第1034堀:静かすぎる森
静かすぎる森
Side:エージル
「……まあ、予想はしていたけどねぇ」
「話によればこの村を放棄したのは200年以上前ですからね」
僕のつぶやきにまで律儀に答えてくれるショーウ殿。
そして僕が見つめている先にはただ、木の柱が何本か立っているだけの開けた場所が広がっているだけだ。
「なーんにもないねー」
「残念なのです」
「魔物が壊したのかしら?」
アスリンたちは若干残念そうだ。
まあ、それも仕方がない。
村があるって言ってたからな。
とはいえ、ショーウ殿の言う通り放棄されてすでに200年。
余程気合の入った建物だったとしてもとっくに廃墟になってる時間だ。
通常の木造小屋程度なら、50年とたたずに崩れてどこまで跡があるかもあやしい。
こうして家の柱だけでもちゃんと残っていたのは僥倖かもしれない。
「ただぼーっと眺めてないで、とりあえず調査だけでもしてみる?」
「ん? ああ、そうだね。手分けして、最低2人で組んで村の痕跡を探ってみようか」
「「「はーい」」」
ということで、どうみても何もないだろうって思いながら村の跡?の捜索を始める。
「なるほど。これでは上空からの偵察では見つからないわけですね」
ボソッとチームを組んだショーウ殿がそんなことを言う。
「ん? ああ、アスリンの魔物からの報告ね」
「ええ。あの魔物たちの知能は高いはずなのに、それでなぜこの村の報告がないかと思っていたのですが…、たしかにこれでは上空からではただのちょっと開けた場所でしかありませんね」
「確かにね」
上を見上げれば、そこには上空警戒をしているアスリンのイグちゃんとフェーちゃんがちゃんといる。
彼らに村を見つけられれば報告しないわけがないから、ここってただの原っぱにしか見えなかったんだろうね。
「でも、たしかにここはかつて村だったんだね」
僕はポツンと残っている朽ちかけた柱に手を当てながら思わずつぶやく。
今ではただの朽ちた木材にすぎないけど、ここには昔しっかりとした家があったんだろうなーっていうのがその柱の太さからわかる。
「しかし、これでは肝心の魔物の痕跡は見つけられそうにありませんね。家屋の跡すらまともにありません」
「まあ、ここまでボロボロだとね。流石に100年以上たつと石造り以外は残らないものだねぇ」
所詮人の作ったものなんてあっという間になくなっていくんだなと、ちょっと寂しい気持ちになる。
これが自然の営みなんだろうね。
そんな無情に心とらわれていたら、不意にアスリンの声があたりに響く。
「みんなー。おうちがあったよー!」
そんな言葉を聞きつけた私たちが駆け足で集まると……。
「おー、確かにボロボロではあるけど家が残ってるね」
「あれね。森の中に作られていたから木々に遮られて多少なりと雨風から守られて朽ちるのを遅らせたんでしょう」
うん。ミリーの言う通りだと思う。
アスリンとフィーリアが見つけた家は広場から見るとちょっと森の中に入ったところにポツンと立っていた。
「でも、こんな村はずれのところにポツンと1軒だけ建てているなんて不思議ね」
「いえ、別に不思議なことじゃないわ。村はずれに歩哨用の小屋とか建てることはよくあるわよ。ねえ、エージル」
「そうだね。ウィードでも外の町の外周に宿泊用や歩哨用の建物があるだろう、それと一緒さ。規模は違うけどね」
「「なるほどー」」
アスリンとフィーリアは納得してくれたようだね。
別に村はずれの建物ってのは珍しいことでもない。
どこにでもあるやつだ。
「さて、何か見つかるといいんだけどね。とりあえず、周りや中にトラップなんてのは無いかな?」
「そうね。こういうポツンとある小屋は野盗とかのねぐらになっている可能性もあるからね」
「ええ。しっかり調べていきましょう」
3人の見解は一致したので即座に踏み込むことはせず、まずはあたりをぐるりと確認する。
っていってもやっぱり特に何もないね。
「壁が壊れてて中が見えたよー」
「誰もいなかったのです」
「そうね。気配も魔力も感じないし何かが潜んでいるとは思えないわ」
アスリン、フィーリア、ラビリスも同じ意見みたいだね。
ということは、全員一致で安全と思ったわけだ。
「じゃ、ここは僕が小屋のドアをあけるよ。一応僕は軍人さんだからね。一番腕は……微妙だけど経験はあるから大丈夫だよ」
ここで僕が一番強いとか胸を張って言えればよかったんだけどね。
ま、残念ながら、戦力としてはねぇ。
このメンバーじゃ僕が勝ってるのは戦争の経験ぐらいだね。
とはいえ、そういう無粋なツッコミはなかったので、そのまま小屋の扉の前に言って、普通にドアを開ける。
うん、何もない。
あとは剣を構えつつ部屋の中に入る。
ワイヤートラップもなければ足元も特に危うくはない。
「うん。安全だよ。みんなも来てくれ」
僕がそういうとみんなが小屋の中に入ってくる。
「やっぱり中もボロボロね。壁が壊れていたし、部屋が3つか」
「しかも一つはただの物置レベルですね。状況から察するに本当に歩哨が休むためだけの小屋だったのでしょう」
ショーウの言う通り、こんなこじんまりとした小屋の使い道は物置か、ただの休憩小屋だ。
とても人が長期にわたって生活をするような空間ではない。
まあ、やれっていわれりゃできないことはないけど、まぁ余程貧乏な人が住むための小屋だね。
「何もないねー」
「棚とかもないのです」
「そうね。完全にただの休息小屋って感じね。あら、これは机の残骸かしら?」
ラビリスが向けた視線の先には確かに机であっただろうっていう残骸が転がっている。
あぁ、こっちはどうやら椅子だった感じだ。
ってことで、僕も間近で確認しようと前に進もうとしたら……。
ミシミシ……。
「おっと、これ以上はダメみたいだね。床が腐ってる」
このまま進めばズボンと抜け落ちる。
「まぁ、ここにいてもこれ以上何もなさそうだね。とりあえず写真でも数枚とって本部に送ろうか」
「そうね」
「はい。それがいいでしょう」
そういうことで、僕たちはその小屋の写真を撮って、データを送ってすぐに村をあとにする。
これ以上ここにとどまってても何も発見できそうにないからね。
必要なら後日ゆっくり調べるとするさ。
とりあえず今は奥に進むのが先だしね。
「いやー。本当に、こんな簡単に道を切り開く手段を持ってなければ大変だったね」
僕はそう言いながら、ヒョイヒョイと剣を振るう。
すると、目の前にあった大木が何本もまとめて横にずれて倒れる。
「そうね。村からは奥は本当にただ鬱蒼と茂った草と森で、動物すら通った跡のない場所だもの」
「本当にこの先は全くの未開の地という感じですね。しかし、文献では魔物や獣が大挙して奥から押し寄せたとありますが、それらが通っていると思しき道すらないのはどうもおかしいですね」
「確かに、そういわれるとそうだね」
普通、森を行きかうのは人だけじゃない。
魔物だって動物だって行き来をする。
で、それ等が通る跡を獣道という。
周りにこの地に住む生き物がいる証拠でもある。
ところが、それらしき痕跡が全くないっていうのは不思議だ。
まるでこの森には生き物がいないみたいじゃないか。
「アスリン。イグちゃんにフェーちゃんは何か見つけたかしら?」
「ううん。ここら辺一帯、まるで何もないって。不思議だよねー」
ふむ。アスリンが率いる魔獣たちも何も発見できないっていうのは不思議だね。
彼らはアスリンたちのためなら魔物や動物がいれば、上空からだろうがどんな小動物だろうが発見するはずだけど……。
「ミリー。こういう状況に経験があるかい? 魔物や動物が一切いない森とか空間」
「うーん。そういうのは何かの前触れってのはあるけど。例えば大氾濫」
「ま、まさか!」
ミリーの例え話に大慌てするショーウ。
いやぁ、ショーウとすればここで大氾濫なんか起きたらモロに後方を突かれることになるから、そりゃたまらないよね。
まあ、それって僕たちも同じなんだけどさ。
「まって、落ち着いて。あくまで例えばよ。でも、そういうのは今まで動物や魔物が普通にいたのに急に静かになったっていう時よ。でもここって元々何もいないみたい。ショーウのほうこそ、こういう状況に経験ないの?」
「私にもこういう不思議な森の経験はありませんね。うーん、しかし、よくよく考えればギルドで150年前に調査隊を出して大規模な魔物の群れを討伐したという報告はありました。ですから……」
「ああ、なるほど。その時あらかたここら一帯の魔物は殲滅したって考えることもできるわけか。それに近辺の魔物なんかはその後ギルドの方で撃退したって話もあったしね」
なるほど、ここら一帯の魔物はすでに排除されている可能性があるわけか。
「あー、そっか。そういうことがあったなら、魔物さんや動物さんたちも警戒するかもね。みんな死んじゃったんだから、生き残った魔物さんたちは逃げちゃったかもしれない」
「意外と魔物は賢いのです。自分たちが敵わないと思ったらすぐに逃げていくのです」
「動物も同じよね。無理だと思ったら簡単に引くわよ」
こっちの専門家からも意見が出てきたか。
となると可能性は高いね。
「ま、とりあえずこの話って悪いことじゃない。とにかくさっさと切り開いて進むとしよう。まあ、油断しろって話じゃないからみんな気を付けつつペースを上げよう」
僕はそういって、ユキとナールジアさん、そしてコメットさんに再調整というか、コピーする時についでに改良してもらった僕専用の魔剣を構える。
一応オリジナルの『雷の魔剣』は国宝だからね。
ロガリ大陸とつながってエンチャント剣が出回るようになったので、魔術剣としての希少性はやや薄れたけど、それでも魔術を所有者の代わりに打つことができる魔剣は今でもそれなりに価値が高い。
これで、ヒフィー神聖国の件とかR魔剣とか、和平が成立してなかったらさらなる戦乱だっただろうと考えると、ユキたちが奔走してくれたのは正解だったんだろうね。
と、そこはいい、今僕の手元にあるのはその雷の魔剣をもとに大改造……いや調整をしたライトニングソード。
はい、そこ、読み方を変えただけとか言わない。ちゃんと威力は……。
「いくよ。穿て!」
ピュン!
僕の掛け声をトリガーに、そんな軽快な音と共に太っとい閃光が走り抜け、その後には何も残されていなかった。
「へぇ。ってそれのどこに雷の要素があるわけ? もうどう見てもただのビームの気がするんだけど?」
「「わぁ~、ビームだぁぁ!」」
「どう見てもビームね」
「まあ、原理的にはそうだね。高火力を突き詰めると、結局高密度の熱量になる。科学も魔術も同じだったってわけだ。とはいえ、これの属性は雷なんだ。おかげで魔力無効化が効いちゃうから場所によっては役立たずだよ」
ま、場所を選べば、僕の魔力が続く限りこの無茶苦茶な光線をいくらでも打ちまくれるってことなんだけど。
あと、魔力防御が高い生き物には効きづらいね。
世の中、ユキの世界にあるSFロボットものみたいなものがそうそう簡単にできるほど甘くはないってことだね。
まあ、ナールジアさんやコメットはモビルスー〇とかをどうにか魔力的に作れないか検討しているみたいだけど。
「なんという……。ここまでの武器がウィードには存在しているのですか」
「残念ながら、このクラスになると僕たちみたいな高魔力を持ってないと使えないけどね。ショーウ殿ならギリギリかな? と、そこはいいとして登山の道は出来たし日が暮れるまでには中腹まで行きたいね」
ということで、僕たちは道中を急ぐことにした。
色々あった土地って静かになるっていうけど、実際どうなんだろうね。
動物が消える森。
何かありそうだよね。




