第854堀:未知への探求に危険はつきもの
未知への探求に危険はつきもの
Side:コメット
「いやー、転移で奥に行けるなら言ってくれればいいのにさ」
「だね。ぜぇ、ぜぇ。ふと気が付いた時には私とコメットの2人だけだったよ」
私たちはそんな文句を言いながら、モニター室に入る。
いやー、流石にエージルは生身だから50階層分の階段を駆け降りるのに相当疲れたみたいだね。
しかし、素晴らしいモノだった、ブルーホールと接している面は強化ガラスになっていて、向こう側が見えるんだ。
そこには私の知らなかった驚異の海の世界が広がっていた。
地球では母なる海と言われ、生命の原初となった場所。
もちろん、私たちの世界、といってもイフ大陸でも海は広大で地上とは全く違う場所として認識されている。
そして、実際に目にしたその海の世界はやはり広大だった。地上とはまるで生態系が違う。
見たこともない魚はもちろん、エビ、見当もつかない生き物も多数いた。
階段を下り、深い海の底へと進むにつれて日の光は届かなくなり、暗黒の世界が広がっている。
しかし、そんな暗黒の世界にもやはり生き物というのは存在していた。
もう、想像もつかないようないびつな姿だ。
透明だったり、ある部位が変に進化していたりと、海の世界は想像もつかない生き物で満ち溢れている。
これは、全てをとらえて、解剖してなぜこうなったのかを調べる必要があるね!
と、そんなことを考えていたら、ユキはこちらをすっかりあきれた感じで見てきていて……。
「気が付けばじゃない。お前たちが突然、勝手に走り出したんだよ」
「ん? そうだったかな? エージルは覚えているかい?」
「……ふぅ、やっと落ち着いてきた。いや、僕としてはユキたちが勝手に消えた気がするね」
「……物凄いアホになっているのも今はとりあえずいいとしよう。目の前に研究対象が沢山ぶらさがってるからな」
「そりゃー、いいモノが見れたからね。わかってるじゃないか、ユキ」
うんうん。こういう理解のある上司がいると研究がしやすいよね。
ヒフィーはなんというか、国と国民にとって実用性があるモノしか研究を許してくれなかったからね。
いや、あの時は全自動コメットだったからたいして苦じゃなかったんだけど。
で、その気持ちはエージルも一緒のようで……。
「だね。僕たちのことをよくわかってくれてありがたいよ。で、先にモニター室に来ていたユキたちは、何かわかったのかい?」
彼女も将軍とかいう面倒な立場に加えて研究者だからね。
私とは色々な意味で共感していて、ヒフィーがお母さんだとすると、エージルが良き同僚って感じだね。
いやー、前も言ったけど、イフ大陸にもこうした人材がいるんだから捨てたもんじゃない。
と、そこはいいして、今はモニター室で収集した新たな情報だ。
私たちがガラスにへばりついて観察するより、広範で確実なことが分かるはずだ。
「いや、流石に30分程度で何かが分かったというほどのことはないな。今のところは、予想外に魔物の生息数が多くて驚いているってところだ」
「魔物がいるのかい?」
「それだけでも、随分大事な情報だよ。で、数は? というか生息?」
「ああ。ほれ、あのモニターを見てくれ」
ユキが指さすモニターを見ると、このダンジョンに隣接する垂直の穴、ブルーホールの3DMAPが表示されていて、その中には赤い点がいたるところにある。
動いているモノもいれば停滞しているモノもあり、おそらく、これがブルーホール内で生息している生き物なんだろうと、思っていると……。
「これが、このブルーホール内、魔物の数だ」
「「は?」」
意外な言葉が返ってきた。
だって、パッと見ても赤い点の数は大小あれど軽く100は超えている。
それだけの数の魔物がこのブルーホール内にいるということに驚きだ。
「あ、うん? いや、シーラちゃんの同類が200ぐらいいたから変でもないのかな?」
「ああ、そう考えればその数も理解はできるね」
私の言葉にエージルも納得したのかポンと手を叩く。
「……まあ、襲撃してきた数から考えると、143匹の魔物はそこまで多いとはいえない。襲ってきた魔物の数の方が多いからな」
「だろう? で、ここの魔物の構成は? こいつらもマジック・ギアで召喚された感じ?」
「そこはこれから調べてみないと分からないが、おそらくマジック・ギアで呼ばれた魔物じゃないだろう」
「へ? なんでそんな断言を?」
「一応、ダンジョンの制御下にある生物のステータスを把握できるのは知っているな?」
「ああ、そりゃ知ってるけど。というか、この私も元とはいえダンジョンマスターだよ」
そんな当たり前なことを知らないわけがない。
というか、その程度のことすら管理をしないようなら、敵の戦力や移動とかが察知できないから、何のためのダンジョンマスターだよという感じになってしまう。
「なら、これを見ればわかると思うぞ」
私の応えを聞いたユキが差し出してきた書類を受け取って目を通すと……。
「いや、これは、ありえないね」
「ん? 何がありえないんだい。コメット?」
「ああ、ごめんごめん。ほら」
私はエージルにその書類を渡す。
同じように即座にその書類に目を通して……。
「いや、おかしいって!? シーラちゃんの同類はせいぜいレベルは30前後だった。でも、このブルーホールの魔物は最低50からで最高は……122って、伝説の魔物レベルじゃないか!?」
そう、このブルーホールの魔物は最低レベルでもあの時襲ってきたシーラちゃんの同類を軽く超えているのだ。
そんなことは、どう考えたってありえないんだよね。
マジック・ギアを起動して呼び出せるのはせいぜい30前後の魔物程度までというのがこれまでの調べで分かっている。
まあ、数を大幅に絞り込めばなんとか50ぐらいまでは行けるが、それ以上の魔物はあのおもちゃでの召喚では無理だ。
ということで、逆立ちしたってレベル122の魔物なんて呼べるわけもない。
つまり……。
「このブルーホールの魔物は自然発生ってことかい?」
「あ、そういうことになるのか。いや、実はユキが密かに呼び出したってことは?」
……ありそうだね。ユキはこういうイタズラは得意だ。
そんな感じで、疑いのまなざしを向けると。
「いやいや、これから海洋調査ってときにいたずらで魔物を呼び出すかよ。しかも使い道が狭い海生生物ベースの魔物とか」
「ま、そっか」
「となると、やっぱりコメットの言うように自然発生ってことかい?」
「そうなるな。とはいえ、詳しいことはまださっぱりだ。これから調査を開始するから、おいおい詳しいことが分かっていくだろうと思う」
「ここが原因とは限らないからね」
ユキはそう言うところは良くわかっている。
まあ、可能性としてはここが一番高いんだけどね。
「その可能性もあるな。とはいえ、なるべくここで終わってほしいと思うぞ」
「で、その可能性を明らかにするためにも先ずは、船の残骸とかはなかったのかい? マジック・ギアがあったのなら、見つかってもよさそうだけど?」
「それらしき物もあるが、まだ詳しくは分からない。なにせ、映像を見ても光源がないからな。真っ暗で確認もできない」
「「あー」」
確かに、深海は光の届かない真っ暗な世界。
ぱっと見ただけじゃ何もわからないよね。
「そういうことで、そろそろシーラちゃんを投入するかって話になっている」
「なるほどねぇ。でも、危険はないのかい? あれだけの高レベルの魔物がいるんだよ?」
「まあ、その高レベルの魔物はブルーホールの奥にいるからそれほど問題はない。見ればわかると思うがブルーホールはただのシャフト状の穴じゃなくアリの巣状になっていて、その奥におそらく各魔物の巣らしいものがある。高レベルの魔物がいるのが、ここだ……」
そう言って、ユキが示す視点は、ブルーホールの海底からさらに延びるルートのところだ。
そこには、結構大きな空間が広がっているが、そこだけはなぜか赤い点が一つポツンと浮かんでいるだけだ。
他の所は大抵最低でも数匹の群れを作っているんだけど、ここだけは違う。
あれだね、流石バケモノだけあるってことかな?
「そこに首を突っ込まなければいいって、ユキは思っているわけだね」
「ああ。幸い、ダンジョンの機能で動きだけは把握できるからな。とりあえず、周りをしっかり調べるか、逆に、このシードラゴンは知性がありそうだし、話を聞いてみてもいいかなと思っている」
「へえ? このシードラゴンは話ができそうなレベルなのかい?」
「詳しいステータスを見てみるといい」
「というか、最初から見せてよ」
「いや、お前は最初に構成を教えろっていったじゃないか」
「……いや、そうだけどさ」
なんというか、揚げ足取りに聞こえるんだけど、ユキにはそんな気はないようだし、とりあえずコールに送られてきた、シードラゴンのステータスを覗く。
「うひゃぁ、これはどう見てもレベル100台のステータスじゃないね」
「ああ、まあドラゴン系だしな。そういうところは恵まれているよな。およそゴブリンのレベル300と同じぐらいだ」
「あれ? なんかそう聞くと大したことが無いように聞こえる」
たかがゴブリンの3倍だし。
「ああ、ウィードのゴブリン基準な」
「なるほど。そりゃ異常に強いね」
「あのゴブリンたちのレベル300の時と一緒とか、頭おかしい強さだね」
ただのゴブリンじゃなく、あの万能兵科のゴブリンたちのレベル300の時と同じってのは完全に異常だね。
とはいえ、今のスティーブたちには手も足も出ないだろうけどねー。
真っ向勝負でも無理、搦め手ならなおのこと。
「というか、そもそも肩書がおかしいね。深淵の主ね」
「深淵ねぇ。深淵ってこのブルーホールのことかい?」
「多分な。ということで、この肩書きから見ても何か知っている可能性が高い。ま、ある程度周辺の調査をしてからだな」
「真っ先に話に行ってみないのかい?」
「安全を確保してからだな。なにせ、海中戦でここまで高レベルの連中を相手にするのは初めてだ。まあ、ウィードの海で色々呼んでやってはいるが、しょせん身内の練習だしな」
ああ、なるほど。
あくまでも殺し合いではなく、練習試合。
シーラちゃんたちが真に敵対的な脅威にどこまで対抗できるかわからないってことか。
「と、話しているうちに準備ができたようだな。聞こえるか、シーラちゃん」
『聞こえていますよー』
「ブルーホールへの調査を開始してくれ。情報は送っているが、マップ監視を逃れているステルスタイプがいてもおかしくない。気を付けて進んでくれ」
『了解。潜航を開始します』
どうやら、既に準備は済ませていたようで、シーラちゃんたちがブルーホールの調査を始める。
モニターにシーラちゃんたちからの映像も送られてきて、また違うブルーホールの姿に目を奪われつつも、とあることを疑問に思う。
「というか、シーラちゃんはよく襲われないねー」
『不思議ですよねー。あの同族たちのように一斉に襲ってくるかと思ってたんですけどね。で、今も全く襲ってくる気配はないですね』
「だね。なんか様子を遠巻きに窺っている感じだ。まあ、この辺りのやつらはサイズも実力も低いからかな?」
『どうでしょうね。と、水深50メートルを超えました。もうすっかり真っ暗ですね。ライトの方向しか見えません。とりあえず、50メートル近辺の調査を開始します』
「頼む」
ということで、シーラちゃんによるブルーホール探索が始まるのだった。
「あ、シーラちゃん、その魔物捕まえて」
「そっちの海藻もお願い。計測もね」
『は、はい……』
「予定以外の余計な事はしなくていいぞ」
「「えー」」
「えーじゃない」
海の中とか、深海とかロマンあふれるよねー。
まあ、研究バカの人たちみたいに自ら行ってみたいとかはおもわないけどさ。
知らない世界が沢山あってそれを直にみられるっていうのは貴重な経験だと思うんだよね。
特に深海とか本当に別世界って感じがするから。
とはいえ、もちろんそういうところには危険が一杯なんだけどね。




