第1020堀:どこでも必要なもの
どこでも必要なもの
Side:セラリア
「……ったく胸糞悪い話ね」
私はズラブル大帝国の進軍ルートに関する報告の中でノダル王国の話を聞いてしまい、真っ先にそんな感想を口走っていた。
自国民を焼くことで、ホントに敵軍が止まるとでも思ったのかしら?
まあ、おそらくお前らもこうなるぞ。という警告の意味だったのでしょうけど、それって火に油ね。
で、ズラブル大帝国にマジック・ギアがあったこともあって、僅か一年足らずでノダル王国は消滅。
えぇ、そんな奴ら焼きはらって正解だと思うわね。
「ますますハイーン皇国側に与する理由がなくなったわ」
「だな。とはいえ、俺はウェーブ将軍からの連絡を待つ。何よりハイーン皇国が動いていないのは不思議といえば不思議だしな」
「……ま、あなたが調べたいというなら調べるといいわ。余計な犠牲が少ないのに越したことはないから。でも、ゴミはきれいさっぱり焼くべきよ」
私はそうはっきりと告げる。
何より国民を虐げるような奴らを許すわけにはいかない。
私たちが作り上げようとしている大陸間交流同盟はそういう下種なことを防ぐためにも存在している。
不当な扱いを受ける民がいれば保護をする。
それをまだ加入していないからなんて理由で見て見ぬふりをすれば大陸間交流同盟の存在意義にも関わる。
で、それを聞いた夫の反応だけど……。
「あぁ、わかってる。ま、実際その鉄槌を下すのはユーピア皇帝だけどな」
相も変わらずあなたって平常心ね。
とはいえ言っていることは尤も。
私たちが表立ってその戦争に加担したりすれば、色々面倒が起こるのも確か。
「……なら、ユーピアにホンのささやかな支援として戦車中隊でも送るべきかしら?」
もちろん私はその意味を理解した上で口にしている。
戦車中隊、鉄の巨象が13台もいれば、地形操作で行動不能にする以外対処のしようがないでしょうから。
敵は粉砕確定。
私の言わんとするところは夫ももちろん理解しているから、やれやれって感じで苦笑いをしながら。
「セラリア。民ってところに反応しすぎだ。そんなだといつか足元掬われるぞ?」
「わかっているわよ。とはいえ、罪もない人々を火あぶりなんかにする奴らに慈悲なんて必要ないわよ。あなたもいるんだし、罠や何もかもを使って食い破ってやるわ」
私一人だけならこんなことは言わない。
だけど、私の隣には自慢の夫がいるし仲間もいる。
危険にわざわざ突っ込む気はさらさらないが、でも相手が喧嘩を吹っ掛けてくるならべつ。
「と、それはいいとして、ズラブル大帝国は北寄りのルートを選択したわけね」
私は広げられている地図を改めて眺めながらそういう。
そう、夫が参加した先ほどの会議でなんと進軍ルートを決めてしまったのよね。
まあ、ルートの変更は臨機応変にやるだろうけど、まさか他国の王配がいる目の前で平然と進軍計画を話すとか、よほど信頼されているのね。
まあ、そのためにあれやこれやと手を打ってきたんだけど。
「ああ。さすがに最北端の山間部を抜けるルートからは離れているというのはともかく、侵攻ルートから離れた都市がハイーン皇国に強襲されたらさすがに守れないからな。むしろ手が届きやすいルートに第二軍がいればそっちに噛みついてくるだろうし、噛みついてこなくても援軍を送りやすいという事で話がまとまった」
「妥当な作戦ね。私個人としては大皇望の知略を拝めるかと期待してたんだけど……」
そこが残念ね。
異世界の伝説の軍師の名を持つ軍師様の実力を見たかったんだけど…、出てきたのは手堅い戦法だったから。
「いや、妥当が一番安全なんだよ。奇策奇計なんてのは劣勢に陥ったのを覆すために必要なだけで、端から万全を期して戦えば勝てるなら、あえて博打をする必要はないだろう?」
「そうね。戦場で求めるのは被害の少ない確実な勝利だものね。でも残念、そういうことならショーウの大軍師たるを見せることはないかもね」
「それが一番なんだよ。そもそも、ショーウがさんざ頭を捻ってやっとの作戦立案なんてかなり危機的な状況だ」
夫の言う通り、軍師が誰も思いつかないような奇策を弄しなければいけないというのは、それだけ追い込まれているってことよね。
そもそもそんな状況にならないようにするのが一番大事。
万全に準備を整えて、当然の如く勝つ。それが大事よね。
……って、これっていつも夫がとっている作戦ね。
「話は分かったわ。で、作戦開始までの期間は約3ヶ月。その間にタイゾウが提案してくれたダンジョンの調査をするってことでいいかしら?」
「ああ。こちらの手が足らないところはズラブル大帝国の第四軍が調査を手伝って……じゃないな。俺たちが一応手伝いだ」
「建前上ってやつね。まあ、いいわ。で、私たちが調査するのはどこ?」
「まだ情報は集まっていないから何とも言えないが、進軍ルートのど真ん中にあるここを調査することになると思う。近場の他のダンジョンはショーウの部隊が調査する予定だな」
そういって指さしている場所は、確かにズラブル大帝国の進軍ルートからすればど真ん中。
一番警戒するべきはここになるわね。
とはいえ、四方にあるダンジョンから敵が湧き出てこないという保証はない。
「囲まれる可能性は?」
「……もちろん可能性はゼロじゃないが。その中でやっぱり一番に機能するのは、このど真ん中のダンジョンだろう。で、ここを抑えられれば……」
「なにかあっても後方を完全に封鎖されるようなことはないってことね」
「まぁ、数にもよるけどな。ただ、そこまで数を投入できるくらいなら普通は自国内に敵を招き入れたりしないけどな」
「確かにそうよね。それだけの勢力があったら、そもそも国境の砦で待機している第三軍にぶつけていてもおかしくはないわ」
すでに第三軍は国境に展開している。
ダンジョンを掌握しているのであれば、容易に魔物の軍勢をたたきつけることもできるはず。
それをしていないのは……。
「ねぇ。やっぱりハイーン皇国側はダンジョンを制御出来てないんじゃないかしら?」
そう、ここまで動きがないのは流石におかしい。
「そこらへんは概ね同意だが。とはいえ、俺みたいなタイプもいるからな。ちゃんと調査することに変わりないぞ」
「そうね。そこはちゃんとしましょう」
もし、相手が夫みたいにダンジョンそのものを大軍相手の道具として使うことを企んでいるならとんでもないことになる。
ズラブル大帝国はそこに踏み込んだ時点で終わる。
……でも。
「そんな相手なら先に接触してきそうなものなんだけど」
「それを調べるために先行して調査するんだろう? そして調査対象のダンジョンはこちらで確保させてもらう。で、こっちも同時にダンジョンアタックというかダンジョンを展開してズラブル大帝国の支援と相手の動きを見ることになる」
「そこまでやれば、いやでも相手は動かざるをえないってことね」
「それでもなお動かなければホント意味不明だけどな。ま、とりあえず当面の心配はいらないだろう」
そのとおりね。
ダンジョン化すれば一帯は私たちの管理下。
情報収集も簡単にできるから、敵が少しでも動けば対処もできる。
相手が何を狙っているのかはさっぱり分からないけど、安全は確保されるわ。
って私が納得しているところへ、サッと夫から差し出された一枚の紙。
「何かしら? 書類の渡し忘れ?」
「……ま、そんなもんだ。とりあえず目を通してくれ。これから予定される調査とダンジョンアタックにかかる費用だ」
「……それを最後に出すとか、馬鹿なのかしら?」
「必要性が理解してもらえたからな。最初からこれを見せてたらどうなってたと思う?」
「……」
まったく、ぐうの音も出ない正論ね。
まず予算の大きさから否定的な目で見るに違いない。
はぁ、本当に悪い男ねこの人は。
そんなことを考えながら必要予算が書かれた書類に視線を向けたらさらに……。
「……予算の幅が大きすぎるわね」
最初に目に入ったのはあまりに少なすぎる試算で、これで大丈夫かしらと一瞬思ったけれど、その隣に最大試算とあって、なんとそこは今備蓄しているDPのおよそ2割を投入することになっている。
「あなたのことだから、鉛筆なめなめ適当に決めたってわけじゃないでしょうけど。さすがにこんな予算じゃエリスが許可するわけないわよ?」
そう、全財産の2割といっても残り8割もあるじゃないかとつい思いがちだけど、それがこのズラブル大帝国支援とダンジョン調査のためだけに消費される。それも、たった一年にも満たない間に。
そして、私たちがしなくちゃならないことってこれで終わりじゃない。
まだハイーン皇国本国の対応や、これからも続く大陸間交流同盟の運営、そして未だ見ぬ様々な脅威に備えるための大事なDP。
そして、何よりも国民の血税でもある。
それを無暗に使ってしまうなんてことは誰もが否定する。
たとえそれを提案してきたのが私の夫であっても。
「だからだよ。このままじゃ、妥当なところで線引きがされるだろう?」
「ま、そうね。エリスのことだから、ちゃんとあなたやズラブルの状況を汲み取って予算を決めてくれると思うわ。きっと、大体中間ぐらいで。で、この最大上限の予算が下りる可能性はゼロね」
「だろ? あのエリスが事お金のことで甘くするなんてことはない」
その夫の言葉に私も頷く。
ウィードには、けして怒らせてはいけないといわれる人物が3人いる。
ってまあ、冗談で言われる話なんだけど。
で、その一人が私。
ま、これは当然よね。なんて言っても女王なんだから。ウィードにおける最高権力者。
次がラッツ。
彼女はウィード、そして大陸間交流同盟における物資の掌握をしている。
だから、ラッツを怒らせたりしたら物資が止まる。
大陸間交流同盟各国は、彼女の相手に四苦八苦することになるのよね。
ま、よほどなことが無ければそんなことはないんだけど。
で、最後に今話に出たエリス。
ウィードにおける財務を統括している。
公式には財務管理は後任に任せたが、実際には裏では予算をいまでも握っている。
って、言い方が悪いわね。しっかり管理をしている。
「ま、話は分かったわ。では、とりあえず一緒に行きましょうか」
「おう。助かる」
「……とはいえ、私だってエリス相手にお金を毟り取るなんてできないわよ?」
そう。女王である私であっても、エリス相手にお金をねだるのはかなり難しい。
というか、そもそも夫が私を頼る状況ってだけでそれがどれだけ難しいか……。
それぐらいなら個人のお小遣いでやる方がいいわね。ま、出せる範囲って限定が付くけど。
っと、とりあえず頑張るしかないわね。
「なるほど。話は分かりました。では、まずその予算書を見せてください」
エリスはにっこり笑って手を差しだしてきた。
それはさっさと予算の書類を渡せという事ね。
「どうか穏便に頼むよ。エリス」
「私からもお願いするわ」
「はい。必要と判断すれば、ちゃんと予算は出します」
エリスは私と同じように事情は聴きつつも、きっぱりとそう告げる。
やっぱり泣き落としとかは通用しそうにないわね。
そんなことを思っていたら、その予算が書かれた書類にさっと目を通したとたん……
「ダメですね。これでは予算は出せません。正確に必要な数字を出してください。というか、ユキさんがこんなあやふやな数字を出すわけないですね。細かく記載した書類がありますよね?」
「あぁ、ある。こっちが最低予算のやつ。そしてこっちが中ぐらいの予算、で、こっちが最高予算」
夫はそういいながら私に見せてくれたものとは別の書類の束をバサバサと取り出してエリスに渡す。
「これって私には見せてなかったわよね?」
「あそこで細かい数字見せても仕方ないだろう」
「それもそうね」
そんなやり取りをしている私の視線の先ではエリスがものすごい勢いでその予算の資料の束に目を通している。
……流石恐るべきウィードの元会計代表。
で、その僅か数分後には顔を上げて……。
「なるほど。確かに状況に依っては最高予算までは必要でしょう。とはいえ、どこまで対策をすれば万全だというべきかという事になりますが」
「とりあえず、現代兵器の投入を前提にしてないだけマシと思ってくれ」
「そんなことされたら、国庫が空になるわよね」
と、こんな感じで、私たちの予算折衝は続くのだった。
お金がいります。
世の中タダでは何もできないのです。
予算があって初めて動くことができます。
ダンジョンマスターって素敵やろ?
これが経営ってやつなのです。
家でも、会社でも、国家でも、すべて付きまとうものです。




