第859堀:巨大魔物との戦闘
巨大魔物との戦闘
Side:シェーラ
最初はなぜこんな茶番をしなければいけないのだろうかと思っていました。
流石にシーちゃん程度では私たちに全く勝ち目はないものと、少なくとも、私とラビリスは思っていました。
確かに、シーちゃんは魔物の頂点の一つと言われるドラゴンであり、その力は並みの魔物とは比較にならないほど強力です。
……そう、確かにそこら辺の魔物に比べれば強力ですが、それでも今の私たちの脅威となりうるような強さではありません。
私たちは、ユキさんというダンジョンマスターの元で鍛えて規格外の力を手に入れています。
普段はユキさんの方針でこの規格外の力をふるうことはありませんが、万が一に備えて訓練だけは常にしています。
シーちゃん程度の魔物であれば、普段の戦闘訓練で経験だって山ほど積んでいます。
だから、微塵も手古摺ることなくすぐ戦闘は終わると思っていたのですが……。
「ごぽっ?」
「こぽぽ……」
「……がぼぼ」
「……ぼご」
私たちはシーちゃんを倒すどころか、いきなりむりやり海底まで引きずりこまれていました。
アスリンとフィーリアがシーちゃんを殴り飛ばして海にたたきつけ、追撃しようと海に入ったのですが、流石はユキさんが一目置いた魔物と言っていいでしょう。
即座に力量差を理解して、追撃した私たちからは距離をとり、大きな体を使って海に渦を作り出しました。
踏ん張りがきかない水の中、私たちは成す術もなく、海の底に引きずり込まれたのです。
完全に油断していました。
まさか、こんな手で私たちの動きを封じてくるとは。
『……流石、シーラちゃんが慕うだけのことはあるな。あれほどの力を秘めているとは思わなかった。真っ向から立ち向かっては、あっという間に負けただろう。だが、私を舐めるな。戦いようなどいくらでもある』
薄暗い海中からそんなシーちゃんの声が聞こえてきます。
その姿は確認できないのですが、なぜか私たちは未だに海面に向かうことすらできません。
おそらく何らかの魔術を使っているのでしょう。
『えーと、どうしよう? 海の中、思ったより動きにくいよ?』
『そうなのです。というか海面に上がれないのです。なんか流れが上から来ているのです』
『面白いわね。てっきりごり押ししかできないと思ってたのに、私たちをこうやって抑え込んでくるなんて』
『ラビリス。そんなことに面白がらないでください。海中でも呼吸ができる魔術を覚えていなかったら既に溺死していますよ。それに今の処、私たちは負けていると言っていいでしょう』
『『『……』』』
どうやら、魔力での会話は可能なようで安心しましたが、この状況で勝っているなどとはとても言えないのは、3人とも理解しているようです。
そして、この会話はシーちゃんに聞かれたようで……。
『うむ。状況は理解している様だな。アスリンたちは今身動きができないということで、ユキが負けを宣言するか悩んでいるところだ。本来の海での闘いであれば、もっと深海、そして遠洋に流してしまっているところだからな』
……どこまで本当かはわかりませんが、こんな所でユキさんを失望させるようなことだけはあってはならないのです。
『むうー!! 負けてないもん!!』
『そうなのです!!』
『そうね。それは待ってほしいわね。それにそっちも逃げているのは理解しているわよね?』
『ラビリスの言う通りですね。確かに私たちは貴方のフィールドに引き込まれましたが傷一つ負っておりません。この状況で勝ちという判定を得ても、しょせん真っ向からは勝てないという証明になるだけですが?』
ということで、シーちゃんを煽ってみますが……。
『陸の世界ではどうかは知らんが、海の世界では勝てないやつに挑む奴はいない。逃げることも立派な戦いだ』
あっさりそう返されてしまいます。
しかも、正論です。
シーちゃんをちょっと力が強いだけのただのお馬鹿と思っていたのですが、これはユキさんの思考に近いです。
これは、負けですね。
隣のラビリスも困った顔をしています。
相手がここまでからめ手で来るとは思いませんでした。
ですが……。
『なら、海からでればいいよね』
『そーなのです!』
『あら? やる気?』
『でも、なかなか難しそうですが』
アスリンとフィーリアはまだあきらめていないようですが、海底も砂ですし、足場が悪すぎるここからの脱出はかなり厳しいです。
何か妙案でもあるのでしょうか?
『こういうときは、やってみないとだめって、お兄ちゃんとお姉ちゃんたちが言ってた。そしてこういう動きが鈍い時は、スピードの威力じゃなくて、魔力や気を溜めてやるといいって。漫画にもあったよ』
『あったのです!』
『……ジョークで言っている気もするけど、出来ない話ではないわね』
『はい。魔力の物質化でこの海中に足場を作って伸ばしていけばいいだけですから』
海の中は泳がなくてはいけないなどという固定観念にとらわれていました。
泳げないなら、足場を作ればいい。
ただそれだけの話。
『じゃ、いくよ!』
アスリンの合図に頷くと、足元に魔力で出来た足場が出現し、体を海面へと押し上げていきます。
海流はいまだに上から下に滝のように叩きつけてきますが、足場がしっかりした私たちにとってはまったく意味のないことです。
『なにっ!?』
この状況を把握したシーちゃんから驚きの声が聞こえますが、離れていたのが裏目に出ましたね。私たちの上昇を止めることはもうできません。
そして……。
ザッパーーン!!
と、その勢いのまま私たちは海上へと飛び出し、いえ、かなり高く空へと飛び出しました。
「やったー!!」
「やったのです!!」
「でも、おわりじゃないわよ。シーちゃんが追って来たわ」
「ええ、みんな。これからです」
そう言って私たちが海面を見つめていると……。
ドッパーン!!
という轟音と共に、シーちゃんの巨体も海面から飛び出し……。
「しょせん子供か、身動きが取れない空などに飛びあがったのは間違いだ」
その勢いのまま、こちらに向かって体当たりをしてきます。
確かに、単に空中に飛び出しただけなら私たちはこのまま何もできずにやられてしまうのでしょうが……。
私たちにはちゃんと空中戦の心得があります。
「ざんねんでしたー」
「そんなの当たらないのです」
「シーちゃんは海は立派だったけど、空は泳げるのかしら?」
「海はともかく、空では私たち自由に動けますので」
そう口々に言いながら、飛翔術を発動して、あっさりとシーちゃんの体当たりを回避します。
「なんてでたらめな!? だが!!」
ですが、シーちゃんもその程度であきらめる筈もなく、アスリンに顔を向けて口を大きく開き……。
「え?」
ゴウッ!!
と、光線を放ちアスリンに直撃させたかと思ったら、光線はそのまま顔をくいっと回転させ。
「うひゃ!?」
「あら、意外とやるわね」
「ですがその程度、当たりません。そして、ちゃんと確認しなかったのが敗因ですね」
「なにをっ」
グルっと頭を回し最終的に私の方に向けて光線を吐いていたので、アスリンが怒った顔で直ぐ真後ろに接近していることにすら気が付かないのですから。
「もー!! 水着がほどけちゃったよ!! シーちゃんの……エッチ!!」
そう言ってアスリンは、デリーユさんから教えてもらっていた格闘の技でしょうか、綺麗な形で拳を突き出し。
ズンッ!!
という、激しい音とは違う、すごく重い音が響き。
「……」
シーちゃんは言葉を発することすらなく、そのまま海面に向けて力なく倒れ落ちていってしまいました。
あれ? そこまで強いパンチだったでしょうか?
いえ、演技の可能性がありますね。
「追撃いくのです!!」
「ええ、そうね。さっきの借りはしっかり返さないといけないわね」
「行きます!!」
その可能性を潰すために、私たちは倒れたシーちゃんに飛び掛かろうとした瞬間……。
「はい。そこまでだ」
「うにょ!?」
「そこまでじゃ」
「あら?」
「はーい。おわりよ」
「きゃっ!?」
ユキさんたちに私たちは止められてしまいました。
「兄様。なんでとめるのです?」
「そうよ。追撃させなさいよ」
「まだ、生きているように見えますが?」
「いや、殺すなよ。あくまでシーちゃんとの戦闘訓練だからな。そして、シーちゃんはさっきのアスリンの一撃で伸びている。というか、内臓が破裂しているから、正直危ない」
そう言いながらも、ユキさんは即座にシーちゃんに対して回復魔術をかけます。
演技ではなく、本当にそれほどのダメージを負っていたのですね。
「ったく。ただのパンチであそこまでとはな」
「うむ。妾の教えをよく守っておる」
「あれはデリーユが教えたのか……」
「無手でも戦えることはとても大事じゃからな。武器がいつでもあるとも限らんからな」
なるほど。あれほど威力があったのはデリーユさんのお陰でしたか。
で、そのアスリンはというと……。
「はい。アスリン様。これで大丈夫です」
「ありがとう。キルエお姉ちゃん。なんでほどけちゃったのかな?」
「アスリン様の胸がまた大きくなったようですね。それでほどけたようです」
「あれ? シーちゃんの攻撃でほどけちゃったんじゃないの?」
「あの程度の攻撃でナールジアさん特製の水着がほどけるなどありえませんよ」
「そっかー。なんかシーちゃんに悪いことしちゃったな」
「いえ、敵として相対したのですから間違いではありませんよ」
と、そんな感じで。キルエに水着を直してもらっていました。
しかし、まだ大きくなりますか。
むう、私はアスリンよりも年上なのに胸はなかなか大きくなりませんね。
いや、きっとこれからもっと大きくなるはずです。
そんなことを話しているうちにシーちゃんも意識を取り戻したようで……。
「ぬぅ。きついのをもらってしまったな」
「起きたか」
「……ああ。ユキ殿か。すまない。大口をたたいておいてこのざまだ」
「いや、十分にやってくれたよ。それはアスリンたちもわかってるだろう?」
ユキさんはそう私たちに聞いてきました。
「うん。あっという間に海の中に引きずり込まれちゃった」
「水の中では上手く動けなくて大変だったのです」
「あれね。正直甘く見ていたわ。まさか海の中の闘いがあれほど面倒だとは思わなかったわ」
「はい。シーちゃんが手加減してくれてたから勝てただけです」
「そうだな。力が強くない相手だって知恵を絞ればこうして戦えるんだ。あれからさらに魔術無効化エリアにでも引きずり込まれていたら、そのまま窒息死していたぞ」
「「「……」」」
確かにその通りです。
私たちは本当に甘く見ていたようです。
「反省は後で4人で集まってしておくといい。今度は、カグラたちの番だな」
「「「え!?」」」
ああ、なるほど。
私たちの反省会は、彼女たちの戦闘訓練が終わってからということですね。
「何をびっくりしてるんだ? 先にアスリンたちが手本を見せてくれたんだ。もっと上手くやれるだろう?」
「うむ。二度目も同じ失敗をする気はない」
シーちゃんはさらにやる気を出していますが……。
「あ、終わった」
「生き残るにはどうしたらいいのかなぁ……」
「いや先輩たち、流石に殺されはしないですよ。殺されまではね……」
「ソロ。目が死んでいるわよ」
「エノラ司教も震えていますよ。まあ、とにかくやってみましょう。あんな化け物と戦って生き残れるというのはかけがえのない経験でしょうから」
さあ、カグラさんたちはどんな戦いをするのでしょうか?
本気を出したアスリンたちは強かった。
でもシーちゃんも頑張ったよね。
怪獣みたいに光線を放って直撃させて、ポロリを引き出したんだから!!
よくやった!!
あと、カグラたち頑張れー。




