第860堀:激闘の果てに
激闘の果てに
Side:ユキ
「主様。シーラちゃんたちからの報告が届きました」
「ああ、ありがとう」
霧華から渡された書類にさっそく目を通す。
というか、シーちゃんとの話し合いが済んでからまだ一日しか経っていないのによく見つけたな。
そんな風に、シーラちゃん部隊の働きの良さに感心しつつ、とある船の名前が記載されているところまで読み進めた。
「……沈んだのは、グスド王国の輸送船か」
「はい。魔石の取引で積荷を降ろし終わった帰りに沈んだようですね。ブルーホール内で発見された他の沈没船は軍のモノが大多数で、一部漁業船と思われるものがあるようです。おそらくは潮の流れで残骸が集まっているモノかと」
とりあえず、今注目するべきは、マジック・ギアを積んでいたと目されてるグスド王国の輸送船か。
グスド王国。
シーサイフォ王国が魔術銃の弾倉として使っている魔石を輸入している国だ。
その船にマジック・ギアが乗っていたというわけか。
「マジック・ギアを持った何者かが、偶然その船に乗っていたというのは、無理があるか?」
「どうでしょう? 輸送船とはいえ、お金を払えば船に乗れますからね。ですが、あの海域に魔物が出現したことによって、シーサイフォ王国の国力は大きく低下、海軍に甚大な被害を与えているのは事実で……」
ズドーン!!
と、霧華が話している最中に、爆音とともに砂が舞い上がってこちらに降りそそ……。
ぶわっ。
「まったく。もうちょっとスマートに戦えないのでしょうか。主様や姉様たちが汚れてしまいます」
微塵も慌てることなく、霧華が風の魔術で舞い上がった砂埃を吹き散らす。
で、その霧華の視線の先には、カグラたちが必死にシーちゃんと戦っている姿がある。
「いや、霧華さん。相手はあの巨体だし、仕方ないんじゃないかな? あと、一応俺の名前も入れてくれないかな?」
「失礼しましたタイキ様。優先順位的につい。ですが、見学者がいるのだということにも配慮するのは当然のことかと」
「そこまでの余裕はなさそうだけどなー。ねえ、ユキさん?」
「まあ、カグラたちにとっては初めての戦闘相手だしな。まあ、それよりも問題なのは、本人たちが勝ち目がないと思い込んでいるせいで体を固くしているんだろうな」
俺は一旦書類を置いて、カグラたちの戦闘訓練の様子を見ていると……。
「ほぉ。流石はユキ殿の部下だな。この攻撃も防ぐか」
「「「……ぜぇ、ぜぇ」」」
さすがにシーちゃんの言葉に返事する余裕はなさそうだが、意外なことに全員がその場に立って頑張っている。
能力的にはシーちゃんと同じぐらいだから、即死はしないまでも、あの怯えようでは、あっさり心が折れてすぐにギブアップするかと思っていたが、いまだに粘っている。
とはいえ、シーちゃんからの攻撃をなんとか防ぐのが精いっぱいで、攻撃に転じるまでには至っていない。
まあ、尾びれを使った海への引きずり込みを最も警戒しているんだろうけどな。
アスリンたちは海の中に引きずりこまれたところで、圧倒的力量差で何とかしたが、カグラたちはそうもいかない。
海に引きずり込まれてしまったらそれで終わりだと、本人たちもよくわかっているようだ。
「だが、守ってばかりではもう後がないぞ? かかってこれずに終わるか?」
シーちゃんもアスリンたちと違ってあまりに手応えがないのが不満なのか、そう煽っている。
「ユキさん。あんな訓練でいいんですか?」
「いいと思うぞ。お互い絶対引けないって感じだしな。一見シーちゃんの方が圧倒的に有利と見えるが、良く見てみると、シーちゃんは未だに一切の有効打を入れられていない。本来なら有利であるはずの海の中に引きずり込めていない。そういうところまで考えると、むしろ勝っているのはカグラたちの方かもな」
「あー、なるほど」
「さらに、シーちゃんは先ほどのアスリン姉様の一撃を受けて、カグラ様たちにもああいう大技、決め技がないかと警戒していて、なかなか渾身の一撃を放てないというのもこの膠着の原因ですね。どちらも、単なるヘタレですね。早く終わらせて、主様が仕事に集中できるようにしてほしいのですが」
「「……」」
霧華はどうやらずいぶんイライラしているようだな。
まあ、シーラちゃんにはマジック・ギアの捜索で先を越された上に、そのあとブルーホールでのシーちゃんとの交渉も任されて成果を上げられている。
その成功の連続でアスリンたちから褒められて悦に浸るシーラちゃんを見て嫉妬しているのだろう。
しかし霧華の言うことも間違いではない。
このままでは千日手なのは事実。
長期戦の訓練ならともかく、今回の目的は短期での戦闘訓練だ。
お互いに色々学ぶためのものなので……。
「おーい。カグラたちにシーちゃん。そのままにらみ合いを続けるなら意味がないから今日は上がれー。それか、どちらかでも一気に動いて決めてくれー。シーラちゃんからの報告書も来たから、そっちを優先したいんだ」
と、俺が声を掛けたその瞬間……。
「行くわよ!!」
「「「応!!」」」
「こい!!」
にらみ合いをやめて、互いに前に向け飛び出す。
「あれ? 俺、引き金引いた?」
「ですね。まあ、あのままいつまでもにらみ合っていても困りますし、いいんじゃないですか?」
「さ、あんなヘタレ共の戦闘結果なんかを見届けるよりも、今はなるべく早く報告書の方に目を通して意見をお願いいたします。シーサイフォ王国の方にどう伝えるかも考えないといけません」
「いや、霧華。まずは見届けてやろう。にらみ合いならともかく、動き出したんだから」
霧華の対応に思わず苦笑いしながらそう言うと、タイキ君も同意見なようで……。
「霧華さん。あれでも頑張っているんだし。霧華さんも見て、アドバイスした結果、彼女らが強くなったら、ユキさんも喜ぶんじゃないですか? ねえ?」
「ああ、霧華には霧華の視点っていうのがあるからな。俺やタイキ君とはまた違った意見も出て、それはカグラたちの糧になると思う」
「……主様がそこまでおっしゃるのでしたら、仕方ありません。確かに、今のままでいられては主様たちの足を引っ張ることになるのですからね。私からもビシバシと意見を言うとしましょう」
……うーん、霧華の協力を得られたとは思うんだけど、なんかずいぶん厳しそうだな。
まあ、今までが甘かったとも取れるからいいのか?
と、そんな感じで、霧華がきちんと指導をしてくれると約束してくれたので、そのままカグラたちとシーちゃんたちの戦いを見守っていたのだが……。
「ぐっ……。参った」
「「「やったー!!」」」
結果、なんとシーちゃんが負けてしまった。
倒したカグラたちの方は、揃って歓声を上げている。
あのスタシア殿下までもだ。
シーちゃんの敗因は海から完全に出てしまい陸地に打ち上げられたことだ。
俺が決めてくれと言った瞬間、お互いに向かって突っ込んだんだが、カグラたちが展開した氷の壁にシーちゃんが思わず滑ってしまい陸に打ち上げられることになったわけだ。
それからもちょっとの間は、蛇のような動きをしてなんとか抵抗していたが、シーちゃんもさすがに陸地の戦闘は慣れていないのか、カグラたちの総攻撃の前にまな板の上のコイとなってしまったわけだ。
「はい、両者ともお疲れ。今日はもうこれで終わり、休んで明日反省会だ」
「……ええ。流石に疲れたわ」
「ユキせんせー。あとでご褒美くださーい」
「あー、さすがに私も欲しいです」
「……こんな無茶をさせたんだから、なにか欲しいわね」
「私は妹に癒されてきます」
流石に皆疲れ切っていて、俺の言葉にもちょっと返事をしただけでコテージの方に戻っていった。
「あの程度で疲弊するなど、まだまだだめですね。それどころかご褒美とか、完全に舐めていますね」
「いや、まあいきなりだったしいいんじゃないですか?」
「そうだな。初めてのことだし、そこらへんも踏まえて今後、霧華がしっかり鍛えてやるといいさ。ご褒美は、まあ俺の方で考えておくよ」
カグラたちにも海の戦いをもっと知ってほしいということで無理やり参加させたからな。
そこの埋め合わせはちゃんとしないとな。
で、俺の話を聞いた霧華は……。
「はぁ、主様はお優しいことで。ですが、主様がそのように望まれるのであれば、その意に従います。ですが、訓練の方はカグラ様たちの命にも関わることなので、この私が厳しく指導させて頂きまして、必ず主様のお役に立てるように鍛え上げて見せましょう」
「頼んでおいてなんだが、カグラたちの本業である外交官の仕事が滞らない程度にしてくれよ?」
「はい。そこは確と心得ています」
少し心配ではあるものの、霧華はこういう仕事はちゃんとこなすからな。
信頼しておこう。ま、カグラたちからも色々話を聞くのはわかっているだろうし、そこまで無茶なことはしないだろう。
「で、霧華。マジック・ギアを持った人物が意図的にグスド王国の輸送船に乗り込んだかどうかって話だな」
「はい。まあ、先ほども言いましたが、輸送船であっても人を運ぶことももちろんあります。お金は本来の客船よりも高くはつくとはいえ、急ぎの用があるなどであれば乗れないこともないので、偶然という可能性もゼロではないのですが……」
「それって輸送船に乗ったのは偶然にしても、いずれにしろグスド王国に逃げ込む予定だったってことですよね?」
「人が逃げ込むのであればですね。マジック・ギアだけを売却して荷物の中に紛れ込んでいた可能性もあります。宝石だけの価値はそれなりにありますから」
……タイキ君の言うこともわかるし、霧華の言うこともわかる。
意図的か、偶然か、今ある情報だけじゃ判断はつかないか。
「そういえば、その船の船員名簿とかはないのか?」
「あー、そういえばそうですよね。密航とかを避けるために乗客を含めて記録を取っているはずですよね」
「なるほど。船の名前がわかったので、シーサイフォの港で記録に当たれるというわけですね」
「そうだ。霧華、頼んでいいか?」
「畏まりました。すぐに調べさせます」
霧華はそう言うと即座に部下と連絡を取り指示を出す。
その間に俺とタイキ君はシーラちゃんからの報告書の先に目を通す。
「連絡船のほかに多数の小型船の残骸があり、人骨も多数発見されている……か」
「小型船と人骨っていうと、襲われたんですかね」
「多分な。とはいえ、軍船がないのが気になるな」
「襲われた場所が違うんじゃないですかね? ほら、俺たちの方もシーラちゃんの同族にはこの近辺で襲われましたし」
「餌として軍人さんたちは持ち帰られたってわけか」
「嫌な話ですね」
とはいえ、シーラちゃんの同族たちも生きるために食べていただけだしな。
「まあ、せめて軍船の残骸でも探して、遺品のサルベージをするか。それを持って帰れば、この海域の異常は解決したと言ってもいいだろう」
「それもそうですね。結局あのシーラちゃんの同類によるもの以外で魔物からの襲撃もないですし、あれだけだったんですかね?」
「我々が発見したマジック・ギアから発生しただけなら、あの数が限界だろうな。俺たちが倒したのが200匹ほど。シーサイフォ海軍が倒したのが50匹ほどだからな」
まあ、それでもマジック・ギア14個で300匹近くのあのシーラちゃんの同類を呼び出せたんだからすごいとは言えるんだが……しかし、いったいなぜあんな魔物を呼び出すことになったんだ?
「……まあ、色々謎は残っているが、一応片はついたと見ていいだろう。まあ、しばらくはこの海域を監視をする必要はあるけどな」
「ですね。あとは、コメットさんとか、エージルがきっと何か発見してくれますよ」
ということで、残すは研究班とその地道な実地調査ってやつだな。
こっちは、軍船の一つを囮として魔力障壁の範囲から外して、一定期間さらしてみるか。
それで襲われることなく、シーサイフォの連中も安心してくれればこっちとしては楽だ。
あとは、マジック・ギアの出所を調べるだけってことになればいいんだが……。
俺はそう思いながら、ウィードの浜辺から海を見る。
「暑い……」
「帰りますか」
「だな」
無駄に服を着て海辺にいるのはとても辛かった……。
意外や意外。
なんとカグラたちの勝利。
まあ、それなりに場数を踏んできたことが、今回のシーちゃん相手に発揮されたということでしょう。
弱いとは思っていてもそれなりに強くなっています。
こうして、ユキの思惑は少し外れつつも、味方の実力は把握でき、マジック・ギアを積んでいた船が判明。
更なる問題へと直面するが、まずはシーサイフォの問題をどうまとめるかという仕事が残っている。
あと、泳ぎもしないのに夏の浜辺にいくと、何してるんだろうって気持ちになるよね。




