた。
どうやらお風呂から上がったみたいね。
触れた体がとてもポカポカと暖かい。
『エージルも同じ意見か。で、もう寝るのか?』
「ああ。シャワーも滞りなく浴びたし、さっさと休むよ。一応ミリーが夜の前半の警戒要員だからね。テントほど厳重な警備は必要ないとはいえ、交代制にした方がいいからね。そこはいくらこのコンテナが安全だとはいえね」
『それもそうだな。で、後半の夜番がエージルってことか』
「そういうこと。で、話を戻すけど…。今日はショーウ殿に僕たちの実力をしっかり見せる意味もあってわざと森を切り開いてきたけど、この先はミリーの言う通り上空をささっと飛んでいくべきだろうね。ミリーとユキが話してたようにズラブルの後方を脅かすわけもいけないし、元々のんびり進んでいる時間はないんだ。道があるならともかく、道すらないところをのんびりかき分けながらいく理由はないよ」
エージルの言うとおりね。
私たちの今回の目的は一応大山脈で消息が途絶えたゲーエンの行方と魔物の調査だけれど、それはあくまでもズラブル帝国がハイーン皇国と安全に決着つけるための支援が目的。
ここでの調査をのんびりやっている間に決戦が始まってしまっては本末転倒。
まずは、ゲーエンという名のダンジョンマスターがいたか、どこへ行ったかの確認が最優先。
あくまでそのついでに、危険性のある魔物を調べればよしってのが今回の大山脈調査の内容。
『時間がないのがつらいな』
「普通、時間に余裕がある方が珍しいよ。ま、逆に考えれば上空から一気にルートの偵察はできるから、魔物の分布も多少はわかるかもしれない。竜山の時みたいに住人を刺激するかもってのは考えなくていいから、その分楽で良かったと思おう。で、万が一魔物が刺激されて町の方に下ってきた場合の対処は考えてあるだろう?」
『まあな。報告を聞いた時点で万が一の迎撃要員としてゴブリンアーミーたちを送っているから、何かあったとしてもワイバーン100匹ぐらいなら十分対処できる』
うん。そっちの準備ができているなら、私たちはその手のリスクを気にする必要はないわね。
万一実際にそんなことが起こったら、エリスとラッツが金額と物資消費量でぶっ倒れそうだけど。
まあ、ユキさんが準備しているってことは予算も通しているだろうし、顔を引きつらせるだけで済むかもね……。
「じゃ、何も心配はいらないね。物量で押しつぶされるのが一番の懸念だけど、上空から来てもアーミーたちも空に上がって空戦銃撃でハチの巣。陸上の魔物は文字通り上から掃射でやれる。守りの心配はなし」
『魔術って便利だよなー。歩兵なのに空戦運用もできるんだし』
「それはこっちのセリフだよ。科学のおかげで、超火力超射程の武器を小型のゴブリンでも使えるんだよ? いくら魔術で空を飛べても結局敵を倒せなければ意味がない。この火力という技術を生み出した地球の科学も無茶苦茶便利だよ」
うん。私も魔術と科学技術の組み合わせがここまで便利とは思っていなかったわ。
最初はユキさんがもたらしてくれた科学技術一辺倒だったけど、それを組み合わせた方法を編み出したナールジアさんやコメットたちもものすごい。
とはいえ、このまま褒めあっていても話が進まないわね。
「はいはい、2人とも。私にとってはどちらも便利で欠かせないものですよ。で、明日は上空を抜けていくっていうルートで問題ないでしょうか?」
『ああ、それでいこう。先行してアスリンのイグちゃんとフェーちゃんに露払いをさせれば森から奇襲されることもないだろう』
「先にイグちゃんたちが襲われますもんね」
「だね。でも今さらだけど飛んでいる鳥すら見かけないっていうのはホント不思議だね。まあ、偶然見なかったって可能性もあるにはあるけど、対空に特化した魔物でもいるのかな?」
『そういう可能性はあるな。十分に警戒してくれ。と、もう遅いな。ミリーもエージルもくどいようだけど決して無理をするなよ。じゃ、お休み』
「「おやすみ」」
そう言って私はユキさんとの通信を切る。
「ユキはホント心配性だね」
「それがいいところだからね」
「うん。そうだね。と、ミリー。シャワー空いたけどどうする?」
「んー。今はやめておくわ。シャワー浴びると眠くなるから、交代の時に入るわ」
「そうかい。じゃ、僕は先に休ませてもらうよ。おやすみ」
「ええ。おやすみ」
エージルが隣の寝室に行くのを見届けて、私は再びモニターに向き直る。
「……この仕事って案外つらいのよねー。ま、警報装置もあるし、本でも読みながら頑張りましょう」
なんのかんのと夜の仕事ってつらいわよね。
まあ、テントでの外夜番よりははるかにましなんだけど。
快適な森の夜の生活。
とはいえ、空を飛んでショートカット予定。
何も邪魔がなければいいんだけどね。
そしてミリーたちは制限時間内に情報を集められるのか?




