第940堀:ある皇帝の視点
ある皇帝の視点
Side:ユーピア・ズラブル
当初報告を聞いた時には、全く信じられなくて、頭が聞き取ることを拒絶した。
二度聞いた時には、そんな馬鹿なと思った。
三度聞いた時には、軍のあまりの不甲斐なさに、怒りに震えた。
そして、これはワシ自らが第一軍を率い、オーレリアを攻め落とすしかないとまで思いつめた時、ふとある事に気づいた。
『……あのヴォルが手も無く敗走した?』
軍事における我が右腕であり、長きにわたりズラブルを支えてきた将軍。
その男が8万もの兵を率いていながら壊滅したのだというその事実が意味することに。
そもそも慢心なぞあり得ない。
あのヴォルさえ無残に敗北するような恐るべき相手が現れたということだ。
そのことに気付き、今度は一気に血の気が引いた。
『直ちに調査をせよ』
慌てて、改めて情報を収集し直したが、集まった情報はやはり理解が出来ない常軌を逸したものじゃった。
しかしながら、事態がどのように推移したかは朧気ながらわかってきた。
オーレリア港を目前にいったん進軍を停止し、敵に備えつつも一旦休止して夜を迎えたところ、上空の警戒をしていた、無敵のワイバーン隊が突如爆発と共に墜落。
続いて地上に待機していたワイバーン隊まで爆発。
そこでようやく敵が上空から攻撃してきたと気付き、飛翔魔術部隊が迎撃のため空に上がったが、異様な轟音が彼方でしており、遠方に小さい黒い塊が飛んでいるのを確認した直後、そちらから光弾が飛んできて、爆発し魔術師部隊は墜落。
完全に空を奪われ、その後の詳細は不明。
その時点で継戦困難と判断し、残った魔術師部隊は撤退を開始したそうだ。
ただ、撤退中、司令部が置かれていた辺りが突如大規模な爆発を起こしたのを確認したそうで、ヴォルの生存も危ういものと魔術師部隊の生き残りは報告していた。
ここに至り、ようやくズラブル大帝国はとんでもない強力な戦力を持つ者たちと交戦したかもしれないとの結論に至った。
ワイバーン戦術にしろ、飛翔魔術師部隊にしろ、ヴォルや我が歴戦の参謀たちがさんざ頭をひねってやっと生み出したものだ。
それを如何にも熟知し検討し尽くしたかのように、見事に対策を打たれ、潰されたというこの事実。
『ようやく旧皇帝派が反攻に出てきたということか……。ちっ、オーレリア港の制圧はもっと早めに行うべきだったか』
しまったな。
マジック・ギアの有用性がばれてしまったと考えるべきじゃろう。
敵の正体は未だ分からんが、状況からみて、旧皇帝派が空の戦力を有したと思っていいじゃろう。
となると、これからの戦いは、今までのようにはいかぬな。
さて、どう対策を打つべきか。
せめて、ヴォルが無事であれば詳細な情報が得られるはず。
……まずは、ヴォルの捜索から行うべきか?
そこまで考えが進んだ丁度その時……、ワイバーンによる連絡便でヴォルたちが無事だという急報が届いた。
そのことにはいたく安堵したが、すぐに気持ちを入れ替えて、添えられてた報告書のあまりの内容に愕然とした。
やはり、ワシの予想に過ちはなく、第2方面軍は未知の相手にあっという間に制圧されたが、その方法は全く不明と書かれておった。
ただ、これと敵対すれば、ズラブル大帝国は甚大な被害を被ること。
また、ズラブル大帝国軍の総力をもってすれば、数による押しつぶしは可能かもしれないとも記されておったが、……実現不可能じゃ。
第二方面軍として分けているのは、それだけ敵対する国が多いのじゃ。
さらに、旧皇帝派は日に日に抗勢を強めておる。
だからこそ方面軍を設立し、同時に多方面に当たらせておる。
故に正体すら定かではないウィード?とシーサイフォの連合を相手に全軍を差し向けることなどできぬ。
かようなことをすれば、防衛が手薄になったところに、これ幸いと旧皇帝派が押し寄せてくるじゃろうて。
そうなれば、如何に我が国が精強といえど、守り切ることは不可能じゃ。
そして、防衛網に一度穴が開いてしまえば、それを立て直すのは容易ではない。
……ズラブル大帝国の歴史は終わってしまう。
『……ようやくここまできたのだ。ここで終わらせるわけにはいかぬ』
そう、ここまで来るために、多くの友や民の命を費やしてきた。
それを無にするわけにはいかん。
ワシが率いる第一軍でどうにかできればいいが、ヴォルですら敗走したことを考えると、いくらレベルが高かろうが関係ないということじゃ。
まぁ、ワシだけならば多少なりと何とかできるやもしれんが、ワシ一人が最後まで戦場に立っておったところで意味がない。
そう、ワシの影武者として、皇帝の役を担っている者たちは、ワシならば良き国が作れると信じて下ってくれた国々の元王じゃ。
ここで、ワシが無様をさらせば、ズラブル大帝国は内から瓦解することになるじゃろうて。
そのようなこと、絶対に避けなければならぬ。
幸いにも報告書には、ウィードとシーサイフォの使者は話し合いを求めており、そして旧皇帝派ではないと書かれておる。
これをうまく利用するしかない。
『よし。直ちに返事をしたためる。ウィードとシーサイフォの使者の訪問を受け入れる。相手は対話を求めておる。ヴォルの報告書にも此度の戦い、不幸な事故と記載されていることから、敵と断定するのは早い。我がズラブル大帝国の懐の深さを見せ、この者どもが旧皇帝派に取り込まれるのは避けよ』
『『『はっ!』』』
かなり苦しい言い訳ではあったが、臣下もちゃんと状況を理解しており、異を唱える者はおらんかった。
こうして、ヴォルに連絡をして、ウィード、シーサイフォの使者を受け入れることになったのじゃが、なんと馬がおらぬ鉄の馬車に乗り、オーレリアから一週間としないうちに帝都へと到着しおった。
ワシはかの者共が移動している間にその情報を集めようと思っておったのじゃが、それすらかなわなかった。
かくして、ワシは相手の正体すら知らぬまま、謁見の時を迎えることになったのじゃが……。
まったく意味が分からなかった。
普通は、ワシの謁見にはそれ相応の年配や身なりの良い、これぞ貴族という者が使者としてくるのだが、ウィードとシーサイフォの使者の一団は、男性が二名と後は女性だけという、冗談のような編成だった。
護衛に、魔物を使役しているとはいえ、こんなのはあり得ん。
女を連れて物見遊山か、逆に見世物にしているとでも言われた方がまだ納得できる。
だが、それは冗談や見世物などではなく、それどころか我がズラブル大帝国始まって以来の武勇を誇るドーダンが近衛のクアルという女隊長に成す術もなく敗れた上に、軍事力に至っては……。
『弾ちゃーーく、今!』
ズドーン!
そんな不思議な掛け声と共に、いきなり森が大爆発した。
いや、それで終わりではなかった。
「初弾命中を確認。同一諸元、効力射」
そう、ウィードの使者であるユキ殿が手に持った小さな箱に告げると……。
ズドドドドーーン!!
瞬く間に、森が次々と吹き飛び、どんどん更地が広がってゆく。
「なっ、何が!? だ、大魔術か!?」
「あ、あり得ない。こんな大魔術をこんなに連続で撃てるわけがない!?」
ワシの驚きは一緒についてきていた部下たちが代弁してくれた。
まさにその通りじゃ、こんな大魔術による攻撃が、斯様に連続で出来よう筈がない。
ワイバーン隊の集団攻撃でも、あんな無造作に森を耕すことなどできはしない。
「そもそも、攻撃はどこからしておる!? 魔術師隊なぞ見える範囲にはおらぬぞ!」
しかし、とあることに気づいてしまい、そのあまりの恐ろしさにワシの手が震える。
望遠鏡で見える、ウィードの部隊。
森まではおよそ攻撃が出来ようはずもない距離であるのに、そこで立ち止まったまま何やら妙な作業を繰り返しているのが見えるのじゃ。
つまり、今森が耕されているあの爆発は……。
「……ユキ殿。今森が爆発しているのは、あそこにおるウィードの兵がやっておるのか?」
ワシがそう恐る恐る聞くと。
「ええ。そうですよ」
そう、こともなげに答えおった。
まるで、こんなことは当たり前だといわんばかりに。
そして、ユキ殿は話を続ける。
「今、私が持っているのは、無線機といいまして、私の言葉をあそこにいるウィードの部隊に即時に届けるものなのです。ですので、撃ち方やめ」
『了解。撃ち方やめ!』
ユキ殿が手に持っている箱に声をかけると、箱から返事が聞こえてきて、ウィードの兵がそれまでしていた作業を止めたかと思うと、ぴたっと、爆音が止んだ。
……間違いない。指示があの遥か離れた部隊に即座に伝わっておる。
何か、手品か? いや魔術で遠方の者と連絡を取る手段はあるから、それほど驚くことではないのか?
しかし、遠く離れたところと即時に連絡が取れるような魔術道具はバカでかくなるはずで、設置も容易ではない筈じゃ。
ワシとて、連絡が円滑になればと随分検討したが、物資や予算の関係上あきらめざるを得なんだ。
それを、あんな小さな箱で行ったのか!?
いや、落ち着け、本当にそんなことが可能なのか?
あの驚くべき攻撃に飲まれるでない。
ワシが冷静にならねば。
そう、まず確認すべきは、本当に攻撃があの距離で行われているのか、そして、遠方からすぐに連絡が取れるものがホントにあるのか。
……使わせろというのは、軍としては問題かもしれんが、ワシらとしても素直に、はい、すごいですねと信じるわけにはいかん。
うむ。覚悟を決めよう。
このウィードを率いるユキ殿はとんだくわせものじゃが、ワシとて伊達に齢250を重ねてはおらん。
不興を買う可能性もあるが、今後のズラブル大帝国のため、今は踏み込む時じゃ。
こんなこと今まで何度も超えてきたわ!
「……ユキ殿、その、連絡できる箱を……」
「実際に使ってみますか? お試し用で用意してありますよ」
「あ、どうも。感謝する」
なんか、いとも簡単に遠方と連絡が取れるその貴重な道具を貸してくれた。
それどころか……。
「で、こちらが今ユーピア皇帝が持っている無線機と連絡が取れるように回線を……調整してあるものです。それをどなたか他の方に、ヴォル殿いかがですか?」
あっさりもう一つ貸しおった!?
いや、確かに嘘ではないと証明するには有効な方法であるが、この技術、そんな簡単に他国に貸していいようなものではないぞ!?
即座に遠方の人物と連絡が取れるということは、世界を変える革命じゃ!
それをなぜこの男はいとも簡単にさらす!?
そんな感じで、ワシが驚きのあまり声にならぬ声を上げていると、ムセンキとやらを差し出されたヴォルは慌てて首を横に振り……。
「あ、いえ。私は結構です。他の者の方が適任でしょう。陛下、だれになさいますか?」
「はっ!? そ、そうじゃな。で、では、これをもって城に戻り、モンモラン伯に渡してこい。ユキ殿、構わぬな? 決してなくさぬと約束する」
お、驚きはしたが、こちらも仕返しじゃ。
国家機密といっていい伝説の道具を手の届かぬ我が城までもっていかせる。
普通なら許可はできぬ。小細工をしておるのならなおのことじゃ。
さあ、どうでる? 何か隠しているのか? それとも……。
「いいですよ。でも、室内だと電波、魔力が届かない可能性があるので、屋外で使用してください。使い方は……」
どうやら事実のようじゃな。
直ぐに道具を持っていくことを承諾し、ワシに使い方を教えてくれた。
つまりじゃ……。
『陛下、聞こえますか?』
「あ、うむ。聞こえておるぞ」
『はっ。では、今から城へと向かいます』
「なるべく早くな」
『はっ!』
そう応え、使いの者が走り出した、その走る音までも聞こえてきて、この道具で遠隔地と話せるのは嘘でないというのが分かる。
「では、到着する前までに、私たちが利用している兵器の説明をさせていただきます」
「……そうじゃな」
これではっきりわかった。
ユキ殿は何も嘘を付いておらぬ。
そして、この程度のモノ、開示しても構わないからこそもってきておるということじゃ。
ワシはこの恐るべき事実に喜べばいいのか、それとも嘆けばよいのかすら分からず、しばらくムセンキから聞こえてくる走る音を聞いているだけであった。
皇帝は皇帝で、事態のやばさに気が付いて対応してきたというのが正解でした。
さてさて、これからの交流はどう向かうのか楽しみですね。




