落とし穴番外:マスコミュニケーションの基礎
マスコミュニケーションの基礎
Side:ミコス
「……もう死ぬ。ミコスちゃんはもう死んじゃう」
私は息も絶え絶えそう言いながら机に突っ伏す。
「何バカなこと言ってるのよ。こっちに来たのだって久々じゃない」
「えーと、カグラ先輩。ミコス先輩、本当に辛そうですし……。一体どうしたんですか?」
ホント冷たい氷の女カグラとかわいい後輩ソロ。
と、このまま突っ伏していても何も変わらないわね。
「別に隠れてさぼってたわけじゃないもんねー。ミコスちゃんは今新部署でバリバリ働いているんです。で、とーっても忙しいその合間をぬってこっちにきたんだからソロみたいに優しくしてよねー」
「そんなことは必死に働いてからいいなさい。こっちに来てからずっと突っ伏したままじゃない。姫様に伝えるわよ? ミコスは全然ユキの役に立ってないって」
「絶対言わないでよ! 冗談抜きでこっちに来たい連中が待ってましたとばかりに足をひっぱってくるに決まってるんだから」
一応、このかわいいミコスちゃんが嫁入りしてからは、交代とかいう恐ろしい話はなくなっているけど、カグラから変な進言なんかされたらホントに姫様が戻ってこいとか言い出しかねない。
そうなったら、死ぬ。
いや、自殺するね。ユキ先生やみんなと離れ離れとか生きてる意味なし。
「そう思うならもっと頑張りなさい。疲れているかもしれないけど、これじゃ何のために来てもらったのかわからないじゃない」
「ぶー。少しは友人の苦労を味わってよ」
「そんなの、こっちでミコスが欠けた分の苦労を味わってから言いなさい」
「わかったよ。で、この敏腕編集長のミコスちゃんに任せたい仕事ってなに? それが終わったら協力してもらうからね」
「そっちが目的なわけね」
「あ、あはは……」
当然じゃん。
まだ自分の仕事がちゃんと終わってないのに、別の仕事にまでわざわざ手を出すとかありえないし。
ま、協力してもらうんだから、手伝いぐらいはするけどさ。
「まあいいわ。ミコスはユキの、ウィードの役に立っているって話になるなら姫様も喜ぶだろうし。で、仕事の話なんだけど、ソロ?」
「あ、はい。えーっとですね……」
ソロはそういって立ち上がり書類を渡しながら説明を始める。
「今回、ミコス先輩に任せたい仕事はモールの市場調査です」
「ウィーモールって大陸間交流同盟国がメインの商業施設の奴だよね?」
「ええ。そうよ。前回は準備期間が短いこともあって扱われてた商品が限定されてたけど、もう開店してしばらくたつわ。その間に店舗の内容も様変わりしているの」
「そりゃそうだよね」
中身の変わらない店舗とか退屈極まりないし。
だけど、疑問が出てくる。
「ねえカグラ。そういうのを私に調べてほしいっていうのはわかったけど。それって現場で、お店で働いているハイデンの人たちもいるよね? ならそういうのはそっちに任せるのが普通じゃない?」
そう、なんでわざわざ外交官であるカグラたちの方に話を回してくるのか不明だ。
店員たちに調べろっていえばいいだけじゃん。
と、思っていたら、カグラはあきれたって感じで深くため息をついて
「はぁ。ミコス、あなたも随分とウィードに毒されて、いえ慣れてしまったわよね」
「どういうこと?」
ミコスちゃんが首をかしげていると、ソロが苦笑いしながら
「それがですね。すでに店員に店番は休みにして、ウィモール内の様子を調べてはもらったのですが、上がってきた報告書が判で押したようにみな一緒なんです」
「一緒?」
「はい。こんな品ぞろえがあるお店は見たことがない。いろんなお店をまとめるような屋内施設は初めて。大満足だと」
そこまで言われればミコスちゃんにも理解できた。
「つまり、長点にしろ改善点にしろ、さっぱりわからないってこと?」
「そうなのよ。このレベルの商業施設なんて世界中探してもウィードだけよ。で、今後各国に作ろうって話のもと、私たちも調査をしているんだけど、なにしろ他に比較できるようなものがないから、どこをどう模倣して、どこを改善すればいいかさっぱりわからないわけ」
納得だね。
確かに、普通の人ならこれでびっくりして満足しちゃうよね。
「ふむふむ。だからこのウィードや各国の情報に精通しているミコス編集長直々の調査をお願いしたいってわけだね?」
「そんなわけないでしょう。ウィードの情報部としてではなく、ミコス個人として力を貸してって言ってるのよ」
「あー、これ以上ウィードにお願いするのはまずい?」
「まずいなんてもんじゃないわよ。アクエノキの件、シーサイフォの件、そしてオーレリア港にズラブル大帝国とハイーン皇国の戦役。一体私たちの大陸が関係していることで、どれだけたくさんの難題を解決してもらってると思ってるのよ」
「あー、確かにそうだね。うん、了解。ちょうど記事のために取材も必要だったしちょっと行ってくるよ。で、報告書はいつまでに?」
「そうね。雑誌の完成といっしょでいいわ。姫様もミコスが雑誌制作のトップに立ったことはかなり喜んでいたし。その成果と一緒のほうがいいでしょう」
「わかったよ。じゃ、さっそく行ってくる」
「え? もうですか?」
「ここにいても仕事はちっともはかどらないしね。カグラにソロも来る?」
「そうね。一度ミコスの仕事ぶりを見ておいた方がいいわね。ソロ、貴方も来なさい。これからはミコスの行動報告もしないといけないんだし」
「なるほど、わかりました。ご一緒させていただきます」
ということで、いつものハイデンメンバーでウィーモールへとやってくる。
ただいまの時刻は11時で、開店して1時間ぐらいなんだけど……。
ワイワイガヤガヤ……。
うん。相変わらず人が多いね。
「……というか、ウィーモール、前よりもさらに人多くなってない?」
「さっきも言ったでしょう? 通常テナントに商人たちが入ってきたからさらに人が集まっているのよ」
「というか、ミコス先輩がそれを知らないなんて筈ないですよね? よく来てるみたいですし」
「あー、私が言っているのはこの時間でってことだよ。さすがのミコスちゃんでも、11時なんかにウィーモールに来れるほど余裕のある時ってないし」
うん、いつもは大体夕方6時以降にやってくるぐらいかな?
いつも買う洋服とかなら、商業区の個別店舗だしね……って、ああなるほど。
「一つネタ発見かも」
「あら、なにかしら?」
「ちょっとまって。ソロ、案内パンフってあったよね?」
「はい。こっちです」
ソロに連れられて近くのサービスカウンターへと向かう。
そうそう、ウィーモールってものすごく広いから、こういう案内所が何か所にも設置してあるんだよね。
で、ここにくれば、希望にあう店舗を探してくれて、案内までしてくれるし、迷子も捜してくれるんだよね。
「あの、パンフレット一組頂いていいですか?」
「はい。どうぞこちらです。何かお探しだったりしますか?」
「いえ、色々見て回りたくて」
「なるほど。何かお困りの際には……って、カグラ様、ミコス様、ソロ様じゃないですか」
「あれ? ミコスちゃんのこと知ってるの?」
「それはもちろんです。皆様はウィード、そしてハイデンの要人じゃないですか。失礼のないようにそのあたりは教育を受けております。というか、私は霧華様の直属です」
「あー、霧華さんの。そりゃ安心だ」
霧華さんの部下って本当にどこにでもいるよねー。
まあ、だからこそのあの情報収集能力なんだろうけど。
「で、皆さまがわざわざパンフレットをお求めとは? 外交のお仕事で?」
「ええ。姫様の方からあちらにモールを作る際の情報が欲しいってことでね」
「あと、私は雑誌の取材のために」
「なるほど。事情は理解いたしました。では、こちらの身分証をお持ち下さい。これがあればバックヤード、倉庫等へも入れますので。まあ、お調べになりたいのは主に表の方だとは思いますが」
うわぉ。準備がいい。
流石は霧華さんの部下だね。
「ありがとう」
「うん。たすかるよ」
「ありがとうございます」
ってことで、さーっそく強力な味方とアイテムを手に入れたんで、チャキチャキと調査を開始する。
「で、そのパンフレットなんか見て何がわかるのかしら?」
「カグラもまだまだだねー。これを見ればウィーモールの全貌が一目瞭然じゃん。だってこれパンフレットだよ? 気付いてないかもだけど、『地図』なんだよ?」
「むっ」
「あ、そうか」
って言ってやっと、2人とも今初めて気が付いたって顔になってる。
うわー、この2人でさえこれなんだから、現場の人たちが調べるとかできるわけないじゃん。
「とりあえず、フードエリアに行こうか。そこでゆっくりパンフレットを見よう」
調べるにしても、無作為にいくのは無駄なばかりで大変だし、まずは当たりをつけないとね。
「さーて、とりあえずジュースでも頼もうか」
「ミコス。いきなりさぼる気?」
カグラったらミコスちゃんの言動に怒っている。
相変わらず真面目だよねー。
「はいはい。カグラ、落ち着いて、何も買わないのにテーブル使うとかお店の人に失礼だからね?」
「む。確かにそうね」
「じゃ、私が飲み物買ってきますね。何がいいですか?」
「タピオカミルクティー」
「私も同じ」
「はーい。先輩たちは席の確保、お願いします」
ソロは手慣れた様子でさっさと行ってしまう。
きっとエオイド、アマンダたちとよく来てるんだろうね。
うんうん、仲良きことはいいことだね。
「じゃ、あそこにしましょう」
「おっけー」
幸いまだ11時と早い時間からか、席は埋まっていない。
これがお昼時とか晩御飯時は戦場だもんねー。
「じゃあさっそくパンフレットを見ましょう」
「えー。ジュース飲んでから……」
と、言いかけたとたん、カグラが地獄の獄卒かとビビるくらい物凄い睨みを効かせてきた。
「はいはい。みましょうね」
「一階は主に食料品が多いわね」
「だねー。主に食料品、あといろんな雑貨とお土産ぐらいかな? ま、ウィーモールは地元の人も買いものに来るからね」
「えっ、スーパーラッツがあるのに?」
「うん、スーパーラッツにはない物がここにはあるからね。っていうか、観光の人もいっぱいいるんだから、まとめて買い物ができる場所があるのはいいことだよ。で、2階は洋服に専門店街。そして3階は各国の店舗。ま、こっちもある意味雑貨屋だね」
「国の威信をかけたね。最近じゃ、ほとんどのお店は目玉となる超高額商品を置いているわよ」
「あー、そういえばそんなも話あったね」
国の威信をかけて超高額商品を置く。
うん。で、ラッツさんは鼻で笑ってたね。
一般の人に楽しんでもらうはずが、いつの間にかセレブご用達になりかけている店舗が多いって。
まあ、そういう客層だけしか迎えないっていうならありだけど、ここのモールの目的を考えるとだめだよねー。
ということでメモメモ。
「……目的を忘れている店舗が多数あり。どういうこと?」
「うわー。カグラまで忘れてるって、そりゃお嫁さん失格だよ~。もともとこのウィーモールってゲートを通じてやってきた一般の人たちに大陸間交流同盟が始まりましたーって体感してもらう場所なんだよ? そう簡単に旅行なんてできなくても、ここに来てここにある各国のお店にいっただけで世界を巡れるってすごいところなんだよ? なのに、普通の人たちじゃ買い物ができないセレブご用達って……」
「あー、なるほど。これはひどいわね」
「うっひゃー! 面白記事ゲットー! 各国をこき下ろせる!」
「そういう言い方はやめなさい。で、記事も穏便に。ユキに恥かかせる気?」
ということで、ソロがジュース買ってくるちょっとした時間の間に記事のメインはきまったのでした。
さあ、ミコスちゃんの記者魂に火が付いたぜ!
そのあと、編集のときなぜか揃ってやってきたエリスさんとラッツさんから沢山添削入れられた……。
なんでだろう?
こうして記事は作られていくのです。
何かミコスに調べてもらいたいことがあれば言ってみるといいかもせしれません。
要望に応じて調査してくれるかも?




