第1019堀:進軍ルートとこれまでの戦い
進軍ルートとこれまでの戦い
Side:ユキ
「……進むべきは中央、そして北、山のさらに向こう側の最北端じゃな」
そう言いながらユーピア皇帝は軍を示す駒を地図の三か所に置く。
これは予想通りではある。
進軍できるルートは大まかに言ってしまえばこれしかないからな。
だが、我々にはこれ以上絞ることができなかった。
なにせ、どのルートも俺たちウィードには情報がないからだ。
多少なりと霧華が情報を集めているとはいえ、実際の進軍ルートを決めるレベルでの利便性、気候、歴史的背景なんかをキチンと調べられているわけではないので決められるわけがない。
というか、そこは実際に対ハイーン皇国戦を担っているズラブル大帝国に任せるべきだ。
そう思っていると……。
「……ですが、期間を考えると最北端、水の山を迂回するルートは厳しいでしょう。なにより、対策された場合の撤退も困難です」
ショーウが即座に最北端のルートを否定する。
「私もショーウ殿の意見に賛成です。最北端ルートは道が狭い。地形的に待ち伏せもたやすく、むしろ大軍の利点が生かせない」
「なにより、最北端は夏でも雪が降る。防寒具などの必要な装備を兵士に持たせることまで考えると、このルートは採用すべきではないですな」
ミラベル将軍、ヴォル将軍ともに最北端ルートは否定か。
まあ、いってる事はもっともだ。
少人数ならともかく万を超える軍勢の移動がばれないわけがない。
そして、少数で大軍を迎撃するのにおあつらえ向きの渓谷ルートがあるようだ。
そんなルートをわざわざ選ぶとすれば、破れかぶれの少数部隊だけだろう。
……ん?
なんか引っ掛かったな。
あ、そうか逆に敵からすればここは狙いどころか。
こちらは大軍だからこのルートは通らない。通るにはリスクが大きすぎるからだ。
だから敵にとっての抜け道になる。
これは、助言するべきかと思っていると。
「……それは面白くないですね。我が第四軍でこの最北端ルートは封鎖しておくべきですね」
流石は大皇望。
俺が言う前に気が付いたか。
「なんじゃ、いきなりどうした? そこは兵を進ませるには不適切なのじゃろう?」
ユーピア皇帝はそこまで考えが至っていないようで首をかしげているが、さすが、二名の将軍たちはショーウの懸念に気が付いたようで揃ってしかめっ面をしている。
「……なるほど。ここには我が軍が来ないと踏んで逆に進軍してくる可能性はありますな」
「なるほど、兵を置かなければ複数の小編成の軍でたやすく突破して、開けたところで軍を編成しなおすことも可能でしょう。ショーウ殿の言う通り、キチンと押さえることが背後を突かれぬためにも必要でしょう」
「あー、そういうことか。しかし、ならば南方の陸路も対処せねばならんのではないか? 海上こそウィードがおるから問題ないが、さすがに陸路は無防備だぞ?」
「陛下。それにつきましてはこちらが敵の移動を察知できる上に軍の展開もたやすくできますので問題ありません。最北端ルートとは事情が違うのです」
「うむ。ワシの勘違いは判った。最北端はハイーン皇国がこちらの不意を衝くのに最も有効なルートというわけじゃな?」
「その通りです。今の会議でも私たちは当然のように雪や険しい道を避けるべきだと判断しました」
「当然の話じゃな。故に弱点となりうるか」
「はい。ここを侵攻に使わないのは適切と考えますが、かといって放置しては相手の動きを察知することはできません。というよりこちらから突破をされるとその対処のために多くの兵を割く必要が生じますので、単に察知するだけでなくしっかり足止めをする必要があります」
ショーウの言う通りだな。
敵がここからくる可能性がある以上、疎かにして守りを薄くすればそこから大被害を被る可能性もある。
ま、ここまで予測したんだから実際に敵が来たとしても被害は抑えられるだろう。
「あい分かった。じゃがショーウの第四軍は治安維持が主な任務じゃ。なにより突破されては意味がない。故にここは第一軍から防衛部隊を回す。よいな?」
「はっ。それで、残る進軍ルートは北側と中央になりますが……」
最北端ルートの封鎖が決まったので、改めて地図を眺めなおしたが……。
「とはいっても、どこからでも可能ですな」
「ええ、こう選択の幅が広いというのも考え物ですね」
2人の将軍が言うように中央、北ルートとはいってもこの土地は広大だ。
なので実際には無数にルートがある。その中から一点に絞るのはなかなか難しい。
「うむ、とりあえず、今ミラベル率いる第三軍が展開しとる一帯は除外じゃな」
第三軍を示す駒があるのは中央のやや南寄りだ。
その駒のすぐ下には町の名前らしきものが記載されているから、おそらくその近くの砦に軍を展開しているんだろう。
というところまで見て、聞いておかねばならないことがあるのに気付いた。
「失礼。質問よろしいでしょうか?」
「うむ。かまわぬぞ。何か気になったかユキ殿」
「はい。私は現在の特に第三軍の展開状況をしりません。それを知らない状態では下手に口を挟むことはできませんので、教えていただければと」
「そういえばそうじゃな。ショーウ。説明を」
「はっ。我がズラブル大帝国はウィードと接触する以前から現在の配備状況を敷いておりました。といっても第二軍によるグスド侵攻の僅か2か月前程度になりますが。その目的は中央の押上ですね。ハイーン皇国側にノダル王国というのがありまして、丁度中央に陣取っていたのです。それを包囲撃滅し、現在の国境となっております。参考になるかはわかりませんが、……こちらが旧ノダル王国領です」
ショーウが書き記してくれた旧ノダル王国領はズラブル大帝国に食い込むように地図の中央にドーンと存在していた。
なるほど、こりゃ邪魔だ。
それ以前のズラブル大帝国側はこのノダル王国領に対し北と南、そして中央の三方に軍を展開していたんだろうな。
「このノダル王国があるために軍を分ける必要があったということですか?」
「ほう。わかるか? まあ、それが理由の一つではあるが、もともと一軍にまとまって侵攻するには難しかったというのもある」
「陛下のおっしゃるように、軍を分けたのはノダル王国の存在が大きかったのも事実ですが、もともとハイーン皇国側の領土が広大だったのが大きいのです。まあノダル王国はもともとハイーン皇国の次に力を持つ国でしたので、私たちも安易に手出しはできなかったのです」
「できれば交渉で済ませたかったのじゃが、その頃は我が国はまだ小さかったからな」
ま、それも当然か。
大陸の半分を席巻するようになる前の話だ。
しかもハイーン皇国に次ぐ国土を持つノダル王国が当時は小国に過ぎなかったズラブル大帝国の提案に乗るわけもない。
「とはいえ、ほぼ一年掛かりでほぼノダル王国の領土を押し込み、最後の領土もつい2か月前に併呑いたしました。ただ、この状況になってもなおハイーン皇国が出てこなかったのは今考えてもまことに不思議です。当初はノダル王国側がハイーン皇国の援軍を渋ったのではという意見もあったのですが、たとえノダル王国が拒んだり、勝つと信じていたとしても、ここが崩れればこの地のパワーバランスは大きく崩れることは分かっていたはずです。ノダル王国に恩を売るにもいい機会なのに最後まで出てこなかった……」
確かにそれは不思議な話のように聞こえるが、この地のナンバー2の国がたかが1年で落ちるとか思わないだろうしな。
地球の戦争じゃあるまいし。
……っていうより、これってその戦歴を聞くとハイーン皇国が動き出したのが遅かったっていうのは間違いなんじゃないか?
ズラブル大帝国との間には、むしろライバルといえるような国力ナンバー2がいたから安心して傍観していた。
それだけのような気がする。
ズラブル大帝国の使者が受け付けられなかったっていうのも、そんな状態じゃそりゃ遠方の反乱軍の使者なんかまともに相手にするとは思えないよな。
地方のいざこざなんかに盟主たる大国とは言え、わざわざ遠方のハイーンが口を出す必要なんかあるのかというとない。
どうみても他国への内政干渉だしな。
とはいえ、ハイーン皇国に連なる各国がひどい弾圧統治をしていたからこそズラブル大帝国が立ったのは事実。
ハイーン皇国がこの声に耳を傾けなかったのは、間違いだ。
と、考えが今は関係ない別のことに飛んだな。
今は現状になった理由だ。
「なるほど。状況はわかりました。で、制圧したノダル王国の王族などは? 彼らを通じでハイーン皇国と交渉などできるのはないでしょうか?」
「「「……」」」
俺がした質問に、ショーウ、ヴォル、ミラベルは揃って苦々しい表情をしている。
「なるほど、逃げられたというわけですか」
国土は押さえたとはいえ、王族に逃げられたというのは敵に旧ノダル王国を奪還する旗印を与えることになる。
つまりは失態。
だから3人は苦々しい表情になったと思ったのだが……。
「無駄じゃ。あ奴らなら、ワシ自ら全員首を跳ね飛ばしてやったわ」
妙に無表情に告げるユーピア皇帝。
「ユーピア皇帝自らですか?」
「うむ。……ノダル王国がこと、交渉で済めばよかったなどというてしまったから、交渉の余地があったと思ってしもうたのじゃろうな」
ユーピア皇帝は一瞬すまなそうにそういったが、すぐに無表情に戻り。
「奴らに交渉の余地などまるでなかった。送った使者は切り捨てられ、首で届けられた。……まあこれはまぁよい。ワシらは謀反者じゃ。使者を任せた者もその覚悟をもって向かっておる」
そこまでは単に抑揚のない声だったが、そこから急に声に力が入ってくる。
「じゃが、じゃがじゃ。奴らは自国の貧民たちを連れてワシらが構える国境沿いで火あぶりにしおった。話せばわかるとワシらが勘違いしておったせいで、無辜の民が守るべきものの手で焼かれてしまった。いや、奴らは民とは見ておらんかった。ただの家畜じゃ。勝手に増えるものを助けるなど理解できんとな!」
最後には怒鳴り声に変わっていた。
俺はあまりのことに何も言えなかった。
末期だとは聞いていた。
酷かったから、自分たちが生きられる国を作るために立ち上がったと。
その言葉の意味することが分かっていなかった。いやはや、俺もまだまだ想定が甘かったみたいだ。
ただのクソだったわけだ。
「そこで最低限の守りを残し、3軍まとめて一気にノダル王国に攻め込んだのじゃ。徹底的に叩き、叩き、完全に叩き潰してやった。ワシらが見たノダル国内は酷いという言葉では全く足りぬほど、それは酷いものじゃった。ま、おかげで貧民を中心に国民の大半、そして地方領主たちもこぞってこちらに味方してくれたのでたった一年という期間で制圧できたわけじゃ」
「なるほど。つらい話をさせて申し訳ありません」
「よい。ワシらもハイーン皇国側が『酷い』としか言っておらんかったからな。ワシらはどこかであの愚行をウィードに伝え、その惨憺たる在り様を知られるのを恐れ、ためらっていたのかもしれん。あんな馬鹿なことをしでかす者どもと同じ地の者と思われるのだけは。……ああ、怖い。あのアスリンたちに嫌われるのは、そんな者たちと一緒だと思われるかもと思うだけで怖かった」
もう今にも泣きそうな顔でそういうと即座に、アスリンとフィーリアが駆け寄って抱き着く。
「大丈夫だよ。ぜったい嫌いになんかなったりなんかしないよ」
「そうなのです。フィーリアたちは友達なのです!」
「うむ! ワシはよい友達に恵まれた!」
なんという素晴らしき友情。
で、感動の場面ではあるが……。
「陛下、アスリン殿たちが良き友人なのはその通りですが、進軍ルートの決定をしなければ」
「おっと、そうじゃったな。ということでノダル王国の連中は全員捕まえてそっ首ワシ自らがはねたんで交渉なぞ出来ぬ。で、その元ノダル王国端の砦にミラベルが陣取っておるので、その一帯はやめておいたほうがいいじゃろう」
と、話の続きに戻る。
しかし、ノダル王国の話はちょっとショッキングだな。
国民を火あぶりという話の部分じゃなく、これじゃそもそも話し合いができるとは思えん。
……霧華に裏取りさせる必要がありそうだな。
ノダル王国は末期過ぎてすでに終わり。
その後ろに控えるハイーン皇国はどうなっているのか?
こういう見極めって難しいですよね。
どこまで交渉できるのか、そのラインをどう定義するのか。




