第1009堀:女神から見た皇帝が望んだ者
女神から見た皇帝が望んだ者
Side:リリーシュ
「つまり、人体というのは小さな小さなパーツの塊だということです。それらの働きや関連性を知らなければ回復魔術はちゃんとは作用しませんし、逆にその知識があれば……」
「今まで治癒不可能といわれたものも治療可能になるというわけですね」
「「「……」」」
カリカリ……。
ここはウィード病院付属学校。
私、ルルアちゃん、エルジュちゃんが立ち上げた医療のための教育場所。
ここで医者の卵を育むの。
そして、今の話は医療というものの基礎中の基礎。
ここで学ぶ誰もが真剣に勉強に取り組んで、将来ケガや病に苦しむ人を助ける医者になることを望んでいる。
まあー、試験に通ればなんだけど。
流石に医療知識が一定水準になってない子を医者にすることはできないし、今ではウィードの医学免許がない医者はヤブ医者とまで言われているのよね。
ああ、神官は別。
そうでないとリテア聖国とかヤブ医者の集団になるものー。
で、私が覗いている教室は今まさに医者になるための勉強をしている若者たちがいるんだけど、他のクラスとはちょっと毛色が違うのよねー。
何せ授業をしているのが……。
「ルルア。先ほどの説明からすると、理論上は、切り落とされて失われた腕なども再生可能のように思えるのですが?」
「はい。理論上は可能です」
そう、元リテアの聖女であり、ウィードの聖女であり院長ともいわれているルルアちゃん自らがわざわざ教鞭をとっているのよね。
まあ、ルルアちゃんが教鞭をとるのって全くないわけでもないのだけれど、どちらかというと現場主義で教えるよりも治療をするのを優先したいタイプなのよね。
だから、いつもなら教える内容も、実演を交えた医療行為になるんだけど、今回はわざわざ座学を教えているの。
それって普通じゃありえないのよねー。ルルアちゃんの医学授業って各国がこぞってやってくれってお願いしまくってもこれまでほとんどなかったのに。
で、その相手なんだけど……。
「理論上ですか。しかし、ルルアは私の焼けただれた体を皮膚だけじゃなく再生しました。これはその理論が実践され成功したということではないでしょうか?」
「ショーウの場合は腕が取れたとかと同じではなく、あくまで負傷によって変化したものですからね。欠損といっていいかはわかりません」
そう、ズラブル大帝国の大皇望といわれているショーウちゃん。
この講義はズラブル大帝国のための特別講義。
各国が望んでも実現しなかった授業がされてるなんて諸外国にばれたらそれこそ色々大変そうなんだけど、ズラブル大帝国を大陸間交流同盟に引き込むために必要なことということでやっているみたいなのよねー。
「なるほど。つまり、実際に欠損の治療をしてみれば理論が正しいかわかるということですね」
「はい。そうなりますね。とはいえ、ウィードでもこれまである程度は実証実験として腕や足などの欠損者の治療を試みていますが、これがなかなかうまくはいきません」
「失敗しているのですか?」
「残念ながら。欠損してから時がたっていると、全く治療ができないというのがこれまでの実験結果です。欠損が治療できるには今のところ切り落とされた部位があり、かつ、時間が経っていないというのが今まで調べた結果です」
そう簡単に欠損は治療できないってことなのよねー。
ルナ様がくれるお神酒でようやくってレベルのモノなの。
「そこはズラブルと同じなのですね」
「はい。というより、むしろ戦争を今行っているズラブル大帝国の方が、欠損の実例が多いのでその分研究が進められているのかと」
「なるほど」
ふむふむ。ズラブル大帝国も戦争で四肢欠損した人が多くいるってことねー。
それでも、解決策が見いだせていないってことね。
悲しいことだけど、その話だけでも十分に価値のあるものだわー。
「いい話が聞けました。やはり欠損から時間が経ってしまうと治療が難しいということですね。ですが、逆に先に言った条件に当てはまるのであれば……」
「はい。治療できる事例もいくつか確認されています。で、今の話で分かりましたが、これまでズラブルでも欠損治療がうまくいかなかったのは、やはり欠損した部分についての知識が不十分だったという事ですね」
「恐らくと付きますが。それについては、今後検証が必要でしょう。なのでこれはズラブルですぐ実演ができる治療にはなりませんね」
「あー、そこは気にしなくて結構ですよ。すでに我がズラブルを説得する治療には目途が付きました」
「え? 欠損治療以外にですか?」
「はい。よくよく考えてみたのですが、私自身の火傷もあれ以上は治療できないとすっかり匙を投げられていました。つまり……」
「ああ。ある程度以上重症の火傷の患者を治療をすれば、ウィードの技術が認められるという事ですね?」
「ええ。私も陛下も、やはり数の多い欠損をどうにかできればと思っていましたが、それだけが大けがではありません」
うん。いいところに気が付いたわね、ショーウちゃん。
そうよ。確かに欠損は大けが。
でも、大けがはそれだけじゃないの。
ショーウちゃんの火傷だって、病からくる重症だってあるわ。
そんな感じでうんうんとしていると……。
「……リリーシュ。いえ、リリシュ司祭。こんなところで何をしているんですか?」
「うひゃ!?」
いきなり声をかけられて思わず変な声をあげてしまったわ。
もー、いきなりだれよー。と思って振り返ると。
「あらー。ヒフィーちゃんじゃない。どうしたのー?」
「どうしたのー? じゃありません! 一応私はウィードではあなたの助祭という事になっているんです! あなたが病院から消えたって連絡があって、わざわざ探しに来たんです」
「あー、そういえばそうだったわねー」
ちょっと休憩時間に学校に顔を出してと思って、そのまま見てたんだったわ。
「で、急患なの? みんなで対処できないような事態?」
「いえ。ただリリシュ院長が忽然と消えたってことでちょっと騒ぎになっただけです。皆はあなたが神様なんて知らないんですから。どこかで迷子になってないかとか、トラブルに見舞われていないかと心配しているんですよ」
「あらー。みんな優しいからー」
「はぁ~。まったく無駄な心配でしたね。ホント時間の無駄です。この能天気はこれでも女神なんですから」
「ひどいわー。私はか弱いのよー?」
「……か弱いの意味を調べなおしてきなさい。またファイデさんとガチで殴りあったらしいじゃない」
「あーあー、聞こえないわー」
知らない。そんな男のことはしらないわー。
「はぁ。……で、あなたはこんなところでこそこそと何をしているのです? 休憩時間の終わりも無視してここにいるのはなぜです?」
「それは簡単よー。そこの……」
教室を見てたのーって言おうと思ったんだけど。
「えーと、リリシュ様、ヒフィー様、何か御用ですか?」
と、ルルアちゃんにばれちゃた。
まあ、別にばれてもいいんだけど……。
「ごめんなさいねー。ちょっとヒフィーちゃんがうるさくて」
「私のせいですか!? というか、ルルアさんがなぜこちらに? 今日って授業の日や勉強会の日ではなかったですよね?」
そう言って、ヒフィーちゃんは教室のドアからこちらの様子を覗うルルアちゃんと、その向こうに居並ぶズラブルの人たちに視線を向ける。
って、そうか。ヒフィーちゃんは知らなかったわね。
さて、どう説明したものかしら?
あ、でも私が説明する必要はないわね。
「じゃ、ルルアちゃん説明お願い」
「わかりました。といってもズラブル大帝国の皆様と情報共有をしているというだけですが」
「ズラブル? ああ、あの話の方々ですね。もう勉強を?」
「はい。よければヒフィー様、リリシュ様もご一緒にどうですか? 彼女たちはいまだ戦乱絶えぬズラブル大帝国からの使者です。一緒に話を聞くだけも色々発見があるかもしれません」
「そおー? お邪魔じゃなければ同席させてもらうわー」
「はい。向こうの医学はどのようになっているか非常に気になります」
私もショーウちゃんと話してみたかったし、ヒフィーちゃんに驚かされたのも悪いことじゃないわね。
ということで、私とヒフィーちゃんはルルアちゃんが講義をしている教室へと入っていく。
「ルルア? 彼女たちは?」
「はい。ご紹介いたします。我がウィードでエクストラヒールが使えて医学の知識も私と同等の方々です」
「どうもー。リリシュといいます」
「私はヒフィーと申します。ルルアさんほどではありませんが、少しばかり医療の知識はございます」
「これはご丁寧にありがとうございます。私はズラブル大帝国から来ましたショーウと申します。まさかルルア以外にエクストラヒールが使える方々とお会いできるとは思いませんでした」
そういって丁寧にあいさつをしてくれるショーウちゃん。
やっぱりいい子ね。
「それでショーウ。リリシュ様、ヒフィー様もこの講義に同席させていただいていいですか?」
「ええ。ルルアが認める方々です、大歓迎ですよ。むしろエクストラヒールも使えるような賢者であるなら、私が頭を下げてお願いしたいほどです」
ということで、関係各所に連絡をした後、そのままズラブル医学知識講義に参加をしたんだけど……。
「……ということで、人体の把握が……」
「なるほど。……これが人の……すみません。リリシュ殿ここの場所はどういう……」
「ここはねぇー……。どういったらいいのかしら? あ、ヒフィーちゃんお願い」
「あなたが聞かれたんでしょうに。はぁ、まぁ仕方がありませんね。これに説明させるとわけのわからない擬音がやたらと入ってきますから、やめておいたほうがいいですよ。そもそも感覚で治療をやってしまうタイプですので」
「それは知識がちゃんとあるからってことですね。むしろ、そういう感覚もぜひお聞かせください」
「いいわよー。って、まずはヒフィーちゃんに基礎的なところを説明してもらった後ですねー」
「はい。よろしくお願いいたします」
こうして直接会って話すとよりショーウちゃんのことが分かってくる。
この子は真剣に知識を欲している。
コメットちゃんみたいな自分の好奇心を満たすためということじゃなく、ホントにただ人を守る力が欲しいという感じ。
どっちが良い悪いとかはないんだけど、私としては医者として人を助けたいという気持ちが感じられてすごく好感が持てるわー。
だって動機は私や娘と同じだから。
「……えーと、リリシュ殿私の顔になにか?」
「あ、ごめんねー。ショーウちゃんの真剣な様子を見てて嬉しくなっちゃったわー。あなたみたいな人がいるズラブルはきっと安心して暮らせるんでしょうねー」
私がそういったら、ちょっと驚いたような顔になったけど、すぐに苦笑いになってしまい……。
「まだまだです。ですが、これからそのような国を、このウィードのような国を作っていければと思っています」
と、はっきりと決意を口にするショーウちゃん。
「あなたは強いのですね。ショーウさん。あなた自身が大きな怪我を負い長年苦しんだと聞きました。ルルアさんを頼ってようやく治したとも。それでもあなたは戦い続けるのですか?」
その決意にヒフィーも微笑みつつも、さらにその覚悟を問う。
答えなんて分かりきってはいるけれど、それでも聞かずにはいられないんでしょうねー。
「はい。私は戦います。これまで倒れた人々がみた夢を、いえ、誰もが夢見たことを私たちが必ず叶えるのです。憎しみではなく、未来のために」
「未来のためにですか?」
「はい。陛下や皆と誓ったのです。憎しみで戦っていてはその仇敵を倒した時に全てが終わってしまい人々の死や苦しみ以外何も残らないと。だから、私たちは未来を創るために戦うと。夢は敵を倒すことではなく、私たちで作り上げることだと」
「そうですか。ショーウさんたちがその夢を手にいられることを影ながら応援させて頂きます。まずはこの勉強で」
「はい! よろしくお願いします」
ヒフィーちゃんにはまぶしい言葉よね。
憎しみよりも未来のために……か。
うん、いいと思うわ。
この子いいわ! 死なせるのがもったいない!
後でこっそり祝福を授けてあげましょう。
勉強と才覚次第ではエクストラヒールも使えるようになるわー。
厄介者に目を付けられる軍師。
彼女の運命は!




