第938堀:皇帝との謁見
皇帝との謁見
Side:セラリア
ユキは、どうやら私が斬りかかったりしないか本当に心配しているようね。
まったく、私がその程度の我慢すらできない女だと思われているなんてね。
「それは自業自得では?」
「何か言ったかしら、クアル?」
「いいえ何も。ですが、あくまで今回、陛下はユキ様の付き人の一人という立場です。それをくれぐれも忘れないでください」
「わかっているわ。夫の足を引っ張るようなことをするつもりはないわ」
「それならよかったです。では、そろそろ皇城です。迂闊に私語をするなどは控えてくださいね」
「それもわかっているわよ。しかし、大きなお城ね。流石皇帝というべきかしら?」
その帝都にそびえ立つ城を見てそうつぶやく。
ズラブル大帝国。
それは、夫たちの情報収集から、国力としては、ロガリで例えるなら、ロシュール、ガルツ、リテアの3国を合併したような規模みたい。
正直驚きの大きさを持つ国家よね。
こんな広大な領土をきちんと支配できているということそのものが、ズラブル大帝国の統治能力の素晴らしさを物語っている。
ロガリの国々ではこうはいかないでしょう。
まあ、旧皇帝という外敵がいて、これと雌雄を決するべく争っているという事も広大な国土を統治出来ている要因の一つではあるのでしょうけど。
と、そんなことを考えているうちに、私たちを乗せた馬車はお城の中へと入って暫くした所で止まり、扉が開かれる。
「ようこそ、皇城ズラブルへ」
そう言いながら出迎えてくれたのは、先に事情を説明しに行ったヴォルたち。
ダンジョンの管理で一応追跡はしていたのでわかってはいたけど、即座に処刑されるようなことはなかったし、拷問や懲罰を受けた様子もない。
何とも不思議よね。総勢8万もの軍をほぼ崩壊させてしまった将が、この扱いなんて。
まあ、我々の話も聞いてから、正式に処罰というところかしら?
ま、それはいいとして、私たちは馬車から降りると周りを兵士とメイドに囲まれた状態で、城の内部へと案内される。
外から見たとき感じた豪奢さは、そのまま内部も変わらぬようで、ズラブル大帝国の財力や技術力の高さが伺えるわ。
「……でも、ウィードに比べるとやっぱり見劣りするわね」
「セラリア様。それは言わないお約束です」
即座に脇に侍るクアルからツッコミを受ける私。
いつものことながら、確かに比べる対象が悪いわよね。
でも、こちらはこちらで趣きがあるし、ユキが前に言ってたように、こういうお城をウィードでも建てるべきかしら?
ウィードの人たちも、他所へ行った時に比べる基準がなければ困惑するだろうし、基準となるようなものがあれば、凡その国力を測れるでしょう。それに、相手もウィードのことを理解しやすいでしょう。
とはいえ、ウィードの技術力や財力を駆使した城を作るとなると、それこそ摩天楼の様にはるかに高い城になるのかしら?
……その場合の総工費と維持費を考えると、絶対エリスが頷かないわね。
私もそんなことのためだけに、エリスの説得を頑張れる自信はないから、却下ね。
と、城の中を眺めながら益体も無いことを考えながら移動していると、大きな扉の前に至り立ち止まる。
「ウィードの皆様、こちらが謁見の間となっております。未だ正式な国交は結んでおりませんので、膝をつく、頭を下げるといった礼はしなくて結構ですが、最低限の礼儀は払って頂きたい。例えば、皇帝陛下の言葉を遮る、あるいは謁見の間で騒ぐなどは控えてください」
そうヴォルが注意してくる。
……まさかこのまま、全員謁見の間に通されるとは厄介ね。
てっきりまず控室へ連れていかれて、代表数人だけが謁見と思っていたのだけれど。
子供を含む私たちの不作法でも突いて交渉を有利に進めるつもりかしら?
「しかし、お嬢様方はけして無理をなさらないように。何かあれば近くのメイドに何なりとお申し付けください。すぐに対応させていただきます」
「うん。ありがとう。ヴォルさん」
「ありがとうなのです」
「紳士的な対応ありがとう。ヴォル」
「はい。その時はよろしくお願いいたします」
「おっちゃん。ありがとー」
「ヒイロ。そういうのはダメなのよ」
「ははは。構いません。私は間違いなくおっちゃんですからな。陛下もお嬢様方の言葉でどうこう言うことはないでしょう」
子供達には優しいわね。
まあ、子供の不作法を論って交渉を有利に進めようとか、大人げないという印象を与えるからしないとは思うけど、それなら、わざわざ謁見を滞らせるリスクなんか取らずに、別室に案内するべきじゃないかしら?
不可解ね。私たちのことを探ろうとしているのは分かるけど、その狙いが良く分からないわ。
このまま子供たちも含めて一網打尽にということを考えてるっていうのが可能性としては高いのだけれど……。
あー、もういくら考えても仕方ないわね。
まずは、その皇帝とやらと話をしてからね。
私はそう腹をくくり、開かれた謁見の間へと一歩踏み込むと、それを合図としたかのようにけたたましい音が響いたので、一瞬びっくりしたけど、すぐにそれが謁見の間の両脇に立っている楽団による演奏だと気が付いた。
楽団までいるっていうのは豪華ね。しかも私たちの歓迎用に使うなんて、相当こちらを高く評価しているとみていいでしょう。
普通舐めてる相手にわざわざこんな歓迎はしないでしょう。
そして、私たちは誰も座ってはいない空の玉座の前へと到着した。
「ズラブル皇帝陛下の御成」
私たちが立ち止まったのを合図としたように、玉座の横に控えていた男性が皇帝の出座を告げると、ヴォルたち、ズラブル大帝国の者たちは即座に膝をつき頭を垂れる。
徐に玉座の横にある大扉が重々しい音を立てながら開かれ、そこから小さい女の子がチョコチョコと入って来た。
なに、どういうこと?
理解が追い付かない。
普通あんな小さい子が皇帝である筈がないと思うんだけど、でもズラブル大帝国の要人たちが揃って頭を垂れている以上本物、ないし、影武者なんだろうけど……。
ああそうか、揺さぶりに来たわけね。
ここで動揺したり、考え無しに無礼を働けば相手の思うつぼということ。
ヴォルも、子供たちの無礼は許すけど、大人たちの無礼は許さないと言っていたわね。
私はすぐにそう理解納得したんだけど、私たちの動揺を読み取ったらしく、その小さな女の子はこちらを見てニマッと嗤った。
微笑んだというにはあまりに邪悪な笑みだったわ。
……ああいう子はこちらにもいるのよね。ラビリスとか。
そして、皇帝と呼ばれた女の子は玉座にすわり、己が名を告げる。
「ウィードからの客人たちよ。ワシがズラブル大帝国の皇帝。ユーピアである」
本当にこの子が皇帝……ね。
昔の私なら一笑して否定したんでしょうけど、夫と付き合うようになってから、予想外のことなんて数えきれないほど何度も経験してきたから、容姿が幼い程度の事で侮ったりはしないわ。
「ほぅ。その方ら、驚いてはいるものの、それだけとはな。いやいや、驚かされたのはワシの方か。おっと、失礼をしたな」
そう言って、先ほどの嗤いとは違い、純粋に楽しそうな笑い声を上げる。
やっぱり、見た目とは大違いね。
私たちの様子をしっかりと伺っている。
そして、突如笑い終わったかと思ったら、一瞬で鋭い目つきになり……。
「よもや、第二方面軍8万が壊滅することになるとは思わなんだ。ヴォル、改めて問おう。お前が如何にして敗北に至り、この者たちを連れて来ることとなったかを」
「はっ。それは、オーレリア港を目前としていた時のことでした……」
そこで、改めてヴォルがいかにして自分たちが敗走したかを語っているんだけど。
「夜のうちに一瞬にしてのう。うむ。ヴォル、お前ほどの男が嘘をついているとは思わん。そして、崩壊した第二方面軍から逃げ帰ってきた、魔術部隊も同様の証言をしているが、そんな荒唐無稽な話、ただ単にその言葉だけで信じろというのは無理があるのは分かるな?」
「はっ」
それは当然ね。ヴォルが語ったのは、夜間とはいえ8万もの軍が奇襲を受けあっという間に壊滅したという話で、普通ならそんな与太話、信じられるわけないものね。
「それ故に、何か証拠を見せよ。さもなくば、ウィードの者たちも、ワシに虚言を弄したとして処罰せねばならぬ」
ユーピア皇帝がそう言うと、即座に控えていた兵士たちが揃って槍の切っ先をこちらに向ける。
だけど、殺気がまったくないから、私たちは構えることすらしない。
「ワシとしてはそんなことをしたくはない。ワシを見て、驚きはしたものの侮ることが無かった者たちだからな。多くの者は、ワシの姿を見て、本物を出せと吠えおるからな。それに、こうして槍を向けられているのに泰然自若としておる。このような者たちがまだ世界におるとはな」
そう言いながら、私たちの姿をみて、嬉しそうに笑い。
「ウィードの者たちよ。お主らが嘘をついているとは微塵も思わぬ。そしてヴォルもじゃ。じゃが、あまりにもワシらにとっては信じがたきことなのじゃ。その真偽が明らかになるまでは、お主らをウィードからの賓客として遇することは叶わぬ。故に、申し訳ないが、疑義が晴れるまで、この対応を許せ」
そう言い終わるころには、眉を八の字にして本当に申し訳なさそうであった。
「いえ。その対応は至極当然かと。我々も信じてもらうため準備をしてまいりました。それをご覧いただく機会を与えられれば、その疑問、疑義を晴らしてみせましょう」
「うむ。そう言ってもらえて何よりじゃ。ワシとしてもこんなことで、ワシのことを受け入れてくれる国を失いたくはないからのう。では、早速見せてもらおうではないか! と、行きたいが、まずはこちらの指定するモノを見せてもらいたい」
「というと?」
「まあ、力を試すようで悪いが、ヴォルや潰走してきた者たちの話はあまりに荒唐無稽じゃからな。まずはワシたちの理解できる物事から見せてもらう」
これも当然の話ね。
そもそも理解できないから、先ずは理解できることから見ていくってことね。
「何、別に勝ち負けにはこだわらぬ。そちらも護衛で連れてきた腕利きがおろう。まずは、その者の腕前を見せてくれ。それがまず一歩じゃ」
なるほど。
軽く試合をしろってことね。
つまりは、私の……。
「出番はありませんからね。私が出ます」
そう言って、城内の練兵場の中央に歩みを進めていたのはなぜかクアルだった。
「ちょっと! ここは私の出番でしょう!」
「いや、どう考えても、クアルじゃろう」
「はいはーい。セラリア落ち着きましょうねー。そんなわがまま言ってると、お兄さんに怒られますよ?」
「ぬぐっ」
デリーユとラッツに両脇を押さえられた上に、そんなことまで言われてしまうと、何も言い返せない。
でも、恰好良いところを見せたいのよ。暴れたいのよ。
気晴らしの意味もあるし、こうスカッと一発やればズラブル大帝国の連中だって納得するでしょう?
そんな美味しい場面でなんで、私じゃなくてクアルなの?
ねえ、あなた!
そう、恨みのこもった視線を送っていたら、私の気持ちが届いたのか夫がこっちを振り返って……。
「いや、クアルだって活躍したいだろうから、これぐらい譲ってやれよ。いつもあれだけ裏方の仕事させてんだから」
「……ぬぐぐ」
そう言われてしまうとなおのこと何も言えない。
確かにクアルは私よりも、何倍も我慢しているはず。
……この場を譲るのは上司としては当然。当然なんだけど……。
あー、もう!!
そういいたくなる私はけして悪くないと思うの。
まあ、他で暴れる……じゃなかった、腕を見せる機会はあるでしょう。
いきなり隠すことなく幼女皇帝が登場。
その真意は?
クアルは勝てるのか?
セラリアの出番はあるのか!?
コメントで幼女万歳とかあったけど、まあそれもいいんじゃない!




