第855堀:深淵の主
深淵の主
Side:ユキ
コポコポ……。
闇の帳の向こうから時折響いてくるそんな音。
モニターに映っているのはただ一面の暗闇。
「……なんか、こうして深海を見るのは初めてってわけじゃないですけど、実際の探索の現場に立ち会うって緊張というか、わくわくというか、目が離せませんね」
「だな。これが未知なるものへの探求心ってやつなんだろうな」
俺はタイキ君の言葉に素直に頷いた。
一面の闇しか映ってないのに、ただそれだけなのに、多くのモノが俺たちの目には、心には映っているような気がする。
次の瞬間には何かがぬーっと現れそうな気がしてならない。
たまにシーラちゃんがブルーホールの壁に近づいて明りに照らされた海藻が垣間見えた時は何か感動を覚えたし、深海魚が映ったときはアスリンたちが嬌声を上げていた。
そして、研究者共はというと……。
「あのー、ソロソロ縄をほどいてくれませんかね?」
「そうだよー。ユキ、僕にはこんな趣味はないんだけど。まあ、ユキがしたいって言うならいいけどさ。僕はただ、潜水服着て外に出たいって言っただけじゃん。それなのに」
「そーだ、そーだー」
そんな命知らずなことを言っている。
そして別の意味で納得した。
こういうわが身を顧みぬ探求心があるからこそ研究者なのだと。
いや、それはさすがに他の研究者に失礼か。
こいつらは研究者の中でもとびきりのバカだ。
と、そこはいいとして、馬鹿どもの説得しないといけないな。
「絶対にお前たちの縄は解かない。そして、縄で縛っているのは趣味とかじゃなくて、お前たちを拘束するためだ。それに、そもそも潜水服なんか用意していない」
「「えー」」
「えー、じゃない。ここは水深200メートル以上なんだぞ? 圧力がどれだけかかると思っているんだ。肺がつぶれて、呼吸できなくなるぞ。あるいは、しばらく深海暮らしになるからな」
「へー、そんなになるのか。じゃ、なんで今は平気なのかい?」
「そりゃ、ここはダンジョンで、水は入ってないからな。水圧ってわかるか? 水の圧力だからな」
「あ、そっか」
ダメだこいつら、深海を探検したいって欲求だけで頭が埋め尽くされてやがる。
「万一にも、シーラちゃんたちが出入りするハッチかなんかをいじられて、無謀な冒険させるわけにはいかん。2人とも俺にとっては大事な人だからな」
「「……」」
ついでにいうなら、お前らがそれだけで終わりにできるとはとても思えない。
どうせ変な生き物を持ってきて、トラブルを起こすに決まっている。
そうなれば、どこかの映画で定番の海底プラントでのパニックものになるに決まっている。
条件は整っているからな……。
ま、どうやら2人は下手なことをするとダンジョンのみんなに危険が及ぶとわかったようで、大人しくなった。
それに、これを言うと2人が調子に乗るので絶対に言わないが、この2人の頭脳を失うのはウィードにとっても世界にとってもかなりの損失だからな。
そういう意味でも、この2人を絶対に危険な所に送るわけにはいかない。
「わかったら、大人しくしてくれ。ここで情報分析する分には何もいわないから」
「……ま、まあ、ユキがそこまで言うなら仕方がないな」
「僕も……別にみんなに迷惑をかけたいわけじゃないからね」
ほっ。研究となると周りが見えなくなるが、これでも一応上に立つ人物たちだ。ちゃんとわかってくれて何よりだ。
と、そんな感じで、2人を説得しているうちに……。
『こちらシーラちゃん。ブルーホールの底に到着しました』
そうシーラちゃんからの連絡に、モニターを見てみると、明かりに浮き上がる砂地が映っている。
その風景は、よくよく見なければ、あたかも夜の砂漠と見まごう、そんな静かな場所だ。
『で、どうします? 早速シードラゴンにでも会いに行きますか?』
「いや、マジック・ギアが落ちていた地点は覚えているか?」
『ええ、確かブルーホールのほぼ中央だったはずです』
「まずは、そっちの確認からだ。ほかに何か残骸がないか確認してくれ。あと、一応今まで襲われてはいないが、周囲に魔物の反応が複数あるから警戒は怠るな」
『了解』
その返事と共に、映像が動きだし、ただ砂地を進んでいくような映像が流れて一分もしないうちに何かの痕跡がある場所にたどり着き、停止する。
「ここか?」
『はい。見覚えがあります。ここにマジック・ギアが落ちていました』
「パッと見る限り周りに残骸物らしきものはないな。というか、今更だがブルーホールの底にしてはやけに綺麗すぎるな。マジック・ギアだけがそこに落ち込んだっていうのはどうやら無理があるな」
『そういえばそうですね』
これだけ大きな穴だ。
例え船の残骸は無いとしても、普通なら流木や生き物の死骸や骨、色々なものが落ちていても不思議じゃない。
なのにただひたすらに綺麗な砂地が広がっているだけだ。
「とりあえず、まずはどこかに吹き寄せられて固まっているという可能性も考えられる。海流とかは感じられるか?」
『うーん。そう言うのはないんですけどね。まあ、可能性が無いわけじゃないですから、捜索して見ます』
「たのむ」
海には海流という流れが存在する。
そして、その海流に乗って漂流物は一定の場所に集まることも良くある。
とはいえ、ここはブルーホール。
本来なら海流から切り離された世界のはずだから、落ちてきたものが同じ場所に集まるというのはそうそうないはずなんだが、見る限り辺りに散らばっている様子がないからな。
とりあえず、一個一個可能性を潰していくのが基本だ。
シーラちゃんもそこら辺は分かっていて、素直に命令を聞いて壁際をぐるっと一周してくれた後で、中もしらみつぶしに捜索してくれたが、やはりそれらしき残骸は発見できなかった。
「ここまでくると不思議ですね。なんか、マジック・ギアだけがあそこにポンと置かれたって感じになりません?」
「タイキ君の言う通りだな。しかし、そうなると、誰があんな処にマジック・ギアを置いたかってことになるんだが……」
こんなブルーホールの中央となる深海にマジック・ギアを置くような人物には心当たりがまったくない。
というか、そもそも人かどうかすら怪しいな。
「そうなると、やはり深淵の主っていうシードラゴンじゃないですか?」
「ま、そうなるよな」
消去法で考えると、残る可能性はこのブルーホールの主という肩書きを持っているシードラゴンぐらいだ。
「できれば関わりたくなかったんだが……」
「気持ちは分かりますけど、船がどうなったかを確認する必要はありますし、シーサイフォへの魔物の襲撃もどうにかしないといけませんからね」
「だな。よし、シーラちゃん。散開して調査しているメンバーを集めて、シードラゴンと会ってくれ。その際、戦闘になる可能性もあるから、十分に警戒してくれ」
『了解。集合をかけます』
相手のレベルとステータス的には、シーラちゃんたちが被害を受ける可能性は低いとは思うが、それでも何が起こるかわからないのが世の中だからな。
シーラちゃんは打ち合わせ通りに、退路を確保すべくメンバーを配置しながら、ブルーホールの底にある横穴からシードラゴンがいる場所へと向かう。
この通路も不思議と言って良いほど何もなく、ただ砂があるだけだ。
……こういうのを死の世界っていうんだっけか?
生物が棲める環境じゃないってやつ。
とはいえ、死の世界って言うのは通常、水深1000メートル以上の深海の筈だが、ここは精々200メートル前後だから、本来ならそういう状況ではないんだけどな。
というか、死の世界とか言いつつも、僅かながら生物の確認はされているから、実は生き物が少ないってだけで完全な死の世界ってわけでもないんだがな。
そんなことを考えているうちに、シーラちゃんたちは通路を抜けて、シードラゴンがいる空間へとたどり着く。
『映像届いていますか? ここは少し明るいです』
「ああ、こっちでも確認できる」
なぜか、その空間は明るく、辺りを見回せば地形を把握できるだけの光量があった。
その場所はコールの3DMAPからも確認していたが、ブルーホールの本体ほどではないものの、高さ30メートル、直径50メートルぐらいのドーム状の空間となっている。
『で、真ん中で浮かんでこっちを睨んでいるのが、シードラゴンですよね?』
そしてシーラちゃんが言うようにその空間の真中に、蛇のような生き物がこちらに顔を向けて浮かんでいた。
「多分な。案外別名はリヴァイアサンだったりな」
「それかレヴィアタンですかね」
旧約○書に出てくる海の怪物の名前。
神に作られたというバハムートと同じ立場の怪物だよな。
というか神から作られたっていうなら、神獣の方がふさわしい気がするが、そこは旧約○書を書いた方々への難癖になるか。
最近ではどっかの有名RPGでの召喚獣としての側面が強いしな。
『リヴァイアサン? レヴィアタン? なんですかそれ?』
「いや、海の魔物のお前が知らないのかよ。海の怪物の代名詞だぞ」
「ユキさん。シーラちゃんはウィード生まれですから」
『へー、そんなのがいるんですね』
と、そんな感じで、動かないシードラゴンを前にのんびり雑談をしていると……。
『ふん。よもやリヴァイアサンの名前を聞くことになるとはな。とりあえず否定するぞ。ドラゴンたる私を、あの腐った魚の怪物などと同一視してもらっては困る』
そんな言葉が、スピーカーから届く。
「おい、シーラちゃんが喋ったのか?」
『いやいや、あんな可愛らしい声じゃないですよ』
「だよな。シーラちゃんはどちらかというと、渋めだもんな。おっさん系」
とりあえず、研究馬鹿たちのいたずらを疑って後ろを振り返ってみるが……。
ぶんぶん。
と、首を勢いよく横に振って否定する。
まあ、こんなことをする理由はないな。
そうなると、答えは1つ。
「まさか、シードラゴンが喋った?」
「それしかないですよね……」
『姿に似合わず可愛らしい声ですねー』
『聞こえているぞ。失礼な。なぜ一人で人間の言葉を使って話しているかまでは分からんが、そちらに合わせてやってる相手に対して随分だな』
あ、やべ。
向こうから見たら、妙なひとりごとをブツブツいう寂しい魚に見えたに違いない。
そして、話しかけられたのにガン無視っていうのは確かに失礼だ。
「シーラちゃん。とりあえずあやまれ。確かに失礼な行為だ。あと、向こうには独り言にしか聞こえないから、当分俺たちとの会話はやめておけ」
『……了解。』『これは大変失礼しました。いや、まさか海の魔物が人の言葉を話すとは思わなくて驚いてしまいました』
『お主も海の魔物じゃろう……』
『……』
せやな。
シーラちゃんも海の魔物やな。
ド正論の返答をされて固まるシーラちゃん。
で、その気まずさを察したのか、シードラゴンが慌てて付け加える。
『ま、まあ、長く生きていれば人の言葉を話せるようになるものもおる。お主もそういう部類なのだろう。それだけの力、いったいどれだけの歳月を重ねて手に入れたものか』
フォローしてくれるシードラゴン。
いやー、いい人や。
といっても、シーラちゃんは生まれてまだ3、4年ぐらいなんだよな。
力に関しても俺たちのスパルタ教育のおかげ。
言葉に関しては、周りが人の言葉で話していたからな。
特にアスリン。
って、そこはいいとして、返事だ返事。
「シーラちゃん。とりあえず話を合わせろ」
『あ、まあ、ここに至るにはそれなりに苦労してきましたけど、何とか今日まで生きています』
『ふむ。今の態度といい、先ほどまでの態度といい。どうやらこの場を荒らしにきたわけではないようだな』
『はい。ちょっと、用事がありまして、ここによらせて頂きました。名乗りが遅れて申し訳ありません。私は名前をシーラちゃんと言います』
『シーラちゃん殿か。良き名前だな。私はシードラゴンのシーちゃんという』
「「「ぶっ!?」」」
その言葉にモニターを見つめていたほとんどのメンバーが噴出した。
なんだ、その適当な名前!?
アスリンと発想が同じ人物がいたというのか……。
「わー、可愛い名前だねー」
「可愛いのです」
「……そうね。シンプルでいいと思うわ」
「は、はい。そうですね。可愛らしい名前ですね」
平然と調子を合わせるラビリスとシェーラは、すごい子たちだと改めて思った。
ブルーホールの主はシードランゴン。
よくよく考えると野生のドラゴンっていうのは初めてかも。
あと、ネーミングセンスにケチをつけるとスティーブたちがおこります。
人の名前をバカにしちゃだめだよ?




