第951堀:大国の皇帝が望む者
大国の皇帝が望む者
Side:ユーピア・ズラブル
既に日は暮れ時は夜。
ユキ殿とはよき会議ができたと満足しながらも、たまった仕事を処理していると、なにやら考え込んでおった副官がおもむろに声を掛けてくる。
「陛下。よろしかったのですか?」
「なにがじゃ?」
「ユキ殿に、オーレリア港を譲ったことと併せて、パルフィル王女を手放したことです」
「お前も心配性じゃな。そのことはワシ一人の決断ではなく、ズラブル議会にも諮り、決を採ったことじゃ」
あんな大物の治める国との付き合い方をワシ一人で決められるわけがない。
まあ、多少なりと発言力はあるがな。
じゃが、これは議会で決したこと。
「……わかっております。ですが、あのユキ殿、そしてパルフィル王女が手を組んだとしたら……」
「確かに、大義名分を得たウィードが攻めてくるというリスクはあるじゃろうな」
確かに副官の言う通り、その懸念は払拭できぬ。
ウィードの底知れぬ軍事力と、旧グスド王国の王女パルフィルが手を組み、ズラブル大帝国に牙を剥くという可能性は確かにある。
「ならば、せめてオーレリア港を我がものとするか、あるいはパルフィル王女の身柄をこちらで預かるべきでした。それをなぜ……」
「その方がウィードが敵対する可能性は低いと判断したからじゃ。双方とも渡してしまった方が気前がよかろう。向こうとてワシの器のでかさに感心しておるじゃろうな。下手にどちらか一方でも削ごうものなら敵対される可能性が高い。違うか?」
特にパルフィル王女を預かるなどといったら、それこそ戦争になりかねん。
ウィードの面目を潰すことになるからのう。
「……それは、そうですが」
「なに、議会でも話しておったじゃろう。所詮オーレリア港の統治はこちらが行うことになると。ウィードとシーサイフォはかの大山脈を越えた向うに国がある。よって容易にこちらに人員を送り込むことなどできぬ。つまり、大掛かりな兵の動員はできないということじゃ。となれば実質オーレリア港は」
「我が国の物ということですか」
「そうじゃ。ま、ウィードの要求には答えねばならぬがな。それで、ウィードと友好を築けるのなら安いモノじゃ」
あの強大な魔道具を操るウィードを相手にして最終的には勝てるはずがない。
この地だけであれば限定的な勝利を得られるかもしれんが、そうなっては後がない。
しかも敵はウィードだけではないからのう。
それによって旧皇帝派がどう動くか、全く頭の痛い事じゃ。
「ひとまず、オーレリア港を統治する人員の選定じゃな。ユキ殿たちを不快にさせぬ者が良いのじゃが。それでいて、気が利き、こちらとの連絡をも密にできる者であればなおのこと良い」
「そんな都合のいい人材はどこにも余っておりません。そもそもそんな優秀な人物がいれば、既にどこぞの土地を任せております」
「うむむ……。いっそのことヴォルを送るか?」
あ奴は軍人ではあるが、統治も行ける。
いや、真に良き軍人は統治もできて当たり前のことなんじゃがな。
制圧した都市の治安を守り、引継ぎまで維持しなければならないからのう。
「今ヴォル将軍を統治だけに充てるのは愚策かと」
「とはいえ、第二方面軍を瓦解させた責任も取らせぬうちに元に戻しても問題じゃろう。幾ら相手があのウィードであったといえどな」
「しかし、陛下は皆様を納得させウィードと同盟を締結したではありませんか。なのにヴォル将軍の責任を今更問う必要はありますか?」
「帝都だけの話なら問題はなかろうが、地方におる連中に対してはそうもいくまい」
「……ああ」
指摘され、副官もそうであったと顔をゆがめる。
そう、地方におる連中からすれば、ヴォルは敗北したということしか知られてはおらん。
というか、かの戦いの実態は報告書なぞ見ても誰も信じぬわ。
それだけ、あの敗北は信じがたく、ウィードの攻撃は理解の及ぶところではないのだ。
「しかし、他に方面軍を率いることが出来る将はいませんが?」
「その言い草じゃと、地方の連中なぞ全く使えんといわんばかりじゃな」
「当然でしょう。そもそも使えるものなら、既に将として引き抜いています。まさか、国境を防衛している辺境伯たちでも呼び寄せますか?」
「いうことは分かるが、どこぞに原石が眠っているやもしれん。そういう連中を中央で重用すれば一所懸命働くとは思わんか?」
「働きはするでしょうが、その者たちが引き抜かれた地の統治はいかがなさいますか? そのまま領地の統治と将軍職を兼ねてというのは嫉妬を受けかねませんが? しかも原石というからには未だ実績も何もありません。それでいきなり登用しても周りも納得しないでしょう」
「むぅ」
確かにこういう出世には嫉妬が付きまとうし、実績がないのにいきなり8万の司令というのもありえんか。
「そもそも、そこまで優秀な者たちがいるなら、既に頭角を現していると思いますが?」
「そこをどうにかせねば、やがて我が国は人材不足に陥る。ま、ヴォルの第二方面軍総司令解任はなしじゃな。やはり軍を任せられるのはヴォルしかおらん」
「自分で言っておいてですか?」
「ワシが庇ったらそれこそ問題じゃ。そこで、ワシはヴォルを罷免する方向で動く。裏からヴォルを庇うように手配を進めよ」
普通なら、第二方面軍に所属する将軍からヴォルの代わりとしてトップに抜擢してもいいのじゃが、今回の件では全員にげだしているのがのう。
ウィード相手に完全に瓦解してしまったのが痛い。
ヴォルと副官たちは堂々と捕まったからまだしもじゃが。
そんな連中を代わりに据えるわけにはいかん。それこそ反発が強かろうて。
というか、ヴォルの軍の中には、オーレリア港の統治を任せる予定の人員もいたのじゃが、そ奴らもにげだしておるからなぁ……。
ま、使えん連中が先にわかってよかったというべきか?
いや、ウィードが規格外すぎたのがのう……。
いずれ、ウィードの実力がズラブル大帝国の全土で認められるようになれば、ヴォルたち第二方面軍の評判も戻るじゃろうが、それまでは泥水をすすってもらうしかないのぅ。
「はっ。しかし、ヴォル将軍の現職維持はいいとして、結局オーレリア港の配置はいかがなさいますか? まあ、ウィードからの要請がなければ人員は派遣できませんが、用意しないわけにはいかないでしょう」
「軍からの引き抜きが出来ぬとなると、やはりどこぞの領地から代わりの人材となりそうな次男三男でも帝都へ呼び寄せ、帝都に務める者の中からオーレリア港の統治に当たらせるしかないか」
「それがいいかと。それならば陛下の意向を無視することも、ウィードを侮ることもないでしょう。そもそも、ウィード、シーサイフォとの交易は迂闊に地方貴族なぞに任せるわけにはいきませんから」
「そうじゃな。そこもあるからのう」
そう、召喚使役宝玉、ウィードではマジック・ギアといっておったか、それが再び輸入できるようになった意味はとても大きい。
グスド王国が敵対し、荷止めされたときは、かなりまずい事態になったと思ったが、それもすっかり解決したわけじゃ。
その輸入を取り仕切るのじゃから、やはり信の置ける者であらねばならぬのは当然のことじゃ。
「よし、ならばまず選定を……」
と、言いかけたところで、皇帝の執務室にドアをノックすることすらなく飛び込んできた慮外者が…
まったく、思わず衛兵は何をしておるのかと怒鳴りかけ、入ってきた人物をの顔を見て絶句する。
「ユーピア皇帝陛下。お話は聞いております。その詐欺師どもの監視、是非この大皇望ショーウにお命じください」
そういって綺麗な礼を取った、我が国の頭脳。
いや、この大陸最大の知恵者、ショーウ・ローリズム。
ワシという大国の皇帝が心より望みし者。
すなわち大皇望。
容姿も端麗、頭脳明晰、腕もかなり立つ。
にもかかわらず、当時一切名前も知られず、ただ在野として存在していた稀有な人物。
頭を下げた際にその流れるような銀髪が乱れたが、それすらもまた彼女を美しく見せるものになってしまっている。
まったく、美人は得じゃな。
しかしながら、なぜあの当時、全く名が出ていなかったか本当に不思議な人物じゃ。
ま、今大事なのはそこではない。
「ショーウ。お前は入室の礼儀も忘れたか?」
「大変失礼いたしました。しかし今回のこと、由々しき事態と感じたがゆえの行動です。何故、聞いたこともない国にオーレリア港を渡したのです! その上パルフィル王女も向こうに預けたまま。何をお考えになっているのですか!」
そういって、ワシの机をバンッと叩くショーウ。
はぁ。やはり、随分お怒りのようだ。
まあ、当然と言えば当然か。
「その理由も共に、報告書には目を通しているはずじゃが?」
とはいえ、今更その理由を一々問いただされるいわれはない。
何せ、今回の顛末は全て報告書にまとめて関係各所に送っているからじゃ。
もちろん、ショーウのところにも届いてるので、目を通していないわけがない。
「拝見いたしました。しかし、あまりに荒唐無稽ではありませんか。かのヴォル将軍が率いる軍がたった一夜の奇襲で瓦解? そんなことはあり得ません。バカにするのも大概にしてください!」
そういってまた机をバンッと叩く。
うむ。その気持ちはワシにもよくわかるぞ。
じゃが、現実はいつも非情じゃ。
「ショーウ。その気持ちはよくわかるが、帝都議会が承認した資料。そしてワシの許可。それらに書かれたことと導かれる答えは全て事実、現実じゃ」
「だから、騙されているというのです! 何をどう言いくるめられたのか知りませんが、私がオーレリア港への駐在となり、取り仕切ります。そしてウィード、シーサイフォの化けの皮をはがしてみせましょう」
「だから落ち着け。彼の者たちは再びマジック・ギアを供給してくれると約束してくれたのじゃ。それだけは反故にされるわけにはいかんぞ」
「それは良く分かっています。……まさか、マジック・ギアの供給を条件に言いくるめられたのではないでしょうね?」
「それもあるが、この者どもに言いくるめられたわけではない。というか、元をただせば、ショーウの作戦が此度のことの全ての発端となったんじゃ。そこは理解しておろう?」
ワシが釘を刺すようにそういうと、ショーウは少し黙って資料に視線を送り……。
「……確かに。私が指示した殲滅行動をとった結果、ウィード、シーサイフォが戦端を開く決意をしたというのならば、私のミスです」
流石にそういうところで弁解、言い訳はせぬな。
己が間違っているところは素直に認める。
「大皇望。以上のことを踏まえて、適切にウィードとシーサイフォの者たちと応対するというのであれば、オーレリア港のことは全て任せてよい。どうじゃ?」
そして、それらをもとにすぐに作戦を練り直し、より的確なものを提案する。
それが……。
「はっ。かしこまりました。オーレリア港の統治、確かに承りました。併せてウィード、シーサイフォの真意をも探ってまいります」
再び綺麗な礼を取り、受諾の意を表すショーウ。
「うむ。では任せる。くれぐれも礼を失するなよ。お前に限ってそんなことは無いと思うが、万が一にも敵に回してはいけぬ国じゃ」
「……陛下がそこまでいうのですか」
「まあ、そなたも明日には納得するじゃろう。ユキ殿も自分たちが信じてもらえぬのは理解しておるからな。で、それはそれとして、任せておった北方は大丈夫なんじゃろうな?」
「もちろん。全て差配済みです。そちらの資料はここに」
ドサドサ……っと置かれる。
「仕事は完璧のようじゃな」
「ええ。それは当然のことです。ですので、オーレリア港のことはお任せを」
全く、仕事が出来る奴ほど文句は言えぬよなぁ。
ま、あとはユキ殿に頼むしかあるまい。
こうして大皇望が出てきました。
その正体は一体?
最大の敵となるのか? それとも味方か?




